今朝、テレビを見たら「隻腕のイチロー」と呼ばれる人のことがとりあげられていた。
ずっと野球一筋に生きてきたのに、仕事中の事故で利き手である右腕を失った人。
そして、それからわずか4年で、左腕1本で「隻腕のイチロー」といわれるレベルの
プレーをものにした人…。
私が見た番組では、
「突然利き手を変えるというのは難しいのに」
「私たち右利きの人間が、突然左手で箸使え、て
ことになったら慌てるっ思う」
という内容のことを言っていた。
内容には、とてもうなずけた。
その野球の選手は、現実に利き手を失ってしまったわけだから、
その結果、利き手でない手ですべてこなすしかなくなってしまったのだけど。
その、お箸の例え…そういうふうによく言われるわりには、
左手でお箸を使う人に「今日から右手で使え」は珍しくないように思える。
たいがい幼少期だけど。
この場合、本人のやりにくさとか、気持ちとか、ことごとく無視されてるよね。
こういう行為を「矯正」とか「右になおす」とかも
よく言われるけど、これも疑問。
やりやすいようにやって何が悪いのさ、と。
誰かが左手で箸を使うことで迷惑被る人がいる?と。
箸に限った話じゃなくてね。
自分はというと。
腕を失ったわけでも親に強要されたわけでもなく、
自分で変えた、が正解だったりする。
ずっと自分は完全な右利きと思ってたから疑問も感じなかったんだけど。
中学生のとき、ちょっとしたことから、左手でものを投げることになって。
そこで、左のほうが投げやすいこと、記録も出ることに気付いた。
そのとき、すべてがわかった。
スポーツテストの、ボール投げの記録が極端に低かった理由。
どんなに練習しても、バレーボールのサーブが入らなかった理由。
卓球をすれば、球があさっての方向に飛ぶ理由。
運動音痴なせいだとばかり思ってたけど、それだけじゃなかったって。
スポーツ関係すべて、左に変えて以来
以前ほどの運動音痴ではなくなった気がする。
だからといって、左打ち=かっこいい、みたいに言われるのも違和感があったり。
決して、上手ではないから。
いろんな人がいるから。
いろんな事情があるから。
利き手についてもいろいろあるだろう。
いまだに左利きの定義がわかりにくいので、
人から「左利きなのね!?」みたいに言われても肯定も否定もできなかったりする自分…。
ちなみに自分は、筆記、食事、刃物を使うのが右手で、
腕時計は右手にしてる。