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昭和の日

2011年04月29日 16時32分58秒 | ハチパパのひとり言

 今日4月29日は、もともと昭和の時代に「天皇誕生日」という祝日だった。昭和64年(1989)1月7日に昭和天皇が崩御され、年号が平成に改まり、「天皇誕生日」も平成元年(1989)から「みどりの日」となった。その後祝日法が改正されてみどりの日は5月4日に変わり、4月29日は平成19年(2007)より「昭和の日」となった。人生の3分の2を昭和の時代に生きてきた私は、昭和の時代を懐かしみ、昭和の時代に生きてきたことを誇りに思っている。

今朝のNHKラジオ深夜便3時台は、昭和の字がタイトルにつく歌の特集をやっていた。「昭和枯れすすき」(さくらと一郎)、「昭和の歌など聴きながら」(八代亜紀)、「昭和」(谷村新司)などなど、いつもこの時間帯の゛にっぽんの歌こころの歌゛は、昭和の時代の歌が多い。多感な少年時代と青年時代を、昭和の歌が思い出させてくれる。苦しみ、喜び、悲しみをとことん味わった時代だった。

私は昭和19年生まれで戦争を知らない。しかし、私たちの子供時代は、艦砲射撃でできた「1トン」という池で釣りをしたり、防空壕や山の洞穴でじゅんどろという追っかけっこの遊びをしたり、小遣い稼ぎに鉄屑拾いやウナギを捕まえて売ったりしていた。

そしてまた、川でウグイやフナを釣り、ドジョウを捕まえたり、蛙をひん剥いてザリガニを釣り茹でて食べたりした。田んぼではツボ(タニシ)を獲り、土筆を摘み取っておかずにした。ふかし芋で空腹を満たすことも多かった。今の贅沢な生活は想像もできなかった古き良き時代である。

巷には足のない人や腕のない所謂傷痍軍人さんをよく見かけたし、住む家もなく屯する乞食も近くにいた。子供心に気の毒で可哀そうだと思った。親戚にも戦争未亡人が二人いたが、親戚同士の付き合いが結構多くて、お父さんのいないいとこともよく遊んだ。

いま、平々凡々と暮らしているが、昭和の思い出と経験を糧に、平成の時代を感謝の時代として生きられたらと思う。「信仰のかたち」「祈りの情景」をテーマに仏像写真を撮り続け観ていただくこと、家族問題の調停を通して社会貢献していくことが、晩年のライフワークとして定着しつつある。ありがたく幸せなことである。



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