日々の寝言~Daily Nonsense~

岸宣仁『「異能」流出 独創性を殺す日本というシステム』

岸宣仁『「異能」流出 独創性を殺す日本というシステム』

日本を出て、海外で独創的な研究を行った、あるいは続けている、
7名の研究者とその周辺を取材した本で、
出版は 2002年1月だが、内容は物理、化学、生理学、経済
と多岐に亘り、今読んでもとても面白く読める。

その中に、今年のノーベル物理学賞を受賞された
眞鍋淑郎さんのことが一章を割いて取り上げられている。

Wikipedia に書かれているように、眞鍋さんは、
大学院で地球物理学の博士号を取得後、米国で研究をされていたが、
1997年に乞われて日本へ帰国し、国家プロジェクト
「地球フロンティア研究システム」の
地球温暖化予測研究領域の領域長に就任した。
当時は「頭脳還流」と報道されたそうだ。

しかし、4年半後の 2001年には辞任され、
再び渡米し、プリンストン大学に異動された。

その理由や背景について、
眞鍋氏は多くを語られていないが、
丁寧な取材によって集められた
周囲の人々の言葉が記されている。

あくまでも本に書かれていることからの推測だが、
直接的な要因は、2002年から本格稼働する予定だった
「地球シミュレータ」の使用をめぐる
日本の縦割り行政の調整などに、うんざりした、
ということのようだ。

他の例も含めて、この本では、独創的な研究が生まれる
プロセスが紹介されていて、それだけでも面白いのだが、
題名が示すように、この本の趣旨は、
どうして日本では独創的な研究ができなかったのか?
日本社会のしくみには、独創性を活かせない問題点があるのか?
といった問いについて考察している点にある。

いろいろな問題点が挙げられているが、斜め読みで適当にまとめると、
1)和をもって尊しとし、他人の成果を相互にきっちりと評価せず、
 議論なども徹底的にせず微温的に収めてしまう平均回帰的な文化風土
2)異質なものは排除し、同じであることを重視する均質性の高さ
3)年功序列で、同年代の給料にあまり差をつけられず
 独創的な人材にも平等に雑用をやらせて潰す悪い平等主義
4)正解を憶えて答える人材を育てる受験教育を中心とした教育制度と大学・人材のヒエラルキー
5)官僚機構の省益優先、縦割りに由来するすりあわせ等のコストの高さ、
 組織運営や予算執行の柔軟性や研究者自身の裁量自由度の低さ
6)目に見える箱もの・ハード重視、情報・人材軽視、
 大艦巨砲主義の拠点主義、必要な競合を二重投資として嫌う予算査定
7)研究を土木工事などと同じように考える計画どおり重視のプロジェクト管理
といったところだろうか。

1)については、今回のノーベル賞のインタビューでも、
「他人のことを気にする」という眞鍋さんの言葉が話題になった。

本の中で一番目に取り上げられている、
青色発光ダイオードの基本特許発明者の中村修二さんは、
4)に関して、受験のシステムを撤廃しなければだめだ、
と強く言われている。

独創性をもつ研究者気質の人は、
往々にして暗記科目が苦手だったりするが、
ヒエラルキーの上位にある大学を志望した受験勉強では
それを強いられる。

その結果として、独創性ではない種類の頭の良さを持つ
人々が社会や組織の意思決定権を持つようになりがちだという。

この本の出版は 2002年だから、もう 20年近く前だが、
上に書いたような日本社会の基盤構造的な問題点は、
それより以前から指摘されてきていて、
2021年の今になってもほとんど解決してはいない。
相変わらず、ほとんど同じ愚痴が延々と繰り返されている。

その結果は、ノーベル賞よりも
いわゆる「失われた 20年」のほうに
ずっと大きく表れている。

基礎研究だけでなく、新しいビジネスの企画と経営についても
ほとんど同じことが成り立つからだ。
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