日々の寝言~Daily Nonsense~

わたしを離さないで(Never Let Me Go)再論

なんとなく書き足りていなかったので、
レビューを書き直してみた。

個人的には、今年の1番になりそうな予感。
(そんなに数は見ないので)

以下、激しくネタバレ。

 * * *

「珠玉」という言葉が本当にぴったりくる「作品」。

脚本、演技、映像、音楽、すべてがSクラスで、
とても丁寧に、細部にまで心を込めて作られたことがわかる。

すべてのシーンに全体にかかわる意味がある。
最初のシーケンスから、エンドロールの最後まで
(エンドロールの最後にも仕掛けがある)。

まず映像に関して言えば、
きわめて抑制の効いた美しい画面が素晴らしい。
数々の賞をとったミュージックビデオの監督だけあって、
ほんとうに緻密に計算されている。たとえば、
3部構成の中で、各部の色の基調トーンまで調整されている。
ホワイトアウトの効果的な使用も印象的だ。

音楽も、特に目立つメロディーは無いのだが、
映画の不気味な世界観を強く下支えしている。
映像とあわせてのクライマックスの作り方も素晴らしかった。

実力派の俳優陣の演技は言わずもがなだが、
長時間のクローズアップにも耐えるとても自然な演技で、
見ていてまったく違和感が無い。
特に、キャシー役のキャリー・マリガンの
憂いを含んだ眼差しと泣き笑いのような表情。
そして、トミー役のアンドリュー・ガーフィールドの
ピュアな内面そのもののような表情。

脚本は複雑な原作をベースとして、
エピソードを大胆に削り、あるいは追加して、
見事な物語を作りだした。
全体としてシンメトリーを強く意識した構成も
リフレイン効果満点で、個人的にはツボ。

全体として、原作の持つ、静かで深い神秘的な湖
(そこにたまっているのはたくさんの人の涙かもしれない)
のような雰囲気を作り出すすることに成功しているのは
奇跡的だと思う。

というわけで、

映画の完成度という点では全く文句のない作品だが、
この映画の評価は、描かれた世界、あるいは主人公たちに
共感できるか否かに大きくかかると思う。

彼らの物語が、特殊な世界のものではなく、
大きくデフォルメされてはいても、
この世界と地続きの、普遍的なもの
と感じられるかどうか。

設定された世界のリアリティーについては、
細かい点を気にしだすと、
突っ込みどころはたくさんある。

原作の小説ではそのあたりは「物語」という枠の中で
うまく隠れているのだが、すべてがよりリアルになる映画では
さすがに見えてしまうことも多い。

たとえば、

そもそもこんな世界、制度は人道的にありえないのでは?
彼らの幼年時代(ヘールシャム以前)はどんなふうなのか?
生活の中で普通の大人と接することがほとんど無くて育つのか?
いくら洗脳されていても、逃げたり、自殺したりするのでは?
臓器を取られても生き続けられるものなのか?
(まあ、大丈夫な順に取るのだろうか・・・)
等々・・・

しかし、そうしたことに拘らずに、
この世界は恐るべきことがらに充ちており、
誰もが何かを誰かのために「提供」し、
誰もがいずれは「終了=complete」する、
という点において彼らと共感できれば、
映画から得られる甘酸っぱさ、切なさ、
そして悲しみ、には限りがない。

難病恋愛ものに似ているが、
主人公だけが難病なのではない点が異なる。
そういう意味ではやはり、
戦争恋愛ものに近いと思う。

切なさ、という点では「夕凪の街、桜の国」を思い出した。
キャシーの強さと諦念は、皆実の強さと諦念に重なる。

悲しさ、という点では「エレニの旅」だろうか。
トミーの叫びは、エレニの叫びに重なる。
(エレニには抱きしめてくれる人はいなかったが・・・)

戸田奈津子さんも、あいかわらずいい仕事をしている。
二階から漏れ聞こえる痴話げんかや、
キャシーの乗り込むバンに書かれていた文字など、
細かくても重要な情報がちゃんと字幕化されていたのに感心した。
ほんとうに、細かいところまで行き届いた作品なので、
字幕も自然とそうなったのかもしれない。

ラストシーン付近、鉄条網にひっかかるビニールの切れ端。
風に飛ばされそうになりながらゆられている様子は、
人の命のはかなさを象徴しているのだろうか。

Clevedon Pier に行ってみたいなぁ・・・
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