カズオ・イシグロの「充たされざる者」を
Kindle で買って読んだ。
ちょっと Kindle中毒気味。
文庫本はかなり厚くて重そうで、
難解という噂だったこともあったことから、
これまで敬遠していたのだが、
読み始めたら止まらず、一気に読んでしまった。
話として面白いわけではないし、
読んでいて気分もあまり良くはない、というか、
むしろ気分が悪くなるのだが、
(ブラックコメディが好きなら面白いのかも)
何か展開があるのではないか、
という期待からつい引き込まれてしまう。
ストーリーは無いようなもので、
断片的なエピソードというか、
会話に意味があるから
感想がすごく書きにくいが、
だから逆に何か書きたくなるわけで、
思いつくことを書いてみたい。
***以下ネタバレあり***
キリコやスタールの絵のような
抽象化された具象の世界の中を、
主人公がさまよう。
その間に、街の人々とのやりとりを通じて、
人の心のダークサイド、
「見栄や意地の張り合い」や
「自己欺瞞」などが描き出される。
個々のエピソードは、リアルなようで
まったくリアルではなく、でも、
いつかどこかで経験したことがあるような感じがする。
その意味では「神話的」あるいは「原型的」。
その既視感や、
主人公が何かしようとするたびに
邪魔が入って前に進めない、
という展開は悪夢の世界だ。
イシグロ自身も、夢の世界を描こうとした
と言っている。
でも、何かしようと思うと、割り込みが入って
予定どおりに物事が進まない、というのは
最近の自分の現実ともすごく重なっていて、
それが切実な感じで読めた理由かもしれない・・・
こういう迷宮的な話としては、
カフカの「城」を思わせるのだが、
世界の質はかなり違うように思う。
すごく粗っぽく見れば、
テーマは「愛の不在」であり、
そうした現代社会の戯画化と考えられる。
主人公のライダーは、
現代における「神」のようなもの、
という解釈も、まったく月並みだが、
ありなのかもしれない。
依然として敬われているが、しかし、
心から信じられているわけでもなく、
人々を救済できるわけでもない。
ということはまた、現代においては、
神もまた普通の人になってしまった、
ということであり、だからこれは、
自分がもしかしたら何かできるのではないか?
と思っている普通の人の人生の戯画化、
でもあるのだろう。
イシグロ自身の誇張された自伝、
として読むこともできる。
そういう意味では、
書きたかった作品、
なのだと思う。
読書に何を期待するか、とか、
全編を覆う、強い「不全感」に
共感できるかどうか、によって、
評価は大きく分かれると思う。
読後に、なんとなく、村上春樹の
「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」
を思いだして、Kindle で読みたくなったのだが、
村上春樹の本は電子化されていないのだよなぁ・・・
とても残念だ。
竹本健治や、ボルヘスを
読んだときの眩暈がするような感覚も、
ちょっと思い出した。
タルコフスキーの映画とも
ちょっと類縁かも。
全体的に、すごく音楽に近い感じもした。
しっかりと計画された
フリージャズのような?
偏愛している「わたしを離さないで」
も相当な奇譚だが、これもかなりのものだ。
こういうものを書ける人は
本当にうらやましい。
「日の名残り」から6年を経ての
作品ということだが、
ちゃんと設計して書いたのか、
一気に書いたのか・・・
と思っていたら、
インタビューを翻訳してくれている方が。
さらに、この文章も素晴らしい。
上のインタビューの中の
「一つのキャラクターが複数の人によって描かれます」
という言葉の意味がよくわかった。
このブログも巧みだなぁ。
本格的な評論もあった。
冒頭のエレベーターのシーンについてのもの。
そして、主人公の自己欺瞞についてのもの。
論じたくなるような作品なので、
かなりいろいろと論じられているようだ。
* * *
原題は "The Unconsoled" で、
console は、comfort=慰める、
に近い言葉のようだ。
Unsatisfied=満たされない、
という意味とはちょっと違うらしい。
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