2月19日、岩手県の大船渡市三陸町綾里で発生した山林火災は25日午後、ほぼ消し止められたとの報道がありました。しかし、その後 山林火災は飛び火し各地で手の付けられないような状況で燃え続けています。一向に鎮火する気配もありません。
昨夜から、この地域に雪と雨が降り出しましたので、鎮火することを願うばかりです。
その地域には、東京の職場でこの先輩が故郷である大船渡にご夫婦でUターンし、野良作業をしながらのんびりとお暮らし、また地域貢献もしたいと移住を決意されました。
この森林火災の発生がお住いになっている近くの住所でしたので、案じて電話を入れてみました。
直ぐに電話口に出られ、”煙は来るけどまだ安全だ”とのことです。
しかし、その後 森林火災は拡大し、報道ではこの地域にも避難指示が出されました。平成以降最大の焼失面積になっています。
この先輩とのご縁は年賀状のやり取りもありますが、2011年3月11日に発生した「 東日本大震災」で太平洋沿岸に甚大な被害をもたらしました。
特に縁のあった、遠野市(支援基地)や被害の大きかった大船渡市と陸前高田市などの被災支援に係わってきました。被災されたところは、寝泊まりする場所もありません。
発災直後に組織から先遣隊を送り状況確認や支援物資などの準備を始めたのです。
当初は宿泊する場所もなく、遠く離れた内陸の公民館などに寝袋と食料を持参して支援活動をしていました。最初は風呂にも入れませんでした。
私も7回ほど、遠野市・大船渡市・陸前高田市に入りましたが、幸いその先輩のお宅は高台に位置しており、津波の被害から免れたのです。
付近の震災(津波)状況などお聞きするために、連絡を取ったところ ”何も無いけど、寝泊まりはくらいは出来るから自宅に来ないか”と言われお世話になりました。
お住い近くの踏切です。電車が通らなくても、住民の方々は一時停止をしています。
yuki君久しぶりだなぁ~と迎えてくれたのです。店も被災されているので何も無いけどと泊めさせていただきました。また、被災した地域も車のガソリンが手に入らない時にご案内いただきました。
お出しいただいたモノは、ほとんどが保存食ですが どれも心温まる、美味しいものでし
た。ご自宅にも囲炉裏や薪ストーブもあり、暖を取りながら冬場の農作業をしていたとのことです。
何も無いと言いながらも、贅沢な料理が出されました。(美味しいお酒もいただきました)
これぞおもてなしなのでしょう。思い出しては目が潤んで来ます。
この時 お世話になった、奥さま(もちろん職場で存じあげている方です)は5~6年前に他界され、今ではお一人暮らしで過ごしているようです。
海を見下ろすことが出来る畑に小屋を作り、老後を楽しんでいたようです。
私にとっては憧れの生活で、マネして同じように道志村に通い生活した原点です。
まさに津波で被災された漁港が見えます。
そんなに世話になった方が、今度は森林火災でどこかに避難されているかと思います。その安否も気になります。自宅の電話は出ませんし、携帯電話をして良いのかも躊躇している状況です。
大船渡市でも5日未明から雪や雨が降る予報となっていて、少なくとも30ミリ以上の雨量が予想されています。
14年前は大地震と津波に襲われ、高台に新居を構えた方々は森林火災にと、本当に疲弊していることでしょう。
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東日本大震災の発災直後から、関係する職場で動き出した私です。
現地に向かった時の山々です。きっと、この山も焼失したのでしょう。
大震災で受けた悲惨な状況を目のあたりにしました。
そこには津波の恐ろしさがありました。
ただ茫然と佇む私です。無力を感じます。(陸前高田にて)
美しいのどかな場所ですが、きっと この山々も焼失したのでしょう。
被災を受けても、カルガモ?親子も生き延びていました。
今度は 何かの形で恩返しをしたい…。
先輩の安否も気になります。
今日でもつながるかどうかは分かりませんが、携帯電話に連絡を入れてみます。
*先ほど、ご自宅と携帯に電話を入れてみましたが、つながりませんでした・・・。
yuki76