北アルプス大縦走 6
8月13日 船窪小屋へ
8月13日5:30野口五郎小屋6:55三ツ岳7:30-50烏帽子岳8:40大池9:05岩峰乗越9:10-15雨沢岳9:45雨沢乗越10:35-50浮動岳11:30無名ピーク13:00-102490m地点14:10-15船窪岳15:33-40分岐15:45船窪小屋
野口五郎の小屋を朝一番、5時半に出る。多くの人は烏帽子から高瀬へ下ったり、双六方面に行く人たちでゆっくりしている。
たまたま東京の江東区に住むという男性と烏帽子まで歩くことになった。この日は昨日と変わって曇りの天気で、展望のない稜線歩きとなったのだ。道は難しいこともなく、花崗岩の砂礫の白い道で、特に三ツ山は印象に強く残っている。三ツ岳の途中に大きな雪渓が残っていて、道の左山側にあり、その雪渓の解ける水が飲めるようになっている場所があった。冷たくておいしい。この山も柄は大きいのだが、砂礫の道で感じが優しくて歩いていて楽しい。三ツ岳は7時前に山頂を通過して烏帽子岳に7時半に着く。しかし、天気はガスで周囲の眺望はない。烏帽子のとがった岩が白い霧の中にぼうっと見える。
江東区の男性は山頂まで来て、高瀬へ下るために小屋の方へ戻っていく。
稜線を覆える雲に雨なくて呑気に歩く高山の道
三ツ岳の雪渓の水冷た過ぎ陽のない朝の空気ひんやり
この烏帽子岳から船窪と針ノ木への道は、北アルプスの中で登山者のもっと少ないエリアだろう。
烏帽子岳から南沢岳へ向かう一帯に池塘がひろがり、お花畑があってさらに池があることなど知られていない。ここは四十八池があると言われ烏帽子田圃と言われている。残念ながらガスの中ですっきりしないが、晴れていたらきれいだろう。烏帽子岳から1時間ほどのところに池があった。そこが烏帽子田圃の端であろう。その先からいよいよ南沢岳へ取りつくのだが、人ひとりいない道になった。
烏帽子岳ガス巻きついて姿なし一人になりて前に進む
去年三俣蓮華から烏帽子まで歩いて高瀬に降りた。だからこのエリアはあるいていない。晴れていればさぞやと思う光景にある。花の色がぼやけているからだ。三ツ山が高度2800m以上あるのに、烏帽子は2600mだ。つまり、ここから様相が変わるのだ。その後の南沢岳や不動岳や船窪岳は高度が下がっている。三ッ山と蓮華岳の間が、北アルプスで高度の極端に低い稜線なのだ。それでいて道が険しい。華やかが無い貧乏くじを引いたような山域だと言える。いよいよその特異な山域に足を踏み込む。ガイドブックは何度も読んだが、逆コースで書かれていたのだ。度胸を決めて歩き出す。
晴れならば四十八池花畑楽かろ不安の文字を踏みつけていく
こから先、道は樹林の中につけられているが、右側の高瀬側は赤い土がむき出し状態で切れ落ちている。落ちたら止まりそうもない雰囲気だ。烏帽子岳が2628m、南沢岳が2626mでこの間が四十八池、烏帽子田圃と言われているところ、さらに南沢乗越に落ちて、ふたたび不動岳2621mに登りかえして、舩窪岳へ向かうけれど、その間に、2341mと2299mのピークがあって船窪岳が2459m、そして舩窪乗越にに下り、そこから2500mまで登りかえすという、北アルプスでも一番低い稜線なのだ。低いがゆえに不人気なのかもしれないが、このコース、南沢岳から船窪乗越まで、高瀬側は垂直に切れ堕ちているので、安易には歩けないのだ。
南沢岳の山頂にある三角点タッチすれども写真忘れる
乗越の崩れるさまを覗き見るまっすぐ下に落ちるじゃないか
南沢岳の直前の岩峰の登りは結構きつかった。山頂には三角点がある。そこから南沢乗越へ30分ほど下る。この南沢の乗越はもろ切れ落ちたガレた姿が見えて迫力満点。一人でぽちぽち歩いているのもなんとなくさみしいものがある。南沢乗越までの下りは気が張る。樹林帯ではあるが谷を覗くと身震いがするほど垂直に落ちる。そんな感じの道を不動岳から船窪岳まで続くのだ。まあ一番厭らしい道なので、これも不人気の一つかもしれない。さらに50分ほど同じような道を登って不動岳に着く。不動岳は2601mで、ここから2239mまで下るのだ。北アルプスの稜線でもっと低いエリアだと思う。山頂は何もないが広いので15分ほど休憩。そこからだらだらと下り、一つのピークの手前で木の間から黒部湖が見えた。不動と船窪の間には3つのピークがあるというが、2459mの道標のあるピークで10分休憩する。
ここで単独行の女子に出会う。若い子だ。
「どこから、今日は」
「烏帽子小屋を4時半に出たんですけど、足が遅くて・・」
私が烏帽子を出たのは7時半だから、3時間も前に出ているのに追いついたから、かなり遅い。
「どうぞ先に行ってください」と彼女が言うので一人で歩き出す。この彼女とは船窪の小屋では合わなかったが、無事着いただろうと思う。
この道標の高さは船窪岳と同じ高さなのだ。そこから1時間かかって船窪岳に至る。その時、大きな白人男性と日本人女性のペアとばったり出会った。
「どから来たの?」と尋ねると、「平の渡しから針ノ木谷を登って船窪へ出てきた」という。正直その時はわからなかったが、どうも直接舩窪にでてくる道があるのだ。地図で確認したら針ノ木沢の途中に舩窪沢があって、それを登ると船窪乗越の手前に出てくるのだ。私はその時は知らなかったので、多くは語らず、私は船窪小屋へ向かい、彼らは烏帽子の方へ向かって行った。時間は午後2時前であっただろうか。船窪岳で少し休んだ。眺望は何もない。ここから船窪乗越まで下り、小屋へは登る。この登りもきつかった。テント場が見えてほっとしたが、そこからもかなり歩かされて、鐘の音が聞こえたので小屋が近いと知る。ずーと視界の利かないガスの中を歩いてきた。
ようように不安な道を乗り越えて泊まる船窪ランプの灯
南沢不動船窪人気(け)なき稜線歩いた五十五の夏
船窪小屋はこじんまりしているがきれいで気持ちのいい小屋だ。4時前に到着。
我ながら、よくぞ歩いて頑張ってきたと自分で感動していた。
船窪乗越付近から左足のヒザとアキレス腱が少し痛み出したので、無理しないで七倉へ降りることも考えた。しかし船窪から針ノ木まで6時間というので、さらに頑張ることにした。
此の時は宿泊客も少なかったのか、食事は入口前の四角い板の間の部屋で、奥が二段式の寝床の建物で、宿泊人数は40人ぐらいだろうか。食事は2回に分けて出された。
小屋の夕食は、あざみと雪笹の天ぷらで美味しかった。味噌汁の具も十分あり、小屋の食事はここが一番だ。この小屋はランプの小屋であって、電気はない。だからランプの薄明りで食事をしたり、モノを書いたりする。食堂の場所で銘々くつろいで夜を静かに迎える。私は此の時が初めてではあるが(どこの小屋もそうだけど)、仙人池ヒュッテの次に気に入った小屋がこの小屋だった。またぜひ来たい。この夜も十分に寝ただろう。それほど混んではいなかったからのんびりできた。
(以上2,012年ごろ本文原作作成。短歌2020年4月追加修正)(2019年の夏に私の山友2名と松本の女性を誘って、七倉から船窪小屋泊まりで針ノ木下りを1泊二日で実行して、2度目の船窪宿泊を実現した。)