言葉喫茶【Only Once】

旅の途中で休憩中。

祖母の手を

2020-07-12 21:57:50 | 言葉


 あの朝
 この声は
 あなたに聴こえていただろうか
 願いは
 祈りは
 あなたに届いていただろうか


 *


「ばあちゃん具合悪いから、今救急車呼ぶから」
そう言って
母がわたしを起こしに来た
休日の早朝
祖母の寝室へ向かうと
寝起きとは言え
あまりにも弱々しく
横たわる祖母の姿があった
「下の脈がとれない」
という母の言葉が響いて
足元が グニャリ と揺れる
白い顔をした祖母の右手を
そっと握りしめた時
その冷たさに
思わず 声が震えた


 『あんべわりい、
  胸ッコ、
  息、苦シして、
  まるんで背中苦しのや、
  わぁ、どしたべな…』※1
 
 「だいじょぶだが、
  まだ胸ッコ痛ぇが?
  オラこごさいる、
  だいじょぶだからな、
  大丈夫、大丈夫だからな」※2

大丈夫
と 何度も口にした
自分にも 言い聞かせるように
いのちに関わるほどの――
そう気付くまで
時間はさほどかからなかった
いつもとは違う
ただ事では無い
何もできない
でも今は
この手を温めなければ


それほどまでに
祖母の右手は
とても つめたかった

とても とても つめたかった


 **


遠くからこちらへと
近付いてくるサイレンの音
カーテンのすき間から見えた
空は 既に明るくて
救急隊員たちが
家の中に朝の空気を連れてきたはずだが
あの時
いったい誰が
それに気付いただろう
気付けただろう

救急車に乗るあなたと
付き添うを見送ろうと
外へ出ようとした時
はじめて
からだが震えている事に
気付いた

よろしくおねがいします と
ようやく頭を下げて


朝の風は涼しすぎて
寒がりな祖母のからだが手が
更に冷えてしまわないかと
突然祖母を襲った病の存在よりも
その事ばかりが気にかかった


 ***


見舞いにも行けない
顔も見れない
祖母がどうしているかは
看護士の話を
両親から又聞きするしかできない

病室は寒くないだろうか
まっしろな空間に独りきりで
さみしくないだろうか
不安がっていないだろうか
あの右手は温まっただろうか
お腹も減っているだろう
あの朝
ご飯も食べれぬまま
連れて行かれてしまったから
はやく食べさせてやりたい

何でも良い
何でも良いから
けずれたいのちを
少しでも癒やすために


 ****


 この願いは
 この祈りは
 あなたに届くだろうか
 あの朝から
 今も唱え続けている
 「大丈夫だよ」という言葉を

 またあなたの手を握りしめて
 何度でも伝えたい

 大丈夫だよ と




 ※1「具合が悪い、胸が、息が苦しい、
   背中もとても痛い、わたしはどうなったのか…

 ※2「大丈夫?まだ胸痛むか?
   ここにいるからね、大丈夫だから、
   大丈夫、大丈夫だからね。」





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