あの朝
この声は
あなたに聴こえていただろうか
願いは
祈りは
あなたに届いていただろうか
*
「ばあちゃん具合悪いから、今救急車呼ぶから」
そう言って
母がわたしを起こしに来た
休日の早朝
祖母の寝室へ向かうと
寝起きとは言え
あまりにも弱々しく
横たわる祖母の姿があった
「下の脈がとれない」
という母の言葉が響いて
足元が グニャリ と揺れる
白い顔をした祖母の右手を
そっと握りしめた時
その冷たさに
思わず 声が震えた
『あんべわりい、
胸ッコ、
息、苦シして、
まるんで背中苦しのや、
わぁ、どしたべな…』※1
「だいじょぶだが、
まだ胸ッコ痛ぇが?
オラこごさいる、
だいじょぶだからな、
大丈夫、大丈夫だからな」※2
大丈夫
と 何度も口にした
自分にも 言い聞かせるように
いのちに関わるほどの――
そう気付くまで
時間はさほどかからなかった
いつもとは違う
ただ事では無い
何もできない
でも今は
この手を温めなければ
それほどまでに
祖母の右手は
とても つめたかった
とても とても つめたかった
**
遠くからこちらへと
近付いてくるサイレンの音
カーテンのすき間から見えた
空は 既に明るくて
救急隊員たちが
家の中に朝の空気を連れてきたはずだが
あの時
いったい誰が
それに気付いただろう
気付けただろう
救急車に乗るあなたと
付き添うを見送ろうと
外へ出ようとした時
はじめて
からだが震えている事に
気付いた
よろしくおねがいします と
ようやく頭を下げて
朝の風は涼しすぎて
寒がりな祖母のからだが手が
更に冷えてしまわないかと
突然祖母を襲った病の存在よりも
その事ばかりが気にかかった
***
見舞いにも行けない
顔も見れない
祖母がどうしているかは
看護士の話を
両親から又聞きするしかできない
病室は寒くないだろうか
まっしろな空間に独りきりで
さみしくないだろうか
不安がっていないだろうか
あの右手は温まっただろうか
お腹も減っているだろう
あの朝
ご飯も食べれぬまま
連れて行かれてしまったから
はやく食べさせてやりたい
何でも良い
何でも良いから
けずれたいのちを
少しでも癒やすために
****
この願いは
この祈りは
あなたに届くだろうか
あの朝から
今も唱え続けている
「大丈夫だよ」という言葉を
またあなたの手を握りしめて
何度でも伝えたい
大丈夫だよ と
※1「具合が悪い、胸が、息が苦しい、
背中もとても痛い、わたしはどうなったのか…」
※2「大丈夫?まだ胸痛むか?
ここにいるからね、大丈夫だから、
大丈夫、大丈夫だからね。」
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