一章
大学時代からの付き合いで結婚した悠子の幸せは30代で
ある日突然、夫の交通事故の死により砕け散る。
癒えない痛みを抱えて生き続けなければいけない悠子に
友人の摂子は軽井沢の診療所の薬剤師として
自分の後釜で働かないかと持ちかける。
新しい世界での出発をと悠子は軽井沢行きを決断する。
そこの医院長義彦は、東京、
兵藤クリニックの大先生の義理の息子。
義彦もまた数年前に妻を自殺で失っている。
互いに興味を示さない二人。
示してはいけないと鎖をかけた二人がもどかしくも接近して行く。
たどたどしく、人を愛することを忘れた二人が
今一度独りになった時の孤独を想定しながらも落ちて行く。
しかし、悠子は義彦の義理の父からの誘いを断れず
むしろ彼女の父の面影と重ねて心待ちにする自分を恥じる。
そうして義彦の妻、美冬の辿った悲しい運命を自分も辿るのだと。
冬の軽井沢で殺人事件が起きてしまう。
義彦はベットの上で抵抗する悠子を美冬と重ねてしまい
義理の父を殺害してしまう。
義彦は刑務所へ。再び自分の殻に閉じこもる。
また、悠子も廃人と化し実家に戻り月日は流れる。
二章は獄中の義彦と悠子の手紙のやり取りとなる。
「あなたをずっとお待ちしています」の言葉に
義彦は悲劇のヒロインは辞めろと笑う。
六年の刑期を終え出所とともに行方をくらます。
月日はいたずらに流れ十年・・・
義彦を探しつづける反面、母親を安心させたいと願う悠子。
自分の心持を知っても尚、
悠子に求婚する男性と遅い結婚をする。
そして病気の発覚。
悠子の身体は白血病で余命半年と宣告され本人告知を受ける。
死を待つだけの毎日、
もう、心残りは無いという悠子に摂子が声無き声を悟る。
三章は視点が摂子に移る。
奇跡的に義彦と連絡が取れ、彼もまたドイツで再婚し
過去を封印していた。
悠子の前に現れてしまったら自分の過去に押しつぶされる。
見知らぬ土地での生活に「これでいいのだ」と。
悠子の余命を聞き心が動く。
ドイツより帰国。
冬の軽井沢、あの事件以来立ち寄らなかった軽井沢。
悠子と義彦の再開。月日は15年余り流れている。
ホームで義彦に抱きしめられた悠子。
変わらぬ浅間山、自然の流れの中での人の移り行く様は
とてもちっぽけで、それでいて魂の執着は自然をも圧倒する。
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小池真理子の作品を全て制覇したわけではないけれど
彼女は巧みに視点を移り替え 読み手を引きこむ。
そして、多分女でしか解らないであろう「強さと弱さ」、
「けなげさとずるさ」を心と身体の葛藤を交えて書き混ぜる。
悠子は義彦の他にいい男性に巡り会えなかったと言ったら
それまでになるけれど。
事故で突然無くした前夫よりも強烈に義彦に執着し
執着しながらも一方では優しい現夫に包まれている。
執着心を貫いて一人で寂しく生きていかないところに
悠子の人間らしさが伝わってくる。人は独りでは生きていけない。
数々の可能性と選択肢に囲まれた人間は
魂の赴く場所が見出せないが
死へと真っ直ぐに滑る悠子にはその場所が見えたのだろうと思う。
だたしかし、視点を変えれば映画タイタニックのように
また、マディソン郡の橋のように戸籍上の夫を無視する形になる。
でも、人はそれくらいの執着心を持っていたいものだと
思うのはやはり私だけだろうか?
もともと、人は独りで生まれて独りで死んで行くのだから。
映画や小説のように公にさえしなければ罪にはならないだろう。