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敦賀茶町台場物語 その14

2021年04月12日 | 小説

敦賀茶町台場物語 その14

 

そうだ、そんなことがあったのだ。なぜかすっかり忘れてしまっていた。自分の不人情さに驚く又吉だった。

松五郎を死なせたのはお絹ではない。しかし、お鈴を身売りさせるまでに追い込んだのはお絹だ。父親の葬式に借金取りが押し掛けて来るなんて、娘のお鈴にしてみれば、家のために自分の身を売り飛ばして金を作ることしか思いつかないではないか。何の力にもなれなかった又吉がお絹を責めるのは筋違いだが、お八重にしてみればお絹を恨むのはもっともなことだ。大事な大黒柱の亭主を亡くした時に、娘を追い込んで身売りさせたお絹は、地獄へ突き落したいほど憎い女だ。

そのお絹がお上に捕らわれて百敲きの刑を受けるのだ。お八重は手拭いの端を噛み締めて、睨みつけるようにお絹を見ている。娘のお鈴の姿は見えない。大きな船宿へ身売りすると聞いていたお鈴だったが、実はその船宿の裏手にある遊郭へ入ったのだと噂された。それが本当か、確かめてはいない。しかし、遊郭へ入ったのなら簡単には出歩けないだろう。

 

寒さに足踏みする者もいて、ざわつく見物衆だったが、寺の鐘が『ゴーーン!』と大きく一つ響くと、辺りはしーんとなった。

四肢を開いて地面に括り付けられているお絹に、百敲きの刑が始まった。敲き役の男二人が一発ずつ交互に、それぞれ五十ずつ、合わせて百回敲いていく。むき出しになったお絹の白い尻に最初の竹が振り下ろされた。パーンと冷気を切り裂く乾いた音とほとんど同時に、「あぁぁーっ」と細く湿った叫び声が聞こえた。敲かれたところには鮮やかな赤い筋がくっきりと走り、また一本と次々に増えていく。お絹の叫び声は次第に小さくなっていった。

少しは手加減がある筈だと又吉は思うが、敲きの数は正確に数えられている。このままでは、きっちり百回敲かれるかもしれない。お絹の実家からの賄賂は効き目が無いのだろうか。それとも、お絹は実家からも見放さられたというのか。確かにお絹は他人に対して傲慢であり、阿漕な商いをした。しかもそれを悪いとは思わず、他人を思い遣る心持ちに欠けていた。だが、家は大事にしていた。儲けた金を貯め込んだが、自分ための華美豪奢に使いはしていない。町の者からは嫌われたとしても、あくまで家のためだった。だからお絹が身内から見捨てられるようなことはないだろうと、又吉は思っていた。それなのに、敲きはきっちりと百回数えられた。

お絹の叫び声は、途中から次第に小さくなり、途切れてしまった。気を失ったのだろう。大の男でも最後まで持ち堪えられるのは稀なのだ。

敲き役の二人が五十ずつ敲き終えた。お絹の尻は、背中から太ももまで真っ赤になっている。血もにじんでいる。赤く染まったお絹の肌から、白い湯気が上がっている。微かに息づいているのが分かる。生きているようだ。

杭に括り付けられていた手足が解かれた。戒めを解かれたのに、お絹はピクリともしない。敲き役の二人がお絹から離れた。席についていた役人たちも立ち上がり、来迎寺内へと戻って行く。見守っていた町人たちがざわつき始めた。刑が終わり、家へ帰る時が来たのだ。

刑場を囲んでいた竹の柵の一枚が内側へ開くと、そこから一人の男と二人の子供が中に入り、敲かれた時のままじっと寝ているお絹のところへ駆け寄った。お絹の亭主と二人の子供だった。ぐったりと動けないお絹に亭主が着物をかけ、ゆっくりと抱き起した。亭主がお絹に何か言っているようだ。お絹の声は聞こえない。が、お絹は家族から見放されてはいなかった。娘は泣いている。暫くすると、お絹が何とか立ち上がった。亭主はお絹を背負った。お絹の着物の端を掴んだ男の子は顔を上げて、ぐっと前をにらんでいる。お絹の血を引いている顔付だ。女の子は泣き止んで兄の手を握り、うつむいていた。お絹の家族は刑場を後にした。

お絹はこれに懲りて改心するだろうか? あくどい商いは控えるだろうが、あの前向きなひたむきさで自分を押し出し、人をかけ分けて邁進するのは変わらないだろう。この鬱屈した、混沌とした世の中はやがて終わり、新しい時代がやって来る。その時にはお絹のような者が水を得るのか。お絹は生まれるのが早すぎたのかも知れない。

お絹は痛い目にあったが、死罪にならないだけましなのだ。

 



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