雨の記号(rain symbol)

マッスルガール第9話(4)

マッスルガール第9話(4)



 ――あの声の主は!?
 練習場でいったい何が始まったのか。
 梓とジホは急いでメンバーたちのもとに駆けつけた。


 リング上では舞が三人を相手に闘争心剥きだしで特訓を再開していた。
「ちょっと、みんなで何やってるの!?」
 メンバーの中心に舞がいるのを見て梓は訊ねた。
 舞は起き上がった。表情に決意がみなぎっている。
 舞に続いて向日葵も起き上がった。。
「梓さん、マッスルガールカップの代表、辞退させていただけませんか?」
 梓の表情に困惑が浮かんだ。
 向日葵は舞を見て続けた。
「やっぱり、舞さんでないとダメです」
 薫も舞の横に並んで同調した。
「怪我しても白鳥プロレスで一番強いのは舞さんです」
 つかさも続いた。
「それに・・・ここは、白鳥プロレスは舞さんと梓さんが守ってきました」
すぐ反論は出来ない。
 確かにそうだ。自分も気持ちはこの子たちと同じだ。これまで白鳥プロレスをずっと支え、守ってきてくれたのは舞だった。今までも、そしてこれからも舞のいない白鳥プロレスなんて考えられない。
 でも、彼女を白鳥プロレスを守るための犠牲にしてはいけない。こんな怪我のまま試合に出て、彼女の身体が取り返しのつかないことになったら、自分は、舞にも亡くなった父にも顔向けができない。
「だから、白鳥の運命のかかったこの試合・・・舞さんにリングの上に立ってほしいんです」
「・・・」
「カッコいい舞さんが見たいです」と薫。
「お願いします」
「お願いします」
 と向日葵とつかさ。


「梓・・・!」
 舞も言った。
「梓が私の身体のこと心配してくれてるのは分かってる。でも、私は自分の身体がどうなってもかまわない。この試合でもうプロレスができなくなってもいいって思ってる・・・私は自分の身体より、ここが大事」
「・・・」
「言っただろ。絶対に勝つって!」
「・・・」
「ここは私が守る!」
「舞・・・」
 梓は舞をじっと見つめた。彼女の決意あふれた言葉に梓の目はみるみる潤んでくる。
「大丈夫ですよ、梓さん」
 ジホの言葉に梓の顔はぴくんと反応した。ジホの方を見た。
「えっ?」
「舞さんは一人で戦うわけじゃありません。白鳥プロレス、みんなで戦うんです」
「うち、舞さんのサポートばっちりやります」と向日葵。
「私・・・テーピングとか得意です」とつかさ。
「試合までに整体とか極めます」と薫。
 舞はテーピングされた右膝を梓に見せた。
「これ、向日葵たちがやってくれた」
 梓は目を上げた。
「うちらで絶対に舞さんを守ります。だから、お願いします」
 向日葵が頭を下げるとつかさも薫も深々と頭を下げた。
「お願いします」
「お願いします」
 心がひとつになっているメンバーを見てジホも梓に頭を下げた。
「お願いします」
 これで梓の腹も決まった。彼女は言った。
「危ない、と思ったら・・・すぐに試合を止めるから!」
 舞の顔に喜悦が浮かんだ。
 梓は高らかに宣言した。
「白鳥の代表、お願いします」
「はい」
 リングの上はメンバーの歓喜の声であふれた。



 魚沼舞が出場すると知って郷原は怒りで荒れ狂った。出場者一覧の紙をクシャクシャにして投げ捨てた。

 そして試合当日がやってきた。
 母親に向ってジホは言った。
「オンマー、今日はもうひとつの家族の大事な試合があるんだ。応援に行ったくるからね」
 掛け布団を整えてあげ、彼は病室を出た。

 その頃、梓たちは白鳥プロレスのリングに向って整列し、マッスルガールカップ杯の必勝を誓っていた。

 病棟の廊下を歩いている時、看護師らが慌てた様子で駆けてきた。
「スンジャさんの状態は!?」
 医師が叫びながら訊ねている。


 その声に、ジホは「はっ!」と足を止めた。
「レベル落ちてます・・・の癒着です」
「分かった」
 医師と看護師らは急いで母親の病室に駆け込んでいく。
 ジホは顔面蒼白で病室を振り返った。
「オ、オンマーッ!」
 ジホも走り出した。

 時間は止まらない。
 マッスルガールカップ杯は始まった。


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