マッスルガール第10話(最終回)
ジホや梓たちがリング上で舞の優勝に喜び沸きたっている時、ジホの携帯が鳴った。
ジホは携帯を取り出した。
「えっ!」
ジホは急いで病院に駆けつけた。
病室に飛び込むと母親のベッドは片付けられている。
母親が死んでしまったと思ったジホはその場に泣き崩れた。
そこへ看護師が姿を見せた。
「スンジャさんのご家族ですか?」
振り返って梓は訊ねた。
「ここにいたスンジャさんは?」
ジホもベッドから離れて看護師のそばに駆け寄った。
「僕のお母さんは? お母さんはどこですか?」
「・・・ちょっとこちらへおいでください」
ジホは梓と顔を見合わせた。急いで看護師に従った。
看護師に案内されたところは集中治療室だ。
母親は担当医の前で眠りについていた。
「オンマーッ!」
悲痛な声とともにジホは母親のもとに駆け寄った。手を取った。
「オンマーッ!」
担当医は梓を見て言った。
「容態が急変して緊急手術を行いました」
「それで、どうだったんですか?」
担当医はジホを見た。
「お母さん、頑張りましたよ。病気と闘って見事に勝ちました。手術は成功です」
ジホの顔に喜びがこみ上げた。
「よかった! よかったー・・・!」
母が助かって嬉しかった。母親の手にしがみつくようにして泣いた。
その声が聞こえたのか母親は目を開く。ここはどこなのという表情をする。
「オンマーッ!」
ジホの声に気付く。
「ジホ・・・」
「よかった・・・オンマー・・・!」
「ジホ・・・」
母親はジホを抱き寄せようと手を伸ばす。
「もう大丈夫だって、お母さん・・・」
「ジホ」
二人を見守って笑顔を送る梓。温かなまなざしを注ぐ梓。
「ジホの幸せが私の幸せ。私たちは家族なのだもの・・・」
リングの縁に腰をおろしているジホのそばに梓がやってきて腰をおろす。
「飛行機は何時?」
ジホは梓を見て答えた。
「12時です」
梓は黙って頷く。
短い間があって梓が訊ねる。
「ジホ、今なに考えてる?」
「・・・」
「韓国に帰ったら、お母さんと何しようかな・・・とか?」
「いいえ。違います」
「・・・」
ジホは梓を見つめて答えた。
「梓さんのことです」
「えっ・・・?」
「それと、白鳥のみなさんのことです」
梓は、ちょっぴり残念そうに相好(そうごう)を崩した。
ジホは床におりた。
「短い間にいっぱいいっぱい思い出がありすぎて・・・そのフレームが素晴らしくて・・・」
懐かしむようにその辺を歩き回った。
ジホの言葉に梓も腰をあげた。ジホのそばに歩み寄り、からかうように訊ねた。
「スリーパーホールドも?」
――何で逃げたんですか?
「あれはびっくりしましたけど・・・いい思い出。あれがなかったら、梓さんにも会えなかった」
梓はサバサバした表情で応じた。
「・・・だね」
「梓さんや白鳥プロレスの人たちとの思い出は、ぜんぶ宝物」
梓はジホをまっすぐ向き直った
「私もジホとの思い出は、宝物」
うっふふふ。
二人は見つめあい、はにかむように笑みを交わす。
ジホはポケットから例のネックレスを取り出した。梓の前にかざした。
「これ、受け取ってください」
思い出を宝物にして、すっきりさよならすることになる、と思っていたのに、こんな大事な物を・・・梓はジホの気持ちのありかをいぶかった。
「梓さんに、白鳥のみなさんに持っていてほしいです」
梓はジホの思いを受け止めようとした。彼の気持ちが素直に伝わってくる気がした。
「僕の心は、いつもみなさんと一緒です」
梓は両手で押し頂くようにネックレスを受け取った。
「ありがとう」
嬉しそうにしつつも、ジホへのもやもやした気分を吹っ切れない梓。
そんな彼女にジホが何か話そうとした時、入り口の方から声がかかった。
「ジホ!」
白鳥の四人娘が手を振っている。買い物か何かから戻ってきたらしい。
ジホの前にきて薫がビニール袋を差し出した。
「これ」
ジホは薫を見た。
「韓国で食べて。しばらく食べられなくなると思うから」
「薫さん・・・!」
「トッピング、ぜんぶのせにしといたからな」と向日葵。
「私たちも滅多に食べられないものよ」とつかさ。
「ありがとうございます」
「活躍楽しみにしてるよ、ジホ」と舞。
「ジホ、たまには連絡してきてや」と向日葵。
「ジホが今度日本に来る時は教えてね」とつかさ。
「ジホ・・・」薫が横むいて突然上ずった声で切り出した。「ずっと好きでした」
みんないっせいに後ずさりした。
「ああん!?」
向日葵があわてて薫に詰め寄った。肩を小突いて言った。
「お前、どさくさにまぎれて何いうてんね」
「だって・・・」
薫にすれば白鳥のみんなの気持ちをこめたつもりもあるらしい。
ジホは四人に頭を下げた。
「みなさん、ほんとにありがとうございます。でも・・・僕はジホじゃありません」
「ん?」とみんな。
「キムです」
「あっははは」とみんな。
梓もおかしそうにした。
そしてジホに呼びかけた。
「キム」
「はい」
「元気でね」
「韓国帰っても、プロレス忘れんとってや」と向日葵。
「忘れないで」
「あっ、技かけてあげるから」
薫の誘いにジホは乗った。
リングに上り、舞たち流のジホに対するお別れのセレモニーが始まる。それはプロレスだ。
白鳥プロレスは本来の活気を取り戻した。
舞、向日葵、つかさ、薫らの今日も激しい練習が続く。
それを見て満足そうにしている梓。
そこへ後ろから郷原の声がかかった。
「いやーっ、精が出ますねーっ! いい汗の匂いだ」
リング上から舞が闘志剥き出しの挨拶を返す。
「青薔薇!」
郷原は態度を一変させて低姿勢になった
「合同練習、よろしくお願いします」
スカル杏子らも、お願いしまーす、と言って入ってきた。
それを梓は笑顔で迎え入れる。
「おせーよ!」
「すまん。寝坊してしまいました」とスカル杏子。
立場はずいぶん変わってしまったようである。しかし昨日の敵は今日の友、梓と郷原はすっかり仲よくなってしまったようである。
おっ、梓もいよいよプロレスデビューか?
いずれにしろ、白鳥プロレスは大盛況のようである。
さて、ジホのいる韓国では――。
母の病気が治癒したジホは本格的な歌手活動をスタートさせていた。
ジホの才能を諦めきれない黒金も彼の前に姿を見せた。
「アンニョン、ジホ」
「あはっ」
にっこり応接したジホだったが、次の瞬間には梓仕込みのスリーパーホールド黒金に向けてかけている。
黒金の顔は歪んだ。
「何しに来たんですか!」
「あ、挨拶だよ、挨拶・・・」
話を聞くジホの表情は意外と明るい。
黒金と再会して、梓たちのことが思い浮かんできたらしい。
「お疲れ」
舞たちは梓の前にランニングで戻ってきた。
「よし、ラスト。ラスト10本」と舞。
「はい」
彼女らは再び走り出す。
梓の大きな声がその背を追いかける。
「みんな、ガンバレッー!」
ジホはわずかの時間を見つけては写真の中に収まった梓たちとの思い出に浸った。梓も同じだった。同じ写真を眺めて思い出に浸った。
――いつかまた梓さん(ジホ)に会える日が来る!
「梓さ~ん」
舞たちが梓を呼んだ。
「よーし、みんな練習行くよ」
梓は全力で駆け出した。
マッスルガール――終わり