マッスルガール第10話(2)
悪い奴にも三分の理、郷原もこの勝負に賭けていた。
「スカル、行くぞ」
「はい」
「楽しい決勝戦の始まりだ」
郷原は余裕の笑みを浮かべながらスカル杏子を従えた。
魚沼まいとスカル杏子はリングに上がった。
「さあー、ついに・・・ついにやってまいりました。マッスルガールカップ2011決勝戦。勝つのはどっちだ!? 地獄からの使者、青薔薇軍、スカル杏子か、平成のど根性ファイター、白鳥プロレス、魚沼まいか!?」
母の看病をしながらも、ジホは舞の試合の成り行きが心配でならなかった。
白鳥プロレスの仲間たちを思い浮かべながらマッスルガールカップのパンフに見入っていると、母はいつしか目を開けてジホのことを見ていた。
「ジホや」
母の呼びかけにジホは振り返った。
「オンマーッ!」
思わず叫んで母のそばに顔を寄せた。
「間もなく、最強のマッスルガールが誕生しようとしています。まばたきしなおし、いま、運命の鐘が」
「ファイト!」
カーン。
「鳴ったーっ!」
魚沼まい、スカル杏子――二人はにらみ合いから、相手の様子を探りながら時計回りで、ジリッ、ジリッ、と動き始める。
スカル杏子は軽く右手をかざす。エール交換か、それとも組み手をうながしたものか・・・舞が左手を相手に合わせようとした時、すかさず、スカル杏子の長い右足が舞の痛んだ膝を狙って飛んだ。不意打ちで膝をヒットされて、舞はリングに倒れた。痛みに耐える間もなく、その膝を狙ってスカル杏子の足蹴りが次々飛んできた。舞は防戦一方となった。・・・
母の笑顔が戻り、ジホの表情は明るかった。
「オンマー」
「ジホや」
「よかった・・・オンマー・・・!」
「ごめんね」
「・・・」
「せっかくの再会がこんなところで・・・!」
ジホは首を横に振った。
「気分はどう?」
「うん。とてもいいわ」
ジホは母の手をずっと握りしめている。母親はその手を右手でさする。
「温かいわ・・・」
「オンマー」
「うん?」
ためらいもあったが、ジホは思い切って言った。
「僕は・・・行かなきゃいけないところがあるんだ」
「あのお嬢さんのところに行くの?」
ジホは頷いた。
「今、大事な試合をしてるんだ」
母親の表情は慈愛に満ちている。
「僕もみなと一緒に戦いたいんだ」
「・・・大切な人たちなのね」
「うん。僕のもうひとつの家族」
「だったら、寂しくさせちゃだめ」
「オンマー」
「私ならもう大丈夫。だから」
「うん、行ってくる」
ジホは急いで飛び出して行った。
母親は笑顔でジホを見送った。
舞はスカル杏子の容赦ない膝攻撃にさらされていた。
「舞の膝が悲鳴をあげている!」
髪をつかんでは投げ倒し、倒れたところをまた膝攻撃だ。
「舞!」
「舞さん」
セコンド陣は打つ手もなく舞の忍従を見守っているだけだった。
「魚沼まいを二度と立てない身体にしてやれ!」
さんざん舞の右膝をいたぶったところで、スカル杏子は勝負の仕上げにかかった。
舞を自コーナーに引っ張って行き、ロープに引っかけて逆さづり状態にした。舞の足を引っかけた状態を維持しようとするセコンド陣。スカル杏子はリング中央に戻ってレフリーに目配せする。レフリーはオーバーなジェスチャーでセコンド陣の反則行為をとがめだす。注意をそっちに引き付けておいて、スカル杏子はひそかに凶器をとりだして右手に装着した。拳にして殴られたら、舞の膝はひとたまりもなく壊れてしまいそうな凶器だ。スカル杏子はレフリーの背後から舞にかかっていった。逆さづり状態の舞に凶器のパンチを浴びせだした。
舞のセコンド陣もさすがに黙っていられない。
梓は指さして叫んだ。
「レフリー、反則だろ!」
しかし、レフリーはとぼける。何を言ってるのだ、という顔で戦っているレスラーの方さえ見ていない。
実況アナもこれに気付いた。
「おっと、何か様子が変だぞ。まさか、まさかレフリーも青薔薇軍の手先なのか? そりゃあ、ないぜーっ!」
スカル杏子の執ような攻撃は続く。
「ああ、えぐい。むご過ぎる攻撃。見ていられない」
舞は絶対止めるな、と言った。これでほんとにいいのか。
これ以上スカル杏子の攻撃にさらされると彼女の身体は二度ともとには・・・梓の心にも迷いが出始めている様子であった。
ジホは試合会場に向って走った。必死で走った。
ジホの母親は自分に言い聞かせた。
「もう、大丈夫・・・ もう、大丈夫・・・!」
彼女の身体から次第に力が抜けていく。