どこに行くにも車を使ってきた。近くの買い物にも車を使ってきた。だが転居したせいで街に出るには電車を使うしかなくなり、最寄り駅まで十数分も歩かねばならなくなった。
これに苦痛を覚えるようになったので、知り合いから中古の自転車を譲り受けた。今日、市街で仲間の集まりがあるものだから、さっそく電車駅まで自転車を使った。
きちんとした目的を持って自転車に乗るのは20数年ぶりだったが、驚いたのは自転車のペダルを漕ぐのが意外と重かったことである。
夕方に出かけて行く時、この自転車は少しおかしいとは感じていたのだが、アルコールを身体に送り込んで帰ってくる際、自転車置き場からライトをつけて走り出してみると、やけに重い。出かけてくる時より重いのは前の車輪でライトを器具をこすっているからだが、走っているうち、それだけでもないのに気付かされた。
古くなって当初の軽さを失ってるのもあるだろう。だが、ペダルを漕いで自分の身体を運ぶ自転車とは、所詮人力車なのである。
楽な車で用を足しているうちに、自転車とは車や徒歩より便利で使い心地のいい乗り物だと勝手に思い込みが過ぎていたようである。
歩いて十数分の道のりを家に自転車漕いで帰り着いてみると、息が上がっていた。
自転車に乗る事だってしんどい。自転車を漕ぐ筋肉の衰えもあるかもしれないが、今日はつくづくそれを思い知らされた。