マッスルガール第2話(2)
郷原たちが引き上げた後、団員らはリングからおりてきた。心配そうに声をかけた。
「梓さん」「梓さん・・・!」
「大丈夫」
梓は笑顔で気丈に答えた。手を叩いた。
「みんなは練習に集中」
「はい」「はい」「はい」
舞はみんなに檄を入れた。
「次、変わる! 向日葵」
「はい」「はい」
梓は入り口の方を振り返った。
ジホの言っていた言葉を思い浮かべた。
「梓さんのお父さん、プロレスで家族作ったんですね」
「せっかく家族がいるのに・・・それを捨ててしまうのはダメです!」
「借金の代わりです」
「僕の家族です。家族を守るのは当たり前です」
――彼は出ていったわけではないんじゃないだろうか・・・!
表に出た郷原は白鳥プロレスを振り返った。
スカル杏子はそんな郷原に言った。
「根回しは完璧です。あいつらと契約するレフリーはいません」
郷原はほくそ笑んだ。
「残念だったなあ・・・白鳥のお嬢さん!」
現実に彼は姿を消した。レフリーを探さなければならない状況に変わりはない。
梓は電話をかけ続けるのだった。
母親らしき人を見失い、手がかりもつかめないままのジホは失意の中にあった。
猛練習を終えた団員とともに梓は牛丼屋で食事を取っている。
一人が梓に訊ねた。
「見つかりました?」
「まだ。でも、大丈夫」
「キム、探しますか?」
「いや、ダメ、これ以上キムに頼るのは」
「でも、何で急にキムいなくなっちゃったんだろう・・・?」
「キム・・・」
一人はブツブツ呟きだす。
「キム、キム・・・あっ! キムチくださ~い!」
みんな唖然となった。呆れた。
「食べます?」
「食べる」「食べる」
母を探し疲れたジホは道端で休息を取った。母とのツーショット写真を眺めた。これだけが今の自分の慰めだ。
その時、一人の女性が目の前を通りかかる。
ジホは立ち上がってその女性に声をかけた。
「すみません」
女性は立ち止まる。
「あ、あの・・・この人、どこかで見たことありませんか?」
写真をじっと見て、顔をあげた女性は表情を変えた。
「あれっ? あんたどっかで・・・」
なおもしげしげとジホを見る。そして、その顔にみるみる喜色がみなぎった。
「ああっ!」
彼女は悲鳴をあげるなり、ジホの腕を取って元きた方角へ引っ張って行き出した。
「こっち、こっち」
「あっ、あーっ、ちょ、ちょっと・・・!」
ジホは女性に自分の宣伝ポスターの前まで連れてこられた。
ポスターとジホを見比べて女性は言った。
「やっ、やあ、やっぱりーっ!」
女性はジホの手を握って小躍りした。
「しゃ、しゃしん、シャシン、写真。写真ーっ!」
女性はショルダーバッグの中を急いでまさぐり出す。
その隙にジホは逃げ出した。
「えっ! ちょ、ちょっと! 待ってーっ!」
自分を知る女性ファンの追跡から逃れたジホは、母を探して見つからなかった落胆で川原に座り込んでいた。
そこへ鞄を持った須藤つかさが走りながら通りかかった。川原の土手に座り込んでいるジホを見つけた。
「キム!」
呼ばれてジホは振り返った。
しかし彼は言葉を返す元気も失っていた。
つかさはジホのところに歩み寄った。
「こんなとこで何やってんの?」
「・・・川を見てました」
つかさは川を見て言った。
「そんなに珍しい?」
少し考えてジホは答えた。
「いいえ。懐かしい・・・」
「・・・」
「故郷のハンガン(漢江)を思い出していました。よく川沿いをお母さんと歩きました」
「・・・」
「ここは漢江より小さいですけど」
「ふ~ん・・・」
つかさはジホのそばに腰をおろした。
「ねえ。キムは何で日本に来たの?」
ジホはつかさを見た。答えようか答えまいか迷い、彼女の目をさけた。黙りこんだ。
「お母さん、亡くなっちゃったんだっけ?」
少し考えて頷いた。
「お父さんは?」
「いません」
「・・・ごめん」
「・・・いいえ」
つかさは昨夜の楽しい団欒を思い浮かべた。
「もし、行くとこなかったらさ。帰ってこない?」
そう言ってジホを見つめたが返事がない。
つかさは自分の話を始めた。
「あたしさ、15歳の時に家出たんだけどね」
ジホはつかさを見た。彼女は自分に心を開こうとしている。
「うん・・・、ちょっと親といろいろあってさ。で、行くとこなくてふらふらしてるところを、梓さんのお父さんに声かけてもらったの」
「・・・」
「最初はプロレスなんて(ぜーったい無理!)って思ってたんだけど、やってみたらすごく楽しいし・・・みんなもあったかいし・・・」
「・・・はい」
「と、いうわけで、今は白鳥プロレスがわたしのもうひとつの家族」
「・・・」
「だから、あそこはなくなってほしくないんだ・・・絶対!」
「つかささん・・・」
「あっ、でも、むりやりレフリーやれって言ってるわけじゃないよ」
「・・・」
「でも、キムがいてくれると、何か家族が一人増えた感じがして、テンションあがるんだよね」
両手の人差し指を一本ずつ肩のところまで突き上げ、つかさは笑顔を向けた。
つかさの正直な気持ちに素直に応えられない自分にもどかしさを覚えるジホだった。
「すみません・・・」