見出し画像

雨の記号(rain symbol)

「朱蒙」から⑦朱蒙と召西奴(五分間の感動)

  80余話に及ぶストーリーを中心で彩る二人だから、二人が絡んで魅力ある場面もたくさん出てくる。それらはたかが数分の場面であっても、ひとつひとつが杭のように深く打ち込まれて、話に厚みや広がりを加えてくる。
 夫余からヒョント城へと押送することになっていた朝鮮流民は、当初、帯素の信頼を得始めていた朱蒙が連れて行く予定だったが、王妃など周囲の忠告もあって、帯素はその任から朱蒙を外し、ナロを後任につける。
 流民押送の役目から外され、流民をしたがえて夫余を後にする朱蒙の計画は変更を余儀なくされるが、それにとって変わる策も浮かばず、朱蒙らは焦りの色を濃くしていた。
 その頃、父ヨンタバルからゲル君長の地位を譲られた召西奴も、佛流のソンヤンから夫余への朝貢の肩代わり要求を受け、苦境にあった。ソンヤンの連合軍と一触即発の状態となった時、この戦いに勝ち目がないと踏んだ召西奴は、ヨミウルの言った「そのうち、朱蒙王子と手を取り合って大きなことを成す日が来ます」との言葉を信じ、ソンヤンに降伏を申し入れていたからだ。
 絹や獣の皮など朝貢で要求された物品に代わり、召西奴はコサン国の塩でそれを補おうとする。しかし、現状ではコサン国の塩は夫余へ安定供給となっている。コサン国の神女が命の恩人としている(河伯君長)は柳花夫人の父→すなわち朱蒙母方の血筋に当たる。夫余がコサン国から塩の安定供給を受けられるのは朱蒙の名によってなのだ。
 一計を案じた召西奴は、朱蒙から了承をとりつけるため、夫のウテを使いで走らせる。
 その一計とはヘンイン国将軍の協力を得ての狂言だった。
「あの仕事は召西奴アガシー(お嬢さん)が成し遂げたこと」
 として、朱蒙はその話を気持ちよく了承する。
 召西奴が企んだ匪賊を使っての塩の横領作戦は、朱蒙にとっても新たな道を切り開くヒントとなった。朱蒙はその相談を流花夫人とクムワ王に持ちかける。
 コサン国から入ってくる塩が匪賊に奪われることになり、その追撃隊としてナロ以下の精鋭部隊が編成されるだろう、と朱蒙は考えたのだ。帯素の性格ならそうするだろう、と読んだのである。そうすれば、朝鮮流民の押送の役割は再び自分に戻るか、もしくはそれを遅らせることが出来るだろう、と。
 しかし、朱蒙とクムワが手を結んで取った作戦は、思わぬ効果をもたらすことになる。
 クムワ王は遊行に出ると言いだす。
 名目は柳花夫人の病気治療だが、クムワ王が同道に固執するところから、庶民にじかに触れながら王位復権をアピールする動きなのではないか、との声が王妃などから出てきだした。周囲に船頭が居すぎて帯素はそれに振り回されることも多い。直情的だが、考えに一貫性がないのも帯素の特徴的性向である。
 帯素は王の動きを監視するため、信任厚いナロの精鋭部隊を護衛としてつけクムワ王一行を遊行に送り出す。
 ナロの精鋭部隊が自分たち一行についたことで、これが我が息子朱蒙との永遠の別れになるかもしれないとの思いも強く柳花夫人は宮廷を後にする。
 それからまもなく、夫余に向かっていたコサン国の塩が匪賊の手で奪われたとの一報がもたらされる。信頼厚いナロを王につけて出してしまったことで、匪賊追撃に誰を出すかで帯素は苦慮する。
 帯素が考えたであろうこと→朱蒙のほかに誰かいないか・・・大将軍はクムワ王のいうことしか聞かない、聞き入れたとしても追撃向きの機動性を有しているとは思えない・・・やっぱり朱蒙しかダメか・・・。
 心のどこかに引っかかるものを覚えながらも、朱蒙に頼らざるを得ないところがワンマン殿下帯素の泣き所でもあるのだ。
 帯素は朱蒙を呼び、匪賊追撃を命令する。
 小隊を率いて匪賊追撃に出た朱蒙らは、敵は本能寺とばかり、すぐさま行く先を変える。
 もちろん、偽装の流民移送を実行するためだ。
 流民収容所に到着した朱蒙は、疑いの目を向けてくる隊長を討ち、流民移送を開始する。
 予定外の行動を知らされた帯素の追撃隊と逃げる朱蒙らとの攻防は、このドラマ最大のハイライトと言ってよいが、ここは別の機会に詳しく書くとして話を先に進める。
 
 多くの流民を引き連れ、夫余からの脱出に成功した朱蒙らは、天然の要塞ポンゲ山に砦をかまえる。このことを知った神女ヨミウルの一行もやってきて合流する。
 ヨミウルは、流民たちにクワを持たせなさい、とアドバイスする一方で、当面の兵糧確保の道筋として、敵対する漢への貢ぎを行う者たちの荷を奪うようにすればいい、と持ちかける。
 朱蒙はそれを実行に移していく。その途中には、妻イエソヤの父の命を奪った裏切り者を討ったりする場面もあったりするが、朱蒙が遠行する召西奴一行に遭遇するのはその時である。
 この場面に僕はしびれた。かんどうした。なぜ、感動したかというと、いろいろの伏線を経てこの場面が用意されてきたからだ。僕が長々と書いてきた文章を読んでいただけばそれがわかっていただけるだろう。
 ある草原を行く召西奴一行。召西奴は妊娠しているとの報も届いている。そのアガシー(お嬢さん)がなぜ遠行に・・・?
「何があったのか、調べてみましょうか」
 と問いかけるマリ。
「いや、いい・・・」
 言葉少なく答え、苦渋の表情とともに召西奴一行を見送る朱蒙。
 イエソヤと婚礼をあげた朱蒙にすれば、召西奴アガシーは心から追いやってしまわねばならないのだろう。
 しかし、現実は思わぬ場所で二人は出会っている。
 これが縁なのだ、というのをこの場面はしっかりと物語っている。
 たった五分間のこの場面に僕は感動したのである。
名前:
コメント:

※文字化け等の原因になりますので顔文字の投稿はお控えください。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

 

※ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

  • Xでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

最新の画像もっと見る

最近の「韓国ドラマ「朱蒙」」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事