マッスルガール第3話(1)
レフリーの練習に励むジホを見ながら梓は複雑な気持ちだった。彼が日本にやってきたのは母を探すためだと思っていた。他は頭になかった。
しかしそうじゃなかった。
動揺を抑えきれない梓はスポーツ新聞を拾い上げた。そのまま隠した。
リングに近づき、メンバーと一緒に練習に励むジホをじっと見つめた。
「キム・・・!」
見れば見るほど彼は新聞報道のユ・ジホと重なっていく。
「梓さん、何かキムを見つめる視線が熱くないですか?」
横から声をかけられて振り向く。
腹筋運動に精を出すつかさと薫が梓を観察していた。
「確かにちょっとカッコいいかもしんないですけど、何かナヨつくないですか? やっぱり男は腹筋むっくり割れてないと・・・! ねえっ」
梓は即座に否定した。
「何言ってんの。そんなんじゃないわよ。白鳥プロレスは三禁です。恋愛はご法度です」
「はい」
そこへジホが首を出した。
「三禁って何ですか?」
梓は一瞬たじろいだ。
「びっくりしたーっ!」
ジホを見て答えた。
「三禁というのはね。酒、たばこ、男の三つをたしなんではいけないという掟です」
「なぜですか?」
「それは」
梓が説明しかけた時、カメラのシャッター音がした。
「隠し撮り!」
つかさが叫んだ。
「痴漢か、このヤロー!」
つかさに続いて薫も当人目がけて突進した。
つかさが男からカメラを奪い、薫が男を組み伏せた。足で首をしめあげた。
そこへ舞があわてて駆け寄った。
「やめて、やめて! この子、痴漢じゃないの」
そう言って男を助け出した。
「この人、私のファンなの」
「ファン?」
あっけに取られている梓らに男はちょこっと頭をさげた。
舞らは練習に励んでいる。
梓はさっき隠した新聞を引っ張り出していた。ジホの特集ページに見入り、確信が強くなってくるのを抑え切れなかった。
「やっぱり・・・!」
この時、舞の声が聞こえた。
「顔はダメだよ。ボディ、ボディ!」
「何言ってるんですか。それじゃあ、練習になんないっすよ」
殴りかかろうとする相手に舞は後ずさっている。
「ああ、ちょっとちょっと!」
つかさが梓のそばにやってきた。
「舞さんの様子、何かおかしくないですか?」
梓は舞の方を見た。
「舞だっておかしくなる時くらいあるわよ」
そう言って笑い飛ばした。
「さあ、仕事仕事」
ジホはニンジンの皮をむきながら鼻歌を歌っている。そこへ梓がやってきた。
梓を見てジホは言った。
「梓さん、今日は僕がカレーを作ります」
「あはっ、ありがとう」
少し考えて、梓はジホのそばに来た。
「キムってさ、韓国では何してたの?」
「えっ?」
「学生? 働いてるの? 休んでるんなら大丈夫なのかなあ、と思って・・・!?」
「ああ、あの・・・それ・・・はた、働いてました。でも・・・お母さん、探すために仕事はやめました。だから、今は・・・無職です」
「プータロウね」
「はい。だからね、お休みしても大丈夫です」
「そっかーっ」
「はい。あっ、お米ないですけど・・・!」
「えっ?」
舞は追っかけファンのカメラマンと待ち合わせていた。彼を待つ間はお顔の手入れに余念がなく、彼が現れると手を振って精一杯愛らしく振舞う彼女だった。
「今月も赤字か~!」
梓は家計のやりくりで頭を抱えている。
「舞さん」
おっかけファンの声がする。振り向くとカメラのシャッター音。
「いい顔」
「ヤダ私、変な顔してました」
「そんなことないです。舞さんはいつでもかわいいです」
「かわいいだなんて」
舞は照れ臭そうに追っかけファンの胸を押した。追っかけファンは後ろに勢いよく押し倒されてしまった。
「いてーっ!」
梓はメンバーのところに顔を出した。
「あれっ、舞は?」
「おじいさんの妹さんの旦那さんの姪っ子さんの結婚式だって言ってましたよ」
「えっ!?」
「梓さん、聞いてないんですか?」
追っかけファンと一緒に歩いている時、舞は彼の手を両手でそーっと握ろうとした。
「舞さん」
彼が振り向くとその手をさっと引っ込めた。
「は、はい」
「ん?」
「何でもないです」
ととぼけ、舞はちらと横を見る。
「舞さん、おかしいですよね」
「おじいさんの妹さんの旦那さんの姪っ子の結婚式なんて普通行かないよね?」
「そこ? じゃなくて梓さんに黙って休んでたということですよ」
この時、店に客が入ってきた。
店に入ってきたのは舞たちである。
ジホが舞に声をかけようとすると薫が手でその口をふさいだ。
そして全員テーブルの下に隠れた。
「お客様」
声をかけてきた店員にも黙っているよう促した。
ジホにも言った。
「いいから黙って見てろ」
「▲□×★ダブル☆△□ダブルトッピングのお客様」
「はい」
と手をあげた舞だが、その量の多いこと多いこと。追っかけファンの注文したのと比べたら倍はありそうである。体裁の悪い表情をしていると追っかけファンは言った。
「たくさん食べる女性って健康的でいいですよね」
その言葉に頬を赤らめながらも舞は元気を取り戻した。大口を開けて牛丼を食べ始めた。
二人の様子を覗き見てつかさが言った。
「これってデートですよね? ねえ」
他も者も同調した。
舞たちは食事をすませ川べりの道に戻ってきた。
「牛丼美味しかったですよね」
「そうですね」
追っかけファンは足を止めた。舞を向き直った。
「舞さん」
「はい」
「あの・・・、舞さんさえよければ僕の家に行きませんか」
「えっ!」
驚いている舞の腕を追っかけファンはつかもうとした。
「痛い!」
舞は叫んだ。
追っかけファンはあわててつかんだ腕を離した。
舞はそこを手で押さえた。
「あっ、ごめんなさい。そんなに強く握ったつもりじゃなかったんです」
舞は首を振った。
「違うんです。寺元さんのせいじゃないんです。その・・・今日はごめんなさい」
「はい。、ちょっと急ぎすぎましたよね。ごめんなさい。何か、舞さんのこと好きになり過ぎちゃって・・・あせっちゃいました」
これを聞いて、二人のあとをつけてきていた四人は興奮。ジホは声をだしかかるがその口をまた薫がふさいだ。
「また、連絡します」
追っかけファンはそう言って駆け去った。
追っかけファンを見送る舞の表情には寂しさがある。彼女は袖をまくった。彼女の腕には猛練習で痣ができていた。
彼女は呟いた。
「こんなのを見せられないよ」