昨日3月11日は震災12年目。
ずっと脱原発できましたから、
放射能被害を無かったものにしてる復興政策には、
相容れないものがあります。
しかし、現実的には、復興政策は進められているのであり、
善良な人達も復興政策に期待している人も多いのは事実です。
ここで脱原発の意思表示してそれを貫こうとすれば、
分断対立が起こります。
既に日本政府が、日本のための政治をしてい無い中で、
国民同士の分断対立は、相手の壺に嵌ってしまいます。
原発は世界の政治経済をコントロールしている組織の
支配利権システムの中にあり、国民が国に対し或いは企業に対し
問題の解決を迫ろうとするのは、迫る相手が違うと思います。
政府が株式会社であり利益最優先、
国民から搾取するけど救済はしない、、
原発事故12年で、原発廃炉、健康被害救済、
避難者への納得いく政策が行われてきたでしょうか?
そしてこのワクチンパンデミックが、
世界支配システムの狂人の人口削減が目的であるなら、
原発事故も放射能被害も、
その一環と考えて、被害者云々は問題にしていないと思います。
健康被害にしても、放射能、ワクチン、化学物質、
科学テクノロジーから発せられるものか、
その原因は不明で、
健康補償問題もより困難になっていくと思われます。
更に昆虫食ですから、、、。
私達は昆虫を食べる爬虫類同等に扱われています。
ここで医師の判断や、政府に救済を求めることは、
自滅に向かうようなもの、
そのように考えるのが普通です。
では、もう希望がないのでしょうか?
現在は歴史の転換期にあって、
裏が表になるかどうかの瀬戸際にありますから、
世界の政治経済社会システムが今までの支配者から、
人類の手に取り戻す、みんなでその様に
意識を変えればいいのです。
それには、悪魔の統治する社会その現実を知る必要があります。
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昨日は震災で亡くなられた方、
まだ行方不明の方に
私なりの慰霊をさせて頂こうと
双葉郡の太平洋岸を北上しました。
富岡インターから南下、四ツ倉海水浴場へ。
津波被害防止の為防波堤が高く作られ、
以前の見えていた海が見えなくなっていました。
歩道が作られてハマナス、黒松が植えられて、ベンチが置かれていました。
年配の方、三々五々、海の方を見ていたのは今日のこの日、
何かを思い巡らせていたのかもしれません。

四ツ倉港から富岡方面を見て。l
気がつけば、海は穏やかに波打って、
空は雲ひとつなく太陽が暖かく感ぜられました。
その後、
広野町へ、海岸線を北上サッカー場Jビレッジ過ぎ、
岩沢海水浴場、、
南側には火力発電所の煙突が見えます。

何も無い小さな海水浴場、家族グループで貸し切り出来たら楽しいかも、
でも、海がどの様に汚染されているかが問題。
次は楢葉天神岬、、
二度目ですが、かなり整備され大きな公園になっていました。
先ずは腹ごしらえ、カレーを。
その後海岸に向かいますが、観光地の感あり
新たにイメージチェンジした様で家族連れにはいいかもしれません。

展望台から、

震災、復興記念モニュメント。

何と、弥生遺跡、土器出土。

「ふるさと」の歌碑。
埼玉に避難していた頃、参加した集会、イベントでは必ずこの歌が、、
でも、途中で歌えなくなってしまって、、、。
未来に明るい希望が見えたら、その悲しい思いも消えるだろうと思う。
それがいつになるのか、、。
この天神岬には何か、明るい兆しが感じられ、
この地で生きることに前向きになれました。
富岡町、
震災後
津波で骨組みだけ残して、
駅舎がなくなってしまったのを見た時は衝撃でした。
現在は、機械化され駅員さんも見当たらず、
寂しい感じがします。


改札口から見える海。
一番先に復興に着手して、
駅前広場、スーパー、住宅、ホテル全て新しくなって、
以前の面影が全く残っていません。
新しく出来た海岸道路を走って海岸に降りる道路へ。
パトカー数台、消防車が停まっています。
海岸砂場には30人ほどの消防隊員、そしてTV報道陣、
NHKの腕章をつけていました。
通りすがりの人に何をしているのかを尋ねますと、
捜索、、とのこと。
そうか、今日の日の報道のための、、、。
この通りすがりの年配母親と35歳前後と思われる息子さん、
聞くともなしに息子さん聞くと、
お兄さんが流されたまま見つかっていないとの事、
諦めるに諦められない、、と話されました。
この(映像のための?)捜索の様子に、
複雑な想いがあるのでは無いでしょうか?
そのような話をしていると
警察官と消防隊員の方が海に向かって整列はじめました。
時間を見ると、あの日あの時の時間、、
皆さんが海に向かって黙祷を捧げられました。
犠牲になられた方に、助けることのできなかった御霊に
無念の想いを持たれているのでは無いでしょうか?
殉職された方もいるとのことです。


次は大熊町ですが、海岸線はさすがに侵入禁止です。
双葉町
伝承館過ぎて海側へ堤防から南側見ますと海水浴場の建物の屋根、
確か三角屋根だったような。


山側に目をやると夕暮れの中に伝承館の明かりが、、。

今回はイベントには参加せず、
そのまま浪江へ
海岸線で請戸港へ、
メディアがたむろしていたのを過ぎて、、

海岸から見た請戸全地区は広い範囲で平地のままです。
海岸線を北上、慰霊をさせて頂きました。
帰宅は双葉駅から、双葉駅前でキャンドルナイト、
見えにくいですが左下方にろうそくが見えます。

母の実家へ、叔母の家跡地の見納めを、、。

建物は変わりましたが、小さい頃遊んだ場所です。
復興政策は実際はそれ程力が入っている感じはしません。
国内国外に向けて復興をアピールしてだけとも受け取れます。
しかし、内実的には原発容認国策、
利権も絡んで何かが進められている気がします。
実際、311関連イベントには、事故当時から事実を隠し、
放射能被害には蓋をして復興政策の為に活動してきた人達が、
調査、研究報告会と名を打って、講演会を開催しています。
3月11日
トークセッション「高校生と考える震災伝承」高校生3名
「震災12年の軌跡とこれから」高村 昇、カンニング竹山、
3月18日には「東日本大震災・原子力災害伝承館 調査部門活動報告会」が開催され、脱原発側から見て悪名高い、開沼博氏が登場、
その講演題が「ハコにヒトを流し込むために」とあります。
ちょっと、あまりにもあまりでは無いでしょうか?
内容を聞いていないけれど
そのまま受け止めると、ハコにヒトを流仕込む、、、。
彼のこれまで被害者に対しての見方が新たにわかった次第。
ある意味、納得しました。
どの様に復興して行くのか。
カテゴリ「ふるさとは、今」は、ワクチン問題に押され気味で
中断状態でしたが定期的に発信して参ります。
2023 3/13 1:30