2013.2.18 23:00 (1/5ページ)[九州から原発が消えてよいのか]
前立腺がんを患った佐賀県鳥栖市在住の団体職員の男性(66)は主治医から摘出手術を勧められた。とはいえ、排尿などの後遺症に不安がある上、体にメスを入れることへの恐怖もある。そこで、「高額だが、簡単で体への負担が少ない」とされる「重粒子線がん治療」を選んだ。
エックス線やガンマ線よりも質量が重く、破壊力の強い炭素イオンなど「重粒子線」を患者に照射し、がん細胞をピンポイントで狙い撃ちし、切り取らずに死滅させる最先端の医療技術だ。男性がこの治療法を知ったのは地元・鳥栖市のJR新鳥栖駅近くで、「九州国際重粒子線がん治療センター」(サガハイマット)の建設が進んでいたからだった。
だが、完成は平成25年5月の予定。男性は「そこまでは待てない」と考え、平成24年2月、同じ設備を持つ千葉市の放射線医学総合研究所に1カ月間入院した。週4回、20~30分程かけベッドの上で重粒子線の照射を受けるだけ。食事制限もない。
「痛みも熱さも感じず、照射中と気付かないほど。驚くほど楽でした」
サガハイマットは全国4番目の重粒子線がん治療施設。岡山県以西では初めてとなる。退院後すぐに職場復帰を果たし、以前と変わらない生活を送っている男性は、サガハイマットの開業にこう期待を込めた。
「私は遠方の施設に入院するしかありませんでしたが、近くに施設があれば、長期入院せずに働きながら治療を受けられるようになる。九州のがん患者にとって本当に朗報ですよ」
寄付39億7千万円
ところが患者の熱い期待を集めるサガハイマットに思わぬ逆風が吹き始めた。
運営するのは佐賀県と県医師会が設立した公益財団法人。開業に必要な事業費は150億円に上るが、当初、佐賀県の負担は20億円にとどまり、残りの大半は九州財界を中心とした寄付で賄うことになっていた。
最大のスポンサーは九州電力だ。とはいっても九電にとっても過去最大の寄付額となるだけに39億7千万円を数年間にわたり分割して捻出する手はずだった。
これに一部メディアがかみついた。
「寄付突出、乏しい説明 九電と県、互いに依存」
朝日新聞は24年11月1日付西部版朝刊1面で「電力8社赤字 計6700億円」との見出しで全国電力10社の中間決算の内容を報じた上で、社会面で九電の寄付を以下のように“断罪”した。
《九州電力は原発を抱える地域に寄付金をばらまいてきた。収入に占める寄付の割合はほかの電力会社に比べても突出している。私たちが支払う電気料金は、決して「打ち出の小づち」ではない》
この後、早稲田佐賀中学・高校(佐賀県唐津市)の開校費用として九電が20億円の寄付を決めたことを、玄海原発のプルサーマル発電と絡めて「県庁内には、九電に寄付を頼むのは筋違いだとの声があったという」と批判。さらにサガハイマットをやり玉に挙げた。
《昨年度まで9年間の寄付額は、計約104億円。立地自治体には、国から電源三法交付金が支給されている。電力会社が寄付をする必要はあるのだろうか。
九電の瓜生道明社長は記者会見で「寄付はCSR(企業の社会的責任)の一環」と説明した。疑問がある。私たちは電気を買う会社を自由に選べない。節電に取り組み、生活を切り詰めながら支払った電気料金が、「電気」とは全く別のものに使われてはたまらない。早稲田もサガハイマットも、使うには高い費用がかかり、利用者は限られる。広く集める電気料金の使途として、理解が得られるとは思えない》
この後も「寄付には『迷惑施設』である原発への見返りの性格がつきまとう」などと書き綴り、「値上げをする前に、不透明な寄付のからくりを見直してはどうか」と結ぶ。計4人の記者の署名があるが、その名にはあえて触れない。
利用者限られる?
果たして、サガハイマットは朝日新聞が言うように「利用者は限られ」「電気料金の使途として理解が得られるとは思えない」ような施設なのか。
サガハイマットを担当する佐賀県粒子線治療推進監の原惣一郎はこう反論する。
「苦しんでいる患者や家族は大勢いるし、今は健康な人もいつか患うかもしれない。高齢化が進めば、体に負担のかかる手術は受けられない患者も増えるでしょう。ですからサガハイマットが『限られた人』だけのものとは思いません。治療の可能性を大きく広げる、有意義な施設だと確信しています」
重粒子線がん治療は約300万円の治療費が全額自己負担で高額なことは確かだが、患部以外の組織を損傷しにくく副作用が少ないため数々のメリットがある。体力的に切除手術が難しい高齢者や、長期休職が難しい患者も通院治療が受けられる。顔面に骨肉腫ができると患部をえぐるように手術するしかなかったが、これにも効果があるとの治験が報告されており、特に女性や子供の患者には希望の光となっている。
医療保険の適用の可否は別の議論としても、平成23年の日本人の死因のうち「がん」は28.5%を占め、31年連続1位。がんは「国民病」といえる。
サガハイマットは年間患者数を初年度200人、2年目以降は400人、650人、800人-と漸増すると見込む。福岡県は、利用者の3分の1を県民が占めると見込み、24年度予算で異例の越境補助金5億9千万円を盛り込んだ。
これほど公益性のある寄付を「けしからん」というのは理解できない。「赤字なのにけしからん」と言うのならば、赤字の原因である原発停止を是とし、再稼働を猛批判するのは矛盾する。
しかも九電が39億7千万円の寄付を決めたのは平成22年春、福島第1原発事故が起きる前だ。すでに支払った額は3億円に過ぎず、玄海、川内両原発の停止による燃料費増大により、残りの寄付はやや遅れているが、九電はなお寄付総額は変更しない方針だという。
九電が寄付を決めなければ、サガハイマットは開業に至らなかった公算が大きい。こういうことを考え合わせると、やはり朝日新聞の主張は暴論と言ってよいのではないか。
「懸念」の声の主は?
朝日新聞西部版による九電バッシングはこれだけではない。
23年8月28日付社会面では「九電寄付、佐賀に集中 県要請、3事業65億円」の見出しでこう報じた。
《九州電力の玄海原発がある佐賀県内の3事業に、九電が計約65億円の寄付を決めていることが分かった。(略)九電との密接な関係が原発運転再開などを巡る県の判断に影響を与えかねない、と懸念する声が出ている》
「懸念する声」の主は、福島大副学長、清水修二と、市民オンブズマン連絡会議・佐賀の味志陽子。
清水は「原発になお地域の未来を託せるか」(自治体研究社)「差別としての原子力[新装版]」(リベルタ出版)などを著し、「原発いらない! 3・11福島県民大集会」の呼びかけ人の一人でもある。
味志は23年7月、原発再稼働反対を訴えて佐賀県庁のロビーに寝っ転がる抗議活動を試み、職員に制止される騒動を起こしている。「懸念の声」を上げて当然だと言えよう。
一方、寄付について、九電相談役の松尾新吾は2月4日付の産経新聞のインタビューでこう語っている。
「九電が『電気を起こす以外のこと、地域振興などは関与しません』という会社でよいのでしょうか。昔から九電には『九州という地域と九電は運命共同体だ』という考えがある」
九電は公益企業として自治体や公益法人への寄付を続けてきた。平成23年度は計13億円。過去の寄付がすべて適切だというつもりはない。自治体の原発政策に影響を与える可能性もないとは言わない。
だが、九州で唯一の売上高1兆円超える企業が、公益性を一切考えず、ひたすら利益を追求する方がよいのか。まして、九電が寄付をすべて中止したとして、原発停止に伴う年間数千億円の燃料費増を埋め合わせようはなく、4月からの家庭向け8.51%の料金値上げを避けられない。
そもそも朝日新聞は朝鮮学校に税金を投入する高校無償化を訴え、朝鮮学校への補助金廃止などにも異を唱えてきた。がん治療よりも朝鮮総連の方が公益性が大きいと考えているのだろうか。(敬称略)
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