ケセランパサラン読書記 ーそして私の日々ー

◇『ヒトラー爆殺未遂事件 1939』  ヘルムート・オルトナー 著  那須正美 訳 白水社

サブタイトルが  “「イデオロギーなき」暗殺者ゲオルグ・エルザー” 。

昨年、2022年11月25日発行。

私がゲオルグ・エルザーに興味を抱き、調べて、ミュンヘンやケーニヒスブロンを、うろうろと歩き回っている時には、このようなまとまった資料となるべき書物がなかった。

ある一文を書くために、ひたすら、あちらこちらを、一人で歩き廻っていたものだった。(ああ、その拙文も、今年中には完成させなば、ならない😅)

ケーニヒスブロン駅前の、ゲオルグ・エルザー。


ゲオルグ・エルザーがヒトラーの爆殺に爆弾をし仕込んだ現場跡ビュルガーブロイケラーのこの場所だ。
まさにヒトラーが演説をする演壇の真後ろの柱に、エルザーは1ヶ月かけて、時限爆弾を仕込んだ。

現在はガスタイク。
コンサートホールになっている。




ゲオルグ・エルザーが、この場所でヒトラーを爆殺しようとしたことが記されているプレート。



エルザーは、日々の生活、子どもたちの教育環境や、教会や、職業というか仕事など、自分を取り巻く環境が、少しずつ変化していくことを気づていた。
それがナチ党の総裁ヒトラーに所以することを、敏感に感じとっていた。

家具や時計を作る職人だったエルザーは、秘かにたった一人で、ヒトラーを爆殺することを計画する。

ビュルガーブロイケラーのヒトラーが演説していた場所が、爆破された。
しかし、この日は霧が濃く、ヒトラーは飛行機でベルリンへ戻るはずだったが、急遽鉄道に切り替えた。
それにより、ヒトラーは演説を早めに切り上げ、一命をとりとめる。

ヒトラーは、自殺するまでに40回あまり暗殺から、ほぼ偶然の状況で、逃れれることができた。
悪魔が憑いているとしか思えない。


ゲオルグ・エルザーが逮捕されたコンスタンツのスイスとの国境。




ベルリンのゲオルグ・エルザー。


エルザーは、1945年4月9日、ダッハウの強制収容所で殺害される。
焼かれた灰は、ダッハウ強制収容所の地面に撒かれた。

ダッハウ強制収容所。








最新の画像もっと見る

最近の「今日の一冊 」カテゴリーもっと見る

最近の記事
バックナンバー
人気記事