夫が「昼めし、うどん、食べに行かないか?」と言いました。
「いいよ」と、私。
私の好きな伏見稲荷の階段も
すっかり秋めいておりました。
いつもように、丸亀うどん。
いつものように、かき揚げを半分、夫にあげます。
夫は、珍しい事にコマイの天麩羅です。
うどんの箸を置くと、
夫が「北大、行ってみないか?」と、言いました。
「いいよ」と、私。
「でも、スイカもお財布も持って来てない」と、言う。
「いいよ。俺、財布に現金、ちゃんと入ってる」と夫。
それで、路面電車に乗りました。
路面電車は大通り4丁目で降りて、大通り駅地下鉄南北線で、北18条駅まで行きます。
北海道民は、南北をナンポクと発音します。
私は、パソコンを使うようになって、南北は、ナンポクではなくナンボクなんだと知りました。
つい最近まで、地下鉄南北線はNANPOKUと表記されていたのに、いつの間にやらNANBOKUに変更されていました😤
「地元の言葉を捨てるなんて!! 札幌市、日和見主義だろー!」です。
というわけで、北18条駅で、地下鉄を降りて、北大へ向かいます。
このエリアは、私の実家があった、とても懐かしい場所です。
「高校生になるまで、狸小路から南は、行ったことがなかったよ」と言うと、夫は「俺は札幌駅から北には、北大に行くまで行ったことがなかったよ」と言いました。
そんなことを話ながら、
北大構内の始まりです。
この湿地が懐かしいです。
『七帝柔道記』(増田俊也著)が、
ひたすら鍛錬をした道場です。
真冬の吹雪の日は、遭難しそうな北大構内の一角にあります。
来れて、よかったです。
北大第2農場へ行きます。
第2農場の入り口ゲートです。
ゲートを入るとこの風景です。
第2農場が、農学校の
始まりです。
クラークもケプロンも
新渡戸稲造も、いたのです。
新渡戸稲造も、いたのです。
高所恐怖症なのに、階段好き。
階段をみたら、上らないではいられない。
またまた、階段発見!
樹齢が100年は経ってるのかな。
楡影寮(ゆえい寮)の跡の
記念碑です。
この場所に、楡影寮が
あったのです。
「Tくんがさー、ここで、死んだんだよ」と、初めて言ってみた私。
「うん」と、夫。
恵迪寮へ向かいます。
いわゆるポプラ並木より、立派なポプラです。
「手稲山だね」と私が言うと、
「羊群声なく牧舎に帰り 手稲の嶺(いただき)黄昏こめぬ 」と、夫が歌い始めました。
「北大生は、みんな『都ぞ弥生』歌うんだね」と私。
「うん」と夫。
トイレがありました。
トイレまで、牧歌的😁
新渡戸稲造の胸像が
あります。
どんぐりが、並べられています。
「I wish to be a bridge across the Pacific.」と刻まれていました。
なぜか、英語です。
医学部のあたりに来ました。
銀杏並木です。
これが黄金に色づくと、とても美しいです。
昔は、アシ葦だかヨシ葦に
おおわれた沼でした。
本物のポプラ並木です。
左に広がるのは、北大第1農場です。
クラーク会館へ向かう道。
これが有名なクラークの胸像です。
「Boys, be ambitious」と刻まれています。
こちらの英語は、まぁ、仕方がないよね、というところです😆
古河講堂です。
コロニアル風の建物も、カップルお二人も素敵です。
北大正門前に広がる中央ローンです。
サクシュコトニ川です。
この場所は、子どもの時、よく遊びにきたところです。
その頃は、枯川でした。
この川に畔には、アイヌの集落があったそうです。
現在も発掘が行われていました。
中央ローンから、
サクシュコトニ川沿いにあるカフェへ向かいました。
この段階で15,000歩ほどになり、ひと休みせずにはいられません。
パンケーキを食べました。
パンケーキ1500円。高っ!と思い、「のみもの、いらないよ」と言ってトイレへ行きました。
戻ってきて、しばし。
パンケーキと、なんとコーヒーが運ばれてきたのです😊
パンケーキと、なんとコーヒーが運ばれてきたのです😊
なんか、「サンキュッ!」でした。
因みに、このカフェでは、北大産牛乳が飲めます。
北大南門です。
「南門を出たら、統一教会があったよね?」と、私が言うと、夫が「えっ!?」と、驚きの声を発すると「統一教会じゃない!! 独立教会だ」と言った。
うっかり間違うにしても、とんでもない間違いでした。
内村鑑三、新渡戸稲造、宮部金吾たちに、殺されます。
しかもキリスト教聖公会の
教会でした。
北大南門から札幌駅までの間に紀伊國屋書店があります。
そこに立ち寄って本を2冊買いました。
今日、夫が買ってくれた物。
北大グッズ😊
今日、買った本2冊。
この本代も夫が払ってくれました。
今日、一日、夫にありがとう!です。
基本、私たち夫婦は独立採算制、なのです。
そして、
どうであれ、青春グラフティの、19,364歩13km でした。