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はじめに
1. リビアへの言及
1.1 国連安保理決議1973の曲解
1.2 西側人権団体の声明
1.3 ロシア語版 WikiPediaに見るロシア側の認識
2. 国際法に注目する理由
更新履歴
はじめに^
下記の記事で、現在進行中のロシアのウクライナへの武力行使が「集団的自衛権」の発動として
解釈可能な要件を満たす手順を踏んで、実行に移されていることを見た。
ウクライナでの武力紛争に関連する国際法
少なくとも、ロシアが「国際法の枠内で行動する」というメッセージないしシグナルを発した事は、
関連する国際法を十分理解している者には伝わった。
別記事(それぞれの正義と絶対の正義、そして国際法)の中で、武力行使開始直前のプーチンの演説に
ついて、「国際法の適用条件の細部にまで(さりげなく)注意を払った表現が随所に見られる」と述べた。
例えば、「セルビア(の首都ベオグラード)、リビア、シリア、イラクへの西側諸国の武力行使は、全て
非合法」と指摘した箇所で、対象国ごとに言い回しを変えている。これは、武力行使状況の違いのほか、
「リビアでは国際法の解釈に関連する状況が他と違う」ことを意識しているためである事を説明しよう。
1. リビアへの言及^
【演説全文】ウクライナ侵攻直前 プーチン大統領は何を語った? | NHKニュース
「リビアに対して軍事力を不法に使い、リビア問題に関する国連安保理のあらゆる決定を曲解
した結果、国家は完全に崩壊し、国際テロリズムの巨大な温床が生まれ、国は人道的大惨事に
みまわれ、いまだに止まらない長年にわたる内戦の沼にはまっていった」とある中で、特に
「リビア問題に関する国連安保理のあらゆる決定を曲解」という箇所に注目して欲しい。1つ
だけ西側諸国が「曲解」した国連安保理の決定の具体例を挙げるなら、国連安保理決議1973が
よいだろう。
1.1 国連安保理決議1973の曲解^
国際連合安全保障理事会決議1973@日本語版Wikipedia
「国連安保理決議1973は、リビアにおける停戦の即時確立を要求し、文民を保護する責任**を
果たすために、国際社会によるリビア上空の飛行禁止区域の設定と、外国軍の占領を除いた
あらゆる措置を講じることを加盟国に容認」** 国際法用語としての意味は上記リンク先参照。
NATO諸国(武力行使不参加のドイツは除く)は、同決議を政府軍支配地域への空爆を正当化する
根拠とした。なお、下記の記述が西側諸国の理解(プーチンが指摘する曲解)と考えられる。
2011年リビア内戦@日本語版Wikipedia
「17日に国連安保理に、保護する責任(*)として飛行禁止区域の設定と空爆を承認する決議が
かけられた。カダフィ大佐を支持していたロシア・中国ももはやカダフィ大佐をかばいきれ
なくなり、拒否権を行使しなかった。」
何が「曲解」と考えられるかと言えば、もちろん空爆についてである。「外国軍の占領を除いた
あらゆる措置」とあるから、(文民への被害を生じやすく、戦時国際法違反になる可能性が高い)
空爆をしてもよいというのは、目的が「文民を保護する責任を果たすため」である事や飛行禁止
区域の設定が政府軍の空爆(による文民への大きな被害)を止めるために認められた、という
経緯を無視しているので、「曲解」とするプーチン(そして当時のロシア)の主張には十分な
道理がある。当然ながら、決議に「空爆」を認めると明示的に書かれてなどいないし、ロシア、
中国が拒否権を行使せず、決議案の成立を棄権という形で消極的ながら認めたのは、目的が
「文民の保護」という人道上の配慮であるという認識に基づいている。
よって「2011年リビア内戦」の日本語版Wikipedia での記述は中立性に疑義があると言えよう。
2022-10-14: そもそも「カダフィ(=政権側)が悪いので攻撃してもよい」という話は、どんな
国際法からも出て来ない。単に「政権側の空爆による文民保護への被害を止める」という以上の
話は安保理で協議されてなどいないわけで、ロシアや中国はカダフィ政権の空爆阻止を容認して
棄権したに過ぎない。
ところが、西側(NATO)諸国は、政府軍への空爆=反政府勢力支援=政権転覆作戦を実行した。
∴「文民保護」ではなく、あからさまな「侵略」であり「NATO空爆による文民被害」すら発生。
https://www.unic.or.jp/files/s_res_1973.pdf
「安全保障理事会決議 1973(2011)
2011 年3月 17 日、安全保障理事会第 6498 回会合にて採択」
当然、上記のどこにも「(文民の被害が大きくなりやすい)空爆」の許可への言及などない。
そもそも「空爆被害を止める」という話だったのだから、「そのために空爆をする」という
解釈など「あり得ない」はずだが、それを曲解して見せるのが、西側諸国の鉄面皮な所。
もはや「レトリック」というより「嘘」。前記の日本語 WikiPedia の説明も同罪で言語道断。
WikiPedia のカダフィの項も中立性を欠いているというかデタラメ (→別記事を参照)。
1.2 西側人権団体の声明^
【声明】リビアに関する欧米諸国等の軍事行動についての声明 | ヒューマンライツ・ナウ
「そもそも、 決議1973は、「市民を保護する」ことが「すべての必要な手段」を取る目的
だとしており、この目的を逸脱して市民を攻撃することは許されない。」
「リビア政府、反政府勢力のみならず、多国籍軍も、国際人権法・人道法・刑事法の義務を
完全に履行しなければならない。」
「 軍事行動の標的は軍事施設やその他の軍事目標に絞られなくてはならず、民間人を標的に
する攻撃は違法である。」
「すべての紛争当事者には、民間人被害を避けるための実行可能なすべての予防措置を講じる
義務がある。」
人権団体が上のような声明を出したのは、NATOの空爆が国際人権法・人道法に反していると
疑わざるを得ないものだったから。
1.3 ロシア語版 WikiPedia に見るロシア側の認識^
ロシア語版 WikiPedia を Google 翻訳で和訳したページ(↓各節表題にリンク)から抜粋/編集。
1.3.1 リビアへの介入@ロシア語版WikiPediaでの説明より
注)「リビアへの介入」という項目自体が日本語版や英語版のWikiPediaには存在しない。
(1)「空爆による当事者の損失と死傷者」
「リビア保健省」:「作戦開始(3月19日)から5月26日までにリビア国内で700人以上の
民間人が殺害された(他の情報源によると1000人以上)。」
「イラン」:「 NATOによるリビア空爆により民間人4万人が死亡」(2011年3月19日-10月31日)
(2)「介入に対する国際的な反応」
「リビアへの介入には18カ国が直接関与」
「一部の国*は、国際連合軍の行動は国連安全保障理事会決議第1973号の範囲を超え、
国家主権の侵害であると評価」
*「ベネズエラ、ロシア、ベラルーシ、中国、ボリビア、トルコ、ウガンダ、南アフリカ…」
1.3.2 国連安全保障理事会決議1973@ロシア語WikiPediaでの説明より
注)↑リンク先の「決議に対する国際的な反応」の節から。
(A) ロシア(原文は時系列順。ここでは発言者毎にまとめた): (a),(b),(c),(d)
「Россия ロシア」
(a)「ウラジーミル・プーチン」(当時は首相。∴外交は管轄外。i.e. 個人的見解)
(1)「これは中世の十字軍への呼びかけを思い出させます。」
(2)「他国の紛争に介入する米国の政策は「良心も論理も存在しない」安定した傾向」e.g.
(i)「クリントン大統領」:「ベオグラード爆撃」
(ii)「ブッシュ・シニアとジョージ・W・ブッシュ」:「イラクとアフガニスタン爆撃」
(b)「セルゲイ・ラブロフ外務大臣」
(1)「リビアに対する西側の軍事介入は国連決議に矛盾する」
(2)「リビアで起きていることは国連安全保障理事会が認めた任務の範囲をはるかに超えて
…連合国は実際、次のことを公然と発表している。
『その任務には政権交代が含まれる』+『カダフィ大佐とその親族は…正当な標的』
これは完全にやりすぎ」
(3)「リビアでは、決議第1973号の枠組みに当てはめるのが難しい目標を含め、通常よりも
さらに集中的に爆撃が再開された」
(c)「ロシア連邦の国連常任代表ヴィタリー・チュルキン」
(1)「リビアにおける国際軍事連合の行動は国連安全保障理事会決議の範囲を超えている」
(2)「民間人を保護するという崇高な目標は、無関係なタスクを並行して解決しようとする
試みによって損なわれるべきではありません。」
(d)「ロシア外務省の人権・民主主義・法の支配担当局長K.K.ドルゴフ」
(1)「軍事的な性質を持たない対象が…破壊され…民間人が殺害された」
(2)「国連安全保障理事会決議第1970号 と第1973 号からの…重大な逸脱」
(B) ロシア以外からのNATO批判の例
(a)「Белоруссия ベラルーシ」/ベラルーシ外務省
(1)「リビア領土に対するミサイルと爆弾攻撃は国連安全保障理事会決議第1973号の範囲を
超えており、民間人の安全を確保するという国連安全保障理事会決議第1973号の主目的に
矛盾している」
(2)「紛争の解決はリビアの国内問題であり、外部からの軍事介入なしにリビア国民自身に
よって確実に解決されなければならない。」
(b)「Уганда ウガンダ」/「ウガンダ大統領ヨウェリ・カグタ・ムセベニ」
(1)「なぜアフリカの安保理メンバーが爆撃決議に賛成票を投じたのかは明らかではない」
(2)「これはアフリカ連合の決定に明らかに矛盾しており…投票は違法」
(c)「Франция フランス」i.e. リビア人の訴訟+爆撃当事国での内部告発
「フランスの著名な弁護士ジャック・ヴェルジェ氏と元外務大臣ロラン・デュマ氏」:
(1)「フランスのニコラ・サルコジ大統領を「人道に対する罪」で告訴する意向」
cf.(「リビア外務省のイブラヒム・ブザム報道官」:「委任状に署名した家族の代表
約30人の…リビア人家族に代わってフランスの裁判所に申し立て」)
「デュマ氏」:
(2)「民間人の保護を目的としたこのNATO作戦が今や民間人に死をもたらした」
(3)「主権国家に対する残忍な侵略」
「ヴェルジェ氏」:
(4)「NATO諸国=「殺人者」。「フランス国家は「詐欺師と殺人者によって運営されている」」
2. 国際法に注目する理由^
最後に、ウクライナ紛争について、国際法観点からの記事ばかり書いてきた意図を述べると
「ともかく議論の客観性を確保したいから」ということに尽きる。
国際紛争のさなかには、事実の見極めが平時より難しくなる。当事国の政府発表や報道機関の
発表は、その時の都合次第で嘘や根拠のない憶測が占める度合いが劇的に増大する。現場への
接近が難しくなるため、情報源が極度に限られてしまう
かっての日本の「大本営発表」は、いまでは普通名詞として虚偽発表を意味するようになった。
さらに、当時の報道機関も「大本営発表」を拡散するだけでなく「戦意高揚に資する」記事を
乱造していた。第二次大戦以前の日本が関与したあらゆる紛争時も同様。
日本に限らず、国際紛争時の報道や政府発表が事実から遠い事は多い。しかも、そうした政府
発表や報道は(恐らく意図通りに)社会的熱狂を引き起こしてしまうので、平時であれば、
「事実は異なる可能性」を納得させ得る情報が出ても受付ない人が増える。「事実は異なる
可能性」についての議論あるいは言説自体を受付ない人も多くなる。
現場に接近できる情報源が限られるために「第三者による確認」が得られず、「水掛け論」に
なりそうな事実については、「判断を保留する」/「判断を急がない」という立場を表明して
おき、全ての当事者が認める事実についての国際法上の解釈についてのみ論ずるなら、議論の
客観性を、ある程度ではあるが保てる。
「事の善悪」とは違い、法の解釈は「法学」という学問により体系化されており(数学の証明
での客観性には全く及ばないが)少なくとも、前提や推論手法を立場が異なる相手と共有する
方法論は、確立されている。