(その2より)
<Good Day Sunshine>
「ハル……ヒ、だよな?」
「当然でしょ、バカキョン!」 やっぱりか、判で押した様な回答を有難う。
「どうして、お前が此処に居る」
「決まってるじゃない、あんたが来るって知ってたからよ!!」
何てこった。 こいつ、予知能力を身に着けてしまったか。 何が『ハルヒの力は弱まった』だよ。 こいつが自分の力を自覚しちまったら……
「有希に今朝、朝倉から連絡があって『キョンが夜行で東京に向かったから』って」
何だ、そうだったのか。 心配して損したよ。
「朝ごはん、どうするの?」
「何も決めて無いが」
「ウチに来なさい!」
「良いのか」
「遠慮する事無いわよ。 ほら早く!!」
どわ、ハルヒ。 腕引っ張るな! 全く、強引な所は変わってねーな。 まあ人間の根本って奴は、そうそう変化する物じゃ無いし。 ホッとする様な、安心する様な。 って意味、一緒か。
通勤電車に乗り2駅、そこから高速鉄道に乗り換え区間快速で40分弱。
「ここよ!!」
「ほう」
如何にも『造成されました』といった風景が広がる駅前。 その一角に聳え建つ高層マンション、ここにハルヒと長門が住んでいるらしい。
「あたしの行ってる研究施設が近いからね」
「しかし、立派なマンションだな。 家賃高いだろ」
「あんたって相変わらず要らない心配するのね」
「ほっとけ」
「家賃は研究施設が持ってくれてるから。 ほら、入って」
「お邪魔します」
「いらっしゃい」
「お、長門か。 久し振りだな、元気だったか?」
「……それなりに」
「朝倉が『会ったら宜しく』って言ってたぞ」
「そう」
相変わらずの無口キャラだな。 しかし、以前に較べて表情の変化が大きい、か。
「そう言えば有希、今日はデートだっけ」
「……そろそろ出掛ける」
な、何ですと!? な、長門が、で、デートぉぉぉ?
「……失恋を忘れる為には新しい恋を、そう文献に記してあった」
そうなのか、長門。 ん、待てよ? 失恋って事は――長門、以前に恋をしていたって事なのか!?
相手は誰だ? 何て奴だ、長門を振るなんて! 許さん、許さんぞぉぉぉ!!
「……あなたには永遠に解らない」
「ほう、カレーか」
「そうよ、召し上がれ」
「いただきます」 ハルヒが朝ごはんを用意する、と言ったので何が出て来るかと思えば
「ん、美味い」
「でしょ? 昨日、煮込んだからね。 何時もは『毎週金曜日はカレー曜日』なんだけど、今日は有希がデートって言うから。
昨日のうちに今朝の分も作っておこう、と思って」
「そうなのか」
「ちょっと今回、作り過ぎたんだけど、キョンが来てくれて丁度良かったわ」
「それは何よりだ」
こいつと食事するのも十年振りか。 しかし、こいつとの間に流れる『空気』ってのは変わらない気がするな。
何時もと違う場所、時はあれから流れ、俺もハルヒも外見は変わってるって言うのに。
「しっかし、あんたって変わって無いわね~」
さっきのモノローグ、全否定ですか? ハルヒさん。
「そうか」
「そうよ。 だって東京駅で一目見て『あ、キョンだ!』って直ぐに解ったもの」
「へいへい、さいですか」
「あたしは……変わった、かな?」
「う、うん。 変わったぞ。 その、何て言うか、大人びた気がするな」
「そ、そうかな。 あ、お代わり要る?」
「え、あぁ。 頼むよ」
「ふぅ、喰った喰った。 ご馳走様」
「お粗末様」
「あ、片付け手伝おうか」
「良いのよ、気にしないで。 のんびりしてて」
「はいよ。 それじゃあ、お言葉に甘えるとしますよ」
鼻歌まじりで食器を洗い始めるハルヒ。 こんな甲斐甲斐しい奴だったっけ。 しかしエプロン姿で、おまけにポニーテール。 正直に言おう
たまりません!!
いや、確かにエプロン姿+ポニーテールってのは朝倉で見慣れてるのだが、ハルヒがやる、ってのはまた新鮮で、何かこう――
「片付け終了っと! キョン、今からどうするの?」
「え、いや、予定も何も無く来てしまったからな」
「研究施設を案内してあげたい所なんだけど、部外者立ち入り禁止だし。 それ以前に今日は休みだし」
「…………」
「ねぇ、キョン」
「何だハルヒ」
「不思議探索するわよ!!」
<Hot As Sun>
「え、何だって?」
「だ~か~ら~、久々にやるわよ。 不思議探索」
「マジか」
「えぇ、大マジよ!! ほら、ちゃっちゃと行くわよ!」
やれやれ、結局こいつの思いつきに振り回される訳か。 まあ良いや。 特段、やる事も無かったし。 ただ一つ、炎天下の探索って事を除けば――
と言う訳で先程乗った電車で都心に逆戻り。 都内東部のターミナル駅から地下鉄に乗り換え
「着いたわ!」
表参道、ですか。 俺には全く縁の無さそーな店が立ち並んで居るな。
「なあハルヒ」
「何?」
「よく此処に来るのか」
「初めてよ!!」 マジか、何ですと!?
「確か言ってた大学って都心にあるんだよな、詳しく知らないが」
名前なら誰でも知っているであろう、日本の最高学府と呼ばれる大学であるのだが、俺は場所まで詳しく知らんのだ。
「此処から離れてるわね、確かに都心なんだけど」 さいですか
「行ってたのは『工学部』だっけ」
「そうよ、『航空宇宙化学科』。 そこから教授の推薦で今の『数物連携宇宙研究所』って所に入ったの」
「へぇ、そうなのか……って、その入った目的って、まさか」
「そうよ! 宇宙人を探す為よ!!」
やれやれ、やっぱりそうでしたかハルヒ。 しかし、お前と一緒にその研究をしている奴こそ宇宙人なのだがな。
「しかし、同窓会に参加出来ない程忙しいって事は、それなりに充実してる。 って事か」
「……まあね。 それよりキョン、あんたはどうなの」
「ん、あぁ。 俺か?」 俺は大学時代の事から今の職場の事までハルヒに話した。
佐々木と付き合ってた事や、朝倉に今、世話を焼いて貰っている事は何となく伏せていたが――
「ふぅ~ん、何か楽しそうね」
「そうか? 仕事場と家の往復だけで、つまらない人生だと思うが」
「そろそろ、お昼にしない?」
「もう、そんな時間か」 一時近いな。 何か、時間の経過が早くないか?
「何か食べたい物はあるか」
「特に無いわ。 キョンは?」
「どんな店があるかすら解らないが……」
「あ、あそこで良いわよ」
「ファーストフードで良いのか」
「うんっ!!」
「これ位は奢るよ」
「え、良いの?」
「特に趣味がある訳じゃ無く、あまり金を使って無いんだ。 久々に会った事なんだし、此れ位ご奉仕しますよ。 『団長様』」
「言ったわねキョン、二言は無いわね? 遠慮しないわよ!!」
ちなみに午前の探索の内容は、と言うと……色々なブティックに入ってハルヒは試着しまくり、俺は不慣れな場所ゆえ居辛い事この上無く。
しかし、似合って居たさ。 何を着ても、ハルヒは。 只、店員さんは何を勘違いしていたのか、ハルヒが俺の『彼女』と思ったらしく、その度
「ち、違います!!」
と全力で否定するハルヒ。 全力で否定しなくても――何でヘコんでるんだ、俺。
「しっかし、あんたって、そんな考え無しで行動する人間だったっけ」
「ほっとけ。 しかもその話題、朝も言ってたな」
「だって可笑しくって。 アハハッ、キョンって小難しい理屈ばっか並べて『やれやれ』って言ってから行動するタイプって思ってたから」
「まあ、『思い立ったら即実行』ってのは、むしろハルヒの方だからな」
「そうよね。 今は以前程じゃ無いけどね」
「性格的にも大人になったって事か」
「……そうかもね」
おや、どうしたハルヒ。 少し俯いちゃったりして、何か思う事でもあったのか。 話題を変えるか。
「東京駅で会った時、直ぐに俺だって解ったみたいだが、そんなに俺って変わって無かったか?」
「え!? あ、う、うん。 何か全身から『やれやれオーラ』が出てたから」 何だ、そのオーラは。
「着く直前にハルヒに連絡してない事に気付いてしまって、どうしようかな、って思案に暮れてたからな」
「携帯に電話すれば良かったじゃない」
「番号、変わってないのか」
「変える訳無いじゃない。 変えて一々教えるのも面倒だし」
「そう言う所、変わって無いよな」
「でも、あたしの事、始め解らなかったでしょ? あたしって変わった!?」
「そりゃあ、もう、変わっ……てねーよ」
「あ、何よキョン! 言いかけて止めたわね。 言ってみなさい、ハッキリと!!」
言えるか! 『朝比奈さんを超えた美しさ』なんて思ってた事なんぞ!!
「それより、この話題、朝食の時もしただろ」
「だって、キョンに『大人びた』って言われたの、何だか嬉しくって」
「そ、そうか?」
「ふっふ~ん♪」
どうやら機嫌が戻ったようだな。 外は炎天下だし、もう少し此処で涼んで
「あ、もうこんな時間! キョン、出るわよ!!」 やれやれ。
「出るって言っても、行きたい場所でもあるのか」
「特に無いわね」
「そうか」 俺は東京に詳しく無いし、ハルヒなら……と思ったが
「あ!」
「どうしたハルヒ?」
「あったわ!!」
「ここ、なのか」
「そうよ!!」 都会の中のグリーン・オアシス。 明治神宮ですか。
「こう言った所にこそ、不思議は潜んでいる物なのよ!」
「そんなもんかね」
そう言って高校二年間、引っ張り回されたけど、そんな不思議な事に巡り会った事あったか、ハルヒよ?
まあ、俺みたいに奇天烈体験ばかり出くわして、それに耐性が付いてしまうのも、ある意味困るがね。
「何ブツブツ言ってるの? キョン、お参りするわよ!!」
「お、そうか。 折角来たんだしな」
こいつ、昔、神主をエアガンで撃った事のある割に、初詣とか行ったりして妙に信心深い所もあったりするんだよな。
「何、お願いしたの?」
「……世界の平和と安定さ」 あながち間違ってないよな
「そう言うハルヒは?」
「教えない!」
「何だよハルヒ。 俺には聞いといて自分は答えないのかよ」
「へへ~んだ! 甘いわよキョン。 願い事は簡単に口にするもんじゃないわよ!!」
あぁ、そんな事位知ってるさ、ハルヒ。 本当の俺の願いはな――
<Time To Hide>
原宿から山手線に乗り、大崎で『りんかい線』に乗り換え、やって来ました『お台場』に。
「夏休みのせいか、人が多いな」
「イベントもやってるしね」
お盆の季節のお台場って言うと、テレビ局のイベントやら、ビックサイトで……何やってるんだ、あれ。
「コミケでしょ、知らないの?」
「何だそれは、知らん」
俺には縁が無さそうなイベントだな。 量産型山根みたいなのが紙袋持ってウヨウヨしているが。
メガウェブで車を見て回り、ビーナスフォートでウィンドウ・ショッピングをし、喫茶店に入りお茶をして、観覧車に乗って都内を一望し……
『楽しい時間』って言うのは、何故、早く過ぎてしまうのかね? 全く――
『ゆりかもめ』に乗ってレインボーブリッジを渡る時に見た夕陽は、一日の終わりを告げるのに相応しい程、切なく見えた。
なあ俺よ、このまま帰るのか、一人で?
東京駅に着くと同時に帰りの新幹線の指定を取る。 Uターンラッシュの逆を行くから指定自体はすんなり取れた。
本音を言うと『最終のぞみ』で帰りたかったのだが、その日のうちに光陽園駅までたどり着けなくなるし(新大阪からタクシーで帰るなら別、だがな)あまり夜遅くなると何よりもハルヒが心配だ。 いくらマンションが駅に近いからって、夜中の女性の一人歩きは心配だ。
「あたしなら大丈夫よ、キョン。 心配要らないわ!」
「いや、そうは言うが、お父さんは心配で……」
「誰が『父さん』よ!、誰が!?」
夕食は駅ビルのレストランでコース料理でも、と思ったが、時間の都合で江戸前寿司に。 あぁ、勿論、俺の奢りだ。
しかし、寿司って、こんな味が無い物だったのか。
いや違う、寿司自体は不味い訳じゃ無い。 現にハルヒは喜んで食べてくれている。 じゃあ何だ、この感覚は? あぁ、解っているさ
『帰りたくない』 だろ、俺よ。
楽しい事が続いて欲しいと願っても、現実にはそうは行かないって事位、解ってるさ。 けどな、あがいてみたい時だってあるんだよ、なぁ。
じゃあ、どうするんだ? このまま時間が来ました、ハイさようなら。 で済ますのか? こんな所まで来て、何しに来たんだ?
他人に背中を押され、佐々木や朝倉の『想い』を犠牲にして。 そう、俺がこいつの事をどう思ってるのか、本当は――
北高を卒業して十年。 いや、SOS団が解散して11年。 『それぞれの道』を選んで、思い出は時と共に風化していくと信じてた。 実際そうだと思ってた。
でも、本当はどうなんだ? 気が付けば『あいつの幻』を追っていた。 そうだろう。 あいつが居ないこの十年、楽しかったか? 大学生活と社会人生活、わざと忙しくして忘れたかっただけだろ、現実を。 あぁ、そうさ。 俺はそう言う奴だったよな――
「……ョン、キョン! ねぇ、キョンってば!!」
「んぁ、は、ハルヒ。 どうした?」
「どうした、じゃ無いわよ。 小難しい顔して」
「あ、す、すまん」
どうやら思考の海を彷徨っていたらしいな。 やれやれ。
「もうすぐ発車するわよ」
「え!?」
何時の間に新幹線のホームに来てたんだ、俺は? 全く気が付かなかった。
「今日は楽しかったわ」
「あぁ、俺もだ、ハルヒ」
「今度来る時は前もって連絡しなさいよ!」
「へいへい」
「あと皆に宜しくね」
「はいよ」
『間もなく15番線より20時30分発・のぞみ127号・岡山行きが発車します――』
「さぁ、乗らないと。 扉、閉まるわよ」
「……あぁ、そうだな」
「バイバイ、キョン!!」
おい、俺よ。 このまま『さよなら』するのか? ハルヒと……
さよなら なんかは 言わせない
『衝動が思考を凌駕した』のは、何時以来なんだろうか? 扉が閉まる直前、俺は、ハルヒを――
(その4<最終話>へ)
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