(その2より)
「ん?」
直後、朝倉が疑問の声を上げるが、その原因となったのは他でも無い、お前のその行動だろ。 解ってるのか?
「うふふっ、感じちゃった?」
「……突然過ぎて驚いただけだ」
「じゃあ、続けて良いのね?」
「ちょ、ちょっと止めろ朝倉。 アッー!」
――余り気乗りしないが現状の説明をしようか。
朝倉の顔は俺の胸元にあり、両手も同様に俺の胸元にある。 そして俺は朝倉から性的な責めを受けて居る。
何処にかって? 愚息・ジョンスミスじゃないぞ。 恥ずかしながら乳首にだ。 まさか自身の乳首が性感帯なんて想像すらしなかったぞ。
俺の反応に味をしめたのか、調子に乗った朝倉は
「今までのお返しよ」
と言いながら、俺の乳首を責め続けた。
先ずは指先だけで乳首の先端を転がす様に触り、続いて片方の乳首を口でついばみ始めた。 攻撃は徐々にエスカレートし、暫くした後には舌を使い出した。 トドメに
カプっ
「をろあっ!」
甘噛みまでして来やがった。
間抜けな事に俺は、ずっと攻められてばかりだった。 慣れない責め苦に文字通り手足も出ない。
尤も、こんな冴えない男が責められてる状況を実況されて喜ぶなんて奴は、余程の物好きで無い限り居ないだろうから、どんな形でも良いのでサッサと攻勢に転じたい所だが。
「ふふっ、どうだった?」
時間の経過を確認する気は更々無いが、気付けば再び指先だけの攻撃に戻って居た朝倉が質問して来た。
「……今まで知らなかった自分の事を、他人に暴かれるのは、屈辱だな」
「そう?」
と言いながら右手を俺の下腹部へと伸ばし
「でも、コッチは元気になってるのに?」
主(あるじ)と違って馬鹿正直な愚息を摩りながら、不敵な笑みを浮かべる朝倉。
何気なく枕元の目覚まし時計を見やれば短針は既に四時を回っているのが確認出来た。
「やれやれ。 まだ付き合えってか」
「あら、するもしないも貴方の自由よ?」
攻める手を休める事ないまま顔を上げ、俺の耳元で軽く息を吹きかけ囁いた。
「なぁ朝倉」
「なぁに?」
ふとした拍子に思い出した事があったので、この際とばかりに訪ねてみた。
「ポニーテール。 してくれるんじゃなかったのか」
「うふふっ、忘れて無いわよ」
先程外して、何時の間にか枕元の目覚まし時計横に置いてあったバレッタを右手に取り
「eraninumogurenabatowimaknoayamukamuket」
俺には全くもって解読不能な呪文を唱え、髪を束ねる為のゴムに変化させた。
続いて上半身を起こし、正座した朝倉は両手を後頭部へ伸ばし、ポニーテール制作作業に取り掛かり始める。
今まで幾多のポニーテールを見て来たが、この至近距離で制作作業の一部始終を見る事が出来るとは、正に至福のひとときと言っても過言では無いだろう。 しかもモデルはスタイル抜群の全裸美少女。 これは興奮を隠せないぞ。
髪留めのゴムを咥え、両手で髪を掻き上げる。 すると伸ばされた腋に引っ張られるかの様にツンと張りと弾力のある胸部が強調される。 そして左手は髪を持ち上げたまま右手を口元へ持って来てゴムを取り後頭部へ移動させ束ねた髪を纏め始める。
その時、ふと見せた上目遣いが堪らなく唆られたのは黙っておく。
しかし至福の時は永遠に続く筈も無く
「出来たわよ」
「ん、あ。 あぁ」
朝倉の声で我に返る。
「ふふっ、見とれちゃった?」
「中々見れない物を見せて貰ったからな」
「そんなに良いの? ポニーテール」
「そりゃな、好きでなければ頼まないさ。 サンキュ、朝倉」
「どういたしまして」
屈託のない笑顔を浮かべた朝倉に、ふと、何故か忘れかけてた筈の記憶が蘇った。
「……ねーちゃん!?」
「え?」
「あ、いや。 何でも無い」
俺の初恋の相手。 ロクでもない男と駆け落ちして行ってしまった、従姉の姿が今の朝倉とオーバーラップした。
正座した足を軽く崩し、俺に向き直った朝倉は
「貴方の家族構成に……」
少し戸惑った様に言葉を選びながら、視線を外さず言った。
「あぁ、姉は居ないな」
「…………」
「…………」
二の句を繋げずに居た俺を急かす事無く、朝倉は黙って俺を見つめて居た。
「やれやれ」
沈黙に耐えられなくなった俺は、朝倉からの視線を外し、ベッドに寝転がり目を閉じた。 続いて軽く溜息をつき
「聞きたいか?」
「えっ」
「俺の初恋」
「……」
軽く躊躇った後、朝倉は俺の左隣に寝転がり
「うん」
向日葵の様な何時もの笑顔は消え、真剣な表情に変わった後、か細い声で答えた。
此処まで来たら語らない訳には行かないだろう。 埃まみれの古いアルバムを捲る様に少しづつ思い出しながら、従姉との思い出を話し始める。
……初めて出会った時の事。
大学生になって、急に大人びた姿。
突然の別離。
そして、俺に訪れた虚無感――
朝日の光がカーテン越しに洩れ始めた黎明のマイルーム。 何度も俺を殺しかけた相手に俺は、一体何を語っているのだろう。
全てを話し終えた後、我に返り、何とも言えない気分のままに明るくなり始めた天井を見上げる。
朝倉は朝倉で無言のまま俺に寄り添い、まるで刻が止まった様な場所で、ただ時計の針だけが動いて居た。
このまま黙って眠りについた方が、色々な意味で自分の為と思いつつ、朝倉に詫びの一言でも言った方が良いとも考え、一先ず深呼吸をする。
「すまんな、朝倉」
「えっ?」
「俺の独り言に付き合わせて」
「ううん、良いの。 貴方の思い出なんでしょ? 今の話」
「あぁ」
「有機生命体の感情って未だ理解しきれないけど、話せばスッキリするって事もあるんでしょ」
「そうだな」
とは言ったものの、全てが水に流れた訳では無いので少なからずモヤモヤした感情が己の中で残ってるのだが、敢えて朝倉に伝える事では無いから黙っておく。
「今でも好きなの?」
「えっ」
「その『いとこのねーちゃん』って人」
「…………」
はてさて自分の事なのに、どう答えて良いのか解らないぞ。
確かに初恋の相手で、存在自体は今でも覚えている。 が、今だに「好きか?」と問われると回答に窮する。
遠い日の花火だと思って居た初恋の記憶が今、語ってる間に燻り始めたのが解ったからだ。 でも
「今、俺は……」
「涼宮さんの事が好きなんでしょ。 解ってるって」
「へっ!?」
あれ、今。 俺、口に出して言ってたか?
「貴方の事を監視してたら誰でも解るわよ」
監視してたら、って。 お前、去年の今頃からずっと消えてたじゃないか。 どうして解る。
「長門さんとの同期は拒まれたけど、他の端末からの情報をフィードバックして分析したのよ」
やれやれ、やはり俺にはプライバシーが無いのかね。
「難しい質問と思うけど、聞いて良いかな」
「何をだ、朝倉」
「忘れたい? 初恋」
「…………」
そう簡単に割り切れる事では無い上に、そもそも人間の記憶なんて都合良く消したり出来る物では無いからな。
誰かが言ってたっけ。 「男の恋愛は『名前を付けて保存』、女の恋愛は『上書き保存』」って。
ましてや初恋だ。
「良かれ悪かれ、そう忘れる出来事じゃ無いさ」
「……そっかぁ」
ポニーテールで束ねた髪を右肩から垂らしながら、朝倉は俺に覆い被さった。
「それで、わたしに似てるの!?」
「うっ」
確かに先程は従姉と朝倉の姿が重なって見えたが
「あ、いや。 似てないな」
「ふぅーん、そっかぁ」
少し残念そうな表情に見えたのは、俺の思い違いだろうか。 再び朝倉は俺の隣に寝転び、そして切なそうな目で俺を見つつ小さな声で囁いた。
「もう、えっちしないの?」
「え!?」
「わたしはシタいな……」
「あ、朝倉」
俺は既に二回の射精を終え、寝不足も重なってるので早々に睡眠に移りたいと願って居るんだが、どうやらそれは無理な願いらしい。 と言うよりも
「……お願い」
依頼、と言うより哀願と表現するのが正しいのか。 何故、朝倉がそんな態度を取るのか理解出来なかった。
「どうしたんだ、朝倉」
「…………」
寝転んだまま俯いて、俺の胸元へと顔を隠した。 すると俺の両腕が条件反射で動き、朝倉を抱きしめた。
「えっ?」
少し驚いた様にビクっと身体を震わせ、朝倉が反応する。
「あ、いや」
思わず取ってしまった行動故に、俺は何も言えず苦笑いして誤魔化すしかなかった。
「ふふっ、ありがと」
「何がだ」
「こうして抱きしめてくれるなんて思わなかったから、嬉しくって」
胸元で俯いてるから、朝倉の声は少し曇って聞こえる。 が、トーン自体は確かに嬉しそうだ。
女心は解らん。 先程まで切なげだったのが数分の間に何がどうなったか知らないが、気が済んだのか一転して嬉しそうだし。 あ、ヒューマノイド・インターフェースだから正しくは女心と表現して良いのかどうか、ますますもって解らないが。
「あったかい」
「え?」
「貴方の身体」
「寒いのか、朝倉」
幾ら六月近くとは言え、夜はまだ布団を被らなくては快適な睡眠が約束できない時期だ。 ましてや全裸のまま数時間居る訳で、そりゃ他人の温もりが心地いい事だろうよ。
「ううん、そう言う事じゃないの」
「違うのか」
「心地いい、って言うのかしら。 これが落ち着くって事なのかな。 とてもぽかぽかするの」
ぽかぽかする、か。 それって何処かのアニメ映画で白いプラグスーツを来た短髪で無口な中学生女子が言ってた台詞だな。 そんな感情も芽生えるとは、やはり朝倉も徐々に人間に近づいてるのではないだろうか? 長門と同じ様に。
静寂が再び部屋を支配する。
そう言えば空間制御の所為か、普段なら聞こえてくるであろう新聞配達のバイクの音も聴こえて来ない。
互いの体温を確かめ合うだけの時間が流れ、その温もりに心地よさを味わいつつ、何時しか眠気も訪れ微睡み始めた刹那
チュっ
「うひゃおぅ!」
胸元で大人しくしてた筈の小悪魔が再び牙を剥いた。
「んなっ、何しやがる!!」
「てへっ」
てへっ、じゃねー! くそったれ、無視だ無視。 こうなりゃ意地でも眠ってやる。
さもないと、こっちの身がもたん。 勘弁してくれ。
――しかし、此処での詰めの甘さが仇となった。 無視だけでなく体勢を変えて朝倉に背を向けるとか、ベッドから追い出す……いや、長門に頼んで再びコイツをカナダへ強制送還させれば、たった二時間とは言え、快適な睡眠が約束されたであろうに。
「ふふっ、今度は舌で転がしてみようかなぁ」
とか、更には
「あっ、また固くなって来たね。 おちんちん」
と言いながら俺の下半身に再び右手を伸ばし
「うふふっ、身体は正直ね。 舐めて良い?」
って、あれやこれやされたら
「眠れんわー!!」
「きゃっ」
一介の男子高校生が性的刺激に抗える筈も無い訳で、朝倉の攻勢に対し、あっさり陥落してしまった。
ええい、乗ってしまった船だ。 こうなりゃ何処までも付き合ってやろうじゃねぇか。
「朝倉」
「えっ」
「四つん這いになれ」
「あ、うん」
唐突な命令に対し朝倉は、思考する間も無く唯々諾々と従う素振りを見せた。
何故、朝倉を四つん這いにさせたのかって? そりゃポニーテールを拝みながら行為に及ぶ為だ。
折角ポニーテールにさせたんだ、堪能させて貰うさ。 とは言っても四つん這いにさせたのは咄嗟の思いつきなんだけどな。
「これで良いの?」
俺に対しなだらかなラインの背中を向け、肉付きの良いお尻を突き出す姿になった朝倉は、疑念と言うより確認の言葉を俺に投げた。
「ん、あぁ」
やはり、改めて見るとポニーテールは背中から眺めた方が良いな。 項のラインがそそられる。
「ふむ、やっぱポニーテールは良いな」
「ふぅーん。 じゃあ涼宮さんのポニーテールと比較して、どちらが貴方の好みかしら」
「んなっ」
「ねぇ、どっち?」
入学当初、髪を切る前のハルヒが結ったポニーテールは完璧で、それこそ至高のポニーテールであったと言っても過言では無いだろう。 そして改変された世界で見せた光陽園学院に通うハルヒが目の前でポニーテール姿になったのも良い思い出だ……世界改変自体は金輪際お断りだがな。
しかし、何度も俺を殺そうとしたとは言え、基本的には美少女の範疇に入る朝倉のポニーテールも、改めて見ると捨てがたいものがあるな。 うむ、これは答えに窮するな――
「ノーコメントだ」
「えー、ずるーい!」
四つん這いのまま、顔を軽く右に向け、少しむくれつつ横目で朝倉は俺を見る。
「答えられないの?」
「比較自体がナンセンスだ」
「ふぅーん、そっかぁ」
むくれた頬を緩め、微笑んだ朝倉は続けて言った。
「ありがと」
「ん? どうして『ありがと』なんだ」
「だって、贔屓目は無しって事でしょ? わたしの事も正当に評価してくれてるって思ったら嬉しくって」
「あ、いや、その……」
くそったれ、朝倉には全てお見通しか。 しかも、この笑顔は本気でヤバい。
このまま朝倉と付き合うのも吝かではない。 と脳内ドラフト会議で結論に達したその時、再び顔を俯せた朝倉は
「……でも涼宮さん、なんだよね」
「えっ」
「涼宮さんの事、好きなんでしょ? 解ってるって」
「…………」
「図星の様ね、でも良いの。 貴方がわたしとエッチしたいって思ったのと同じ様に、わたしも貴方とシタいって思ってたから」
「何故だ」
「聞きたい? でもヒ・ミ・ツ。 これだけは『禁則事項』にさせて貰うわ」
「解った」
「ゴメンね。 さっきは隠し事無しにしようって言ったのに」
「俺の方こそ、すまんかった。 根掘り葉掘り聞く形になっちまって」
再び会話が途切れ、ふと冷静になり現状を確認すると何と間抜けな事か。 裸で四つん這いになってる朝倉に対して、俺は何故シリアスな話をしてるのだろう。
しかし、そんな四つん這いになってセックスを懇願してる朝倉を静観してると、何故か加虐心が芽生えて来た。
――実は俺、サディストだったのか?
このままバックの体制で一気に挿入しても良いが、それでは余り芸が無い。 少し意地悪してやれ。
そう考えた俺は左手で朝倉の尻を鷲掴みにする。 すると程良い弾力と共に指に伝わる、しっとりした肌触りを感じつつ肉付きの良いヒップに指を軽く沈ませる。
続いて右手で俺の愚息を摘み、陰茎の先端を朝倉の秘部に充てがい、蜜の溢れ出るクレパスに沿って上下に滑らせる。 すると
「んっ、んんっ。 はぁあん」
切なげな朝倉の吐息が漏れ出す。
「あんっ。 ね、ねえっ」
「ん、どうした朝倉」
「は、はやく挿入れてよぉ」
「すまんな朝倉。 何せ慣れてないからな」
態とらしく、ぶっきらぼうな返答をしてみた。
「もうっ、いじわるしないでぇ……」
腰を前後に動かし、挿入を試みる朝倉。 そうはさせるか、と一瞬亀頭だけ入れ再び蜜壷に愚息の先端をなぞり始める。
「はぁあん。 は、早くぅ。 シタいのぉ」
「ん? 何をシタいんだ」
「せ、セックス。 あんっ、あなたの、おちんちんを」
言葉が途切れがちになりながら朝倉は自分の右手を臍部から己の秘部へと伸ばし
「此処に、い、挿入れて、欲しいのぉ!」
人差し指と中指をクレパスに充てがいV字に広げた。
しかし、俺は素直に挿入せず、次は秘部に充てがった朝倉の指に愚息をこすりつける。
今まで濡れてなかった筈の朝倉の指は既に洪水の餌食になり、亀頭を滑らせても何の抵抗感も無かった。 そんな感触が俺の脳裏に達した刹那
「うふっ、捕まえたっ!」
「ぬおっ」
亀頭の根元をV字に広げていた朝倉の指に挟まれた。 続いて
「んんっ、はぁあん」
一気に陰茎の根元まで蜜壷の感触が支配した、と同時に
「うっ」
何だ、この感触は。 今までと違う挿入感だ。 一言で表現するなら
「き、きついっ」
「すごいのっ、何これ。 すごいのぉ! あんっ、さっきよりも、かたいのぉ」
徐々に腰を動かすスピードを早めながら、またしても朝倉と共に快楽の海へと溺れ始める。
自分の身体を支えてた左腕が快感に耐えられなくなり、顔面からベッドにしなり倒れても、なお
「あんっ、すっごく気持ち良いのぉ。 もっとぉ、もっと動かしてぇ」
お尻を突き出し、俺に動けと命令する朝倉。 しかし立て膝の体勢で腰を動かすと言うのも、結構体力を使うな。
でも本能は理論を凌駕するのか、両手は朝倉の尻を鷲掴みしつつ俺は只、ひたすらに絶頂を目指す為、腰を打ちつけていた。
「ああんっ、もうらめぇ、らめなのぉ!」
余りの快感からなのか、朝倉から発せられる猥声の呂律が回ってないのが解る。
方や俺も、呼吸するのが精一杯だ。
「凄いのっ、おなかの中、掻き回されてるの! ああっ、もうだめっ。 また頭の中、真っ白になっちゃう! またイクっ、イっちゃうのおっ!!」
「俺もだ朝倉。 また膣内に出すぞ!」
「射精(だ)して! わたしの膣内(なか)も真っ白にしてえっ!!」
「うっ、射精るっ!」
「はああああん……」
俺の愚息から白濁した液体が急激に放出されると共に、朝倉も絶頂に達したらしく、二人同時に俯せに重なってベッドに倒れ込んだ。
もう呼吸するのも辛い程、完全に果てた俺だったが、繋がったままの下半身から伝わる朝倉の膣内の熱さを脳内に刻みこむ事は忘れて居なかった。
初夏の訪れを感じさせる太陽の熱量が増し、街往く人々が生活の営みを開始してるであろう時間。
互いの体液が染み付く乱れたシーツが広がるベッドの上で、俺と朝倉は未だ一糸纒わぬ姿で横たわって居た。
カーテンの隙間から溢れる光に、色々な匂いの混在した部屋の空気が照らし出される。
所で今、何時だろう? 枕元の時計を見れば一目瞭然なのだが、確認する気力が今の俺には残されて居なかった。
「ねぇ」
俺の左腕を枕にして寄り添って居る朝倉が、再び口を開いたのは一体どの位の時間が経過してからだったろうか。
「わたしが復活した本当の理由、教えてあげようか?」
そりゃ「俺が願ったから」なんて理由は、ハナから信じては居なかったが
「何だ」
「長門さんが情報統合思念体との切り離しが行われ始めてる現在、涼宮さんを直接観察するインターフェースが必要になったの」
「じゃあ、そのうち北高に戻って来るって事か」
「うん。 今日からよ」
やれやれ、突然過ぎやしないか? 尤もコイツのカナダへの転校自体も対外的には突然の出来事であった訳で、そんなに驚く事では無いかも知れないが。
「宜しくねっ」
「お、おう」
「今度は長門さんのバックアップじゃなくって、わたしがメインだから」
「げっ」
マジか。 これから急進派がメインになるのか? 今度こそ俺は殺されるのか。
「もう、そんなに心配そうな顔しないでよ。 貴方を殺す事は今後無いし、寧ろデメリットだから安心して良いのよ」
「そうなのか」
「少なくとも近未来に貴方が死んでない事は、先の騒動で実証済みでしょ」
「実証済み?」
「数年後の涼宮さんに会った時の反応を思い出せば解る事だと思うけどな」
確かに、あの時のハルヒは俺を見て、少なくとも「数年前に死んだ人と再会した」感じには見えなかったな。
「それと、今から一年前。 何があったか覚えてる?」
「朝倉が『カナダに行った』以外にか」
その後、朝倉の転校理由に納得の行かなかったハルヒが俺を連れ回したり、古泉が転入して来たり、ハルヒと共にトンデモ空間に閉じ込められて……
「そう、その時。 貴方は涼宮さんに何て言ったの?」
「……ポニーテール萌え」
「それより前は」
「元の世界に戻りたい」
「うーん、惜しいっ。 その間は?」
うげっ、まさか
「――消えちまった朝倉を含めてもいい」
「ビンゴ!!」
御褒美、とばかりにマウス・トゥ・マウスのキスをされる。 って、そんな事より
「まさか、その台詞が……」
「そうよ。 それがトリガーになって、わたしが復活したって訳」
つまるところ
「ハルヒの思い出しが原因って訳か」
「恐らくね。 尤も涼宮さんの能力をもってすれば、わたしがこの世界に戻って来るのは不思議な事では無いんじゃない?」
なんてこった。 丁度一年前の俺の言葉をハルヒが思い出した結果がコレとは。
しかし、実はハルヒは何だかんだ言って朝倉の事を気に掛けてたって事なのか? うーん、解らんな。
「……その様子じゃあ涼宮さんがわたしを思い出した本当の理由が貴方には解って無さそうね」
「ん、何か言ったか朝倉」
「え、ううん。 別に何も言って無いわよ」
それよりも、と言いながら朝倉は起き上がり、ポニーテールを揺らしながら俺の腰上に跨って来た。
「貴方を殺す事がわたしの最終目的だとして、今まで貴方が生きてる事が答えになってない?」
「どう言う意味だ」
「もし、わたしが本気で貴方を殺すつもりがあったなら、とっくに殺されても不思議じゃないわよね」
確かに朝倉レベルのチカラがあるなら、回りくどい方法を取らなくても、一般人たる俺を瞬殺する事なんぞ容易い事だろう……って、おい、待てよ。
「なに?」
「じゃあ、今まで俺にナイフを向けた事って」
「さぁてね、どうかしら。 わたしの言ってる事が本当かどうかなんて、貴方には解らないでしょ?」
「えっ」
「本当の事は、ひとつじゃないって事よ」
更に朝倉を問い詰めようとした俺も上半身を起こそうとした瞬間、けたたましくタイムアップを告げる目覚まし時計のアラームが鳴り響く。
と同時に窓の外からは鳥の囀りと共に近所を散歩する犬の鳴き声が聞こえ始め、部屋のドアの向こうからはシャミセンを連れた妹が階段を駆け上がる音が迫って来た。
朝倉が北高に復学するとして、この夜に起こった出来事をどの様に口止めするか悩む以前に、現状を見た妹に対して、どう説明すべきか判断する時間を、無情にも誰も俺には与えてくれなかった。
相変わらずノックもせずに勢いよくドアを開けて妹は、躊躇する事無く俺の部屋に侵入して来た。
「キョン君起きてー! ほら、シャミおいで。 朝ごはんできてるよ……」
<Sweet Lil' Devil ~Fin~>
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます