<プロローグ・10Years>
「久し振りだな谷口・国木田」
「よう、キョン。 久し振りだな! 元気か?」
「相変わらず朝倉さんと一緒なんだね」
「そうよ♪ 同じマンションに住んでるから」
十年一昔、とは良く言ったもので、北高を卒業して、28歳の盆休み。 3年5組の同窓会が開催される事となった。 場所は北口駅近くの居酒屋。
「随分、変わったよな」
「俺達が、か?」
「違うよキョン、この街の風景だよ」
「それより早く中に入りましょ♪」
店内に入ると懐かしい顔ぶれが見えた。 一見して思い出す顔もあれば、すっかり変わってしまった奴も居る。 まあ十年振りに見るとなりゃあ多少の変化はあって当然だが。
「キョンは前回は出なかったんだよね」
「折角忙しい中、俺も来たって言うのによぉ」
「キョン君も忙しかったのよね」
「ん、あぁ」
大学卒業と同時に一回目の同窓会が行われたのだが、俺は多忙なのを理由に欠席していたのだ。
幹事による乾杯の音頭で始まる宴会、それぞれ近況を話したりして盛り上がるのは定番だ。
「キョン君、久し振りなのね」
「おっ、阪中か。 二児の母だっけ? 子育て大変だろ」
「ううん、楽しくやってるのね!」
「それは何よりだ」
「……涼宮さん、来てないのね」
「……あぁ、色々と忙しいんだろ」
「残念なのね」
「キョン」
「何だ谷口」
「お前まだ涼宮に未練あるのか」
「未練って何だ? 俺とハルヒは何も……」
「だってキョン、結局は佐々木さんや朝倉さんと付き合っても長続きしないばかりか、何も『しなかった』んでしょ」
「キョン、お前、もしかして~」
「何を考えた谷口? 言っとくが俺は普通の男だ。 アッチの気は無い! しかも佐々木とは確かに付き合ったが、朝倉とは……」
「どうだか」
「キョンは『変な女』が好きだからねぇ。 佐々木さんが普通になった途端、駄目になったのかい?」
「何だそりゃ。 国木田、時々お前の考えが解らんぞ」
――朝比奈さんの卒業と同時にSOS団は解散した。
古泉曰く「涼宮さんの力は、ほぼ消滅しました」との事だが、何かのきっかけでハルヒの力が戻るとも限らないので、機関は存続し、ハルヒの監視も続行するとの事。 とりあえず卒業まで、転校せずに古泉は北高に在籍する事となった訳だ。
長門も同じく、任務継続中。 朝比奈さんの代わりに『文芸部』部員の補充に朝倉を連れて来たのは、長門自身だった。 お陰で文芸部は存続。 良かったな、長門。
卒業する朝比奈さんは、と言うと「わたしの任務は終わりました」と、未来へ帰って行くのかと思ったら、さにあらず。 近所の大学に鶴屋さんと共に通う事となった。
「ほぼ未来は確定していますが、未だ不安定要素があります。 その修正の為にこの世界に残る事になったの……あと、この時代が好きだから!」
この時の笑顔は見惚れてしまう程美しかった、のは言うまでも無い。 元々綺麗なお方なのだから、見惚れるのは当然だがな。
んで、ハルヒだ。
ハルヒ・朝比奈さん・長門・古泉、そして俺。 『この五人でSOS団』と言う信念を持っていたらしく、団員の補充を行わず、うっかり文芸部を廃部にする所だった。 長門が朝倉を入部させなかったら、どうなってた事やら……。
まあ、文芸部の存続自体は正直な所、どーでも良い話ではあるのだが、折角ある居場所を失くすと言うのも勿体無いしな。
兎に角、放課後は文芸部室へ向かう。 と言う日課は結局高校三年間変化する事は無かった訳だ。 これって規定事項だったのか?
そして朝比奈さんが卒業する日――卒業式では泣く事の無かったハルヒだったが、文芸部室での『SOS団・解散式』……ハルヒは号泣していた。
ハルヒとしては朝比奈さんが卒業するのが寂しかったんだろう。 この美女二人が抱き合って泣くシーンは、それはまた美しい……っと口が滑った。
それよりもハルヒにとって、この『五人揃う事』が、どんなに大事だったか。 そして、かけがえの無いものだったか。
一つ大人になった気がした。 『別れ』は、時に人を成長させるのだ。
『ハルヒの力』を使えば朝比奈さんをもう一年、何らかの形で北高に在籍させる事も可能であったろう。
しかし、それが無かったのはハルヒの持ち合わせている常識って奴が働いたのだと思う。 何故、朝比奈さんが一学年上だったのか何となく、何となくだが解った気がした。
だって未来から来た、って言うなら俺達と同級生になる事だって可能だった筈だ。 しかし、それをしなかったのは……。
そして、残された四人の団員は三年生に無事、進級し、文芸部の活動は実質『受験勉強会』となっていた。
他のメンバーは元々成績は良かったので関係ないのだが、要するに『俺の学力向上の為』ハルヒを中心にして放課後集合し、勉強する事となった。 当然、週末の不思議探索は廃止となり、俺の家をメインに勉強会。 たまには気晴らしに全員で遊ぶ事もあったが。 兎に角、受験生らしく勉学中心の学校生活、いや、俺の生活となった。
「そんな事でハルヒは退屈にならないか?」 と思ったが、俺の勉強を教える事に集中しているらしく、以前みたいに周囲に迷惑を掛ける事も無くなり、相対的にハルヒへの周囲からの評価は上がっていた。
そりゃそうだ、見た目は北高トップクラス、成績優秀、そしてエキセントリックな行動が無くなれば……以前のこいつを知らない一年生を中心に告白される事が多くなったみたいで、毎週、いや毎日の様に呼び出されていたが
「あたしは忙しいの!」
と、全て断ったらしい。 勿体無いな。
あとスマンな、俺の勉強見るのが忙しいせいで誰の告白もO,k,しなかったって言うのは――
「……ニブキョン」
ん、何か言ったかハルヒ。
夏休み。 宿題は七月中に終了、旧SOS団プラス鶴屋さん・朝倉・俺の妹・そして佐々木・橘で孤島の一泊旅行。 お盆に田舎に帰った以外はひたすら勉強漬けの毎日。
二学期、中間テストの成績はクラスで五番目になるまでに上昇していた。 これなら大学進学も安泰か?
この頃になると、それぞれの進路も見えて来て……
「あたし、東京の大学に行くわ!」
「はぁ?」
いや、てっきり『全員で朝比奈さんと同じ大学に行くわよ!』とか言い出すかと思ったから。 正直、意外だった。
「……わたしも涼宮ハルヒと共に東京に向かう」 それは任務だから仕方無いよな、長門。
「あら、わたしは此処に残るわよ♪」 朝倉、お前には聞いてないぞ。
「僕は京都の大学に……」 古泉、お前も――って、ちょっと待て。
「何でしょう?」
「ハルヒの監視は良いのか」
「えぇ、少し事情がありまして。 東京には他のエージェントが――」 機関の内情は知らんが、仕方無いか。
俺は、地元の大学に決めていた。 朝比奈さんや鶴屋さんが行っている大学と同じ所だ。 佐々木・朝倉も同じ所に決めた様だ。しかし、ハルヒは東京、か。
「何故だ?」
「やりたい事が見つかってね。 あと、一度は地元から離れてみようと……始めは一人で、と思ってたけど。 有希も一緒に行く、って言うなら心配無いわよね!」
そりゃ知らない土地での一人暮らしは不安だし、危険だからな。 気をつけろよ、ハルヒ。
そして月日は流れ――俺達は北高を巣立って行った。
<Marmalade Days>
話は冒頭の同窓会に戻る。 アルコールも入り盛り上がる宴。 久々に会う面子と途切れぬ会話。 意外な事に谷口は高校卒業後、就職先で彼女が出来、そのままゴールイン。 既に三児の親だそうな。
確かに、あの頃と比較すれば『軽さ』は薄らいで、風格すら備わっている様に見受けられる。
国木田は俺と同じ大学に進学。 らしい、と言えばらしいのだが手堅く公務員の道を選択して、この街の市役所勤務となっている。
「佐々木さんとは違う課だけど、元気にしてるよ」
「いや……何も聞いてないぞ、国木田」
「キョン君♪」
「うわっ、朝倉。 お前、酔ってるのか!?」
「わたしが酔う訳無いでしょ♪ それより皆、飲んでる~?」
「朝倉さん、キョンなんて放っといて、俺達と飲みませんか?」
「谷口、奥さんに言うよ?」
「く、国木田。 そりゃ無いぜ」
「朝倉こそ、瀬能達は良いのか?」
「それなりに話は弾んだからね。 今は他のテーブルを回ろうと思って」
「まあ、お前とは毎日、顔を合わせてる訳だしな」
「そうね」
「それなのに付き合って無いって、お前等……」
「まあまあ、谷口。 それは二人の事情なんだから」
北高を卒業して俺・朝倉・国木田、そして佐々木と地元の大学に通う事となった。 自宅から自転車で通える距離だから別に自宅を出る気は無かったのだが
「708号室の管理を依頼する」 と何故か長門に言われ、長門も自ら俺の両親に願い出た所
「少しはこれを機会に、お前も自立しろ」 と、何とまあ、あっさり許可され、それからずっと、あのマンションに住んでいるのである。 長門曰く
「家賃は不要。 空き部屋にするより、あなたに使用して欲しいと、わたしという個体は判断した」 との事なのだが。
まあ、アルバイトでもして光熱費位は払うつもりだがな。 しかし、長門が自発的に俺の両親に働きかけに行くとは、これも進化。 なのか?
「……あなたにとって、これは将来的に必要な事。 情報統合思念体は、そう判断している」
何だか良く解らんが、このマンションに住む事が重要なのか。 兎に角、使わせてもらうとするよ、長門。
大学入学早々、事件は起きた。 いや、事件と言っても高校の頃みたく宇宙的・未来的・ましてや閉鎖空間が発生した、とかでは無く。 何と言うか、こう、個人的な事で、非常に申し上げにくい事なんだが……
「き、キョン。 ぼ、いや私……私と付き合って欲しい!!」
「付き合うって佐々木、何処へだ? 買い物か」
「違うよ! 私はキョンが好きなの!! 実は中学の頃から――」
な、何だって!?
突然の告白、こりゃ驚いたね。 しかも『恋愛は精神病』と言っていた、あの佐々木が、だ。 特に断る理由も無かったのでO,K,したのだが、これが不味かったらしい。
実際、俺が佐々木に対して恋愛感情を抱いていたかと言うと、正直NOだった。 よって、付き合い始めたからと言って、俺は従来と変わらぬスタンスでもって佐々木と接し……一年持たずに別れる事となった。 でも別れたからと言って佐々木とは気まずくなる事も無く(少なくとも、俺はそう思っている)大学生活を過ごしていた。
大学生活は講義とアルバイトの時間が大半で、それなりに充実していた。 そりゃ高校生活の様に刺激的では無かったが。
普通に考えて、あれが異常ってだけであって、今あるこの生活こそが通常の日常――そう、これが、あるべき姿なんだ。 と自分自身、納得していた。
満たされない? 何にだ。 逆に問いたい。 今までの超常現象が普通にあると言うのなら、それを超えるのって、何なんだ?
そもそも、そんな事起こりやしない。 と自分に説いていたのは他でも無い、俺自身なんだよ。
大学生活の途中で迎えた成人式。 須藤や中河、岡本と言った中学時代の懐かしい顔ぶれと共に、京都から古泉も帰って来て……
この時はハルヒと長門は「大学での研究が忙しい」って理由で欠席したのだが――昔話で盛り上がったりした。
そして式が終わった後の中学三年生時代の同窓会。 何故かこのクラスの連中は、中学時代、俺と佐々木が付き合ってたと勘違いしていたらしい。
大学で佐々木が俺に告白して、更に別れたと知った時の全員の反応は……そんなに変だったのか。 俺と佐々木の関係は『親友』じゃ不味いのか?
「キョン、皆はそこに驚いた訳じゃ無いと思うよ」
ん、国木田。 何か言ったか?
大学を卒業し、俺と朝倉は地元にある重工業メーカーに就職した。 二人揃って配属された部署は『鉄道車両製作』に関する生産管理――要するに生産ラインに対しての部品供給に関わる仕事だ。 俺は、その中での部品供給先と、納入メーカーへのスケジュール調整役。 朝倉は経理担当となった。 右も左も解らない、社会と職場の中でもがいてあがいて……時間だけが流れて行った。
「しっかし、キョンも出世したよな。 班長なんだって?」
「まあキョンはSOS団の中でも団長さんを差し置いて、全員を纏めている様に見えたからね。 管理職って言うのも似合っていると思うよ」
「そうなのか国木田。 って、SOS団の事、良く解ってるな」
「だって、偶に僕がSOS団の活動に参加してる時に、何かにつけて他のメンバーがキョンに相談してる様に見えたし」
「って、俺の中間管理職スキルは、あの頃に出来上がった物だったのか!?」
「何を今更。 あの『涼宮ハルヒ』を手懐けた時点で、お前の運命は決まった様な物だったって事よ。 『涼宮係』はキョンしか出来なかったって事さ」
「確かにそうだね。 入学して直ぐの時、朝倉さんがいくら話し掛けても無視だった涼宮さんが、SOS団作って、仲間が出来るなんて。 想像出来なかったもんね」
「所で朝倉は?」
「とっくに他のテーブルに呼ばれて行ったよ」
『涼宮ハルヒ』か……こうして思い出すのも何年振りなんだろうか。 元気にしてるだろうか? 今は音信不通だからな――。
入社して五年での班長への出世は異例だったらしく、俺も不安な部分が多かったが「君なら大丈夫だ」との課長の一言で、あっさり承認され……現在に至ってる。
「キョン、二次会どうする?」
「カラオケだっけ。 国木田、どうする?」
「うーん、折角だから行こうかな。 殆ど皆、参加するみたいだし」
「キョ~ン君♪」
「どわっ、朝倉。 抱きつくな!」
「一緒に行きましょ!」
腕を引っ張るな朝倉。 おっと足元がふらつく、少々酔ってるみたいだ。
大学生活や社会人の付き合いでアルコールを摂取する機会が増えて、それに比例して酒にも慣れて来たとは言え、飲みすぎたらしい。
二次会の会場は、すぐ近くのカラオケボックス。 三十人は入るパーティールームを幹事が押さえてくれて居たので……
「よーし、俺がトップバッターだ!」 谷口、空気読めよ。 自分の世界に入るな。
次々に歌う元・クラスメイト達。 俺は歌わないつもりだったが
「キョン君、デュエットするのね」 阪中の誘いか、珍しいな。
「よっし、一曲歌うか」
やれやれ、そんなに歌は得意では無いのだがな。 酔った勢いって事にしておくか。
「そう言えば、今は『阪中』じゃなかったな。 すまん、素で言ってた」
「ううん、気にする事無いのね。 それよりキョン君とデュエット出来て良かったのね!」
そうか、そう言って貰えると嬉しいな。 素直に……歌ってる最中、朝倉がジト目で睨んでる気がしたのだが、気のせいって事にしておこう。
何故睨んで居たのかは知らんが。 今更、俺を殺す気があるとは思えなかったから油断して居たが。 今後、気をつけよう。
「……相変わらず鈍いのね」
「何か言ったか」
「ううん、気のせいなのね。 それよりも――涼宮さんに会いたかったのね」
「…………」
「さっきキョン君に『阪中』って呼んで貰って、色々思い出したのね。 高校の頃の楽しかった事。 そして、涼宮さんに憧れて、仲良くなって……」
「佳実~っ!!」
「あ、瑞穂? 今、行くのね!」 佐伯達に呼ばれて、阪中は行ってしまった。
「ハルヒ、か」
俺は、ハルヒに、会いたかったのか?
次々とクラスメイトが歌い続ける中、それを子守唄にして、俺はいつしか夢の中へ――
「飲み過ぎたせい、だよな。 ハルヒ……」
(その2へ)
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