宝泉寺 ブログ

法然上人は、比叡山延暦寺がきらいではなかった

 稀に、法然上人は天台宗に反抗して、比叡山延暦寺から降りたと話す人がい
ますが、そうではありません。
 法然上人は、天台宗で学びました。そして比叡山の中でも、優れた学僧とし
ての評価も得ていました。
 その中で、比叡山を下りて京都に移り住みます。これは、比叡山を批判や非
難して山を降りたとするよりは、より民衆に近づいていきたかったという法然
上人の願いを感じます。
 比叡山延暦寺は、エリートのお坊さんが学ぶ仏教大学でした。法然上人の他
にも優れたお坊さんがたくさんいました。その中で切磋琢磨していったのです
が、もっと広くあらゆる人の為にという法然上人を実現する道は、なかなか見
つかりませんでした。
 法然上人43歳の時に、専修念仏に目覚めて、比叡山延暦寺を下ります。で
も、法然上人は天台宗が嫌いだとは言っていません。ただただ、みんなのため
になる教えを弘めたいと比叡山を下りたのです。
 法然上人の思いには、天台宗で指導を受けた先輩僧侶への感謝もありました。教えには厳しく、人には優しい法然上人の人柄を感じます。


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