楽天爺さんの気まぐれ日記

・田舎暮らしを楽しんでいます。

心に響く!!名経営者の言葉No.020

2018-05-27 | 先人の知恵に学ぶ

PHP『心に響く・名経営者の言葉』
       第1章 ビジネスチャンスのつかみ方・No.020

「名を成すのは常に困窮のときであり、

   事の破るるの多くは得意のときである」
              越後正一・元伊藤忠商事会長(19011991

 
 明治34(1901)年に滋賀県で生まれたのが、越後正一である。
神戸高等商業学校(現在の神戸大学)を卒業すると伊藤忠商事に入社した。
 生まれつき相場師の才能が備わっていたようで、入社直後から会社に莫大
な利益をもたらしたようだ。
 その功績が認められ、入社からわずか三年で綿糸布部長に大抜擢されるこ
とになる。そのとき、彼の前に立ちふさがったのが、丸紅だった。
 じつは、伊藤忠と丸紅の歴史をたどると「紅忠」という同じルーツにたど
りつく。紅忠は、伊藤忠兵衛が創立した繊維の卸売商で、伊藤忠と丸紅は、
大正7(1918)年にこの紅忠が分割され設立された会社を前身としている。
 2つの会社はともに「繊維はウチのもの」という強いライバル意識を持っ
ており、とくに綿糸相場で激しい戦いを繰り広げていた。
 越後が綿糸布部長へ抜擢されたときにその戦いのピークを迎えていたので
ある。目の前に大きな障害物が現れたとき、その人の度量や才覚が試される
とよくいわれる。
 越後にとっては、このときがまさにそうだった。
彼は逃げることなく丸紅と真っ向勝負をし、勝利を得た。この昭和2(1927)
年の綿糸相場は、いまも「大相場」として語り継がれており、戦いに敗れた丸紅
は大きなダメージを受け、綿糸経営からの撤退を余儀なくされたほどだった。

 障害物が現れたとき、最も手っとり早く楽な選択肢は「逃げる」ことである。
実際、そうしている人も多いはずだ。しかしそんなときは、これが名を成すため
の道と考えてみたらどうだろうか。
 障害物の先に成功があるとわかっていれば、「乗り越えてやろうじやないか」
というやる気も出てくるだろう。
 だが、「逆もまた真なり」である。越後が、「事の破るるの多くは得意のとき
である」と語っているのは、まさにそのことである。

 

 

 

 

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿