PHP『心に響く・名経営者の言葉』
第1章 ビジネスチャンスのつかみ方・No.020
「名を成すのは常に困窮のときであり、
事の破るるの多くは得意のときである」
越後正一・元伊藤忠商事会長(1901~1991)
明治34(1901)年に滋賀県で生まれたのが、越後正一である。
神戸高等商業学校(現在の神戸大学)を卒業すると伊藤忠商事に入社した。
生まれつき相場師の才能が備わっていたようで、入社直後から会社に莫大
な利益をもたらしたようだ。
その功績が認められ、入社からわずか三年で綿糸布部長に大抜擢されるこ
とになる。そのとき、彼の前に立ちふさがったのが、丸紅だった。
じつは、伊藤忠と丸紅の歴史をたどると「紅忠」という同じルーツにたど
りつく。紅忠は、伊藤忠兵衛が創立した繊維の卸売商で、伊藤忠と丸紅は、
大正7(1918)年にこの紅忠が分割され設立された会社を前身としている。
2つの会社はともに「繊維はウチのもの」という強いライバル意識を持っ
ており、とくに綿糸相場で激しい戦いを繰り広げていた。
越後が綿糸布部長へ抜擢されたときにその戦いのピークを迎えていたので
ある。目の前に大きな障害物が現れたとき、その人の度量や才覚が試される
とよくいわれる。
越後にとっては、このときがまさにそうだった。
彼は逃げることなく丸紅と真っ向勝負をし、勝利を得た。この昭和2(1927)
年の綿糸相場は、いまも「大相場」として語り継がれており、戦いに敗れた丸紅
は大きなダメージを受け、綿糸経営からの撤退を余儀なくされたほどだった。
障害物が現れたとき、最も手っとり早く楽な選択肢は「逃げる」ことである。
実際、そうしている人も多いはずだ。しかしそんなときは、これが名を成すため
の道と考えてみたらどうだろうか。
障害物の先に成功があるとわかっていれば、「乗り越えてやろうじやないか」
というやる気も出てくるだろう。
だが、「逆もまた真なり」である。越後が、「事の破るるの多くは得意のとき
である」と語っているのは、まさにそのことである。
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