横浜開港資料館の、平成29年度第1回企画展示
横浜・地図にない場所
─ 消えたものから見えてくる、ハマの近代 ─
を、先日、見に行ってまいりました
ちなみに、この催しの存在は
地元の図書館にトイレを借りに寄ったときに(←)
そのトイレの前に貼ってあったポスターで、その存在を知りました
『地図から消えた』とか
『歴史から消された』とか
そんな不穏な言葉に惹かれる私です(笑)(どんなカウンセラーだ)
さてさて
さざ波のうち寄せる砂浜、市街を縦横に走る川、塩炊きの煙がたなびく塩田、沖合に現れる海水浴場。かつての横浜には、今では想像もつかないような場所がありました。
幕末から現代までの160年近くの間に、横浜市中心部は小さな村から大都市へと、大きな変貌を遂げました。その過程では、都市部の拡大だけでなく、災害の発生もあり、丘陵や海岸線の形、街の区画などが移りかわり、多くのものが姿を消しました。
(展示チラシより抜粋)
そんな『消えた場所や地名』たちの、
その『消えた理由』をたどりながら、近代横浜の歩みをふりかえる企画展です
この「横浜開港資料館」は、「旧英国総領事館」
中庭にあるタブノキ、通称『玉楠(たまくす)』が青々と茂る
なんともいえない味のある雰囲気
それじゃあ、入口でチケット買ってレッツゴー
大人200円です。安い!
まずは1階と2階の常設展示を見る
横浜の開港と、そこから文明開化していった横浜の街の様子がいろいろと紹介されている展示室
……ん……あれ……
私、もしかしてここ入るの初めて……か??
昔から、ここの建物の前や横はもう何十回、何百回(!?)と通ったことがあるけれども
まともに展示見たの初めてかもしれない
そんなこんなで、さくっと見て出るつもりが
常設展示からじっくり、しっかりと、見たり読んだり触ったり
(写真をめくると、同じ場所の、昔と今の様子がひと目でわかる展示とかがある)
ようやく、2階の奥の企画展示室へたどり着いたのでした
このパネルは撮影OKとのことで
チラシとデザイン変わらないけどね
展示構成は、
「キラキラとした海に面した、東海道から外れた場所にある小さな村でした。ペリーの黒船が来るまでは……」
と、そんな文章で始まる『横浜村』の様子からスタート
つまりは、「交通の要衝からも外れてのどかにのんびり漁村で暮らしていた人々の生活が、村が、土地が、一艘の外国船の来航によって、大きく、否応もなく変えられていく……」そんな歴史の始まり、はじまり……
わくわくしますね!!(……(^^;)
そして展示は
横浜村、州干弁天、平沼塩田、元町百段、魚市場、横浜監獄、本牧十二天海岸、吉田川・新吉田川、入船町、扇島海水浴場
と、今はない場所の地図や写真をふんだんに、
消えた理由の説明もわかりやすく、かなりじっくり見入ってしまう内容で進んでいきます
私は、市内で何度か引っ越しをしていますが、いわゆる横浜オンリー育ちの「ハマっ子」なので
この『消えた場所』や移転先の中には、実際に行ったことのある場所や、住んでいた場所もちらほら
何度、「おお、あそこか…!」とひとりごとがもれそうになったことか(笑)(もれてたかもしんない)
来館者の数は多くはないけれど、思ったよりもガラガラではなく(失礼)
結構、周りの皆さんも真剣に見入っているようでした
なんか、写真に写っている人々の様子が、とても生き生きとしてて、楽しそうだったりして
でも、大きな歴史の出来事の中で(開港・関東大震災・街の近代化)、その場所は今は無くて
最後の「扇島海水浴場」の写真なんて、
もんのすごいギュウギュウ詰めの海水浴客たちが楽しんでる、広い海水浴場の白黒写真なんだけれども
現在のその海水浴場のあった場所は
JFE(だったかな)の、とにかく完全に鋼鉄工場地帯なんですよ
思い出の海水浴場が、跡形もなく変わってしまうとか、考えるとちょっと切ない
そして、
この企画展で、私は自分自身に関係のある(?)大きな発見をしたのでした!
展示の一つ、『州干弁天』
ここは、現在の「馬車道駅」から海側、赤レンガ倉庫あたりにあった
小さな森に囲まれた社(やしろ)なのですが
そこの説明に
【弁天の鳥居は、現在の羽衣町にある厳島神社に移された】
……とある
なにぃぃぃ!!?
羽衣町にある厳島神社って、
手帳に入れてるお守り
私が勝手に「自分の商売・仕事の神」と思ってお参りしてる、関内にある神社じゃん!!(←横浜弁)
(「州干弁天」の地図と写真を凝視しながら)
ここが元の場所だったのかーー!!
と、目を見開いて、心の中で叫ぶわたし
いつもお世話になっております m(_ _)m
そうだよなぁ
この羽衣町の厳島神社って、関内から伊勢佐木町に向かうエリアの
完全な繁華街の中にいきなり現れる、それでも結構しっかりとした神社なんですが
ビルの先にあらわれる
赤い鳥居のお社
(よく見ると『横濱辨天』(よこはまべんてん)って書いてある)
元々の神社の場所が、開拓区域になったことで、ここに移動して来たんだなぁ
それにしても、ここは周囲のビル群に圧迫されず、ちゃんと残っていて良かった
(やっぱり、お社は無くすことはできませんよね、ということで)
この神社の移転秘話を知れただけでも、この展示を訪れた甲斐がありました
同じ企画展に興味を持つ人々と、しばし同じ時間を過ごす、心豊かなひとときでした
横浜開港資料館
【横浜・地図にない場所】
開催期間は、2017.4.26(水)~7.17(月・祝)
となっております
まだまだ始まったばかり。興味を持った方はぜひ!
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横浜・地図にない場所
─ 消えたものから見えてくる、ハマの近代 ─
を、先日、見に行ってまいりました
ちなみに、この催しの存在は
地元の図書館にトイレを借りに寄ったときに(←)
そのトイレの前に貼ってあったポスターで、その存在を知りました
『地図から消えた』とか
『歴史から消された』とか
そんな不穏な言葉に惹かれる私です(笑)(どんなカウンセラーだ)
さてさて
さざ波のうち寄せる砂浜、市街を縦横に走る川、塩炊きの煙がたなびく塩田、沖合に現れる海水浴場。かつての横浜には、今では想像もつかないような場所がありました。
幕末から現代までの160年近くの間に、横浜市中心部は小さな村から大都市へと、大きな変貌を遂げました。その過程では、都市部の拡大だけでなく、災害の発生もあり、丘陵や海岸線の形、街の区画などが移りかわり、多くのものが姿を消しました。
(展示チラシより抜粋)
そんな『消えた場所や地名』たちの、
その『消えた理由』をたどりながら、近代横浜の歩みをふりかえる企画展です
この「横浜開港資料館」は、「旧英国総領事館」
中庭にあるタブノキ、通称『玉楠(たまくす)』が青々と茂る
なんともいえない味のある雰囲気
それじゃあ、入口でチケット買ってレッツゴー
大人200円です。安い!
まずは1階と2階の常設展示を見る
横浜の開港と、そこから文明開化していった横浜の街の様子がいろいろと紹介されている展示室
……ん……あれ……
私、もしかしてここ入るの初めて……か??
昔から、ここの建物の前や横はもう何十回、何百回(!?)と通ったことがあるけれども
まともに展示見たの初めてかもしれない
そんなこんなで、さくっと見て出るつもりが
常設展示からじっくり、しっかりと、見たり読んだり触ったり
(写真をめくると、同じ場所の、昔と今の様子がひと目でわかる展示とかがある)
ようやく、2階の奥の企画展示室へたどり着いたのでした
このパネルは撮影OKとのことで
チラシとデザイン変わらないけどね
展示構成は、
「キラキラとした海に面した、東海道から外れた場所にある小さな村でした。ペリーの黒船が来るまでは……」
と、そんな文章で始まる『横浜村』の様子からスタート
つまりは、「交通の要衝からも外れてのどかにのんびり漁村で暮らしていた人々の生活が、村が、土地が、一艘の外国船の来航によって、大きく、否応もなく変えられていく……」そんな歴史の始まり、はじまり……
わくわくしますね!!(……(^^;)
そして展示は
横浜村、州干弁天、平沼塩田、元町百段、魚市場、横浜監獄、本牧十二天海岸、吉田川・新吉田川、入船町、扇島海水浴場
と、今はない場所の地図や写真をふんだんに、
消えた理由の説明もわかりやすく、かなりじっくり見入ってしまう内容で進んでいきます
私は、市内で何度か引っ越しをしていますが、いわゆる横浜オンリー育ちの「ハマっ子」なので
この『消えた場所』や移転先の中には、実際に行ったことのある場所や、住んでいた場所もちらほら
何度、「おお、あそこか…!」とひとりごとがもれそうになったことか(笑)(もれてたかもしんない)
来館者の数は多くはないけれど、思ったよりもガラガラではなく(失礼)
結構、周りの皆さんも真剣に見入っているようでした
なんか、写真に写っている人々の様子が、とても生き生きとしてて、楽しそうだったりして
でも、大きな歴史の出来事の中で(開港・関東大震災・街の近代化)、その場所は今は無くて
最後の「扇島海水浴場」の写真なんて、
もんのすごいギュウギュウ詰めの海水浴客たちが楽しんでる、広い海水浴場の白黒写真なんだけれども
現在のその海水浴場のあった場所は
JFE(だったかな)の、とにかく完全に鋼鉄工場地帯なんですよ
思い出の海水浴場が、跡形もなく変わってしまうとか、考えるとちょっと切ない
そして、
この企画展で、私は自分自身に関係のある(?)大きな発見をしたのでした!
展示の一つ、『州干弁天』
ここは、現在の「馬車道駅」から海側、赤レンガ倉庫あたりにあった
小さな森に囲まれた社(やしろ)なのですが
そこの説明に
【弁天の鳥居は、現在の羽衣町にある厳島神社に移された】
……とある
なにぃぃぃ!!?
羽衣町にある厳島神社って、
手帳に入れてるお守り
私が勝手に「自分の商売・仕事の神」と思ってお参りしてる、関内にある神社じゃん!!(←横浜弁)
(「州干弁天」の地図と写真を凝視しながら)
ここが元の場所だったのかーー!!
と、目を見開いて、心の中で叫ぶわたし
いつもお世話になっております m(_ _)m
そうだよなぁ
この羽衣町の厳島神社って、関内から伊勢佐木町に向かうエリアの
完全な繁華街の中にいきなり現れる、それでも結構しっかりとした神社なんですが
ビルの先にあらわれる
赤い鳥居のお社
(よく見ると『横濱辨天』(よこはまべんてん)って書いてある)
元々の神社の場所が、開拓区域になったことで、ここに移動して来たんだなぁ
それにしても、ここは周囲のビル群に圧迫されず、ちゃんと残っていて良かった
(やっぱり、お社は無くすことはできませんよね、ということで)
この神社の移転秘話を知れただけでも、この展示を訪れた甲斐がありました
同じ企画展に興味を持つ人々と、しばし同じ時間を過ごす、心豊かなひとときでした
横浜開港資料館
【横浜・地図にない場所】
開催期間は、2017.4.26(水)~7.17(月・祝)
となっております
まだまだ始まったばかり。興味を持った方はぜひ!
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