支援物資

2011年04月01日 | 東北関東大震災
昨日は、親戚知人に向けて、個人的に支援物資を発送してきました。

具体的にどんなものが必要なのか、足りていないのか、今の状況は、と何度も電話をかけては
お話しを伺っています。

東北自動車道や東北新幹線の通っている地域では、物流も正常な状態に戻りつつあるそうです。
スーパーマーケットもほぼ通常の品揃えがあるそうですし、ガソリンも並ばずに入れることができるようになったそうです。

東北地方は、もともと人口密度が低い地域も多いので、車が必需品です。そんな地域で中心部から⒛kmも離れると、
話は違います。
スーパーマーケットは売り場を半分にして営業していたり、ガソリンも並んで入れるそうです。
相変わらず、朝食に食パン1枚のみ、昼食はカップラーメンのみ、夕食はおにぎり2個のみ、の避難所もあります。


テレビの映像では、三陸の方の避難所では物資が山積みになっていたり、被災者の方の後ろにはダンボール箱や
衣装ケースに生活用品が入っている様子も見受けられます。
しかし、原発から避難してきた方の多い避難所では、今まで食事以外にいただけたのはショーツ1枚のみ、という方も。
まさに着の身着のままの生活。

この格差はあまりにもひどすぎると思います。


ハンドバッグひとつで避難した方へは、下着や裁縫道具、スニーカー、大きいバッグ、食パンにつけるジャムやスプーンを
お送りしました。
数人でまとまって行動している方には、どなたも着れそうなトレーナーやTシャツ、くつしたやバスタオルを入れました。
一人暮らしのワンルームの娘さんのところに行った方には、年配の方向けの靴や化粧品を選びました。


対応が遅れていた市町村も多かった南相馬市や浪江町・双葉町の役所もやっと動き始めました。
次なる生活の場所となる宿泊施設の入居希望を受け付けています。

原発が落ち着いたらすぐにでも家のものを取りに行きたい、子供の勉強道具取りたい、そんな思いから、
福島県の中での希望を出す人が多く、かなりの順番待ちも予想されているそうです。


まだ、福島へ支援に行った方にお会いできていませんが、
私たちにお役に立てることはどんなことなのかを模索しています。


あいね谷町九丁目店 : 原 亮子