命きらめいて☆馬、犬、猫など動物に関する理不尽な事件や心温まる出来事の記録

円山動物園マレーグマ虐待死亡事件/脱走シマウマ水死事件/動物虐殺事件/宮古馬放置死事件/上げ馬神事

宮古馬と与那国馬

2019年01月16日 18時34分45秒 | 事件
宮古島のご近所に日本最西端の島、与那国島がある。そこでは与那国馬という在来馬が生き延び守られてきた。宮古島市の5分の1ほどの小さな島の在来馬は宮古馬にサイズも気性もよく似ている。

現在130頭もの馬が与那国島はもちろん、全国のいろいろな場所で育まれている。宮古馬より20年も前の1969年に与那国町の天然記念物に指定されたが、一時は50頭近くまでも減って絶滅の恐れもあったという。そこからどうやって増頭できたのか。

保存会を早々と公企業化し、一昨年「一般社団法人 ヨナグニウマ保護活用協会」へと昇華させ、ますますパワフルの様相だ。宮古島との大きな違いはマンパワー。馬を愛する情熱だ。馬広場構想が何とも素晴らしい!

これ!これなんだよね!馬と人が共生できる道は!サイトを読み進めていくうちに、涙が出そうになるほど、嬉しかった。宮古馬たちが不憫に思えて悲しかった。馬に対する愛情が伝わってくるのですよ。これからはここの先輩たちに教えを請いながら進めばいいのでは?

一般社団法人 ヨナグニウマ保護活用協会https://www.yonaguniuma.com/

家畜だとしても

2019年01月16日 17時58分11秒 | 事件
宮古馬を絶滅から救うとは言うまでもなく、血統を守りながら増やしていくことだ。

そのためには遺伝的に問題のある馬が生まれた場合は繁殖に使うことはできない。保存対象にはならないのだ。そういう場合、保存会では飼養せずある程度大きくなってから民間に売ったり、肉用に売ったりしている在来馬の保存会もあるかと思う。犬や猫と違って肉が売れる家畜でもあるという悲しい現実が付きまとう。辛いこともあるかもしれないが、繁殖さえ計画的にすればそんなに多くはないと思う。

そのほか、年を取りすぎたとかいろいろな問題があっても、群れの先生役だったり、ホースセラピーができたり、何かと利用価値がある馬なら、寿命尽きるまで飼養することがそんなに困難だということはないはずだ。もちろん、土地や補助金が十分であればの話だが。

今回問題となった一部の委託先の飼育環境だが、特異だとN氏本人は思っていないようだ。一般的にはあまり知られていないことだが、肉用の牛や馬、豚などは狭い場所に閉じ込められて、糞尿にまみれて生涯を終えることも珍しくはないからだ。

N牧場では宮古馬たちも他の肉用馬たちも豚や肉牛と同じように飼われていたにすぎない、というのは馬を家畜として扱っている人たちの言い分だ。いずれ県の天然記念物から外れると思っていた飼い主にとって、宮古馬も肉牛や豚と同じで金になる肉用馬なのだ。

馬が犬や猫と同じ伴侶動物であり、愛玩動物であると思っている人たちにとって、あの状況は本当にたまらないと思う。馬を牛や豚と同じに思っていない人の方が圧倒的に多いので、大きな騒ぎとなるのだと思う。

乳牛種のオスは生まれてすぐに殺されることとか、元競走馬の送られる肥育場が養豚場と同じで、ぎゅうぎゅう詰めで糞尿まみれで肉用馬として飼育されてることが多いとか、普通知らないことが多いと思う。

忘れてはならないことに、どんな立場であろうと彼らは「愛護動物」であり、動物愛護法にもある動物福祉の基本方針

①飢えと渇きからの自由
②不快からの自由
③痛み ・ 負傷 ・ 病気からの自由
④恐怖や抑圧からの自由
⑤自然な行動をとる (本来の習性を発揮する) 自由

は守られなければならないことだ。

今回の事件を通して、彼らの飼育環境にも関心を持ってくれる人たちが増えるのを願っている。宮古島市役所の担当部署は虐待についての勉強と指導、動物取扱業の登録など率先してお手本を見せてほしいと思う。


オモゲー(ウムイ)をしたまま気持ち良さそうに眠る石垣島の
波ん馬ホースライディング牧場さんhttps://www.naminma.com/のお馬
お腹はパンパンだ


オモゲーがはずれてからまったまま倒れ、朽ちようとする命
どれくらい放置したらこんなふうになってしまうのだろうか!?
(何度もすみません。悔しくて悔しくて・・・合掌)

参考動画

2019年01月15日 23時41分44秒 | 事件
劣悪な環境にいる非常に悲惨な状況の動画がいくつかあります。
元気だったころのあどけない仔馬のカイト君や嬉しそうなシンゴおじさんもいます。
最後はのどかな馬のいる情景で癒されてください。

天然記念物が絶滅の危機?宮古馬を虐待から救え!【週刊動画SPA!】
https://www.youtube.com/watch?v=tyuDMa8A99k

【宮古島の馬虐待】他の馬も糞尿に塗れた厩舎に放置されている
https://www.youtube.com/watch?v=5XtN0tAdc44

ネグレクトされる宮古馬
https://www.youtube.com/watch?v=-N1OgeQNKu0

無心に支援のミルクを飲む宮古馬の仔馬カイトの動画
https://www.instagram.com/p/Bl7ZWNTBYuz/

跳ね回る元気だったころのカイトくんとシンゴ
https://www.youtube.com/watch?v=qOlHOfx64yY

虐待されていた4頭の宮古馬がついに救出。しかし、いまだ楽観視はできず【シンゴ1】
https://www.youtube.com/watch?v=QU-g6gvekno

虐待されていた4頭の宮古馬がついに救出。しかし、いまだ楽観視はできず【シンゴ2】
https://www.youtube.com/watch?v=5yeNZZTuQOk

現代のウマハラシー(琉球競馬)沖縄こどもの国にて
https://www.youtube.com/watch?v=fzuhKgDrnqI

沖縄・宮古島エリアの観光旅行スポット公式ガイド:宮古島Style
https://youtu.be/xZuchzlO8s8


現行犯での通報が大切

2019年01月15日 21時08分02秒 | 事件
この3年間で13頭ものかわいい馬たちが苦しんで死んでしまった。その馬たちの様子は目を覆うようなひどいありさまだった。馬たちは肥溜めのような場所で糞尿にまみれ、寒さに凍え、飢えて死んでいった。繋がれっぱなしで骨折し、命を落とした仔馬たちもいた。補助金目当てに世話もせずに馬を飼うネグレクト虐待者たちと、委託先を見回りもせず、十分な預託金も払わず馬を預けっぱなしにした管理者たちの犠牲になった馬たちだ。

市の担当者に証拠となる写真を見せて、虐待の事実をどんなに訴えても「虐待はなかった」と認めず、虐待者の言いわけを支持しようとする。例えば、「宮古島では昔は農耕馬だったので、外で十分運動しているため放牧の習慣もないし、N氏のような飼い方が普通だったので虐待ではない」と言い切る。農耕してる馬なの?してないでしょ!

そんなトンチンカンなことを言い張ってまで、虐待を認めない。それは彼らが、不祥事を恐れて、動物の命よりも自分と組織を守ることの方が大切だからだ。それは責任逃れと職務怠慢の何物でもない。飼育者、市と県の担当者、保存会の会員の責任あるものたちがすべきことせずに、見て見ぬふりをしたせいで、死ななくてもいい命をたくさん失ってしまったのは紛れもなく事実だ。

大型動物の馬が死んだとき、埋葬するには自治体の許可がいる場合が多く、一般的には処理業者に頼むことになる。そのためには何万と出費がかかるものだ。その場合の経費は誰が払うことになっているのだろうか?仔馬が生まれたら10万円もらえるから、妊娠した母馬を欲しがるという話があった。馬が死んだときにも支払われるお金があるのなら、死んでほしくなる輩もいるのかもしれない。そんなことを思わずにはいられない10頭中8頭、6頭中5頭という数字である。

今回の事件で、動物虐待は明確な物的証拠がある場合や現行犯でないと逮捕もできないような甘い愛護法によって、犯人たちは簡単に逃げられるようになっているのが現実なのだとはっきり知ることとなった。お手本を見せるべき役所がこれでは本当に嘆かわしい。こんな状態では、日本はイエローモンキーの集まりで、一流国家ではない!と言われても甘んじて受けるべきなのだろう。

市曰く、「虐待報道を払拭したい」とのことだが、ネグレクト虐待ではなかったと判断する理由は何なのか?!

その時々で彼らが訴えられれば、有罪判決が出る可能性は十分あることを知っておいてほしい。

長野県で起きた馬ネグレクト虐待裁判の判決文
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/pamph/h1903/pdf/04.pdf#search=%27%E4%BC%8A%E9%82%A3+%E9%A6%AC+%E8%99%90%E5%BE%85+%E3%83%8D%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88+%E8%A3%81%E5%88%A4%27




以下閲覧注意

N牧場の惨状 
この3年間でこの子達のほとんどが亡くなった
三番目の写真の子は翌日にはいなかったということが何を意味するか
冥福を祈ります











S牧場の惨状
やせ細った母馬とカイト君 母馬の死後カイト君に救いの手が





ママ馬とカイト君安らかに 天国では幸せに
このシンゴおじさんだけは助かって他の牧場に引き取られました
寿命を全うできるよう祈ります

滅びへのベクトル

2019年01月15日 17時41分27秒 | 事件

機械化による文明の波に一掃されてしまったとはいえ、守るに十分値しうる宮古馬だ。
なのになぜ宮古島民は宮古馬を守り切れないのか原因を考えてみた。

まず、初めにはっきりとさせたいのは宮古馬とその飼育者たちの置かれている立ち位置だ。わかったことをまとめてみたい。

●かっては10000頭いた宮古馬が10頭以下に減少したころの1980年に保存会ができた。
●宮古馬保存会とは宮古島市所管の、市に事務局を置く、市の任意団体である。
●2018年度から担当部署が農林水産部畜産課から教育委員会生涯学習部生涯学習振興課に移管し、会長も市長から教育委員会教育長へと変わった。
●宮古馬は「宮古馬保存会」が所有しており、それは上記のことからほぼ「宮古島市」と考えていいようだ。結成当時は委託飼養者も数人在籍していたが、現在の保存会会員の構成はよくわからない。
●沖縄県は県の天然記念物に指定した当時の6年間は補助金を支給していたが、現在関与している形跡はあまり見えない。
●現在は宮古島市の補助金5000円と日本馬事協会の助成金8000円の1頭につき月13000円が委託先の飼養者に支給されている。

1991年には県の天然記念物として指定されたのに、飼育は希望者の民間人に委託するのみだった。ほぼ餌代のみの安い預託料で数十年も、委託飼養者たちの善意に甘えてきた市と保存会。他の在来馬のような、施設や組織の拡張や発展は見られない。

その間、行事などで利活用することにより増頭に成功。2015年には当初の目標50頭を達成したので保存計画の見直しを図った。2017年3月には市は多数の馬たちを天然記念物からはずし、その補助金を打ち切る決定を下したが、反対者も多く、保留になっていた。

種馬にできない雄馬と、妊娠しにくいとはいえまだまだ十分仔馬が産めるかもしれない雌馬、どちらもまだ若いと言える10歳以上の馬たちを突然に、それも大量に除外とはなぜだろうか?

小頭数からの「戻し交配」には繁殖の専門知識を必要とするが、計画的な配合をしなかったことで不都合が出てきたのが原因かと推測している。本来の宮古馬、右流間号やヒコーキ号の容姿と比べると現在の宮古馬たちは脚が細く、後ろ足がXに曲がり気味なのが気になっている。ひょっとして、保存初期の段階ですでに配合に失敗していたのだろうか。だから、県も早々と保存に消極的になったのかもしれない。

2018年度からは新しい担当部署となり、それまでの保存計画を県とともに見直そうとしていたが、馬たちの悲惨な状況がネグレクト虐待として全国に波紋を広げ大問題となってしまった。3年間で13頭もの馬たちが2ヶ所の劣悪な環境で世話もされずに糞尿にまみれ、ガリガリに痩せて死亡するという、まれにみる惨状を呈した。

こうして振り返ってみると、宮古馬を所有する「宮古馬保存会」が組織面、資金面、活動面においてしっかり運営できていないことが大きいと言える。これは天然記念物として指定しながら何もしない沖縄県と、宮古馬と保存会の管理者でありながら適切な管理を怠り、少ない補助金だけで馬を預けっぱなしにしておいた宮古島市のずさんな対応が招いた結果である。

(一番非難を受けるべきN氏やS氏は補助金が多くても同じような飼い方をする可能性が大きいので、ここでは省いた。)



昭和初期に琉球競馬で活躍したヒコーキ号


1935年ごろの右流間号


現在の宮古馬 by Wikipedia


宮古馬の歩み

2019年01月13日 18時56分43秒 | 事件

宮古島は比較的平坦で森林率が15年来14パーセントしかないという。そのような土地は馬の飼育には最適で、餌を栽培するにも都合が良いし、怪我も少ない。サラブレッド発祥の地、イギリスの馬文化が今でも栄え続ているのはそのような土地に多く恵まれているからでもある。

美しい海と丘のある宮古島で生き抜いてきた宮古馬はミャークヌーマなどと呼ばれ、在来馬(日本固有の馬)の8種のうちのひとつだ。体高は平均雌117cm、雄120cm位、体重約200Kgほどの小さな馬で、ポニーに分類される。

頭は大きめで、鼻すじを押さえて制御する木製馬具、オモゲーの影響からか、横から見ると鼻筋が反っているので、アラブ馬に似て愛嬌のある顔立ちをしている。腰回りや脚は細めだが、広くて固い丈夫な蹄を持っている。そのため蹄鉄をはかせる必要がないのは大きな利点だ。性格は温順で人懐こく、そのうえ、粗食と重労働に耐え、耐久力に富み、小柄ながら負担力大きく、駄載に適しているというから素晴らしい。

宮古馬は農作業や馬車、荷物を背負って運ぶなど、優れた家畜として、今までどんなに人の暮らしに貢献してきたことだろうか。そんな愛すべき宮古馬が悲しいことに今、いばらの道を歩いている。県の天然記念物に指定されているにもかかわらずである。どうしてそんなことになってしまったのだろうか。これまでどのような道を宮古島の人々とともに歩んできたのかを調べてみたくなった。

【全盛期から衰退期へ】

・宮古馬は遠く14世紀のころから存在していた。
・琉球王府時代(1429~1879年)から宮古馬は武士の乗用および江戸幕府や中国への献上品としての御用馬だった。

・そのころから戦前までの約500年間に、騎馬戦で有利な速歩の琉球競馬も奨励され宮古馬は大活躍していた。それは速さではなく、右前脚と右後脚、左前脚と左後脚を同時に動かす「側対歩」(そくたいほ)のような速歩(はやあし)で走らせながら、優雅さや美しさを競うものであった。馬の能力と調教技術の優秀さを競うものとも言えるので、馬産地らしい競技といえる。

・1771年(明和8年)には2000頭が飼育されていたと推定されている。
・1850年頃(江戸時代)薩摩藩の第11代藩主、島津斉彬(なりあきら)が、平坦な土地が多く馬の飼育に適していた宮古島での馬の生産に力を入れてきたせいもあって、当時は多くの宮古馬が繁殖、飼養されていた。

・1885年(明治18年)に糖業が始まってからは、サトウキビを宮古馬の背や馬車に載せて運ばせたり、農耕馬として活用された。
・1901年(明治34年)軍馬大型化という国策よって、原則としてすべての3歳以上15歳未満の(在来馬の)雄馬に去勢を施すことを義務付ける去勢法「馬匹去勢法」が発布された。
・1917年(大正6年)宮古島にも去勢法が適用された。
・1922年(大正11年)に農民の強い反対運動で、去勢法の適用区域から除外され、宮古馬の種は守られた。
・長濱幸男氏の『在来馬の危機救った農民パワー』には、幾度か訪れた宮古馬の絶滅の危機を救った島民の努力が書かれている。
・1935年(昭和10年)まだ幼少だった明仁親王の将来の乗馬訓練用として、右流間(うるま)、球盛(珠盛たまもり)、漲水(はりみず)の3頭が選定された。

・1956年(昭和31年)の12,428頭をピークに減少の一途をたどる。
・1962年(昭和37年)頃からのトラック、トラクターなどの機械化、畜力依存の小型製糖工場の減少によって、馬の需要が無くなっていった。
・1975年(昭和50年)宮古馬の調査で老令の宮古馬(在来)雌4頭、雄1頭が宮古群島、沖縄本島で確認され、在来馬は絶滅の危機に瀕していると、メディアに大きく報道され保存の機運が高まった。

【保存に向かって】

・1976年(昭和51年)「宮古畜産技術員会」が宮古群島全域にわたって宮古馬の飼養頭数を詳細に調査した結果、比軟的純度の高い在来馬が14頭いることが確認された。いずれも老令馬で繁殖能力が心配され、保存が検討された。
・1977年(昭和52年)在来馬の保存対策が宮古郡市町村の経済課長会議で検討された。
・同年5月には沖縄県中央家畜保健衛生所宮古支所に雄1頭と多良間島の波平常雄氏の寄贈による雌1頭が集められ、保存の第1歩を踏み出した。

・同年11月 平良市役所の企画室、農林課、商工観光課および教育委員会指導課で構成する「宮古馬保存対策会」が設置され、そこで在来馬を農家から買い上げ、平良市熱帯植物園(現宮古島市熱帯植物園)で集団飼育することが決定され、雌3頭を買い上げた。さらに沖縄本島で繋養していた名護宏明氏より雄1頭(太平号)が寄贈され、雌3頭、雄1頭の集団でスタートした。
・1978年(昭和53年)には7頭まで宮古馬は激減していた。二十数年前、宮古島の飼い主から売られ、糸満市喜屋武に移り農耕馬として活用されていた太平号は、売却された当時馬名はなかった。その後名護宏明さんが買い取り飼育していた。名護さんは無償でプレゼントすることを決め、宮古馬を太平号と名付けた。里帰り後、太平号と雌「ゆかりゃ号」との縁談がまとまった。

・1980年(昭和55年)4月1日に宮古6市町村で構成した「宮古馬保存会」を平良市役所内に結成。現存する全馬を保存馬に指定し、本格的に宮古在来馬の保存に取り組むようになった。
・同年6月「太平号」と「ゆかりゃ号」の間に仔馬が誕生。公募で「平太」と名づけられ、増頭計画に向け、大きな希望を与えた。 「太平号」は83年になんと47歳で天寿を全うしたという。(ちなみに現在長寿世界一はイギリスのシェインという牡馬で51歳だった)
https://www.bajikyo.or.jp/file/File/miyako/20111221133852203.pdf
http://www.miyakomainichi.com/2017/11/103886/

・1985年 全島ぐるみの本格的な宮古馬増頭運動がはじまり、目標頭数を50頭とした。
・1985年度の頭数は8頭だった。
・1991年(平成3年)1月 沖縄県指定天然記念物に指定され、当面の間は宮古圏内の保存事業に賛同する個人・団体に委託して飼育され、県は補助金を支給することになった。
・1992年(平成4年)には20頭になった。

・1997年(平成9年)宮古馬は19頭になった。
・同年3月から国の種の保存のためのジーンバンク事業により、農林水産省家畜改良センター 北海道十勝牧場で3頭が繋養されはじめた。
・1997年(平成9年)天然記念物に指定された当初沖縄県が出していた補助金が「再生事業が軌道に乗った」として打ち切られた。


【活用と頭数増加】

・2001年(平成13年)11月、島内に19頭、家畜改良センター十勝牧場で3頭が飼育され、合計22頭となり、当時、日本在来馬8馬種のなかでは一番少ない頭数となった。
・同年12月「宮古馬スマヌーマ牧場」が開設された。http://www.eonet.ne.jp/~nagasaki/miyakoho.htm
・2006年春に宮古馬保存会の協力を得て、6,000坪の広大な牧場「荷川取(にかどり)牧場」がオープンした。ここでは体験乗馬や自由乗馬(有料)ができる。
http://www.eonet.ne.jp/~nagasaki/nikadori.htm
・2007年(平成19年)30頭まで増やした。その後も毎年のように産まれたものの、事故死などの死亡が相次ぎ増減を繰り返した。
・同年から「放課後子どもプラン」を取り組みをはじめた。市内の小学校や学童クラブなどで、放課後や週末に安心して活動できる居場所を確保、次世代の健全育成にも役立てようというもので、宮古馬の体験乗馬も取り入れられた。
・2010年5月 うえのドイツ文化村で1日から開催されているこいのぼりフェスト2010(主催・宮古島市ほか)では宮古馬の体験乗馬が行われた。
・2011年3月 第28回宮古青少年の家まつりで体験乗馬があった。
・2011年3月28日 荷川取牧場で宮古馬「陸」誕生今年第1号、計33頭に。
・2011年 4月 宮古島観光協会主催の海びらきの行事が与那覇前浜ビーチで開催され体験乗馬があった。
・2011年6月 市の熱帯植物園内の体験工芸村にて宮古馬体験乗馬が新たに参入した。
・2012年6月 干潟の祭典「第22回サニツ浜カーニバル」(主催・宮古島市など)が17日、下地の与那覇湾、通称サニツ浜で開かれた。恒例の浜競馬には宮古馬7頭が出走した。
・同年6月11日 辺保良で仔馬が誕生し、40頭に到達。50頭達成へ期待膨らんだ。誕生と事故死を繰り返して伸び悩んできたが、約30年の月日を経て、1985年から始まった増頭運動の成果が表れ始めた。

・2012年7月 マンゴーまつりにて乗馬体験があった。
・2013年2月9日 平良山中の荷川取牧場で9日未明に今年初めての宮古馬の赤ちゃんが誕生した。
・2013年(平成25年)6月11日には再び40頭に達した。
・2013年7月 干潟の祭典・第23回サニツ浜カーニバルが下地の与那覇湾(通称サニツ浜)で開催され浜競馬、引馬による体験乗馬が行われた。
・2013年11月 東急グループの東急電鉄と宮古観光開発の「まいぱり宮古島熱帯果樹園」が開業され、園内に宮古馬牧場も開設された。

・2013年11月 第9回宮古島市生涯学習フェスティバルが市中央公民館で開かれ、宮古馬との触れ合いコーナーがあった。
・2014年1月 宮古島と北海道十勝牧場に計44頭が飼育されていた。

・2014年7月 干潟の祭典「第24回サニツ浜カーニバル」が下地の与那覇湾、通称サニツ浜で開かれた。約700㌶の広大な干潟を舞台に、恒例の浜競馬などが行われた。
・2014年11月 2014年度沖縄文化活性化創造発信支援事業の助成を受けて開催されている「みゃーく市民文化講座」(ATALASネットワーク主催)の第2、第3回合併講座が開かれ、在来馬の起源や人頭税との関わりなどについて、3人がそれぞれの専門的な立場から解説した。福氏(法政大兼任講師)、梅崎氏(スポニチ専門委員)、長濱氏(市史編さん委)45人の市民が参加した。
・2015年3月 第32回宮古青少年の家まつり(主催・宮古青少年の家)同施設で開かれた。青少年の家で行う事業や活動を地域に広く紹介し、子供たちに体験してもらうことで、教育施設としての活動周知と理解を深めることなどを目的に毎年開催されている。宮古馬乗馬体験があった。
・2015年4月19日 荷川取牧場で仔馬が誕生し、全体の飼育頭数は47頭となった。


【保存会の迷走と虐待の始まり】

・2015年5月 宮古島市役所上野庁舎において、宮古馬保存会会議が開催され宮古馬の保存に必要な目標頭数50頭が2015年度中に達成される見通しができたことから、今後の保存に向けた基本方針を策定委員会、沖縄県、関係機関と協力して策定することを確認した。

・2015年度において、50頭が達成されたことが馬事協会のサイトからわかった。
(その後は2016年度46頭、2017年度48頭となっている)https://www.bajikyo.or.jp/pdf/shiyoutoususuii.pdf
・2015年度市教委によると、15年度は4頭死亡。

・2016年5月6、7日ある旅行者のブログ「北海道から宮古島まで 旅の続き 宮古馬horse help」から劣悪な委託先のひとつ、N牧場でのネグレクト虐待が発覚し、ネットに拡散された。N牧場はこの3年間に10頭中8頭を死なせたので、写真の馬たちのほとんどはもういないことになる。
https://ameblo.jp/mintiadryhardsugarless/entry-12157476182.html
https://ameblo.jp/mintiadryhardsugarless/entry-12157953575.html


・2016年7月 干潟の祭典「第26回サニツ浜カーニバル」(主催・宮古島市など)が下地の与那覇湾、通称サニツ浜で開かれた。体験乗馬があった。
・2016年度は市教委によると、16年度は1頭が死亡。

・2017年3月 宮古島市は、繁殖に適しない高齢馬を天然記念物の指定から外す決定をした(2017年3月17日付『沖縄タイムス』より)これは保存会から除外される馬には補助金が出なくなるということで、そのまま飼養する委託者には大きな負担を押し付けることになる。

・2017年10月 市立平良図書館北分館の 「郷土の歴史と文化」 講座が開催され、市史編さん委員の長濱幸男さんが、 日本在来馬で県指定天然記念物の宮古馬の起源や歴史などについて講話した。 現在は47頭で目標だった保存集団数に達しようとしているが、 集団維持には100頭は必要と主張し、 飼養者の助成強化や県立公園への牧場設置、 保存会事務局体制の強化などを提言した。

・2017年年11月22日 全体頭数は47頭。そのうちの24頭は荷川取さんが飼育している。
・同年 荷川取さんら数人の委託飼養者たちは市の補助金の増額を要求。保留のまま今日に至る。
・2017年11月23日 当時の尽力者が市博物館で剥製展示されている栗毛の「太平号」に40年ぶりに対面した。
・2017年度は市教委によると、6頭が死亡。

・2018年3月 与那覇前浜周辺への整備を計画している宮古広域公園(仮称)の基本設計案で示された整備事業計画についての住民説明会が開かれた。20年度着工を予定し、計画では面積が約50㌶で、年間約73万人の利用を想定。駐車場は複数箇所に合計で約500台分を整備。主な施設としては野外イベントが開催できる大芝生広場やサッカーグラウンド、林間キャンプ場、宮古馬牧場、遊具広場、スケートボードパークなどの整備を予定している。

・2018年8月 宮古馬保存会は3日までに、一部の馬を補助の対象から外す現行の保存計画を見直す方針を確認した。飼養管理者に交付する補助金の適用範囲を明確に定める方針だが、繁殖能力がないと見なした馬を補助の対象から外す方向性は保つものとみられる。宮古馬の具体的な活用方法についても議論を深めることになった。飼養管理者には日本馬事協会や宮古島市から助成金が交付されているが、現行の保存計画には「10歳以上で繁殖履歴のないときは保存馬から除外する」と定められており、これに従えば該当の馬を持つ飼養管理者は補助金を受け取ることができない。この計画の適用年度は17年度だった。ただ、飼養管理者の要望もあって同年度の適用は見送られ、その後は検討課題とされていた。この間、保存会の事務局が市の畜産課から市教育委員会生涯学習振興課に移管。同課が県の担当課と調整した結果、策定委員会に新たな学識者を入れて計画を再考する案が浮上、2日に開かれた総会に諮って認められた。18年度の補助金は、従来通りに交付される。
http://www.miyakomainichi.com/2018/08/111331/

・2018年8月「馬と人のこれからサミット」(主催・同サミット実行委員会、共催・ミャークヌーマ宮古馬の会)が16日、平良鏡原の七原コミュニティセンター(七原公民館)で開かれた。市民や本土からの関係者ら約50人が参加。今後の日本在来馬の宮古馬、木曽馬(きそうま、長崎県)、御崎馬(みさきうま、宮崎県)などの保存や馬文化を次代に継承していくことについて考えた。サミット終了後、参加者ら荷川取牧場(荷川取明弘代表)へ移動し、宮古馬を視察した。荷川取代表は、4カ所に分けて計28頭飼育している。
http://www.miyakomainichi.com/2018/06/110093/

・2018年11月 宮古馬の保存活用法を再検討することになり、策定委員会が発足し、現行保存計画が大幅に見直されそうだ。31日に発足した保存計画策定委員会で、繁殖能力がない馬を保存の対象から外すことなどを柱に据えた現行計画をゼロベースで見直す方向性を確認した。宮古馬の保存・活用のあり方を根本から問う議論が始まった。現行計画に定めた▽10歳以上で後継馬が出ている馬は保存から除外▽精液が薄く種付けが困難と判断できる馬は保存から除外-は見直した方が良いとする意見があり、異論はなかった。 
http://www.miyakomainichi.com/2018/11/113612/



【虐待の発覚と報道】

・2018年12月11日 半年前に劣悪な飼養先Sでは、産後3、4週間後に母馬がやせ細って糞尿にまみれて死亡。乳飲み子の雄の仔馬海人(カイト)が残されたが、ミルクも与えず1週間も放置して、虐待(ネグレクト)していた。見かねたボランティア「ミャークヌーマ 宮古馬の会」の方たちによって救われ元気になったが、施設の繋ぎ飼育により骨折し、それが原因で死亡した。
https://www.facebook.com/miyakouma/posts/1943959772306559

・2018年12月11、12日 週刊SPA! とwebニュース 日刊SPA!で、虐待問題について報道された。「宮古島で馬への虐待が発覚。糞尿まみれでやせ細って衰弱死、天然記念物がなぜ?」https://nikkan-spa.jp/1533678/3
S氏は仔馬が産まれると10万円の補助金が出るため、妊娠している牝馬を欲しがった。次々委託されると世話をせず、母仔馬を二年連続で二組も死亡させた。この二年間で6頭中5頭を死亡させた。また、以前には馬事協会の助成金で厩舎を建てた。宮古島市担当部署のS氏への特別待遇が懸念される。

・2018年12月12日 委託飼養先が年度内に2カ所減る方向で調整していることが12日までに分かった。2戸が飼養している合計4頭の今後について調整を図るとしている。それは同保存会の事務局となっている市教育委員会生涯学習振興課によると、今年の5月にネット上で一部の飼養者で飼われている宮古馬の飼養環境が劣悪であることが写真と一緒に掲載されたことによる。


・2018年12月13日 宮古毎日新聞で、市は劣悪な飼育環境の2戸とは委託契約を更新せず、新しい飼養者を探すことになり、飼養戸数が7戸から5戸になると報道。その2戸の委託飼養者は宮古馬返還の意思を示していたが、これまで受け入れられなかったという。教育委員会生涯学習振興課と県は宮古保健所の「宮古馬の適正飼養について」の依頼文を全飼養者に伝達し、飼養環境の改善を求めた。(そこには動物愛護法も記されていた
http://www.miyakomainichi.com/2018/12/115034/

・2018年12月13日現在 宮古馬の頭数は44頭に。

・2018年度 市教委によると12月14日現在で5頭が死亡した。

・2018年12月15日 webニュース、ハーバービジネスオンラインで 週刊SPA!宮古馬取材班の記事「宮古島の馬虐待、また起きた仔馬の死。劣悪環境の牧場から一刻も早く馬を救え」が掲載された。劣悪な環境でほとんどの馬を死なせてきたN氏とS氏のあきれる言動と、市の担当部署のずさんな対応について書かれてある。
https://hbol.jp/181084


・2018年12月16、18日 沖縄タイムスと朝日デジタルで「一体何が?宮古馬3年で16頭死ぬ 一部飼育者で多発 沖縄県の天然記念物」という記事が載った。宮古馬は市の任意団体「宮古馬保存会」(会長・宮國博教育長)の所有で、市教委が事務局を担っている。市内の希望者に飼育を委託しており現在、8戸が45頭を飼育している。(家畜改良センター十勝牧場を入れると8ヵ所になる。)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/359810
https://www.asahi.com/articles/ASLDK5TCBLDKUEHF00W.html

・2018年12月19日 宮古馬の飼養環境をめぐる報道が相次ぐ中、宮古馬保存会の飼養者説明会が19日午後、市役所城辺庁舎内で開かれた。資金不足の窮状を訴えて行政支援を求める飼養者に対し、市教育委員会は保存会への補助金増額を検討していることを伝えた。飼養環境の向上を求める声が全国から100件寄せられたことや馬を縄でつなぎ続け、水や餌も与えないとする一部の指摘は「確認されていない」という現状を報告した。ただ、飼養スペースの狭さや、ふん尿の片付けが行き届いていない厩舎があったことは認めた。厩舎を見回るようにとの声があがったことなどを含め翌日の宮古毎日新聞の記事に掲載された。
http://www.miyakomainichi.com/2018/12/115241/

2018年12月21日 webニュース、ハーバービジネスオンラインで 週刊SPA!宮古馬取材班の記事「宮古馬虐待が全国に知れ渡った日、無残にも放置された仔馬の死」仔馬カイトくんとその母馬が死んでいった経緯、他の牧場での様子などが掲載された。
https://hbol.jp/181720/3

・2018年12月27日市教育委員会(宮國博教育長)の第9回定例会が27日、市役所城辺庁舎で行われ、一部飼養者の劣悪な飼養環境が指摘された宮古馬の問題についても、これまでの経緯が報告され、年明け早々にも会合を開いて対応策などについて協議することになった。
http://www.miyakomainichi.com/2018/12/115481/

・2019年1月2日 webニュース、ハーバービジネスオンラインで 週刊SPA!宮古馬取材班の記事「虐待されていた4頭の宮古馬がついに救出。しかし、いまだ楽観視はできず」が掲載された。劣悪な環境の飼養先2ヶ所に残されたままの4頭がレスキューされたこと、1頭は新しい飼養先に決まったが、あと3頭は市の施設に一時的に移送されたにすぎなかったこと、他の残されている家畜の問題などについて書かれていた。
https://hbol.jp/182561?display=b

参考資料
新城明久著 「宮古馬」日本馬事協会出版「日本の在来馬-その保存と活用」
日本馬事協会HP、宮古毎日新聞、宮古新報、週刊SPA!と宮古馬取材班の記事、
沖縄タイムス、Wikipediaなど

カイトくんが亡くなった経緯

2019年01月11日 20時58分23秒 | 事件

ミャークヌーマ 宮古馬の会
https://www.facebook.com/miyakouma/posts/1943959772306559


「たいへん悲しいお知らせがあります。
悲し過ぎて、どうしていいかわからないほどのことですが、お伝えしなければいけないことです。
あのみなしご仔馬が今日のお昼頃、亡くなりました。
名前はカイトくんと言いました。...
仔馬はどの子も可愛いですが、なにか特別な愛らしさの子でした。
甘えるとかではない、ただ、その存在が特別でした。
これまで宮古島の飼育者間のこともあり、荷川取さんたちの立場を考え伏せてきたことがたくさんあります。
一番は不適格飼育者のもとに居る馬たちのことです。
ほんとうはその事実を一番に出したかったのですが、こうしたことを明らかにすると、その馬たちには、飼育者や市からまた二次的災難がふりかかるのではないか、と慎重にならざるを得ない事情もあり、宮古島で起きているほんとうの劣悪な状況を書くことを控えてきました。
カイトくんの名前を出すと、飼い主が特定される、そうすると、そこの馬たちへ不利益が及ぶこともある、とその理由でカイトの名前も伏せてきました。
それが起こりかねない宮古島の馬事情はほんとうに苦しく、心が持たないほどの実態です。

これまではカイトくんたちをなんとか救うために慎重に伏せてきました。
でも、そのカイトが、信じられないことですが、もう居ないのです。
いまこそ、開いていくときです。
ここからは箇条書きにさせていただきます。
文面にしていると感情があふれてしまいそうで。箇条書きでもあふれてますが;;
・カイトくんの死の経緯
カイトくんの飼い主の馬場の柵の一部に穴が開いていて、幼いカイトはそこから度々外に出る。
でも近くに居るだけで、ちゃんとまた戻っている。
それを嫌った飼い主がカイトを短い綱で結ぶ。
小さなその穴を繕えばそれで済むこと。それをせず、カイトを縛る。
その繋ぎ飼いが原因でカイト骨折。
適切な治療なく見る見る弱り、本日12/11死亡。
この飼い主は昨年も母馬と仔馬を衰弱死させている。
それにも関わらず、宮古馬保存会はその後、新たな母馬をそこへ連れて行く。
母馬はカイトくんを産んだ後、栄養不良によると思われる衰弱死をする。
そして今回はカイトくんを繋ぎ飼育により死なせる。
要するに、二年続けて、母子馬合計4頭を間違った飼育により死なせている。
保存会は、そうした不適格飼い主に馬を与え続けている。
飼い主はもとより、これは宮古島市の責任。沖縄県の責任。
いまは、残された一頭、カイトくんを育ててくれた義理のお父さん馬が心配される。
カイトくんは、今年5月末、母馬が亡くなった後、生後一ヶ月で一週間放置される。

飼い主は外からの手出しをきらうため、ボランティアたちは、隠れるようにしてカイトのミルクやりに通う。
保存会にはこうしたときの常備レスキュー品は皆無。
用意するように要請するも、動かず。仔馬を見に行くことも無し。飼い主への指導も無し。
そもそも命を救うのに、なぜ隠れるようにしてのレスキューをしなければならないのか、市はなぜ、そこに指導をしないのか。
ボランティアがいなかったら、この時点でカイトくんは死んでいた。
FBページでこの事情を知った北海道のUさんが迅速に寄付を募り、全国の方のご好意により用意できた仔馬用のミルクやレスキュー品を届けてくれる。
ボランティアの方々の努力により、カイトくんは元気に成長。愛くるしい姿を見せてくれた。
やっと大丈夫、と安心の時期にはいる。
走り回りたいさかりの仔馬、破れた穴からしばしば脱走。でも遠くに行かず、近くで遊ぶ。
カイトの飼い主はそれを嫌い、穴を塞がずカイトを縛る。その綱で骨折。
死亡。
二年続けて、母馬二頭、仔馬二頭を死なせている、この飼い主からは馬を取り上げなければいけない。
二度と飼育させてはいけない。
いま残っている馬も取り上げなければいけない。
しかし、いまの宮古島には場所、飼い主ともいなく、もっと酷いところに移動させられる危険性も高い。
残ったお義父さん馬も、保存会が決定した、天然記念物の保存を外す条件に該当する馬。
飼い主は論外、すべては行政にその責任の所在がある。
一事が万事、立ち行かない宮古馬事情。
このカイトくんの飼育者の他、もう一者、不適格飼育者がいる。
この飼育者は、4年半の間、短い綱で馬を縛りつけ、糞尿まみれで10頭のうちほとんどを衰弱死させている。
3年前の旅行者のブログにその実態が写真とともにアップされた。
二ヶ月前にもそこでは一頭が死亡。
残った3頭が、糞尿の池の中にいまも押し込められている。
飼育者の不適正さは指摘してもなにも問題は解決できず、
問われるべきは、
こうした飼育者から馬を取り上げることなく、次々とその命が無駄に落とされるのを見逃し、対策をとらないで来た担当課の無策。
今回のカイト、ウプカジの死で現在頭数40頭にまで落ち込む。
絶滅が危惧される。
宮古島市、沖縄県の見識を疑う。
ーー
荷川取牧場での馬の姿は宮古島では特別の楽園です。
でもこことて、もう限界です。経済的に体力的に持ちません。
他に良心的な飼育者もいらっしゃいますが、ファミリーで放牧という姿はほかにはありません。
劣悪な環境で、馬を死なせるだけの飼育者もいます。
それが放置されている宮古島の馬事情。
これがほんとうの実態です。
週刊SPAがその記事を書いてくれました。
どうぞお読みください。
そして、天使のようだったカイト。
なにもかも間に合わなくてほんとうにごめんなさい。
その死を無駄にはしません。
ウプ、カイト、
どちらも救える命でした。
そして、実際、一度、カイトはその命を、全国の方のご好意で救われました。
カイトのために、たくさんの手を差し伸べてくださった皆様、応援してくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。
みなさまのおかげで、カイトは元気に大きくなっていました。ほんとうに可愛いい仔馬でした。
まさかこんなことになるとは。無念過ぎます。
島では馬の専門医はいなく医療体制はないに等しい。
唯一居る家畜の医師も、天然記念物である馬への診療後の保存会への費用請求の手続きの面倒から、馬はボランティアで、最低限に診てくれる程度。
そのためにウプカジは死に至り、
カイトは飼い主の身勝手で不適切な飼育により命を落としました。
いまの宮古島で生きる、運命のもとに生まれてきたあなたたちが、その身を賭して、命に代えて、伝えてくれたメッセージ、それを人間たちは悟らなくてはいけないでしょう。
今度こそ、もうこんなことは終わらせなければいけません。
いまはただ、カイトの冥福を祈ります。」

生後1ヶ月のかわいい赤ちゃん馬だった海人くん。奇跡的に命が繋がれずいぶん大きくなって元気な仔馬になったのに・・・。お辛かったことでしょう。無念さが伝わってくる。

あまりご自分たちを責めないでいてほしいです。大人の馬が骨折した場合、ごく軽い骨折以外、ほとんどは体重を支えることができないので安楽死させるそう。手術の場合は何百万円もかかるでしょうし、成功するとは限らない。

仔馬の骨折は体重が軽いせいもあって、ギプスだけで治る場合もあるが、後遺症もなく治るのは幸運な方で、足の細い宮古馬の場合、非常に難しいのではと思う。骨折しないように注意するのは馬飼いの常識で、ちょっと考えればコンクリート上で糞尿まみれになればどうなるかわかるものなのにと思う。宮古馬は固い蹄の馬だから余計に滑りやすいはずだ。厩舎の床を写真で見ると滑った跡が無数にあるのがわかる。

長い脚がもつれて転びやすい仔馬を繋いで飼うなんてことは、骨折してくださいと言っているようなもの。カイトくんは人災で失わなくてもいい命だったと思うと本当にやりきれない。

残された馬たち

2019年01月06日 02時59分24秒 | 事件

以前ブログでの記事で、過去の3年間で死亡した馬16頭中13頭の宮古馬が劣悪な委託先2ヶ所に集中していると書いた。

沖縄タイムスさんの新聞記事「飼育歴5年の男性が飼育する宮古馬は直近3年間で、16年に凍死や事故死、胃腸炎などで雄5頭、17年に腹痛と死因不明で雄2頭、18年に事故死で雌1頭の計8頭が死んだ。」は劣悪な委託先N氏を指し、「 また、飼育歴7年の別の男性が飼う宮古馬では、17年に栄養失調や農薬の誤食、死因不明で雌3頭、18年6月に死因不明で雌1頭、今月11日に脚の骨折による衰弱で雄1頭の計5頭が死んだ。」はS氏を指しているらしいことがわかった。

彼らのもとに残されていた宮古馬たちが嬉しいことに、レスキューされたというニュースがある。先月S氏は一頭残った雄馬を契約が切れる4月までは手放したくないとごねていたが、手放してくれたので、劣悪な環境で飼育されていた馬たち4頭すべてが年末に新しい委託先に移動させることができたそうだ。

ところがどっこい、これであの馬たちの命は安心だと思ったら大間違いで、市はN氏の3頭は一時的に引き取っただけらしいのだ。詳しくは下記に書いてある。県も市も馬のために何もしたくない様子が伝わってきて、一時しのぎの一時預かりをしただけで、県からは補助金もでないままだ。

ハーバービジネスオンライン
虐待されていた4頭の宮古馬がついに救出。しかし、いまだ楽観視はできず
https://hbol.jp/182561

とりあえず、レスキューはされたが、根本的な問題は解決されたわけではない。このままではいずれ滅んでしまう。宮古馬は蹄が硬いというが、一般的に運動の少ない馬や、広い場所で飼われない馬は蹄が伸びすぎ、削蹄が必要になる。蹄が悪ければ馬は生きられない。それにはまずはおとなしく蹄を削らせる馬に躾けなければならない。適正な飼養、躾け、馴致、調教、適正な繁殖で等ができる人材がいなければ、半野生で飼うしかない。が、小頭数での放牧飼いは自由繁殖で血が濃くなりすぎていずれ滅ぶ。資金と人材の確保が早急に必要だ。

それにしても、これまで調べてきてとても疑問に思うことがある。これは動物愛護法に重く違反する事件で、証拠も証人も多いのに、警察に告発する話がどこからも出てこないことだ。おかしくないだろうか。司法に介入してもらえれば、証言や言い訳があいまいになりにくいだろうし、市もいい加減なことを言ってごまかしたりできないはずだ。癒着やしがらみが当たり前の土地柄なのかもしれないが、そうだとしたら県の天然記念物の宮古馬だとしても先は暗い。

また、宮古馬をレスキューしておしまいにしてしまっていいのかという疑問も残る。N氏のもとに残された肉用の馬たちが気がかりだ。牛や豚と同じ完全なる家畜扱いだとしても、病気やケガになりやすい劣悪な環境からは守られなければならないことは動物愛護法に明白にうたってあるのだ。劣悪な環境で飼育されていることが判明した以上、改善されるように助けてあげてほしい。警察署や保健所に電話すれば、見回ってくれるはずだ。それだけでも改善のチャンスが生まれるかもしれないのだ。馬たち牛たちすべての愛護動物たちがせめて生きている間は健康でいてほしい。匿名でも構わないから通報するだけでも、何かが変わってくるにちがいない。


宮古島警察署
〒906-0012 宮古島市平良西里1092-1
電話番号 0980-72-0110

宮古保健所
〒906-0007 沖縄県宮古島市平良字東仲宗根476番地
電話番号 0980-72-2420



馬の命よりもお金?

2019年01月06日 02時14分17秒 | 事件

2018年度に宮古馬保存計画策定委員会は会議を少なくとも二回開催した。それらは馬を選別し、馬によっては天然記念物の選定を外し、その馬の補助金を打ち切ろうとする従来の計画を見送り、検討しなおそうとするものだった。そのことに関する記事は前出の宮古毎日新聞のサイトに書いてある。

宮古馬 保存計画見直し
http://www.miyakomainichi.com/2018/08/111331/
宮古馬の保存法再検討へ
http://www.miyakomainichi.com/2018/11/113612/

ところが、ネット上では補助金の打ち切りが決定したような書き方で宮古馬レスキューの寄付金を呼びかける記事を見ることがあるが、どういうことだろうか。会計報告で日付、イニシャル、金額などがしっかりと公開されているところがあるのなら、寄付金を送金したいと思っている。

言うまでもなく、お金の話は一番大切なことだ。大型動物はお金がかかる。適正な飼い方をしようとするならなおさらだ。だが、流れてくる飼養者たちからの情報さえもバラバラなのだ。

1頭につき5000円しか補助金がもらえない。実は1万数千円だ。いや、市から5000円、馬事協会から8000円で計13000円だ。医療費は自腹。医療費はもらえるが後払いだ。仔馬が生まれたら10万円。仔馬が生まれて6ヶ月経ったら10万円。大切な蹄の削蹄料についてはどうなっているのか情報はない。ネット上でこのように情報が錯綜するのはしかたのないことかもしれないが、情やしがらみ抜きでの正確な情報が必要だし、知りたいと思っている人たちも多いことだろう。宮古島市は記者会見などで現状を説明し、事実を詳しく公開するべきだと思う。

何度も言わせてもらうと、サトウキビの葉や雑草なども餌とすることができる宮古馬にとって、13000円が餌代にもならないから、飢えるんだなどというのは大嘘つきの言うことである。ほとんどの宮古馬たちはみんな痩せすぎで、餌が足りていない状態だし、飢え死にするような所の馬の餌代は間違いなく他の目的のために使われている。それは誰の目にも明らかなのに、それを追及しない市の担当部署も本当におかしい。

保存会、市、県の温度差があって、バラバラになってしまっていることが問題でもある。
あてにならない市に任せ続けるよりも民間に任せ、クラウドファンディングでとある客の来ない動物園のように、まず5000万円くらい寄付を集めて運営していくなどの方法を考えてもいいのではと思う。

宮古島市役所の対応

2019年01月06日 01時39分39秒 | 事件

宮古馬保存会の担当部署は2018年度から畜産課から生涯学習振興課に移ったとの記事が宮古毎日新聞に載っていた。
が、市役所のホームページは現在、いまだに変更されておらず、行政の怠慢ぶりが伺われる次第だ。
https://www.city.miyakojima.lg.jp/soshiki/gyoumu.html

移管したことによって、次の疑問がわいてきた。
・馬の飼育に詳しい人たちが担当しているのか?
・宮古馬は過去の文化遺産として扱われることになったのか?

なぜなら上記ホームページからわかるように、農林水産部の畜産振興総合事業を業務とする部署から教育委員会の生涯学習部という文化財の維持管理等を業務とする部署に移管したからだ。他の在来馬の保存会と比べると非常にレアなケースだと思う。

まるで、宮古馬の存続はもう止めるとの結論を下してしまっているかのようだ。

結果的に、仔馬の繋ぎ飼育がいかに危険かさえ指導できないし、虐待(ネグレクト)はなかった、骨と皮になった馬たちを見ても飢えていることはわからなかった、生後一か月の仔馬に草を上げてるから大丈夫だと思ったなど、信じられない返答が堂々と返ってくるような状況になってしまっていることからも、あながち邪推とは言えないのではないだろうか。これでは、「もう、こっちは関心ないので、存続させたい人が飼ってくださいね~。」ということになる。

宮古島市
   市長部局
      農林水産部
          畜産課
            電話 0980-76-2246
            FAX  0980-76-3477
       畜産振興総合事業、畜産共進会およびセリ市、家畜共済、
       子牛の生産奨励、畜産振興資金、宮古馬保存

   教育委員会
      生涯学習部
          生涯学習振興課
              電話 0980-77-4946
              FAX  0980-77-4957
      社会教育の振興、社会教育施設の整備・管理運営、成人式、生涯学習の振興、
      ボランティア活動、文化活動の総合企画、芸能・音楽・芸術文化等振興、
      市史編さん、宮古上布、文化財の維持管理等

絶滅から救うには(随時追記あり)

2018年12月23日 23時14分25秒 | 事件

宮古馬が絶滅せずに生き残っていく方法を考えてみた。部外者なので現実的な問題に疎いところはあるかもしれないが、いろいろな施設を回って、これはと思いついたことなどを提案してみることにした。

・悪徳な委託飼養者たちから、宮古馬たちを早急にレスキューしてほしい!S氏のところに1頭、N氏のところに3頭がまだ残されたままなら馬たちの命が危ない。(年末までにレスキュー完了!)

・保存できない馬がいたら、貰い手を探す。

・それには情報発信のための宮古馬保存会のサイトを作る。

・任意団体というようなクラブ的組織形態はやめて、他の保存会を参考にしながら公企化する。

・一口馬主制度を作り、サイトで募集する。

・宮古馬保存基金を作り、全国から寄付金を募る。施設に募金箱を作る。日時、寄付金額、寄付者のニックネーム、イニシャルなど詳しい会計報告をサイトに載せる。

・2020年に着工が決まった与那覇前浜の大規模な広域公園に宮古馬を飼養する小さな牧場ではなくて、馬に特化した付加価値のある大きな施設を作ることにする。

・県の予算を宮古馬に多くあてがってもらい、全頭を収容できる施設を作る。当面は日光や雨風を防げる出入り自由の追い込み馬房でもいいのではと思う。

・糞の始末はそんなに気を使わなくてもよくなるので、広い放牧場にし、海の近くまで引馬で散歩できるコースを作る。海馬用の外乗もできれば、特化でき、全国から集客が見込めるだろう。そのために今の飼養者などから、宮古馬に詳しく調教ができる経験豊富な人と後継者を育てるために若い人を雇う。

・もともと荷駄用の馬だとしたら、人を乗せることがあまり得意ではないのかもしれないし、放牧中心の飼養形態では乗馬の調教がどうしても入りにくくなることから、馬を職員又はパートに引いてもらって乗る引馬乗馬、養老エリアでは客自ら手綱を持ち馬を引いての散歩体験、海馬を含む海岸外乗などホーストレッキングなどをメインにした乗馬メニューがいいのではと思う。砂浜なら地面が柔らかく落馬しても怪我をしにくいので、大いに活用する。いくら強いとはいえ宮古馬は小柄なので、体重制限は設けなくてはならないだろう。(年配の方々の昔話を伺うと、馬に乗って家畜用の飼い葉を切りに行ったという話がよくあるので、人を乗せることは苦手ではないようだ。)

・堆肥小屋を作り、販売することによって始末できるし、現金も入る。

・餌やり体験のために一皿数百円で餌を売れるようにする。トウモロコシの葉なども無料で手に入るだろうし、準備にあまり手間がかからず、効果的に使えそうだ。残った茎は細かくして餌にまぜるとかする。にんじんなら細長くカットして噛まれる事故を予防する。

・目立つところに丸馬場を作る。柵ではなく低い板壁にすると、馬も落ち着いていられるし、撮影の背景にも都合が良い。また、調教用に便利だし、馬の訓練の様子を見せることによって、馬に興味を持ってくれる人が出てくるだろう。そこではコスプレ撮影会ができるようにする。コスプレで馬に乗る人だけではなく、カメラマンや他のメンバーの入場料をも設定して売り上げを伸ばしている乗馬クラブがあるので参考にするといい。観光客の目を楽しませる要素もあるので、にぎやかしに効果的。これから乗馬関連で人気の目新しいコンテンツになるかもしれないと思っている。

・宮古馬の歴史などがわかるプチ博物館を作り、入場料をいただく。そこには馬に関する土産物を置く。マスコットを募集して作っても良さそうだ。

・土産物店やカフェなどを併設する。

・余裕ができたら養老馬のためのエリアを作る。乗ることができなくなっても、餌やりや二人引き散歩などでまだまだ働ける。(千葉の象動物園でも実現できている!)

・公園ができるまでは各戸の委託飼養者さんから意見をよく聞き、十分な委託飼養料を支払う。ペットとして馬を飼う人に馬を任せる場合と、保存活動を仕事と結び付けて馬を多く飼う人では補助金に対する要望も違ってくるのではと思う。

・保存会も委託飼養者もそれぞれお互い会計報告をする。

・かかりつけの馬専門獣医と提携する。

・繁殖、配合は計画的に行う。(発情期の雄と雌を柵で分けるなどする)

・仔馬誕生の補助金を廃止する。その代わり、保存会が繁殖を管理し、種付け料やミルク代、診察代など、それに関する費用を負担する。

・馬の治療費や保険衛生にかかる費用を市が全額負担する。

・地元の小学校に宮古馬の世話や引馬の授業を取り入れてもらう。

・宮古馬と歩く会、宮古馬とマラソンしよう会みたいなイベントを催す。中継場で馬は交代するようにする。参加費の一部を基金に寄付してもらおう。

・全国から馬の世話をしてくれるボランティアを募る。

・馬房の上などに格安宿泊所を作り、ボランティアの方が泊まれるようにするためと、メニューとして牧場体験の宿泊ができるようにする。

・宮古馬パトロール隊を結成して、防犯に役立てる。

・SNSを開設して、サポーターや一口馬主さんに馬の近況を報告したり、イベントの宣伝や報告ができるようにする。


以上の案、ご一考してくださると嬉しいです。


これまで調べてきたところによると、うまく立ち行かなくなった原因は、馬を所有する市の任意団体、宮古馬保存会が40年前も前に発足しているのに、これまで民間、市、県と力を合わせて保存について積極的に計画し、活動を十分してこなかったことだと思う。

「馬が好きなら一頭につき、一月13000円の補助金が出るから、育ててみたら?」的な、所有者にとって都合の良い管理の方法を取っている。一頭13000円では本当に餌代にしかならないのだ。施設費、維持費、人件費などをどう賄うのだろうか。

そのうえ、預かっている馬は天然記念物なので、飼えなくなっても自由に売ることもできない。小遣い稼ぎになるからと、気軽に飼い始めた人では続かなくなってしまう。委託先が少なければ、審査も甘くなるし、飼うことができなくなっても、他の人に馬を割り当てることもできない。引き取る専門施設さえもないので見て見ぬふりをするしかなかったということなのだろう。

県も天然記念物と指定しておきながら、何をしてきたのかよく見えない。しかし、同県内の与那国馬は与那国町指定の記念物だが、動物取扱業の登録もちゃんとして、しっかりした運営をしているようなのだ。

そのことから考えても、結論としては馬のレスキューや計画繁殖などもできないような怠慢で、困窮した状態でいるのは市と保存会の責任が大きいと思う。そして、馬の飼育放置死を招いた悪徳飼養者の罪はもっと重い。

せっかく丈夫で優しく、人懐こい性格の宮古馬という宝物があるのですから、人も馬も楽しく共生できるように知恵を出し合い、宮古馬を世に知らしめてください。そうすれば、人もお金もきっとたくさん集まってくるはずですから。

沖縄・宮古島エリアの観光旅行スポット公式ガイド:宮古島Styleさんの動画
https://youtu.be/xZuchzlO8s8

宮古馬はふれあう人すべてを笑顔にする素晴らしい生き物です。苦しく悲しい死はカイト君で終わりになりますように!!!





馬は愛護動物

2018年12月23日 02時03分32秒 | 事件

道産子がなぜ、今の世の中で1000頭以上も生き残っているのか、不思議に思った人もいるに違いない。頭数は最も多いが、生と死のサイクルは速く、平均寿命は一番短いのかもしれない。それは素質のある馬は乗馬や繁殖用にして、無い馬は太らせて肉用として国内や国外に売っているからだ。

遺伝的に残せない馬が生まれたら、保存会で所有せず、民間に売ったりすることはどこの保存会でも仕方なくやっていることだ思う。家畜として良い種を残すという馬の宿命でもある。所有者でもない部外者がそれを止めろとは言うのははばかられることだ。

馬の愛護問題の中には、ずっとペットのように飼いたい、飼ってほしいと思う人たちと、仕事として家畜扱いもやむを得ないとする人たちとの見解の相違が問題の根底にあるのだろうと思う。そうだとしても、家畜でさえ法律上、愛護動物は愛情をかけて育てなくてはいけないということになっているのだ。

それぞれ相反する思いの人たちが歩み寄るための方法は一つ。死なせるときには苦しませないということだ。飢えや痛みで長時間苦しみながら死なせることは決してやってはいけなくて、それは家畜に対しても、※動物愛護法でも禁じられている。個人が、市が、県が宮古馬の飼育を止めたかったとしても、絶滅してもいいと思っていたとしても、放置して飢えて殺すようなむごいことはしてはいけなかったのだ。違法行為でもあるのだから。

もう一つ、このことだけは言っておきたい。1頭につき月13000円を受け取りながら、罪なき馬たちの面倒を見ず、その分の餌さえ与えないで飢えさせ、たくさんの宮古馬を死なせてきた一番罪深き悪徳飼養者たちは忘れないでいてほしい。

来世で馬に生まれ変わらない限りわからないかもしれないが、たとえ甘い法律によって罰せられなかったとしても、怒りや悲しみ、無念な思いはいつまでもあなたたちの頭上に振り注ぎ続けるということを!


※動物愛護法第44条

愛護動物をみだりに殺し、又は傷つけた者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。 2 愛護動物に対し、みだりに給餌又は給水をやめることにより衰弱させる等の虐待を行つた者は、50万円 以下の罰金に処する。 3 愛護動物を遺棄した者は、50万円以下の罰金に処する。 4 前3項において「愛護動物」とは、次の各号に掲げる動物をいう。 一 牛、馬、豚、めん羊、やぎ、犬、ねこ、いえうさぎ、鶏、いえばと及びあひる 二 前号に掲げるものを除くほか、人が占有している動物で哺乳類、鳥類又は爬虫類に属するもの


馬と人の関係

2018年12月23日 00時55分23秒 | 事件

人は大昔から馬に助けられてきた。馬がいなかったら今の世界はないと言われている。騎馬として戦場へ行き、農耕馬として田畑を耕し、切り出した木材を運び、人を乗せ、馬車を引っ張り、雑草を片付け、堆肥を生み出し、荷物を運び働いてきた。

馬にとっては人間は主人であり、友であり、仲間だった。

人にとって馬は家畜であったり、パートナーや友であったり、愛玩動物であったりする。売ることもあり、殺すこともあれば、食べることもある。一方で馬が年老いて死ぬまで、家族のように愛情をかける人もいる。

そして現在、大多数の人がそうなのだが、時には観光牧場の馬を可愛がったり、馬肉を食べてみたり、ペットフードとして食べさせたりして馬を家畜として扱っている。いくら献身的に人間に使えようがほとんどの馬はこのような立場にいる。

人の馬に対する価値観はこのようにそれぞれで、宮古馬の問題も家畜としか見てこれなかった馬文化があるのかもしれない。人と一つ屋根の下に住んでいた、木曽馬や南部馬などは愛情をかけて育てられていた。厳しい寒さゆえの飼養形態がそうさせたとも言えるかもしれないが、馬は彼らにとっては家畜であり愛玩動物だったのだ。その愛情が今も馬たちを守ろうとしている。

江戸時代、なだらかな土地が多い宮古島に目を向けた薩摩藩島津斉彬の政策で輸出向けの馬たちの飼育を押し付けられた形で宮古馬を飼っていたという説がある。押し付けられたものは家畜でしかなく、愛情をもって育てることはなかったということか?それが宮古島での馬の身分なのか?そう思わざる得ないほど、馬に対する扱いは在来馬8種中ダントツで最下位にあるのは間違いない状況だ。失礼な言い方だが、誰も否定できないと思う。

せめて、市関係者が馬を可愛いいと思ってくれたなら、今回のように見ぬふりをして大量に死なせるなんてことはなかったのではないだろうかと思うと残念だ。守る立場の人たちなのだからそうであってほしかった。馬を知らないということがあったとしても、仕事になったならばまた別なのだ。もっと馬に触れ合っていてくれたら、また違っていたはずである。

宮古馬を愛する人たちの献身が実を結びますように。自分もできることをしようと思っている。


放置された仔馬

2018年12月22日 23時35分38秒 | 事件

宮古馬に関する新しい記事が出たので紹介したい。
ハーバービジネスオンライン
宮古馬虐待が全国に知れ渡った日、無残にも放置された仔馬の死    2018.12.21
『週刊SPA!』宮古馬取材班
https://hbol.jp/181720


あさチャンビビット情報では馬の治療代は市から出ないとのことだったが、請求すれば出るということが新たにわかった。しかし、手続きが大変なのでなかなか請求できないとの意見が載っていた。こちらが本当の情報かもしれない。補助金のこともだが、どうして人によって言うことが違うのだろう。不思議なことばかりだ。

記事にはせっかく全国の善意のミルクで助かったのに、11日骨折のために亡くなったかわいい仔馬のことも詳しく書いてあった。名前はカイト君。


繋がれて倒れこんでいたカイト君の母馬↑は「S氏に委託される前はとても健康で美しかった。」とは前の飼い主の証言である。温厚で優しかったその母馬は、S氏のもとでみるみる痩せ細っていき、カイト君を産んでさらに体力を消耗し、十分な餌ももらえないまま衰弱したのだと証言した。

市もそれを見ていながら放置していたことは前に書いた。その母馬は出産後しばらくして力尽き、残された生後1か月のカイト君も固い草しか与えられず衰弱していったという。

市の担当部署にそのことを連絡しても、仔馬用のミルクを調達するように緊急要請しても、見に行きもしなかった。あろうことかボランティアさんたちに「他人の土地だから立ち入らないように」とレスキューをやめさせようとさえしたらしい。

飼養しているS氏はやっと元気になったまだ小さなカイト君を小学校に連れ出そうとしたので、必死に市に抗議し止めさせたのは県外の馬関係者だという。

安心したのもつかの間、仔馬は危険な繋ぎ飼いで骨折し、ギプスをされたが弱って亡くなった。S氏の不潔な厩舎で、泥だらけの無残な姿で放置されていたの発見した方たちの無念さはいかばかりだろう。その写真も掲載されていた。まるでゴミのような扱いではないか!ネグレクトではないと言える神経を疑ってしまう。

また、驚くことにそのS氏は5頭のうちカイト君を最後に4頭も死なせているのにもかかわらず、残る一頭の雄馬の返還をこばんでいて、3月までなのかはわからないが、まだ市は預け続ける方針なのだという。別の取材のときには、11歳だったその母馬を死なせた原因を問われたS氏は、高齢出産だから弱って死んだと答えたらしい。とんでもない。馬の11歳ならまだまだ若く現役だ。そんなことを平気で言っている人にこの期に及んで預け続けるというのだろうか。

今まで群れで暮らしてきた馬を一頭きりにすることは馬のためにも良くないし、飢えという命の危険もあるので市は早急に引き取る義務があるだろう。あきれることがもう一つある。市の担当部署は取材班に飼育放棄(ネグレクト虐待)があったことを否定し、報道されたニュースはすべて昔のことだと言い放つ。1~2ケ月前の写真でさえ昔とは!それこそ昔の村社会を見ているような対応である。

それにしても悪徳飼養者たちは市役所の関係部署に親類縁者でもいるのだろうか?特別扱いすぎる。助成金の話でも優遇されていたという話があるし、明らかにひどいネグレクトでほとんどの馬を死なせているのに、委託し続け、虐待はなかったとかばうのはなぜだろう。

保存会は何をしていたのだろうか。事務局が畜産課から教育委員会生涯学習振興課に移った時点で、このような対応になるかもしれないことは予想がついていただろうに。市、保存会、委託飼養者の三者それぞれが違う方向を見ているとも思える。

見て見ぬふりをした怠慢な市、知らぬが仏の保存会、馬を死なせてばかりいる悪徳飼養者。三者ともに大きな責任があり、このまま何も変わらなければ、絶滅は免れない模様だ。

この事件は今まで記してきた事件と比べ、言い逃れもごまかしもできない数年前からの飼い主のネグレクト(飼育放棄)という虐待行為が明白だ。警察の力を借りるのも有りのレベルではないだろうか。市長は逃げたのか、今年から保存会の会長を外れ、馬のことが全く分かっていない人ばかりがいると思われる部署に担当が変わったことにも、意味があるに違いない。

宮古馬は宮古島の宝だが、日本の宝でもある。絶滅すれば、秋田犬や柴犬がいなくなるのと同じくらい寂しいことなのだ。