枕草子
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。
秋は夕暮れ。夕日の差して山の端いと近うなりたるに、からすの寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入りはてて、風の音、虫のねなど、はたいふべきにあらず。
冬はつとめて。雪の降りたるは、言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、また、さらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もて渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。
老草紙(おひのさうし)
我はぼけ者。やうやう薄くなりゆく生え際、少し透けて、地肌見えたるに髪の細くたなびきたる。
皺は寄る。首のところはさらなり、頬もなほ、ほくろの多く飛びちりたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかに染みの浮き広ごりて行くもをかし。膏薬など張るもをかし。
脚は弱る。筋力の衰へて小便いと近うなりたるに、さても便所へ行くとて、三歩四歩進みて二歩三歩退がるなど、急ぎ歩くさへあはれなり。まいてパッチふんどしなど重ねたるを、四苦八苦さぐるは、いとをかし。困うじはてて、音なく中に垂れるなどは、はたいふべきにあらず。
冬はつめたき。肌着の古りたるは、言ふべきにもあらず、ほつれ擦りきれいとひどきを着るも、また、さらでもいと寒きに、ストーブなど急ぎ点けて、手など炙るも、いとさむざむし。温(ぬく)くなりて、気ゆるみ舟こぎいだしていけば、皺の面も、赤き火傷がちになりてわろし。
春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
夏は夜。月のころはさらなり、闇もなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。
秋は夕暮れ。夕日の差して山の端いと近うなりたるに、からすの寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入りはてて、風の音、虫のねなど、はたいふべきにあらず。
冬はつとめて。雪の降りたるは、言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、また、さらでもいと寒きに、火など急ぎおこして、炭もて渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりてわろし。
老草紙(おひのさうし)
我はぼけ者。やうやう薄くなりゆく生え際、少し透けて、地肌見えたるに髪の細くたなびきたる。
皺は寄る。首のところはさらなり、頬もなほ、ほくろの多く飛びちりたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかに染みの浮き広ごりて行くもをかし。膏薬など張るもをかし。
脚は弱る。筋力の衰へて小便いと近うなりたるに、さても便所へ行くとて、三歩四歩進みて二歩三歩退がるなど、急ぎ歩くさへあはれなり。まいてパッチふんどしなど重ねたるを、四苦八苦さぐるは、いとをかし。困うじはてて、音なく中に垂れるなどは、はたいふべきにあらず。
冬はつめたき。肌着の古りたるは、言ふべきにもあらず、ほつれ擦りきれいとひどきを着るも、また、さらでもいと寒きに、ストーブなど急ぎ点けて、手など炙るも、いとさむざむし。温(ぬく)くなりて、気ゆるみ舟こぎいだしていけば、皺の面も、赤き火傷がちになりてわろし。