*『東京ブラックアウト』著者:若杉冽
「第1章 避難計画の罠」(「プロローグ」含む)を複数回に分け紹介します。6回目の紹介
( Amazon カスタマーレビュー )から
恐ろしい本です。小説という体裁はとっていますが、帯に「95%ノンフィクション」とあるように、限りなく現実に近い話でしょう。これを読んでも、原発再稼働に賛成と言えるでしょうか。一人でも多くの国民に読んでほしい本です。
作中に登場する資源エネルギー庁次長の日村直史は、経産官僚の今井尚哉氏だと、国会議員の河野太郎氏がTwitterで言及しています。現在、安倍首相の政務秘書官を務めている人物です。
( 「東京ブラックアウト」)から
「バ、バカ野郎!おまえは知っているのか? かつて新潟県の泉田知事が、たった400人を対象に避難訓練をしただけでも、その地域には大渋滞が起こったんだぞ!・・・あと数時間で、東京の都市機能は失われるっ。いいか、これは命令だ・・・」
・・・玲子は絶句した。いつも冷静でクールな夫が、15年の結婚生活で初めて見せる取り乱しぶりだったからだ。
過去に紹介した記事(【原発ホワイトアウト】終章 爆弾低気圧(45) )から
救いがあるとすれば著者・若杉冽氏の次の言葉だ。
「まだまだ驚くべき事実はたくさんあるのです。
こうした情報が国民に届けば、きっと世論のうねりが起きる。
私が役所に残り続け、素性を明かさないのは、情報をとり続けるためです。
さらに第二、第三の『若杉冽』を世に送り出すためにも」
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**『東京ブラックアウト』著書 「プロローグ」⇒「第1章 避難計画の罠」の紹介
前回の話:【東京ブラックアウト】第1章 避難計画の罠 ※5回目の紹介
ところで、工学部の先輩で国家公務員上級職試験に合格する者の多くは、建設省に進んでいた。しかし守下にとって、建設省で道路やダムの工事を発注するのは、ゼネコンに行ってそれを受注し下請けに再発注することと同じくらい退屈そうなことだった。
人間と社会にメカニズムに感心のある守下にしてみれば、
「俺たちと一緒に日本を変えよう。通産省に入れば、何でもできる。松田聖子にも会える。可能性は無限大だ!」
と、軽妙なノリで調子よくリクルートする通産省の採用担当者に心が惹かれたのも無理はない。
加えて、公務員になるなら大蔵省か通産省という西岡のアドバイスも心に残っていた。その結果、西岡が司法浪人を決める一方、守下は、通産省技官の内定をもらうことができた。
しかし、通産省に入ってすぐ気が付いたのは、事務官と技官の採用区分の格差であったー。
事務官は、トップの事務次官のポストはもちろん、局長級のポストもほぼ独占しており、技官に割り当てられる幹部のポストは、わずかだった。だから目端の利く理系学生は、国家公務員上級職試験を経済職で合格し、事務官として通産省に採用されていたのだ。
一方の技官は、同じ上級職採用ということで、若いうちはじ事務官と同等にこき使われるが、その労働の果実は事務官に搾取される・・・。
守下は、経済職という事務官の試験区分で受験しなかったことを激しく後悔したが、後の祭りだった。西岡が事務官と技官の差を教えてくれなかったことに、消極的な悪意を感じさえしていたのだ。
そんな守下に残されている選択肢は、とにかく前を向いて走る事・・・・守下は同期の誰よりもがむしゃらに働いた。みなが嫌がる労多くして成果が挙がるかどうかわからない仕事も引き受けた。大学の専門ではない原子力の仕事も喜んでやった。守下の母親はナガサキの被爆2世であり、原子力の仕事に気は進まなかったが、好き嫌いで仕事を選べる立場にはなかった。
職場での人間関係にも気を遣った。上司に嫌われないように努力することはもちろん、部下も大切にした。持ち前の優秀さと入省後の努力が実り、いつしか守下は、「技官にしておくには惜しい逸材」と周りにいわれるようになっていた。
そして、この夏、原子力規制庁に出向を命じられた。相変わらず、誰もがやりたくない困難な激務をあてがわれたのだが、原子力防災課長という課長ポストだった。
この夏に同期で課長の発令を受けたのは、自分と事務官のエース1名の合計2名だけ。素直にうれしかった。間違いなく同期の技官では出世頭、事務官とあわせても先頭集団を走っていることは確実であった。
その出向先の原子力規制庁には、総務課の筆頭課長補佐に西岡進が配属されていた。西岡は司法試験受験のために2年間留年し、結局、司法試験には合格せず、守下よりも2年遅れて通産省に入省していた、事務官として・・・。
ただ、原子力規制庁の筆頭課長補佐であれば、同期のなかでも第3集団くらいだろう。いくら西岡が事務官といえども、少なくとも、西岡のことはもう気にしなくてもいい。
「730円になります」
運転手の声で守下は我に返った。
守下を乗せたタクシーが到着した内閣府本府ビルは、官邸の目の前にある古びた5階建ての建物。この建物には、内閣官房と内閣府が入居している。
霞が関広しといえども、内閣官房と内閣府の関係を正確に言い当てられる役人は少ない。
まず内閣官房は、総理官邸直轄であり、国家権力の中枢の中枢である。一方の内閣府は、名称こそ内閣官房と似て立派であるが、中央省庁再編の際に、持って行き場のなかった弱小官庁の総理府や経済企画庁を寄せ集めた組織で、最弱の組織といってもいい。
ゆえに内閣官房の役人は、内閣官房が内閣府と間違われることを極端に嫌い、内閣府の役人は、あたかも権力の中枢に近いと世間に誤解されることによって自己満足に浸る・・・ともに官邸の真正面で、議員会館にも歩いて行けるという絶好の立地にありながらも、最も熱気あふれる内閣官房と権力に無縁の弱小官庁の内閣府とは、対照的なのである。
いつものように内閣府本府ビルの冷房は、午後6時には切れていた。暑い日中、冷房の設定温度は28度・・・しかし、室内温度が実際に28度まで下がることはまずない。日中、冷房が動いているときですら28度を下回らないままなのに、午後6時に冷房が切れると、そのままグングン、熱帯夜の外気の温度にまで、室内も近づいていく。
フクシマの事故前、世の中がまだ地球温暖化だとかクールビズだとかいっている時代はのどかだった。余裕のある範囲で、人々は省エネを語っていたものだ。そう、ファッションとしての地球温暖化対策だったのである。
しかしフクシマで事故が起きてからは、状況が一変した。原子力発電所が一基も動かない状態で、一年を経過しようとしていた。人々は真剣に省エネを始めたのだ。
すると電力会社は慌てた。当初は計画停電を実施し、「原発が動かないと電気が止まる」といって国民を脅したが、国民が真剣に省エネに取り組み電力需要が減少すると、その脅しはすぐに使えなくなった。原発が動かなくても電気が足りてしまったからだ。
次に、「原発が止まると電気代が高くなる」「日本経済にとって深刻なマイナスだ」といって国民を脅した。しかし、保守党政権に交替し、異次元の金融緩和と財政出動により、日本経済は好転していた。原発の稼働停止は、日本経済にとってマイナスなのではなく、電力会社の経営にとってマイナスなだけであることは明白だった。
国民は、足元の電気代よりも、フクシマの事故の原因を徹底的に究明し、二度と事故が起こらないようにする対策を求めていた。そして、万一事故が起きた時にも、避難が確実になされ、事故を収束させることができる体制が整備されることを望んでいた・・・。
(2)
ー内閣府本府ビル5階・内閣官房副長官補室。
「ですから、避難計画整備の仕事は、一体全体、設置法のどこを読んで決めるんですか?原子力規制委員会設置法の、どこにもそんなことは書いていませんからっ」
フクシマの事故後に経済産業省から原子力規制委員会の事務局である原子力規制庁に出向となった守下原子力防災課長が、そう叫んだ。もう何回目だろうか。
※続き「第1章 避難計画の罠」(「プロローグ」含む)は、2/23(月)22:00に投稿予定です。
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