*** june typhoon tokyo ***

Emma-Jean Thackray @WWW X


 コズミックな音のカレイドスコープが導く、壮大なグルーヴの曼荼羅。

 開場時間から30分ほど遅れ、会場の渋谷WWW Xに到着した時はすでに19時を僅かに回っていた。会場へ伝う階段入口付近で、帽子を含め全身を黄色で覆ったふくよかな女性と髪を後ろで結んだ背の高いオリエンタルな顔立ちの男性がなにやらスタッフと英語で話していたところに出くわしたのだが、開演時間まで30分を切っていて気持ちが忙しかったこともあり、「エマ・ジーンの熱烈なファンのコスプレかな」などと思うくらいで足早に階段を上がった。定刻を10分過ぎ、暗転のなか登場した面々を見遣ると、先程見かけたエマ・ジーン・サックレイとベースのマット・ゲドリック、その人たちだった。

 英・ヨークシャー出身でロンドンを拠点に活動、新世代UKジャズ・シーンで注目を浴びているマルチインストゥルメンタリスト/プロデューサーのエマ・ジーン・サックレイ(ツアーのポスター・ヴィジュアルではカタカナで“サクレイ”としている)が初来日。デビュー・アルバム『イエロー』を引っ提げた豪・ニュージーランド・日本ツアー〈“YELLOW” AUS-NZ-JAPAN TOUR 2022〉の東京公演 に足を運んだ。前日までソールドアウトではなかったと思うが、当日はかなりの盛況ぶり。UKジャズ・シーンの期待の才女といった類の惹句もあるが、UKジャズ、もとよりジャズ・シーンに全く明るくない自分は、偶然耳にした「セイ・サムシング」が気にかかっていたところ、来日の報せを知った次第。
 それゆえ、事前の知識はほぼないまま、「ジャズなのにライヴハウスでスタンディングというのだから、ノレるグルーヴがあるに違いない」という根拠のない自信を持って駆け付けたのだが、結果的に大正解。当日レコードを購入してサイン会に参加しておけばよかったと、しばらく悔いている状態だ。


 左にアフロヘアの鍵盤奏者のライル・バートン、右手にカタカナで書かれた“タワレコトーキョー”のTシャツ&サンダルのベーシストのマット・ゲドリック、右端に細身で高身長(190センチくらいあるのでは?)のドラムのドゥーガル・テイラー(位置的にスピーカーで隠れてしまい、残念ながら演奏している姿を観ることは出来ず)を従えて、中央にシーケンサーやサンプラーと思しき電子機器を横に据えて、エマ・ジーン・サックレイが陣取る。マルチ奏者として、このステージではトランペット、シェイカー、タンバリンとエレクトロニクスを駆使するスタイル。黄色のハットに黒ぶちの丸眼鏡、黄色のビッグサイズのパジャマにも見えなくない派手な彩色と、対照的に飾り気のない表情もあって、ヒッピーというかナードというか、ユニークながらに捉えどころのない出で立ちだが、ゾーンに入ると一変。内面にある負の力を一瞬にしてプラスに増幅させる、空間を自らが発する音で支配するような力強さに満ちていく。

 ところで、彼女のアーティストとしてのジャンルはUKジャズという括りなのだろうが、もちろんインプロヴィゼーションやらアブストラクトといったジャズの要素を下敷きにはしているのだが、かなり混沌としている。ドゥーガル・テイラーはジャズというよりも、ブレイクビーツやドラムンベースのアプローチに近いドラミングを繰り出し、マット・ゲドリックはしっかりとボトムを鳴らしながらも、変則的な拍子を爪弾いて、サイケデリックなムードを下支えする。電子ピアノを操るライル・バートンは、60~70年代あたりのソウルやネオソウル然としたスペーシーな“エレピ”で、壮大で崇高なムードを創り上げる。そこにエマ・ジーン・サックレイのエレクトロニクスが入ると、たとえば、ファンカデリックなどが奏でたファンクやダンスクラシックスをはじめ、米・アンダーグラウンド・ヒップホップ・シーンを代表するマッドリブや、ソウル、ファンク、ジャズ、ヒップホップを混在させた実験的なスタイルで名を馳せるジョージア・アン・マルドロウあたりが抵触するエクスペリメンタルなファンクやヒップホップ、さらにはジャズ・ピアニストとしてデビューした後にロンドンのブロークンビーツ・シーンやロサンゼルスのビート・シーンで活躍しているマーク・ド・クライヴ‐ロウのような、伝統的なジャズからクラブ・ミュージックへ往来する作風などまでも垣間見えてくる。


 その一方で、サックレイがトランペットを鳴らしている際には、いわゆるジャズ(おそらくマイルス・デイヴィスやその右腕としても著名なギル・エヴァンスあたりか)を感じさせたりもするから、オーセンティックなスタイルではないだろう。加えて、そのごった煮感を、ジャズっぽいインプロヴィゼーションというよりは、ビートを重視したハウス・ミュージックに重心を寄せた手法で纏め上げていくから、個人的にはハウス・ジャズあるいはクラブ・ビート・ジャズとでも表現したくなる。漆黒のボトムと小刻みに乱打されるドラムに、メロウなエレピが覆うなか、4つ打ちよろしくリズムに合わせて歌唱やシェイカーやタンバリンなどのパーカッション類を鳴らすサックレイという構図からは、宇宙や曼荼羅のような深遠な世界観にも触れそうなグルーヴが導き出されていく。そういった意味では、ビラルあたりのネオソウルやエクスペリメンタルなフューチャー・ソウルをテクノやアシッドハウス、エレクトロニカやドラムンベースを介してアンビエントに描くジェシー・ボイキンス3世のアティテュードとも親和性がありそうだ。

 さて、ステージは、不確かだが“Hello! Welcome to Jazz Club. Bring you all spectacle(?)world of Jazz.”(こんにちは。ジャズ・クラブへようこそ。素敵なジャズの世界をお届けします)というMCのサンプリングから幕を開ける。サックレイはおもむろにトランペットに手を伸ばし、アルバム『イエロー』の冒頭曲「マーキュリー」へ。“水星”を意味するタイトルのように、スペーシーな世界を壮観かつアブストラクトなジャズ・アプローチで果てのない宇宙を描きながら、“Mercury”のフレーズを繰り返す終盤で、惑星に近づく胸騒ぎのような心の蠢きを投影。「コンニチハ! ゲンキ? ナマエハ“エマ”デス。ヨロシク、オネガイ、シマス」と日本語でオーディエンスに語りかけると、ここで早くも「セイ・サムシング」へ。軽やかに躍動する鍵盤を伴ったプログレッシヴなアプローチで、静から動へとグルーヴを宿らせていく。


 ギアを上げかけたが「ゴールデン・グリーン」で浮遊や瞑想を往来するようなモードへ。気怠さと恍惚がない交ぜになったような、メロウだがどこか棘のある音鳴りでフロアを幽玄な世界へといざなうと、続いて、こちらもマイルス・デイヴィスの片腕として知られ、サックレイが非常に大きな影響を受けたというサックス奏者ウェイン・ショーターの名曲を「スピーク・ノー・イヴィル(ナイト・ドリーマー)」としてカヴァー。エレピのコードとチキチキと鳴るドラムが交差して推進力を生むブレイクビーツ的なアプローチのなかを、天空に歌うかのごとくトランペットを鳴らす情景が印象的だった。アシッド・ジャズからソウル・ジャズ、UKガラージ、そしてディープハウスまでをも包含した展開は、サックレイが追い求めている宇宙というコンセプトを、グルーヴィに具現化したものともいえそうだ。

 そのグルーヴは、後半になって一層畳み掛けて現れる。曲中に長尺のインストゥルメンタル・セクションがあったものの、ジャズよりもハウスのビートに重心を移した「ヴィーナス」から、アフロ・ファンクなブラックネスの濃度が高まった「ヴィーナス」のリミックス・ヴァージョンへ。ここでもサックレイはトランペットを携えて、恍惚への助走をもたらすと、「レッツゴー!」の掛け声とともに宇宙の大海原へと連れ出していく。


 『イエロー』には冒頭の「マーキュリー」をはじめ、惑星を想起させる曲がいくつかあるが、後半で披露された「サン」「イエロー」はその中核になるのだろう。「サン」はもちろん太陽、「イエロー」もそれを表わす色で、サックレイが全身を黄色の衣装で覆っているところからも、キーとなることが分かる。高まったヴォルテージは、「サン」ではジャズからディスコ・ハウスへと装いを変えて進んでいく。バートンの宇宙航海の真っ只中を想起させるようなメロウな鍵盤が橋渡しをして「イエロー」に突入すると、“チャッ、チャッ、チャチャチャッ”というリズムが先導するなかで、鍵盤、ベース、ドラムが有機的に融合。トランペットと歌唱で自由に回遊するサックレイは、アウトロで“sunshine”のフレーズをリフレインしながら昇天していく。なんとも神秘的なアウトロになった。

 本編ラストは、“my people, your people~”と繰り返す「Our People」へ。ここまでくるともうスペクタクル・ミュージックとでも形容したくなるようなグルーヴが横溢してくる。ゴリゴリと跳ねるベース、ブレイクビーツやアーシーな音を叩くドラミングといったリズム隊に、ゴスペルライクなフレーズなど南部ソウルな色香も漂うヴォーカルが折り重なった、ディープなブラックネスをクラブ・ハウス・モードに昇華したものに。“We are our people”と叫ぶフレーズにエコーがかかったアウトロに辿り着く時には、生命力が漲る、壮大な音楽曼荼羅を描き上げていった。
 
 アンコールは「ムーヴメント」。本編、特に後半はクラブ・ジャズやハウス・ダンスへと音の核を推移させてフロアに大きな熱をもたらしていたが、ここではクールなニュージャズ・マナーのアプローチでエンディングへ。キーフレーズをリフレインするシンプルな詞ながら、縦横無尽に駆け巡る圧倒的なグルーヴを伴うことで、飛び抜けた訴求力を発露させていく。タイトルどおり、フロアやオーディエンスの心に大きな振動を起こして、颯爽とステージアウト。壮烈、そして圧巻。奔放なグルーヴの渦に身を委ねた一夜となった。


◇◇◇

<SET LIST>
00 INTRODUCTION
01 Mercury
02 Say Something
03 Golden Green
04 Speak No Evil(Night Dreamer)(Original by Wayne Shorter “Speak No Evil”)
05 Venus
06 Venus(Remix)
07 Sun
08 Yellow
09 Our People
≪ENCORE≫
10 Movementt

<MEMBER>
Emma Jean Thackray(vo,tp,sh,tamb,sequencer)

Lyle Barton(key)
Matt Gedrych(b)
Dougal Taylor(ds)


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