12月16日
渋谷に行ってきました。
ギャラリールデコの金村修さんの工事現場の写真と映像を見に行き、ついでに西武の紀伊國屋書店へ行ってきました。
ルデコは新しいビルになって、下から上までギャラリーの豪華なビルです。
フロアごとに別の企画をやっていて、私の目当ての展示は4階でした。
私は地下鉄ユーザーなので、半蔵門線の渋谷で降り、そこから地上に出るのですが、ルデコに行くときは16bの出口で出るのが良いようです。新しいガラス張りの塔のような出口で、後にできるだろう施設の一部となるのでしょうか。
長らく仮設の階段でしたが、上下方向のエスカレーターとエレベーターがあるので、地上にすぐ出られる出口としては一番な気がします。
そこから歩いて数分でギャラリーに着きます。新しいビルなので、エレベーターがあり助かります。
今回の展示は3名の作家さんとの合同制作のようですが、インスタレーションのような感じなので前情報がないとどれが誰の作品だかわからないようになっています。
壁に立てかけてあったり、貼ってあったり、まき散らしてあったり、長いロール紙にプリントされたものを垂らしてあったりと、雑然とした感じが、今回のテーマと合っています。
その人たちにとっては意味のあるものでも、わからない人から見たら「なんだあれは」と思うあの感覚です。
疑問に思ったのは、撮影地は外国(おそらく米国?)だと思うのですが、日本の工事現場では周囲が完全に高い囲いで覆われてしまって、中の様子を容易に撮影できませんが、この作品では壊れかけの壁面や地面を的確に写し取れているというところです。諸外国では工事の時に囲いを作ったりはせず、誰もが中を覗いたり、粉塵が舞っていたりするものなんでしょうか。
映像作品の方は、長時間見入ってしまうほどの良さでした。
プロジェクターによる投影と、同じ場所に置いてある液晶テレビに映し出される映像を組み合わせた作品でした。一見この2つの映像はシンクロしているようで、シンクロしていなくて、さらに1つの画面に2つくらいの映像を重ねているようにも感じました。
1つの画面は電車や車から撮った移動の風景、もう一つは路上やお店の中などで撮られたもので、一般人の日常の買い物や観光で見られるような光景です。
何でもないありきたりな光景を2つの視点から一度に与えられ、止まることのない時間の流れを見せられるというのは、先ほどの工事現場の人のいない静の空間からは対照的で、これらの光景が成り立つのもあの訳の分からない工事の光景を経たものなんだと思うと納得できる気がしました。かといってもそれは当然のことであり、何かしらの結論が出るわけでもなく、不思議な感覚でした。
ギャラリーを出て、工事現場の一部と化した渋谷駅の下をくぐり、今度は西側に出て、西武の紀伊國屋書店に行きました。
渋谷の紀伊國屋書店は、かつて東急プラザの中にあったのですが、数年前に西武のロフトが入るビルに移転しました。雑誌類や文庫本が多い、小さなフロアになってしまいましたが、私が欲していたポケット六法は置いてあったので、それを購入して店を出ました。
公園通りのイルミネーションは今年はやらないのか、まだなのかはわかりませんが、通りはいつも通りの渋谷でした。
それでも人の出は夕方にも関わらず多く、押しつぶされるようにして大きな交差点へ出ました。
多くのアジア系外国人の方が長い棒の先につけた智能手机を高く掲げ、楽しそうに写真を撮っていました。しかし彼らは交差点の中には入らず、外から傍観するように写真を撮っていました。
交差点を通り過ぎ、帰るために銀座線の乗り場へ向かいました。
銀座線の乗り場は近いうちに移設されるはずですが、現在の改札口周辺も長らく工事されています。
改札口がある東急百貨店東横店は、他の百貨店に比べると大きな改装工事もされていないのか、各所に古い昭和の百貨店というような趣があります。
中途半端に高い天井、鉄筋に白いペンキを塗った無機質な柱が目立ちます。
そんな建物を通り抜け、絶え間なく人々が改札に流れていきます。
渋谷に行ってきました。
ギャラリールデコの金村修さんの工事現場の写真と映像を見に行き、ついでに西武の紀伊國屋書店へ行ってきました。
ルデコは新しいビルになって、下から上までギャラリーの豪華なビルです。
フロアごとに別の企画をやっていて、私の目当ての展示は4階でした。
私は地下鉄ユーザーなので、半蔵門線の渋谷で降り、そこから地上に出るのですが、ルデコに行くときは16bの出口で出るのが良いようです。新しいガラス張りの塔のような出口で、後にできるだろう施設の一部となるのでしょうか。
長らく仮設の階段でしたが、上下方向のエスカレーターとエレベーターがあるので、地上にすぐ出られる出口としては一番な気がします。
そこから歩いて数分でギャラリーに着きます。新しいビルなので、エレベーターがあり助かります。
今回の展示は3名の作家さんとの合同制作のようですが、インスタレーションのような感じなので前情報がないとどれが誰の作品だかわからないようになっています。
壁に立てかけてあったり、貼ってあったり、まき散らしてあったり、長いロール紙にプリントされたものを垂らしてあったりと、雑然とした感じが、今回のテーマと合っています。
その人たちにとっては意味のあるものでも、わからない人から見たら「なんだあれは」と思うあの感覚です。
疑問に思ったのは、撮影地は外国(おそらく米国?)だと思うのですが、日本の工事現場では周囲が完全に高い囲いで覆われてしまって、中の様子を容易に撮影できませんが、この作品では壊れかけの壁面や地面を的確に写し取れているというところです。諸外国では工事の時に囲いを作ったりはせず、誰もが中を覗いたり、粉塵が舞っていたりするものなんでしょうか。
映像作品の方は、長時間見入ってしまうほどの良さでした。
プロジェクターによる投影と、同じ場所に置いてある液晶テレビに映し出される映像を組み合わせた作品でした。一見この2つの映像はシンクロしているようで、シンクロしていなくて、さらに1つの画面に2つくらいの映像を重ねているようにも感じました。
1つの画面は電車や車から撮った移動の風景、もう一つは路上やお店の中などで撮られたもので、一般人の日常の買い物や観光で見られるような光景です。
何でもないありきたりな光景を2つの視点から一度に与えられ、止まることのない時間の流れを見せられるというのは、先ほどの工事現場の人のいない静の空間からは対照的で、これらの光景が成り立つのもあの訳の分からない工事の光景を経たものなんだと思うと納得できる気がしました。かといってもそれは当然のことであり、何かしらの結論が出るわけでもなく、不思議な感覚でした。
ギャラリーを出て、工事現場の一部と化した渋谷駅の下をくぐり、今度は西側に出て、西武の紀伊國屋書店に行きました。
渋谷の紀伊國屋書店は、かつて東急プラザの中にあったのですが、数年前に西武のロフトが入るビルに移転しました。雑誌類や文庫本が多い、小さなフロアになってしまいましたが、私が欲していたポケット六法は置いてあったので、それを購入して店を出ました。
公園通りのイルミネーションは今年はやらないのか、まだなのかはわかりませんが、通りはいつも通りの渋谷でした。
それでも人の出は夕方にも関わらず多く、押しつぶされるようにして大きな交差点へ出ました。
多くのアジア系外国人の方が長い棒の先につけた智能手机を高く掲げ、楽しそうに写真を撮っていました。しかし彼らは交差点の中には入らず、外から傍観するように写真を撮っていました。
交差点を通り過ぎ、帰るために銀座線の乗り場へ向かいました。
銀座線の乗り場は近いうちに移設されるはずですが、現在の改札口周辺も長らく工事されています。
改札口がある東急百貨店東横店は、他の百貨店に比べると大きな改装工事もされていないのか、各所に古い昭和の百貨店というような趣があります。
中途半端に高い天井、鉄筋に白いペンキを塗った無機質な柱が目立ちます。
そんな建物を通り抜け、絶え間なく人々が改札に流れていきます。