今日は3月16日,そこでヨハネ3:16
新しい4つの法則
「神は,実に,
そのひとり子をお与えになったほどに,
世を愛された。
それは御子を信じる者が,
ひとりとして滅びることなく,
永遠のいのちを持つためである。」
(ヨハネ3:16)
そのひとり子をお与えになったほどに,
世を愛された。
それは御子を信じる者が,
ひとりとして滅びることなく,
永遠のいのちを持つためである。」
(ヨハネ3:16)
この箇所に,
「神」「イエス」「信じる」「永遠のいのち」という言葉が出てきます。
次のように,考えたらどうでしょうか。
ここに共通のものがあります。
「信徒向け4つの法則(原則)」として,まとめました。
「神」,「贖い」,「信仰」,「恵み」を,
自分を捨て与える,明け渡す,
(2つをあわせるて愛する)というテーマにしました。
1.三位一体の神は,愛の神である(神)
父なる神と子なる神・イエスと聖霊なる神は,
遣(つか)わされ,遣わす関係があります。
互いに愛し合うという関係があります。
「わたしが父のもとから遣わす助け主,
すなわち父から出る真理の御霊が来るとき,
その御霊がわたしについてあかしします。」
(ヨハネ15:26)
すなわち父から出る真理の御霊が来るとき,
その御霊がわたしについてあかしします。」
(ヨハネ15:26)
「その日には,
あなたがたはわたしの名によって
求めるのです。
わたしはあなたがたに代わって
父に願ってあげようとは言いません。」
(ヨハネ16:26)
2.贖いをなしたイエス・キリスト(贖い)
旧約聖書に示された贖いの完成として,
イエス・キリストは贖いの業をします。
「人の子が来たのも,
仕えられるためではなく,
かえって仕えるためであり,
また,多くの人のための,
贖いの代価として,
自分のいのちを与えるためなのです。」
(マルコ10:45)
3.
イエス・キリストを信じる。(信仰)
私たちはイエス・キリストを信じることによって,救われます。
私たちは,自分自身を捨てて,イエス・キリストに従がうように召されています。
信じることは,自分を捨て,イエス・キリストに従がうことになります。
「それから,
イエスは弟子たちに言われた。
『だれでもわたしについて来たいと思うなら,
自分を捨て,
自分の十字架を負い,
そしてわたしについて来なさい。
いのちを救おうと思う者はそれを失い,
わたしのためにいのちを失う者は,
それを見いだすのです。』」
(マタイ16:24,25)
イエスは弟子たちに言われた。
『だれでもわたしについて来たいと思うなら,
自分を捨て,
自分の十字架を負い,
そしてわたしについて来なさい。
いのちを救おうと思う者はそれを失い,
わたしのためにいのちを失う者は,
それを見いだすのです。』」
(マタイ16:24,25)
4.
救われる(恵み)
私たちはこの世を越えて,
永遠の命を得ることが出来ます。
「まことに,
まことに,
あなたがたに告げます。
一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ,
それは一つのままです。
しかし,もし死ねば,
豊かな実を結びます。
自分のいのちを愛する者はそれを失い,
この世でそのいのちを憎む者は
それを保って永遠のいのちに至るのです。
わたしに仕えるというのなら,
その人はわたしについて来なさい。
わたしがいる所に,
わたしに仕える者もいるべきです。
もしわたしに仕えるなら,
父はその人に報いてくださいます。」
(ヨハネ12:24-26)
まことに,
あなたがたに告げます。
一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ,
それは一つのままです。
しかし,もし死ねば,
豊かな実を結びます。
自分のいのちを愛する者はそれを失い,
この世でそのいのちを憎む者は
それを保って永遠のいのちに至るのです。
わたしに仕えるというのなら,
その人はわたしについて来なさい。
わたしがいる所に,
わたしに仕える者もいるべきです。
もしわたしに仕えるなら,
父はその人に報いてくださいます。」
(ヨハネ12:24-26)
☆
(新聖歌214)「イエスより流るる」
「イエスより流るる 御神の愛は
みなぎりあふれて 代々にぞ至る
飛び込め 飛び込め 飛び込め
いま主の愛に いま主の愛に」
イエス・キリストを信じるものが,
問題を抱えたままであるとき,
あるいは,
カルトにはまったような状態のとき
(自分で物事を考えなくなったとき),
聖書を深く学びたくなったとき,
三位一体の問題に目を向けると,
突破口が開けるかもしれません。
(2010.3.16)