"Competitor Running"誌の記事です。
なお、筆者は"Racing weight"シリーズの著者です。
カーボローディングの前に脂肪ローディングするっていうのは、カーボローディングの前に一旦筋グリコーゲンを枯渇させる→その後に炭水化物を摂取するとリバウンドで筋グリコーゲン量が増大する、という効果を狙ったものとも解釈できます。
あと、日本ではビートジュースは何処で入手できるのかな…?ってとこですね。
マラソンと栄養摂取の新ルール
by Matt Fitzgerald, Nov. 22, 2013
マラソンにおける「壁」を超える為に、以下の6つの新ルールに従ってみよう
Meb KeflezighiとRyan Hallが2012年の全米オリンピックマラソン予選で37km地点にトップで到達した時、そのままのペースで走れば予想ゴールタイムは2時間08分34秒だった。しかし結果は
・Meb Keflezighi…2時間09分08秒
・Ryan Hall …2時間09分30秒
だった。つまり、彼らは残りの5km余りでいわゆる「壁」にぶつかったのだ。
また、37km地点に3番手で到着したAbdi Abdirahmanも壁にぶつかり、ペースが落ちてしまった。残りの5kmをそれまでと同じペースで走り切ったのはRicky Flynn(12位)だけだった。
このように、プロランナーにもいわゆる「壁」が存在する。これは一般ランナーにも当て嵌まる。おおまかに言えば、マラソン大会の参加者の75%は、
・折り返し点以後のタイム≧折り返し点までのタイム+2分間
なのである。多くのランナーは32km地点を超えるとペースがガタンと落ちる。それがいわゆる「30kmの壁」の根拠である。対照的なのは、ハーフマラソンでレース中にペースが落ちる人の割合は10%以下であり、壁なるものの存在は滅多に見られない。
フルマラソンで「30kmの壁」が現れる理由は、筋グリコーゲンの枯渇である。グリコーゲンは食事で摂取した炭水化物由来の物質であるが、比較的少量が筋肉/肝臓に貯蔵され、運動時にはグルコースに転換され、血流に乗って筋肉に届けられる。通常、人体にはハーフマラソンを適切なペースで走るのに必要十分なグリコーゲンが蓄積されている。しかしフルマラソンでは、基本的には代謝過程に負担がかかる。仮にフルマラソンの前半を約1%速く走れば、筋グリコーゲンが枯渇する危険が生じる。フルマラソンを「30kmの壁」にぶつからずに完走するには、30km迄にグリコーゲンが枯渇しないようにする為に、
・充分な量の筋グリコーゲンを貯蔵しておくこと
・30km迄は筋グリコーゲンを節約すること
が必要となる。しかしこれを実践するのは容易ではない。
鍵はペースである。一定ペースを維持するように走れば、ペースが不安定な場合に比べ貴重なグリコーゲンの消費がより緩慢になる。また、普段のトレーニングも重要である。正しくトレーニングすれば、
・筋グリコーゲンの貯蔵能力が増大する
・ランニング効率/脂肪燃焼能力が向上する
等の効果が得られ、その結果、グリコーゲンの消費速度は低下する。
ただ、ペースを安定化させる/トレーニングを改善するだけでは不十分である。栄養摂取も適正化し、それを継続する必要がある。マラソン(フル/ハーフ共)の為の栄養摂取に対する考え方は、この数年で変化した。以下の6つのルールに従い、トレーニングの効果を最大化すると共に、「30kmの壁」を乗り越えよう。
(1)体重管理
旧ルール:ランナーは体重管理において、一般人ほど食事内容に頼る必要は無い
新ルール:ランナーは体重管理において、一般人以上に食事内容に頼る必要がある。
最近まで運動科学者達は、最大酸素摂取量(等の有酸素運動能力)やランニング効率等がランニング能力を予測する最も有用な指針であると信じていた。しかし最近の研究結果で、体組成も同じ位有用な指針になることが明らかになった。エチオピアのエリートランナーを被験者とした研究から、体脂肪が少ない程レース成績が良い事が分かったのだ。
ランナーとして最適な体重(=”レーシング・ウェイト”)は、健康体重の下限付近に相当する。というのも、過剰な体重≒過剰な脂肪は「ただの重り」に過ぎず、それがあるとランニング時のエネルギー消費量が増大するからだ。一説では、体脂肪を450g減らすと、フルマラソンのタイムが1分間短くなるとも考えられている。
ランナーが理想とするレーシング・ウェイトに到達するのは、一般人が自らの体重を健康体重の範囲内に収めるより難しい。レーシング・ウェイトを実現する為には、ランナーはその食事内容により注意を払う必要がある。
ランナーにとって問題をさらにややこしくしているのは、いわゆる「補償効果(”Compensation Effect”)」である。つまり、トレーニングする程食欲が増大し、結果として食事量が増えることである。単純に「我慢する」のは実行可能な解決方法とは言えないし、だからといってLサイズのダブルチーズピザを食べるなんて論外である。
ならば、ランナーがすべきことは食事の「質」を向上させることである。野菜等の高品質の食品はカロリー密度が低いので、食欲を満足させる迄食べても摂取エネルギー量は少なくて済む。高品質の食品として挙げられるのは
・野菜類
・果物類
・ナッツ類/種実類
・精製していない穀類
・脂肪の少ない肉類/魚類
・乳製品
である。逆に、基本的に低品質の食品として考えられるのは
・精製した穀類
・脂肪の多い肉類
・菓子類
・揚げた食品
である。
覚えておきたいこと
マラソンに向けてトレーニングする期間は、減量の為に高品質の食品を摂ること。筋グリコーゲンの消費を抑制出来れば、「30kmの壁」にはぶつかり難くなる。
(2)炭水化物の摂取
旧ルール:20世紀に推奨された”高炭水化物食”は誤りである
新ルール:現在の流行である”低炭水化物食”は、ランナーにとっては誤りである。
1960年代にスウェーデンの研究グループが、高炭水化物食によって筋グリコーゲン量が増大すること、そしてその結果として持久力走の成績が向上すると報告した。いわゆるレース前の「カーボローディング」は、この報告を基に生まれた。その後に実施された研究で、高炭水化物食を摂ることでランナーが高強度のトレーニングに耐える能力が増大することも明らかとなった。それ以来、スポーツ栄養学の専門家達はランナーに高炭水化物食を推奨するようになった。
現在でも、大半のスポーツ栄養学専門家達は高炭水化物食を推奨している。しかし最近、一部で低炭水化物食(=低糖質食)の方が優れているとする説が提唱され始めた。その根拠は、低炭水化物食を継続して摂取することで筋グリコーゲンを節約するように身体が適応し、その結果、脂肪を燃焼する能力が向上すると共に、いわゆる「30kmの壁」を越えやすくなる、というものである。
事実、低炭水化物食によってランニング時における脂肪燃焼能力が向上するという研究報告も発表されている。しかしながら、この結果は持久力能の向上とは直接結びついてはいない。また、ランナーが低炭水化物食を摂っていると、筋グリコーゲンの貯蔵量が慢性的に少なくなり、強度の高いトレーニングが実行出来なくなるという新たな研究報告も発表されている。
バーミンガム大学(英国)のAsker Jeukendrupらの研究グループは、低炭水化物食(総摂取エネルギーに占める炭水化物の割合=41%)と通常食(同じく炭水化物の割合=65%)を11日間摂取した場合の、ラントレーニングに対する影響を比較した。その結果、低炭水化物食を摂取した被験者群では、持久力能が低下したと共に、主観的な疲労度が増大した。一方、通常食を摂取した被験者群では、持久力能/主観的疲労度は共に変化しなかった。
覚えておきたいこと
ランナーが摂取すべき炭水化物量は、トレーニング量と比例している。以下の表を参考にしてもらいたい。
平均的な一日のトレーニング時間 一日に摂取すべき炭水化物量
30~45分間 3~4g/kg-体重
46~60分間 4~5g/kg-体重
61~75分間 5~6g/kg-体重
76~90分間 6~7g/kg-体重
91~120分間 7~8g/kg-体重
120分間以上 8~10g/kg-体重
(3)「断食」トレーニング
旧ルール:ランニング時には、運動能力を高める為にスポーツドリンクを積極的に摂取する
新ルール:筋肉の脂肪燃焼能力を高める為に、時には「断食トレーニング」を実行する
スポーツドリンクを摂るとランニング時の運動能力が向上する理由は
・脱水症を予防する
・筋肉にエネルギー源を供給する
からである。しかし、ラントレーニング時に常にスポーツドリンクが必要という訳ではない。ある研究によると、
・1時間以内の高強度ラントレーニング
・1時間30分以上のイージーペースランニング
においては、スポーツドリンクを摂取しても運動能力は向上しないことが明らかとなっている。
また別の研究では、スポーツドリンクを摂取することにより、本来発生する筈の、トレーニングに対する望ましい適応が阻害される可能性があると報告されている。具体的には、トレーニング時に筋グリコーゲンが枯渇することにより、筋肉が脂肪を燃焼する能力が向上するなどの適応が発生するのであるが、スポーツドリンクに炭水化物(≒糖類)が含まれているので、これが阻害されるというのである。勿論、スポーツドリンクは長時間/高強度のトレーニングには不可欠なものであるが、過剰に依存し過ぎると逆効果となり兼ねない。
覚えておきたいこと:
スポーツドリンクは、
・トレーニング時間=1~2時間の場合:2回に1回の割合
・トレーニング時間=2時間以上の場合:毎回
利用するようにしたい。
(4)カーボローディング/脂肪ローディング
旧ルール:レース前にはカーボローディングをする
新ルール:レース前にはまず脂肪ローディング、次にカーボローディングをする
先に私は(2)で、低炭水化物食(特に高脂肪+低炭水化物食)によってランニング中の脂肪燃焼量が増大すると記した。しかしこの効果の裏返しとして、トレーニングを遂行する能力は低下する。この点から、ランナーは低炭水化物食を摂るべきではないと結論づけた。しかしながら、ある研究によると、レース前にはカーボローディングの前に「脂肪ローディング」を行うと良い、と報告されている。
具体的には、レース13~4日前(10日間)に脂肪ローディングを行うと筋肉の脂肪燃焼能力が増大し、続いてレース3日前~前日(3日間)にカーボローディングを行うと筋グリコーゲン貯蔵量が増大する、というのである。
2001年に、ケープタウン大学(南アフリカ)の運動科学者であるVicki Lambertは、上記の食生活を自転車競技選手に実践させた場合に見られる、持久力能に対する影響を調査した。持久力能の評価方法は、
・中程度の強度のサイクリング2時間でウォームアップ
・その後、20kmのタイムトライアル
であった。その結果、(脂肪ローディング→カーボローディング)を実践した被験者群では、(通常食→カーボローディング)を実践した被験者群に比べ、タイムトライアルでの速度が約4.5%速かった。
上記の(脂肪ローディング→カーボローディング)を実践するのであれば、まず、レース2週間前~4日前迄は、摂取エネルギーの65%が脂肪由来である食事を摂る。具体的には、摂取するほぼ全ての食品を、健康に良い脂肪を多く含むものとする必要がある。推奨できる食品は、
・アボカド
・ギリシャヨーグルト(訳者注:普通のヨーグルトを水切りしたものみたいです)
・チーズ類
・鶏卵
・ナッツ類
・オリーブ及びオリーブ油
・鮭
・牛乳(低脂肪や無脂肪タイプでない、ふつうのもの)
等である。
覚えておきたいこと
レース3日前からは、カーボローディング食に変更すること。カーボローディング食では、摂取エネルギーの70%を炭水化物由来とすること。
(5)ビートジュースを飲む
旧ルール:レース前には大量の水を摂取する
新ルール:レース前には大量の水と少量のビートジュースを摂取する
ランナーの大半は、レース前には水をしっかり補給しておくのが重要だと理解している。しかし、これはやり過ぎる危険を伴う。水を大量に補給する必要は無い。逆に水を大量に摂り過ぎると、スタート前にトイレに行きたくなるし、最悪の場合、レース中にまでトイレに行きたくなってしまう。レース当日の起床後~スタート迄に補給する水分は750ml以下とし、レースのスタート1時間前以降は水分を摂らないようにすべきである。
もう一つ提案をしたい。マラソンの前に水分を摂る代わりに、ビートジュースを飲もう。何故か?。ビートジュースには天然の硝酸塩が含まれているが、それによって血管が「掃除」され、運動中の筋肉において血流が増大する。ある研究によると、レースの2~3時間前に500mlのビートジュースを摂取すると、レース中の運動能力が向上するとのことである。
覚えておきたいこと
当然のことながら、普段のトレーニング時にビートジュースを試しておこう。レース当日の朝に初めて飲むのは止めておいた方が良い。
(6)水分補給について
旧ルール:レース中も出来る限り水分を摂取する
新ルール:喉が渇いたら水分を摂取する
ランナーであれば誰しもが、レース中は体重の減少分(≒発汗量)を補う量 and/or 炭水化物60g/時に相当するスポーツドリンクを摂るべきだと耳にタコが出来る位アドバイスされた経験があるだろう。
このアドバイスは、スポーツドリンクを充分に摂取することで
・体温上昇≒循環器系への負担が回避出来る
・炭水化物が摂取出来る→血中グルコース濃度の維持/筋グリコーゲンの枯渇遅延が図られる
ことで、結果として運動能力の維持/向上が望める、という考えに基づくものである。
しかし最近では、上記のアドバイスを疑問視する意見も出されている。というのも、ランニング中にスポーツドリンクを積極的に(訳者注:大塚製薬のポカリスエットを例とすると、炭水化物60gは製品1,000mlに相当します)摂取すると消化器系が不調となる一方、喉の渇きを覚えた時点で飲む方法に比べて運動能力が向上するとは言えない、という研究結果が報告されている。ラフボロー(Loughborough)大学(英国)のIan Rolloらの研究グループがJournal of Sports Nutrition and Exercise Metabolismで発表した研究結果がこの「喉が渇いたら飲む」考えを強く支持している。
その研究では、9名のホビーランナーを被験者とし、被験者には以下の3つの状況下で16km走をさせた。
(a)ランニング中には何も飲まない
(b)喉の渇きを覚えたら、スポーツドリンクを飲む(摂取量は平均して315ml/時)
(c)事前に決めたタイミングでスポーツドリンクを飲む(摂取量は1,055ml/時)
また、それぞれの状況が終了した時点で、体重減少量/深部体温/消化器系の主観的状態を調査した。ランニングの成績としては、(a)と(c)はほぼ同一であった。しかし、(b)では(a)(c)に比べゴールタイムが平均で約1分間程早かった。
この結果についてRolloは、追加の調査が必要としている。考えられる理由の一つとしてRolloは、(b)では消化器系の主観的状態が良かった(特に後半の8kmにおいて)ことを挙げている。
覚えておきたいこと
フルマラソンで、予め決めておいたタイミングでスポーツドリンクを飲むのは困難である。だから、必要に応じて≒喉の渇きを覚えたら飲む、というので充分である。その方が成績が良いかもしれないし。
なお、筆者は"Racing weight"シリーズの著者です。
カーボローディングの前に脂肪ローディングするっていうのは、カーボローディングの前に一旦筋グリコーゲンを枯渇させる→その後に炭水化物を摂取するとリバウンドで筋グリコーゲン量が増大する、という効果を狙ったものとも解釈できます。
あと、日本ではビートジュースは何処で入手できるのかな…?ってとこですね。
マラソンと栄養摂取の新ルール
by Matt Fitzgerald, Nov. 22, 2013
マラソンにおける「壁」を超える為に、以下の6つの新ルールに従ってみよう
Meb KeflezighiとRyan Hallが2012年の全米オリンピックマラソン予選で37km地点にトップで到達した時、そのままのペースで走れば予想ゴールタイムは2時間08分34秒だった。しかし結果は
・Meb Keflezighi…2時間09分08秒
・Ryan Hall …2時間09分30秒
だった。つまり、彼らは残りの5km余りでいわゆる「壁」にぶつかったのだ。
また、37km地点に3番手で到着したAbdi Abdirahmanも壁にぶつかり、ペースが落ちてしまった。残りの5kmをそれまでと同じペースで走り切ったのはRicky Flynn(12位)だけだった。
このように、プロランナーにもいわゆる「壁」が存在する。これは一般ランナーにも当て嵌まる。おおまかに言えば、マラソン大会の参加者の75%は、
・折り返し点以後のタイム≧折り返し点までのタイム+2分間
なのである。多くのランナーは32km地点を超えるとペースがガタンと落ちる。それがいわゆる「30kmの壁」の根拠である。対照的なのは、ハーフマラソンでレース中にペースが落ちる人の割合は10%以下であり、壁なるものの存在は滅多に見られない。
フルマラソンで「30kmの壁」が現れる理由は、筋グリコーゲンの枯渇である。グリコーゲンは食事で摂取した炭水化物由来の物質であるが、比較的少量が筋肉/肝臓に貯蔵され、運動時にはグルコースに転換され、血流に乗って筋肉に届けられる。通常、人体にはハーフマラソンを適切なペースで走るのに必要十分なグリコーゲンが蓄積されている。しかしフルマラソンでは、基本的には代謝過程に負担がかかる。仮にフルマラソンの前半を約1%速く走れば、筋グリコーゲンが枯渇する危険が生じる。フルマラソンを「30kmの壁」にぶつからずに完走するには、30km迄にグリコーゲンが枯渇しないようにする為に、
・充分な量の筋グリコーゲンを貯蔵しておくこと
・30km迄は筋グリコーゲンを節約すること
が必要となる。しかしこれを実践するのは容易ではない。
鍵はペースである。一定ペースを維持するように走れば、ペースが不安定な場合に比べ貴重なグリコーゲンの消費がより緩慢になる。また、普段のトレーニングも重要である。正しくトレーニングすれば、
・筋グリコーゲンの貯蔵能力が増大する
・ランニング効率/脂肪燃焼能力が向上する
等の効果が得られ、その結果、グリコーゲンの消費速度は低下する。
ただ、ペースを安定化させる/トレーニングを改善するだけでは不十分である。栄養摂取も適正化し、それを継続する必要がある。マラソン(フル/ハーフ共)の為の栄養摂取に対する考え方は、この数年で変化した。以下の6つのルールに従い、トレーニングの効果を最大化すると共に、「30kmの壁」を乗り越えよう。
(1)体重管理
旧ルール:ランナーは体重管理において、一般人ほど食事内容に頼る必要は無い
新ルール:ランナーは体重管理において、一般人以上に食事内容に頼る必要がある。
最近まで運動科学者達は、最大酸素摂取量(等の有酸素運動能力)やランニング効率等がランニング能力を予測する最も有用な指針であると信じていた。しかし最近の研究結果で、体組成も同じ位有用な指針になることが明らかになった。エチオピアのエリートランナーを被験者とした研究から、体脂肪が少ない程レース成績が良い事が分かったのだ。
ランナーとして最適な体重(=”レーシング・ウェイト”)は、健康体重の下限付近に相当する。というのも、過剰な体重≒過剰な脂肪は「ただの重り」に過ぎず、それがあるとランニング時のエネルギー消費量が増大するからだ。一説では、体脂肪を450g減らすと、フルマラソンのタイムが1分間短くなるとも考えられている。
ランナーが理想とするレーシング・ウェイトに到達するのは、一般人が自らの体重を健康体重の範囲内に収めるより難しい。レーシング・ウェイトを実現する為には、ランナーはその食事内容により注意を払う必要がある。
ランナーにとって問題をさらにややこしくしているのは、いわゆる「補償効果(”Compensation Effect”)」である。つまり、トレーニングする程食欲が増大し、結果として食事量が増えることである。単純に「我慢する」のは実行可能な解決方法とは言えないし、だからといってLサイズのダブルチーズピザを食べるなんて論外である。
ならば、ランナーがすべきことは食事の「質」を向上させることである。野菜等の高品質の食品はカロリー密度が低いので、食欲を満足させる迄食べても摂取エネルギー量は少なくて済む。高品質の食品として挙げられるのは
・野菜類
・果物類
・ナッツ類/種実類
・精製していない穀類
・脂肪の少ない肉類/魚類
・乳製品
である。逆に、基本的に低品質の食品として考えられるのは
・精製した穀類
・脂肪の多い肉類
・菓子類
・揚げた食品
である。
覚えておきたいこと
マラソンに向けてトレーニングする期間は、減量の為に高品質の食品を摂ること。筋グリコーゲンの消費を抑制出来れば、「30kmの壁」にはぶつかり難くなる。
(2)炭水化物の摂取
旧ルール:20世紀に推奨された”高炭水化物食”は誤りである
新ルール:現在の流行である”低炭水化物食”は、ランナーにとっては誤りである。
1960年代にスウェーデンの研究グループが、高炭水化物食によって筋グリコーゲン量が増大すること、そしてその結果として持久力走の成績が向上すると報告した。いわゆるレース前の「カーボローディング」は、この報告を基に生まれた。その後に実施された研究で、高炭水化物食を摂ることでランナーが高強度のトレーニングに耐える能力が増大することも明らかとなった。それ以来、スポーツ栄養学の専門家達はランナーに高炭水化物食を推奨するようになった。
現在でも、大半のスポーツ栄養学専門家達は高炭水化物食を推奨している。しかし最近、一部で低炭水化物食(=低糖質食)の方が優れているとする説が提唱され始めた。その根拠は、低炭水化物食を継続して摂取することで筋グリコーゲンを節約するように身体が適応し、その結果、脂肪を燃焼する能力が向上すると共に、いわゆる「30kmの壁」を越えやすくなる、というものである。
事実、低炭水化物食によってランニング時における脂肪燃焼能力が向上するという研究報告も発表されている。しかしながら、この結果は持久力能の向上とは直接結びついてはいない。また、ランナーが低炭水化物食を摂っていると、筋グリコーゲンの貯蔵量が慢性的に少なくなり、強度の高いトレーニングが実行出来なくなるという新たな研究報告も発表されている。
バーミンガム大学(英国)のAsker Jeukendrupらの研究グループは、低炭水化物食(総摂取エネルギーに占める炭水化物の割合=41%)と通常食(同じく炭水化物の割合=65%)を11日間摂取した場合の、ラントレーニングに対する影響を比較した。その結果、低炭水化物食を摂取した被験者群では、持久力能が低下したと共に、主観的な疲労度が増大した。一方、通常食を摂取した被験者群では、持久力能/主観的疲労度は共に変化しなかった。
覚えておきたいこと
ランナーが摂取すべき炭水化物量は、トレーニング量と比例している。以下の表を参考にしてもらいたい。
平均的な一日のトレーニング時間 一日に摂取すべき炭水化物量
30~45分間 3~4g/kg-体重
46~60分間 4~5g/kg-体重
61~75分間 5~6g/kg-体重
76~90分間 6~7g/kg-体重
91~120分間 7~8g/kg-体重
120分間以上 8~10g/kg-体重
(3)「断食」トレーニング
旧ルール:ランニング時には、運動能力を高める為にスポーツドリンクを積極的に摂取する
新ルール:筋肉の脂肪燃焼能力を高める為に、時には「断食トレーニング」を実行する
スポーツドリンクを摂るとランニング時の運動能力が向上する理由は
・脱水症を予防する
・筋肉にエネルギー源を供給する
からである。しかし、ラントレーニング時に常にスポーツドリンクが必要という訳ではない。ある研究によると、
・1時間以内の高強度ラントレーニング
・1時間30分以上のイージーペースランニング
においては、スポーツドリンクを摂取しても運動能力は向上しないことが明らかとなっている。
また別の研究では、スポーツドリンクを摂取することにより、本来発生する筈の、トレーニングに対する望ましい適応が阻害される可能性があると報告されている。具体的には、トレーニング時に筋グリコーゲンが枯渇することにより、筋肉が脂肪を燃焼する能力が向上するなどの適応が発生するのであるが、スポーツドリンクに炭水化物(≒糖類)が含まれているので、これが阻害されるというのである。勿論、スポーツドリンクは長時間/高強度のトレーニングには不可欠なものであるが、過剰に依存し過ぎると逆効果となり兼ねない。
覚えておきたいこと:
スポーツドリンクは、
・トレーニング時間=1~2時間の場合:2回に1回の割合
・トレーニング時間=2時間以上の場合:毎回
利用するようにしたい。
(4)カーボローディング/脂肪ローディング
旧ルール:レース前にはカーボローディングをする
新ルール:レース前にはまず脂肪ローディング、次にカーボローディングをする
先に私は(2)で、低炭水化物食(特に高脂肪+低炭水化物食)によってランニング中の脂肪燃焼量が増大すると記した。しかしこの効果の裏返しとして、トレーニングを遂行する能力は低下する。この点から、ランナーは低炭水化物食を摂るべきではないと結論づけた。しかしながら、ある研究によると、レース前にはカーボローディングの前に「脂肪ローディング」を行うと良い、と報告されている。
具体的には、レース13~4日前(10日間)に脂肪ローディングを行うと筋肉の脂肪燃焼能力が増大し、続いてレース3日前~前日(3日間)にカーボローディングを行うと筋グリコーゲン貯蔵量が増大する、というのである。
2001年に、ケープタウン大学(南アフリカ)の運動科学者であるVicki Lambertは、上記の食生活を自転車競技選手に実践させた場合に見られる、持久力能に対する影響を調査した。持久力能の評価方法は、
・中程度の強度のサイクリング2時間でウォームアップ
・その後、20kmのタイムトライアル
であった。その結果、(脂肪ローディング→カーボローディング)を実践した被験者群では、(通常食→カーボローディング)を実践した被験者群に比べ、タイムトライアルでの速度が約4.5%速かった。
上記の(脂肪ローディング→カーボローディング)を実践するのであれば、まず、レース2週間前~4日前迄は、摂取エネルギーの65%が脂肪由来である食事を摂る。具体的には、摂取するほぼ全ての食品を、健康に良い脂肪を多く含むものとする必要がある。推奨できる食品は、
・アボカド
・ギリシャヨーグルト(訳者注:普通のヨーグルトを水切りしたものみたいです)
・チーズ類
・鶏卵
・ナッツ類
・オリーブ及びオリーブ油
・鮭
・牛乳(低脂肪や無脂肪タイプでない、ふつうのもの)
等である。
覚えておきたいこと
レース3日前からは、カーボローディング食に変更すること。カーボローディング食では、摂取エネルギーの70%を炭水化物由来とすること。
(5)ビートジュースを飲む
旧ルール:レース前には大量の水を摂取する
新ルール:レース前には大量の水と少量のビートジュースを摂取する
ランナーの大半は、レース前には水をしっかり補給しておくのが重要だと理解している。しかし、これはやり過ぎる危険を伴う。水を大量に補給する必要は無い。逆に水を大量に摂り過ぎると、スタート前にトイレに行きたくなるし、最悪の場合、レース中にまでトイレに行きたくなってしまう。レース当日の起床後~スタート迄に補給する水分は750ml以下とし、レースのスタート1時間前以降は水分を摂らないようにすべきである。
もう一つ提案をしたい。マラソンの前に水分を摂る代わりに、ビートジュースを飲もう。何故か?。ビートジュースには天然の硝酸塩が含まれているが、それによって血管が「掃除」され、運動中の筋肉において血流が増大する。ある研究によると、レースの2~3時間前に500mlのビートジュースを摂取すると、レース中の運動能力が向上するとのことである。
覚えておきたいこと
当然のことながら、普段のトレーニング時にビートジュースを試しておこう。レース当日の朝に初めて飲むのは止めておいた方が良い。
(6)水分補給について
旧ルール:レース中も出来る限り水分を摂取する
新ルール:喉が渇いたら水分を摂取する
ランナーであれば誰しもが、レース中は体重の減少分(≒発汗量)を補う量 and/or 炭水化物60g/時に相当するスポーツドリンクを摂るべきだと耳にタコが出来る位アドバイスされた経験があるだろう。
このアドバイスは、スポーツドリンクを充分に摂取することで
・体温上昇≒循環器系への負担が回避出来る
・炭水化物が摂取出来る→血中グルコース濃度の維持/筋グリコーゲンの枯渇遅延が図られる
ことで、結果として運動能力の維持/向上が望める、という考えに基づくものである。
しかし最近では、上記のアドバイスを疑問視する意見も出されている。というのも、ランニング中にスポーツドリンクを積極的に(訳者注:大塚製薬のポカリスエットを例とすると、炭水化物60gは製品1,000mlに相当します)摂取すると消化器系が不調となる一方、喉の渇きを覚えた時点で飲む方法に比べて運動能力が向上するとは言えない、という研究結果が報告されている。ラフボロー(Loughborough)大学(英国)のIan Rolloらの研究グループがJournal of Sports Nutrition and Exercise Metabolismで発表した研究結果がこの「喉が渇いたら飲む」考えを強く支持している。
その研究では、9名のホビーランナーを被験者とし、被験者には以下の3つの状況下で16km走をさせた。
(a)ランニング中には何も飲まない
(b)喉の渇きを覚えたら、スポーツドリンクを飲む(摂取量は平均して315ml/時)
(c)事前に決めたタイミングでスポーツドリンクを飲む(摂取量は1,055ml/時)
また、それぞれの状況が終了した時点で、体重減少量/深部体温/消化器系の主観的状態を調査した。ランニングの成績としては、(a)と(c)はほぼ同一であった。しかし、(b)では(a)(c)に比べゴールタイムが平均で約1分間程早かった。
この結果についてRolloは、追加の調査が必要としている。考えられる理由の一つとしてRolloは、(b)では消化器系の主観的状態が良かった(特に後半の8kmにおいて)ことを挙げている。
覚えておきたいこと
フルマラソンで、予め決めておいたタイミングでスポーツドリンクを飲むのは困難である。だから、必要に応じて≒喉の渇きを覚えたら飲む、というので充分である。その方が成績が良いかもしれないし。
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