カンマネの安心したいブログ

『下流社会』って本をイッキ読みした

666e6a5a.jpg『下流社会 新たな階層集団の出現』って本を読んだ。たまたま雑誌だか新聞だかの書評を読んでいて興味を持って本屋に行ってみた。どんな本かはコピペしときます。

「いつかはクラウン」から「毎日100円ショップ」の時代へ
もはや「中流」ではない。「下流」なのだ。

「下流」とは、単に所得が低いということではない。コミュニケーション能力、生活能力、働く意欲、学ぶ意欲、消費意欲、つまり総じて人生への意欲が低いのである。その結果として所得が上がらず、未婚のままである確率も高い。そして彼らの中には、だらだら歩き、だらだら生きている者も少なくない。その方が楽だからだ。(「はじめに」より)
「下流社会」とは具体的にどんな社会で、若い世代の価値観、生活、消費は今どう変わりつつあるのか。マーケティング・アナリストである著者が豊富なデータを元に書き上げた、階層問題における初の消費社会論。

「下流社会」とは具体的にどんな社会で、若い世代の価値観、生活、消費は今どう変わりつつあるのか。マーケティング・アナリストである著者が豊富なデータを元に書き上げた、階層問題における初の消費社会論。


別にこの本の感想を書こうとか批判しようとか思っているわけではありません。自分の会社は数年前に大リストラがあり、社員の3人に1人がなかば退職勧奨のような形で辞めていきました。替わりにいわゆる「契約社員」という立場の人を沢山採用しました。今自分がマネジャーという立場で彼らと接する際の切実なる悩みというか戸惑いというか困惑している気持ちを、社会学的見地から分析して最大公約数的な推察を示している内容だと思いましたので実例をあげてみたいと思った次第です。

この本を読んで真っ先に思い浮かぶのは「○○君」のことです。彼は結婚してローンで家を買って今当社のいわゆる「契約社員」という立場にいます。30代半ばで自分の将来について不安に思っている。それは「契約社員」という立場ではローンを組むことすらままならない社会的に不安定な立場だということをやっと理解したからなのでしょう。

少し前に彼から電話がかかってきました。
「パソコン友達からもらったんですけど電話線差してもインターネット繫がらないんですけどどうしたらいいっすか・・?」
僕「設定はちゃんとしたの?」
彼「設定ってどうやるんすか?」
電話で説明できるほど簡単なものではありません。
僕「契約したプロバイダから説明書来てるでしょ。とりあえずそのとおりに設定してみて」
彼「プロバイダってなんすか? 電話線差せば繫がるんじゃないんすか?」
僕「・・・・・・・」

後日、アドバイスしました。「<できるウインドウズ>とかPCの入門本を読んで基本的なことを理解してからの方がいいよ」と。そうしたらこんな答えが。
「マネジャは不親切ですね。教えてくれないなんて」「でもインターネットなんて電話線つなげばいいのかと思ってましたよ」
数日後にどうなったか聞いたら「あーもうめんどくさいんで友達に返しました。いいんすよ、僕は一生アナログ人間ですから・・・」

この会話からこの本に述べられている「下流社会」の特質が読み取れます。まず自分で学ぼう、努力しようという姿勢は皆無です。教えてくれないから不親切・・?。リストラされた人が歯を食いしばってパソコンスクールに通っていたのを僕は知っています。なぜ誰かが手取り足取り教えないといけないのでしょうか。今は業務の中ではPCは必須ですよ。つまりは自分の知らない知識を得ようとか、新しいことにチャレンジしようという気持ちがないようなのです。せっかくタダでPCを手に入れたのに学ぼうとしない。昔の「デジタルデバイド」という言葉は経済格差でPCも持てない人のことを言ったと思うのですが今は誰でも持てる時代。これは違った意味での新たなる「デジタルデバイド」と言ってもいいのかもしれません。

たとえ年収が低くても社会的な肩書きがなくとも、趣味とか海外旅行とかとにかく自分の人生をそれなりに楽しめればいいと達観しているのならそれはそれでいいと思う。ただ問題なのは年を重ねるにつれ給料や自分の処遇について不満が出てくる事。
「こんなに一生懸命仕事してるのに給料も上がらないのはこの会社が悪いからだ」
「○○マネジャふざけるな。ぜんぜん仕事してないじゃん」
「新人の○○、あれはつかえないな」  
・・・・おまえは評論家か。
今後は自分より年下の人間がマネジャ補佐として入ってきたり、もっと極端な例で言えば、今まで呼び捨てにしていた正社員の年下女子が自分の上司になってしまうことなんて遠い未来じゃない。そんな来たるべき状況に耐えられるのだろうか。

彼はスマップの歌が好きなのかもしれません。
「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」
彼の感性はきっとここにあるし、そんな生き方をしてきたんだと思います。

僕らの世代は「もともと特別なオンリーワン」が先にこなかった。まず「ナンバーワンにならなくてもいい」とは思わなかった。そのために徹底的に努力した。学生時代なら競技スポーツや受験。会社に入ったら出世第一だったわけじゃないが誰にも負けない売上高を作る為に努力した。それこそ入社1年目の12月は1日しか休まなかった。現在でも休みの日に1日中持ち帰り仕事をするときもある。

彼のことに話を戻しますが、自分は過去も現在も努力をしていなかったのに文句だけが出てくる。それは努力をしなかった「つけ」なんだよということが全くわかっていない。オンリーワンでいいと思って気楽に生きてきたけど年をとったらナンバーワンの方が良くなった。この会社とこの世の中ふざけるなよと言っているようなもの。

この本の分析を今現在の僕の身近にいる人に当てはめてみたのですが、本当に考えてしまう。20歳台ならいつかは自分でいろいろなことに気付いて行動を起すことがあるのかもしれない。ただ彼のように30歳半ばの人たちは本当に心配してしまう。齢を重ねてから出てくる不満や不平に対してどう対処したらいいのか。面と向かって「つけ」だとは言えない。ただ今現在は会社にとっては本当に必要な労働力。そんな必要な力でありながらも、給料を大幅に上げたり肩書きを付けてあげることはできないのは事実なのです。

彼(ら)の不安や不満が「団地の奥さん的」愚痴レベルで収まってくれればいいのですが、長くいれば同じ立場の新人に対してはオピニオンリーダーにもなってくる。そんな会社に対しての反発の気持ちが若い契約社員に蔓延しないかも心配になってきます。「俺様」が今バッシングに晒されています。確かに「俺様」の仕事の進め方や取り組み方については問題あるのは事実でしょう。別に擁護するつもりもありません。ただパソコンもロクに使えない人に批判する資格もないとも思うのです。

今回例に出した「○○君」は極端な例です。僕の周りには本当に仕事に対して努力して実績も上げている人たちが沢山います。自分の仕事に本当に責任を持って徹底的に取り組んでいる人の方が多いのかもしれません。さらに今すぐにでもマネジャーにしてもいいと思うレベルの人もいます。ただその立場でいる限り1年に1回の人事考課で最高の評価をつける以外に僕に出来る事はないのです。僕達の権限でマネジャーにすることは出来ないのです。本当に力のある人に対しては申し訳ない気持ちで一杯です。

読み終わって不安感で一杯になってしましました。所得の極端な格差。こんな世の中にしたのは誰なんでしょう。この本が僕の不安感を解決することにならないばかりか、増幅することになってしまったのは分析と推察だけで、例えば「○○君」のようにあまり若くない人たちはどうあるべきなのかという導きが全くなかったからだと思います。さらに自分自身が「負け組」の会社に所属していることも実感してしまいました。もはや僕自身がどこからどう見ても「下流社会」の一員なんですよ。ただチャレンジする精神は失ってはいませんがね。
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