幼少の頃の、思い出の多い場所、「浜寺公園」を、先日、訪れてみた。 時代の流れと共に、
やはり、環境は大きく変化していた。 場所は、南海本線、天下茶屋駅から和歌山市方面行の電車に乗り
約20分程。下車してみると駅舎は、相変わらず、昭和レトロの景観をとどめている。
なんか、少年時代にタイムスリップしたような気持で嬉しくなった。早速、カメラのシャッターを切ってみた。
写真は、昔を懐かしんでくれる同級生達のためにも「セピア色」に加工してみた。
これが駅舎です。ネットから抜粋で、少々、詳細を!
明治30年(1897)10月に開業した後、明治40年(1907)6月に現在の駅舎に建て替えました。設計は、東京駅などの設計で知られる辰野金吾博士が所属した辰野・片岡建築事務所の設計によるものです。 昭和63年(1988)8月には旧待合室を改造した「浜寺公園ステーションギャラリー」を開設。平成10年(1998)9月に諏訪ノ森駅とともに大手私鉄で初めて国の登録文化財となったほか、平成12年(2000)には第1回「近畿の駅百選」に選ばれ、平成14年(2002)には第9回「堺市景観賞(まち部門)」を受賞しています。
この様に、実は、凄い駅舎なんですよ!
こういう石碑がある駅は、南海本線では数えるくらいしかないんですよ!
で、振り返り、いざ浜寺公園を目指しますが・・・・
「あれっ?・・・・・・・何これは?何もかも変ってるやん!駅前は、夏になると賑やかな風景だったのに・・・・。」
ブツブツと独り言をつぶやく私。それもそのはず!この光景です。
立ち並んでいた、お店が全てない!ない!ない!
浜寺公園は、大阪市の幼稚園、小学校の遠足、夏のプールが定番!で鉄板。これが平成の現実です。
なんと、大きなマンションまで建っている。
公園方面から駅方面を撮影してます。ねっ!同級生のみんな!もう、私らの思い出は、陰形無いよ!寂しくなったよ!
ここは、26号線から少し入った場所。浦島太郎になった気分でした。
少し安心したのは、やはり・・・・
ちんちん電車!100周年だってさ。凄いね。
よく乗ったよね?あの頃さ、電車賃も惜しい時代だっから、北天下茶屋から、ここまで、ちんちん電車利用したよね!松田町も使ったけ?(笑)
これが、国道26号線。このまま行くと、梅田方面に行きますよ。
反対側。これを行くと和歌山まで行きます。
ちんちん電車も、あの頃と比べるとカラフルになったね。
そうそう、この記事の後半に、あの頃のちんちん電車!出てくるよ!うんうん。あの展示ね!交通遊園のね!
D51も、ちゃんと展示してありました。お楽しみに!
では、続けますよ!(^◇^)
信号を渡ると・・・・!
懐かしいね!まだ、この造りで派出所ありましたよ!
では、公園内に入ってみましょうね。
簡単に、この公園のご紹介をネットから!
名松100選に選ばれた公園明治6年、公園として指定された大阪で最も古い公園の一つ。「名松100選」に選ばれた美しい松を大切に育てながら、次々新しいスポットをつくり出してきた。美しい「ばら庭園」や、楽しい乗物いっぱいの「交通遊園」、ジャイアント・スライダーのあるプール・スポーツ施設も充実し、総合公園として多くの人々に親しまれている。
と、言う事で、歴史が深い、深い!(笑) 大阪で最も古い公園です。この公園に少年時代、友達とプールに来たり、野球をしにきたり、ま~っ!よ~く遊んだ公園なんです。だから、もう、何回きたか?わからないくらいですね。
そういう公園を今回は、ゆっくりとご紹介していきたいと思います。
凄いでしょう?松!松!松!
こちらに歩いて行きますと、プールがあるんです。結構、大きなプールです。人気あるんですよ!安いしね!(笑)
けど、シーズンオフなんで、今回は、この反対、「羽衣」方面に向いて歩く事にしました。
このレストハウスは、まだありました。
公園中央には、この様に噴水広場があります。この奥に「バラ園」があるのですが、これもシーズンオフです。
こんな木もあります。これだけ見れば、南国のようですが、寒かった。(笑)これは昔から立っています。
という事で、このシリーズ、ボチボチと想い出を辿りながら、お伝えして参ります。
今日も訪問有難うございます。
*今日は、阪神淡路大震災から19年。犠牲者の方々の、ご冥福を心から、お祈り致します。
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