少し前、話題の加藤シゲアキさんの「オルタネート」を読んだ
本は手元になく、正確には憶えていないのだけど、
登場人物の一人の少女が、ネットに密かに思いのたけを吐き出していて、
それがドロドロした内容だったのに、
その日記を人に見つけられてしまい、動揺し憤るというシーンがあった
印象的だったのは、彼女が、
本当は非公開にも出来るのに、自分はあえてしなかったのだ、
それは内心、どこかの誰かにそれを見つけて読んでもらいたいと思っていたからだ、
海に流したメッセージボトルのように、誰かが拾い、読んで共感してくれることを求めていたのだ、と気づく場面。
(全くの記憶力で書いてます。全然違っていたらごめんなさい😅)
この少女の3倍くらいの年齢のクセに、
そこが妙に共感した私なのだった
というのは、昨年ブログを始めようと思っていろいろ調べてgooにしたのは、
大変失礼ながら、今有名な大手のとこよりここの方がひっそり楽しめそうだと思ったから。
(言葉にすると本当に失礼ですねすみません)
そんなふうにひっそりと楽しむつもりで始め、
ブログの存在は誰にも伝えていなかったし、読んでもらいたいと書いている訳ではないはずなのに、
それでも心の奥底には、やっぱり誰かに伝わると嬉しいという思いが私にもあるようで。
gooからは一週間に一度、アクセス件数のレポートが届いて。
そこには私が放置している間も、不思議に数件の記録がある。
たまたまどなたかが巡回されているだけで、意味は全くないのかもしれないけど、
そんなささやかなつながりが時々心に優しかったりする。
(いや、全くの放置で更新なくただ申し訳ないのだけど😅)
だって、ひきこもってる我が家に民生委員さんでもこんなに見回ってくれないですよね。
そんなありがたいこの場所に、
ブログを書けと指令下さった師からも、読んでくださるとのお言葉があり
また楽しく言葉のあぶくを呟いていこうと思う
そして片付けも頑張るぞ😉
今日は洗面所の鏡裏の棚。
これもまた3ヶ月くらい放置してた収納ボックスを設置。
片付け再開の素晴らしい機会になって本当にありがたい😂
写真はやはり20年近く前、岡山にて。
ツタの絡まる家の窓って写真撮りたくなりますよね。
上手に撮るのは難しいけど