私の家族の出身地、茨城県北部。報道からも支援からも取り残されているのでしょうか。
被害はかなりです。避難所になるべき小中学校の体育館が使える状態でなく、避難ができない状態。数日かかってようやく電気が戻りましたが、当然まだ水も出なくて、食糧も、各自家にストックがある分で何とか繋いでいるようです。
道路も、橋が落ちていたりブロックされていたり、そしてガソリンも手に入らない。どうしたらいいんでしょう。
ある友人宅では、たまたまお風呂に残っていた水を使ってトイレはしのいでいるようです。飲み水は、井戸のある家の好意でもらっているそう。中学校で配られる水の行列はものすごく、5時間並んだのに結局在庫切れになり、もらえなかった知人もいます。
こう言うときだから無理は言えないけれど、救援のヘリも物資も、皆茨城は通り越して行ってしまうのでしょうか。
子どもたちが生まれ育った街、大切な人たちがこんな目に遭っている時、私に何ができるんでしょう。
1999年のJCO臨界事故では息を潜めて屋内退避をした仲間です。あのときは不安を共有できた友人たちだけど、今は私だけ安全なところにいて、申し訳ない。
和み画像

「発泡スチロールさんをやっつけてみた。」

「いいお顔しろって、こんな感じでちか。みなさん、うぃるちも応援してまちよ。」
あんまりなお顔だったので、せめて大きい写真にしてあげたよ。

我が家の花壇はシカさんのレストランになってます。
被害はかなりです。避難所になるべき小中学校の体育館が使える状態でなく、避難ができない状態。数日かかってようやく電気が戻りましたが、当然まだ水も出なくて、食糧も、各自家にストックがある分で何とか繋いでいるようです。
道路も、橋が落ちていたりブロックされていたり、そしてガソリンも手に入らない。どうしたらいいんでしょう。
ある友人宅では、たまたまお風呂に残っていた水を使ってトイレはしのいでいるようです。飲み水は、井戸のある家の好意でもらっているそう。中学校で配られる水の行列はものすごく、5時間並んだのに結局在庫切れになり、もらえなかった知人もいます。
こう言うときだから無理は言えないけれど、救援のヘリも物資も、皆茨城は通り越して行ってしまうのでしょうか。
子どもたちが生まれ育った街、大切な人たちがこんな目に遭っている時、私に何ができるんでしょう。
↓↓↓↓前エントリーにいただいた、ひたちなか勝田地区在住のはなさんからのコメント。↓↓↓↓↓↓↓
投稿者:はな2011/3/15 15:08
コメントが長すぎると言われたので、2つに分けてみました。今朝 やっとネットにつながりました。今、投稿を送ったと思ったら、消すをクリックしたみたいでへこんでます。
電気は日曜日の夕方来たんだけど、TVがケーブルTVからアンテナをとっているので、月曜日の昼過ぎまでTVは見えませんでした。朝、晩、30分ぐらいずつ車のTVで情報を得ていました。
うちは電波状態が悪いので部屋の中ではラジオもワンセグも入りません。
被災地には情報は届きません。TVを見ていろんなことを知ってるのは遠くの人たちです。
娘は地震の当日、卒業パーティーが水戸であるので、夕方行くところでした。お友達は、タキシードを着てポマードで頭を固めているところで被災したそうです。しばらくそのまま。普段着は崩れた部屋の奥にあったので、物資を貰いに並ぶのが恥ずかしかったそうな。
娘は、パーティーの前に学校に行く用事があったので、車で学校に送ると途中で地震に遭いました。
R245を日立方面に走っていて、ちょうど東海の原発の横のあたりで、
息子:お母さん何蛇行運転してんだよ。
娘 :Tは何で貧乏ゆすりしてんだよ。
母 :タイヤがパンクしたかな
それぞれ思いながら走ってたら、あまりにも揺れるので、地震だとわかりました。揺れが終わって運よく、(原発のすぐ脇にいるのに運よくだって)久慈川の赤い橋を渡ってなかったので、すぐに東海村の中心部のほうへ帰れました。途中、ブロック塀が壊れた家がたくさんと、道には亀裂が入ってました。
家に入ったら、本がすべて床に散らばって、食器が少し壊れてました。
水道が復旧しないから、(水戸は復旧したそうです。湊のほうは復旧しつつある見たい勝田は、浄水場がやられたので、しばらく水が来ないそうです)
ちょっと不便。
茨城県は民放がないので、情報を発信できません。NHKのしょぼい水戸放送局だけでは、全く駄目です。東京電力に被災地扱いされなかったし。
当然、援助物資もあまり来ていないみたいです。水戸がなんとかなったので、県ものんびりしてるみたいです。というか働いていたとしても情報が届かない。北のほうは結構大変みたいです。東京に近いのにすごく僻地。忘れられた地域。
ほんとは、こんなことを2度も書いていないで、避難したほうがよさそうです。またもや放射能で汚染されてます。10年ぐらいで2度も被害に遭うとは、電気代タダにしてくれ。今は高速も駄目だし、道も渋滞してるんだろうな。
私は、もう被曝してもいいけど、子供たちがかわいそうです。
せめて、風下にならなければいいんだけど、いつも風下になるんだよね。
ではまた。これから部屋の断捨離をします。
1999年のJCO臨界事故では息を潜めて屋内退避をした仲間です。あのときは不安を共有できた友人たちだけど、今は私だけ安全なところにいて、申し訳ない。
和み画像

「発泡スチロールさんをやっつけてみた。」

「いいお顔しろって、こんな感じでちか。みなさん、うぃるちも応援してまちよ。」
あんまりなお顔だったので、せめて大きい写真にしてあげたよ。

我が家の花壇はシカさんのレストランになってます。
被災地に物資が届いているのかどうかさえ・・・・・足りないという報道はあるように思います。
政府も原発の対応で右往左往だろうけれど、救援物資も忘れないで欲しいと願っています。
ガスがどうだと言っていますが
実際被害の大きかった東北地方に救援物資は行ってしまっているようです。
茨城県北部には、せめて水と食べ物を、そして最低限のガスを、と思います。
この状況で私もなんだかおかしくなってきています。急に泣き出したり、自分だけ被災しなかった事を申し訳なく思ったり。
異常な状況下で感情が制御不可になっているのでしょう。
海外にいて難を逃れた事にはきっと意味があります。海外から出来る事をするしかないんだと思います。
これから復興に向けて、長期戦を強いられるでしょう。共に頑張りましょう。
私達の家族も、多くの日本人も頑張っているんですから。
どれだけ役に立つか分からないですけど
参考になります。
SAVE IBARAKI
http://saveibaraki.at-ninja.jp/hitachinaka.html
筑波大学生が中心になって、情報を流しています。
途中の道はかなりひび割れていて、それよりもガソリンを給油しようという車の列の長さに驚きました。
水戸はほとんど普段と変わらないから橋本知事がのんびりやる気ないんじゃないかと思いました。北の方へちゃんと避難所の視察とか行ってるんでしょうか?
自衛隊の炊き出しの情報はやっと昨日NHKの画面に出ました。
自衛隊の基地がそばにあるのに後回し。子供の友達のお父さんは自衛隊員ですが、地震後一度も家に帰っていなくて、あと、2、3か月は家に帰れそうにないということです。
サンドイッチマンさんのブログを見ると「茨城県を助けてください」って書き込みがたくさんあります。
逃げられる人たちは、すでに東京や千葉に住んでいても、関西に脱出しています。
逃げようと思っても、道も混んでるしガソリンもなさげだし、ウサギさんもいるし、こうなると、福島でも茨城県でもあまり変わりがなさそうです。地震が起きてからずっと茨城と福島は国からも見放されています。
とはいうものの、水は出ないけど(今月中は無理みたい)、おなかも減ってなくて、テレビも見られて、ネットも使えて、今晩も温かい布団で寝られることに感謝です。
たった今し方,東海村の方もようやく水道が出始めたという連絡が入りました(18日午後2時).ガソリンは厳しいながらも,基本的な食べ物は手に入るという事なんですが,彼の場合,基本的な食べ物って酒の可能性が大です.すんません,同類で.
# たまには真面目なLiLA管理人より
本当に、タイミング良く石塀の近くを通り過ぎたところで幸いでした。今後もお気を付けて。
今一番シリアスなのは原発ですから、報道がそこに重点を置くのは仕方がないかと。
今必要なのは、とにかく水とガソリンとのこと。どちらも、どうしようもなく、祈ることしかできません。
どうもありがとう。この情報は心強いですね。
みんな、同じなのね。私の周りの海外在住(ネットも含め)は、皆似たような精神状態みたいです。特に東日本出身者ですね…
あの映像は、地球の裏側から見るとまるで自分の国のことだなんて信じられなくて。ショックを受けて当然なのだと思います。私たちが踏みこたえなくてはね。
neeさんのブログでの情報、とてもとてもありがたいものだと思います。
本当にもしものことがあれば福島も茨城も同じだと思います。でも、現場の人たちが命がけでがんばってくれているから、その確率は今とても低い。きっと大丈夫です。
水戸まで行くガソリンさえあれば水が使えるのに、洗濯だってできるのに、という悲痛な声を聞きます。辛いね。
ひたちなかでも、ごく部分的に水が戻ったエリア(井戸水使用)などはあるらしいのですが、なにしろガソリンがなく、自転車か歩きで移動しかないので家の近くでない限りどうしようもないのです。
でも、今日から水の配給が1人4リットルになった(昨日まで2リットル)と聞き、ほんの少し、助かるのかと想像します。でも、とてもとても十分な量ではなく。
>># たまには真面目なLiLA管理人より
え?酒が主食の真面目な管理人さん?
ひたちなかでも、ごく部分的に水が戻ったエリア(井戸水使用)などはあるらしいのですが、なにしろガソリンがなく、自転車か歩きで移動しかないので家の近くでない限りどうしようもないのです。
でも、今日から水の配給が1人4リットルになった(昨日まで2リットル)と聞き、ほんの少し、助かるのかと想像します。でも、とてもとても十分な量ではなく。
>># たまには真面目なLiLA管理人より
え?酒が主食の真面目な管理人さん?
いくら大事な事だからって、二回も言わなくていいじゃないですか。
でも自衛隊がわずかですが入ったそうです。
なんでこの町で自衛隊が入るのに茨城ではいらない?
もっと被災しているはずですよね
復旧作業は市がボランティアを募集して作業に入っています。
一番ひどいのが旭市で。次に浦安市。そして山武市。
今日知り合いの娘さんがボランティアで旭市に出かけました。
知事が声を上げてくれたおかげで、計画停電からも外されました。
どうすればとどくんだろう。
昨日の日本語クラス、奇しくも「真面目な」という新出単語が出て参りました。英語のseriousとは同じではないのでいろいろ例を出すのですが、おかげで苦労しました。
(なんのおかげかって?)
そちらも大変な思いをなさっているのですね。
茨城にも遅れたけれど多少援助が入り始めたようです。県民がかなり騒いだので少しずつ改善されてはいるんじゃないでしょうか。
とにかく水とガソリンが足りないようです。ガソリンさえあれば調達に行くこともできるのでしょうが…