小馬太郎兵衛@タコのイカ踊りぃっ!!

ブログの老後をユラユラ楽しむ悦楽ブログって言ったけどさ、もう一発くらい狙ってもいいのかな。やってもいいかな?

鹿島鉄道訪問記

2007-03-18 14:36:02 | 鉄ネタなんてどうよ?
昨日の天気の良さに誘われて、たまには出掛けてみようと思い立って、石岡まで車を走らせた。

金曜日に届いた「水曜どうでしょう」のDVDを見ていたらもう明け方(泣)。
寝て起きたらもう朝10時過ぎ。朝早く起きられたらマリンスタジアムのオープン戦にでも行こうかと考えていたのだが、朝10時じゃあそういうわけにもいかないし、だったら今SG「総理大臣杯」が行われている平和島競艇場へ出向いて、おいらが崇拝する阿波勝哉様を題材にしたカツサンド、「チルトサンド」を食いに出掛けようかどうしようか…とうだうだしているうちに逃してしまい、仕方ないので岩手県競馬の動向などを情報収集するうちに時間がどんどん過ぎて行き、出掛けようにもこの時期だからナイターもやっていないしプロレスもやっていないし、しかし出掛けたい欲は抑えきれず、ついカッとなって、今月末で廃止が決まっている鹿島鉄道へ出掛けようと決意。
鹿島鉄道へ出掛けるのなら、今日17日をもって運用を離脱する、ステンレス車以外の415系を追ってみようと思ったが、家のある八千代から常磐線筋へ出掛けるのはこの上なく面倒で、車なら柏か我孫子まで40分、昼間なら渋滞を見越して1時間を見ていれば良いが、電車で行くとなると極めて面倒で、柏まで出るのにわざわざ船橋まで出るか、いっそのこと京成で上野か日暮里まで出なければならぬ。
情報で、上野15時12分発のいわき行きが415系充当と聞いていたので、それに合わせて上野か柏まで出るのも良いが、なんとなく車の方が良さそうな気がして車で出動。車なら、電車で船橋へ出ている間に柏か我孫子まで出てしまう。

16号で大島田→船取→6国。なにげに6国の取手以北を走るのは実に久しぶり。取手まではよく走っているんだけどね。
家を出たのが2時半頃、石岡まで3時間もあれば十分かな…と思っていたのだが、16号藤ヶ谷での事故渋滞やら牛久での渋滞やらで、石岡に夕方5時半くらいに着くかどうか、かなり微妙な状態になってきた。出来ることなら石岡17時30分発の鉾田行きで、鉾田まで1往復してみたいが、石岡についても1時間待ちだと暇つぶしにも困るので、下道で行くことを諦め、桜土浦から千代田石岡まで常磐道を使用。走ると言っても2区間だから、いわゆる「特急料金」としても大した投資ではあるまい。もうちょっと早く決断していれば、圏央道つくば牛久から入れたのにね。

石岡には17時前に回り込んだ。
石岡は、駅から正面に見える道路を1㎞ほど奥に歩いた市街地が面白い。
アンティーク調とでも表現すればいいのだろうか、洋風建築の古い建物が軒を連ねて残っていて、なかなか風情があって面白い。街並みを車で走ってみたが、昔の万屋をカフェに改装したところもあり、こんな建物を愛でながらいただく珈琲の味は、また格別な物だろう。あいにく車の運転中だったため、石岡の街並みの魅力を写真でお伝えできないのが残念だ。

石岡に、今日をもって全車運用を離脱する、415系「赤電グループ」がやってきたので、記念に一枚。
「赤電」だの「中電」だの「走る居酒屋」だの「酒臭い」だの「車座の宴会」だの、あることあること言われ続けた415系赤電グループも、ひっそりと役割を終えて消えていこうとしている。その他方、明日から土浦以南で統一されるE531系のグリーン車が、未だに賛否両論の囂々たる議論が残っているのも、また事実。



さて、鹿島鉄道へでかけよう。



上り方面への階段の奥が、鹿島鉄道への乗り換え通路。



改札で立っていた車掌さん(というより特改さんと言った方がいいかも)から、土日祝日限定の「土・日・祝日一日フリーきっぷ」を求める。1100円也。これがあれば、鉾田までの片道運賃が1080円だから、鉾田まで行くだけでほぼ元が取れる計算になる。
目指す17時30分発の鉾田行きは、KR-500形、平成生まれの軽快形気動車だった。



鹿島鉄道といえば、やはり在来型の古びた気動車が売り。
今日は動いているのだろうか…?



今時、湘南形80系の流れを汲む大型2枚窓を持った車両も、かなり数を減らしてきている。できることなら、一度でもこいつ達に乗ってみたかったのだが…。

鹿島鉄道に来たのは2度目。
初めて乗ったのは9年前、1998年11月だった。柏か我孫子から「フレッシュひたち」に乗って石岡に降り立って、鹿島鉄道に乗ったのだが、この時乗ったのもKR-500形だった。対向してやってきたのがキハ600で、地団駄を踏んだ記憶が蘇る。
この時は鉾田まで乗り通して、鹿島臨海鉄道新鉾田駅まで、道に迷いながら30分近く歩いて鹿島へ抜けた。この時歩いた道をもう一度歩けと言われても、9年も前の話でもう覚えてはいないし、もう年だから、今同じルートをたどれと言われたら、迷わず新鉾田までタクシーに乗る(笑)。
この頃はまだ玉造からのジェット燃料輸送も請け負っていて、鹿島鉄道はこの貨物営業のおかげで、21世紀の御代まで生きながらえたと言っても過言ではない。この貨物営業がなかったら、20年前には廃線になっていただろう。



ここでふと一計を案じる。
同じKR-500形で鉾田まで往復してもつまならい。
この後17時46分に、途中の常陸小川までの区間列車があるので、こいつで常陸小川まで行ってみてもいいかもしれない。鉾田までは乗ったことがあるし、別に全線に乗り通す必要もあるまい。
とゆーわけで、目の前の鉾田行きを見送ってみる。



趣のある行灯式の駅名標も、どことなく寂しげだった。



36分に、常陸小川からの区間列車が石岡にやって来る算段になっている。
果たして読み通り、白とオレンジのあいつがやって来た!
キハ601キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━ !!!!!



車両交換orz…

なによ、折り返しの8分間で車両交換って…。
しかもやってきたのはまたしてもKR-500って…orz

このキハ601は、元はといえば1936年製の国鉄キハ42000の成れの果てで、御歳71歳、ゆうに古希を迎えた車両で、鉄道考古学的においても資料性が高い車。キハ601と602は、共に戦前製の気動車では唯一の生き残りである。
目の前にこの車がいるのに乗れないなんて…orz

仕方がないので、KR-500形の常陸小川行きで往復してみる。

常陸小川の待合室から改札口を俯瞰。
毛筆の案内板など、至る所に昭和の香りが漂う。
出札では硬券も売っているが、線内のきっぷは硬券で出しているかどうか不明。
記念に連絡乗車券でも買えばよかったかしら。



常陸小川からの戻りの列車は鉾田始発で混んでいた。
車内はイルミネーションが施されていた。



石岡に戻れば夕方6時半過ぎ。
元はと言えば鉾田まで一往復の予定だったから、1時間以上の時間が浮いたことになる。
この案内板の役目も、今月中には終える。



しかし…寒いな…。
腹も減ったので、ちょいと駅の隣にあった立ち食いそば屋で天そばを一杯。
味は…。キオスク系のそば屋だからこんなもんか。



時間が空いたので、またついカッとなって、勝田まで車を走らせることを決意(笑)。石岡まで来たのなら、水戸まで大した距離ではないし、水戸まで行けるのなら、勝田までなどものの距離ではない。どうせだから、茨城交通にも足を伸ばしてみようかと。

石岡から30分ほどで勝田到着。
勝田に来たのは7年ぶり。
2000年にひたちなかでファイターズ対マリーンズの試合を見た後に一度立ち寄っているので、それ以来ということになるが、いつのまにか勝田駅舎が立派な橋上駅舎になっていてびっくり。前はこぢんまりした駅舎だったのにね。
それまでにも勝田へは、知人が住んでいたこともあって何度か車を走らせている。そのたびに6国や常磐道をひた走っていたのは、若かりし頃の思い出である。
茨城交通に乗りに行ったのはいつ頃だったか。98年か99年頃に一度ある。
勝田からキハ220に揺られて、阿字ヶ浦からすぐあった水戸駅行き茨交バスで水戸へ抜けている。
うまくいけば、あの時に乗った古豪キハ22や兄弟分のキハ220に乗れるかな…と思ったら、そうはうまく行かないのが世の中。やってきたのは、これまた軽快気動車、キハ3710形だった…orz



夜中に阿字ヶ浦まで行っても仕方がないので、那珂湊まで往復してみる。



昼間なら、那珂湊から市場まで足を伸ばして海の幸を堪能してみるのも一興だが、こんな夜中ではまず飲み屋くらいしかやっていないので、付近を歩いてみて折り返す。

ついでに、今日でお別れとなるこの表示も記念に一枚。



帰りは急ぐ理由もないので、夜の6国をひた走る。
若い頃は、夜中によく6国を走っていたものだった。
6国で水戸まで行き、51号で鹿島から佐倉へ帰ってくるのが夜中の暇つぶしの定番だったが、おいらももう若くない。このルートで最後にドライブしたのは3年前。夜勤の始まる前日に、睡眠時間の調整を目的として出掛けたのが最後だ。

夜の6国を走ると、昔の若い頃を思い出す。
今でも気持ちだけは若いつもりだったんだけど…。
やっぱり年はとっているんだよねえ…。

鹿島鉄道、さようなら…。
もしかしたら、今月中にもう一度リベンジしに行くかもしれないけどさw

  
↑長々とご苦労様でした。どうせなんで押してってちょ。


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2 コメント

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Unknown (ながうち)
2007-03-19 10:40:05
昨年の勤労感謝の日に神奈川から鹿島と銚電を絡めて遊んでた人が来ましたよ。

去年の11月頃は鉄の人もちらほらで、まったりムード。クラシカルなキハ達に乗れたのは本当に良い思い出です。KRに乗ってて、玉造町で交換。対向列車が601で速攻乗り換えました。とりあえず、21世紀に床面が木の車両に乗るとは思いませんでしたw

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ああ… (小馬太郎兵衛)
2007-03-19 11:03:06
余計リベンジをしたくなりましたw
朝方に行けば在来型も動いているかしら…?

でも、土曜休日は鉄ヲタ様で満員御礼ですし…。
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