第9章 キーホーは夢を見ました。 キーホーは、ふわふわと夢の世界を漂います。 ・・・・・・・・・・・・ゆめ・・・・・・・・・・・・ ( 地面から立ちのぼる不思議の煙に包まれて、その午後の世界の中の僕は、とっても宇宙的でした。 内宇宙での空は死人の目の様に澱んでいましたし、ホルマリンの中を歩いてる様で、街の景色も、なんだか巨大な死骸を連想させる奇妙なフラスコ空間な午後でした。 僕は地面から3㎝くらい浮遊して、まあ空中を歩いていました。 通り過ぎる人々は決まって昆虫採集用の捕獲網を被って、柄の部分をカラカラと引き摺っていました。 それは流行なんです。 でも僕は流行は嫌いなんです。 だから、ほら、今の大学生達が皆、熱狂している柱時計ファッションなんて身震いしちゃうのです。 馬鹿みたいに身体中に柱時計を、くっつけて、そんなぁ事じゃぁ、ろくな理念は持てないのですよ。 ああいうものは独自性が売りものなんです。 流行するこたぁないです。 価値を擦り減らすだけなんです。 僕は灰色の乳首の突起が浮き出るポロシャツに、水色の先の細いコットンパンツに真っ黒い運動靴を履き、自慢の赤毛をなびかせながら、しゃっくりをしました。 でも、しゃっくりは止まりません。 僕は高い赤煉瓦の壁に囲われた、この細くて白い坂道を登りきるまで、しゃっくりを終える事が出来ませんでした。 しゃっくりは何故、坂の上で止まったのでしょうか。 それは坂の頂きに非常に衝撃的な建物を発見したからなのでした。 その建物は性器の形をしていました。 そして、その建物は、僕、いや、僕らの全然知らない色で塗られていたのです。 地球上に今まで存在しなかった、誰も知らない色で。 僕は性器の建物に知らず知らず引きつけられ、ついには、ノブに手を掛けていたのでした。 ドアーの色は僕の知ってる色でした。 まっ赤。 そして、赤いドアーの上半分に「珍品屋」と大きく緑で描かれたシールが、ナメクジのように、突然に貼り付いているのに気づきました。 静かに、僕はドアーを開きました。 店の中では、いかにも使い古された自分を誇示するかのように、壁や床や天井達が、ふんぞり返って重みのある油の臭いを放っておりました。 はにかみながらも僕は蜂の巣の様な陳列棚を、ひとつ、ひとつ丁寧に覗いていきました。 マスクをした金の鳥籠。 知識の一杯詰まったフラスコ。 向こう側が透けて見える鏡。 目に見えぬ絵画の数々。 詩で、できたコーヒー。 コーヒーで、できた詩。 元気の良い蝉の抜け殻。 本物の糞。 ∞∞∞etc。 静かな雲の流れのようにボレロが聞こえてきました。 タッタカタ、タッタカタ、タッタカタ、タッタカタ、タッタカタ、タタタタタタ。 青い棚の中に、美しい入れ目がありました。 僕と目が合うと入れ目は、剃刀で角膜を削りました。 自分を傷つけて人を喜ばせようとする、あまりの涙ぐましさに僕は耐えられません。 僕は入れ目の瞳孔に優しく接吻すると、そそくさと陳列棚を離れました。 一瞬、若干、瞳孔が小さくなった様でした。 店の片隅で黒いショールを羽織ったカラス達が、何やらパントマイムを演じているのがチラッと見えました。 白い絨毯を響き渡るボレロの流れに従って進んでゆくと、大きなピンク色の指が、ありました。 小指でした。 タッタカタ、タッタカタ。 でも、近くで、よく見ると、違いました。 タッタカタ、タッタカタ。 それは、ピンク色のゴミ箱だったのです。 タッタカタ、タッタカタ。 ・・・・ムニャ。むにゃ。 ~ )
|