「ユジン、外島を案内するよ」
チュンサンはユジンの手を取ると、外に連れ出した。ソウルより南に位置しているとはいえ、そろそろ外島にも夕闇が迫っていた。そしてあんなにいた観光客はほとんど船の最終便で帰ってしまい、島は静寂に包まれていた。
チュンサンはユジンを連れて、不可能の家をぐるりと周り、1か所1か所を心の目で丁寧に解説して回った。ユジンは時折涙ぐみながらも、嬉しそうにうなずきながら、チュンサンの言葉を静かに聞いていた。そして、家の細部のひとつひとつを大切な宝物のように触れていった。
「ユジン、泣いてるの?」
「だって、私が考えた家を、あなたがもっと素晴らしいものにしてくれて、本当に建ててくれたんだもの。チュンサン、本当にありがとう。」
ユジンはそういうと、あらためて大粒の涙を流すのだった。家の真正面にはバッキンガム宮殿の庭園をモチーフにした庭が広がっており、その向こうには海が輝いている。遠くに漁船がのんびりと走っているのが見えた。まだ3月なので、花々の開花は今一つだったが、4月になれば色とりどりの花が咲き乱れて、華やかな風景が広がるだろう。ユジンはあまりのうつくしさに見とれてしまった。
もう少し山の方に登ってみると、突然道が開けて、また違う庭園が現れた。そこにはチューリップやケシの花がたくさん植えられており、そろそろチューリップは開き始めていた。ユジンはチュンサンの手をそっと離すと、色とりどりのチューリップの前に行って歓声を上げた。一方、急に一人にされたチュンサンは
「ユジン、どこに行くの?」
と不安そうに声を上げた。ユジンは急いでチュンサンの元に戻ってまた手をつなぐと、今度は一緒に花の前までやってきた。
「ほら、とってもいいにおいでしょ?」
チュンサンは胸いっぱいに空気を吸うと
「ほんとだ。春のにおいがする」
と満面の笑みで言った。
その後、ふたりはユジンが歩いてきた「蛇ブロード」と呼ばれる竹林を歩き始めた。ここは竹と椿がトンネルのように生い茂っており、風で揺らぐ竹がさわさわと音を立てて心地よいのだった。夕方の柔らかい日差しが二人の顔に影の陰影を作った。
「顔があたたかいな」
チュンサンは顔に触れて日差しのぬくもりを楽しんだ。微笑み合う2人を風と竹林のささやきが優しく包み込んだ。
「ユジン、この道の名前を知ってる?」
海まで続く階段の道は、オレンジなどの柑橘系の木と桑の木が道を取り囲むようにびっしりと植えられており、そのうっそうとした神秘的な雰囲気は、独特な雰囲気を放っていた。そして上を見上げると、左右の木々の隙間がちょうど真っ二つに分かれており、隙間から覗く青空は、絵画を切り取ったように鮮やかな青だった。
「今、どこにいるかわかるの?」
「うん、だっていろんな植物のにおいがするんだ。ここには海外から持ってきた希少植物が植わっていて、複雑ないいにおいがするんだよ」
「本当?どれどれ、う~んそうかしら?」
「あはは、ユジンは正直だな。僕は目が見えなくなってから、嗅覚が鋭くなったんだ。だから今僕たちが『天国の階段』にいるのが分かるよ」
「天国の階段?素敵な名前ね、、、」
ユジンはしみじみとその名をつぶやきながら、チュンサンの手を取って、ゆっくりと歩き始めるのだった。確かに緑のトンネルの向こうは、宝石のような海が煌めいていて、さながら天国の入り口に立っているような気分になるのだった。
やがて二人は島をゆっくりと散歩した後、一軒の家の前にやってきた。
「ユジン、今からとっておきのものを見せてあげる。さあ入ってみて。」
そういうと、今度はチュンサンがユジンの手を引いて一軒の家に入っていった。