一条きらら 近況

【 近況&身辺雑記 】

困惑の配送&設置業者

2024年12月01日 | 最近のできごと
 新しいテレビの配送と設置の日、業者から時間の確認の電話がかかってきた。
 配送の日にちと、3時間の幅の時刻は指定してあるが、他の家を回った後の正確な時間を伝えて来たのだ。
 やがて、その時刻に、エントランスのインターフォン。リビングの壁の小さなモニター画面に、作業服を着た業者の顔と姿が映り、解錠ボタンを押す。
 少ししてから玄関に降り、通路に面したポーチの扉を開けたままにして、そこで待つ。
 エレベーターの到着の合図音がして、通路に出ると、中年に見える長身の業者と挨拶を交わした。
 業者は、まだテレビの段ボール箱を持っていない。エアコンやベッドなど大型の家電製品や家具は、商品を運んで設置する前に、どの部屋のどの場所かを見て確認するのは、どの業者も同じだった。
 廊下からリビングに入り、ここです、同じ所にとテレビを指さした。
「はい、わかりました」
「設置の作業のスペース、大丈夫ですか?」
 業者に必ず聞く言葉だが、いろいろな物の片付けは、いつも手間と時間がかかる。ソファは動かせないが、センターテーブルや、小さなチェストや、テーブル付きマガジンラックや他の物などを窓際に寄せておいたり、写真やその他、見られたくない物を他の部屋へ一時置きしたり。
「大丈夫です」
 業者が答え、テレビの背後のコンセントのコードを、すべてはずし、シアタースタンドの上からテレビをゆっくり下ろして床に置く。
 私は除菌ティッシュとウエスでシアタースタンドの上の埃を拭いた。ふだんからマメに拭いていたが、後ろ側の拭きにくい場所は埃が少し残っていた。
 業者が出て行き、しばらくして、新しいテレビの段ボールを運んで来た。
 その箱は予想以上に大きかったので、
「ずいぶん大きな段ボール」
 と、思わず言ったら、
「55インチは結構大きいですよ。店で見るより」
 段ボールの箱を開けながら、業者はチラッとシアタースタンドへ眼をやって、「乗るかな」と、一人言のように呟いた。乗るとは、乗せる、置くという意味。
 テレビと付属の4K用ケーブルなど、すべて段ボールから取り出した業者が、「乗るかな」とまた呟き、立ったままシアタースタンドを見て困惑したような顔付きになった。
「駄目です。乗りませんね」
「えええええっ!」
「乗りません」
「ギリギリでも」
「ギリギリでも駄目ですね」
 乗せてみましょうか、とでも言うように、業者が新しいテレビをシアタースタンドの上に乗せかけてみせた。
「あら、ほんと!」
 古いテレビは中央に支える部分があった。新しいテレビも同じとばかり思い込んでいたのである。
 けれど、新しいテレビは支える部分が、中央ではなく、テレビの左右の側面の真下に付いているのである。シアタースタンドの幅が、わずかに足りないのだった。
「ここのこと、何て言うんですか?」
 支えの部分を指さして聞く。
「アシです」
 業者が答えた。足か脚ということらしい。
「お店で買う時、中央に脚があると思い込んでたわ。モニター画面ばかり気にして見ていて、その脚は全然、見なかったわ」
「普通、見ませんよね」
 業者が言った。
(だからなのね!)
 購入した時のことを思い出し、納得した。店員が、私が以前購入したシアタースタンドの幅のサイズと、55インチの脚の幅のサイズをパソコンで確認して戻って来た時、私は55インチのテレビの幅のほうが大きいから何センチはみ出るかと真っ先に質問したのはモニター画面のことだった。脚のことなど全く念頭になかったからである。
 その質問に答えた後、あの好感の持てる店員さんは、
「ギリギリ乗るかもしれませんね。もし乗らなかったら、50インチのと交換すればいいですね」
 と言ったのである。
 確かに、シアタースタンドの上に、まるで乗らないわけではなく、あと数センチという感じだった。
 つまり、ギリギリ乗るかもしれないということではなく、ギリギリ乗らないかもしれないということだったのである。
 そう気づいて、内心、クスクス笑ってしまいたくなった。店員さんは、多分乗らないとわかっていたのかもしれないが、私があまりにもそのサイズのテレビを欲しい欲しいとはしゃいでいるので、つい、水を差したくないとでもいうような気分だったように想像された。乗らなければ50インチのテレビと交換すればいいのだと。
 けれど私は、大丈夫よ、ちゃんとシアタースタンドの上に置けるわと100パーセント思い込んでいたため、
「ギリギリ乗るかもしれませんね。もし乗らなかったら、50インチのと交換すればいいですね」
 という店員さんの言葉が、ちょっぴり蛇足のように感じられてしまったことも思い出した。脳天気な私である。
「どうしようかな、段ボール開けちゃったし、どうしようかな」
 業者が困惑したように繰り返している。どうしようという言葉を繰り返す業者が、不思議な気がした。新しいテレビを持ち帰ればいいのだ。後日、店で買い直しの精算をして、配送日を決め、50インチのテレビを設置してもらえばいいだけなのだと思ったが、あえて言わなかった。
 店で買い直しの精算は経験がある。その家電量販店に入っている〈○○工房〉という店でカーテンを購入した時、帰りの電車の中で気が変わって、翌日、店舗に電話し、レースのミラー・カーテンはあの商品を買うが、厚地のリバーシブル・カーテンのほうはやめて選び直すと伝えた。オーダーカーテンなので、商品はまだ配送されていないし、作製もまだの時だった。翌日、店舗へ行き、再度、カタログから写真とサンプル布を見て選び直した後、買い直しの精算をした。
 どうしようかと迷う言葉を繰り返していた業者が、思いがけない説明を始めた。
「一度、開けた段ボールに、このテレビを入れて車で運ぶと、小さな傷が付くことがあって、そうすると、うちの会社が弁償しなくちゃならないんですよ」
「車で運ぶと小さな傷が付く?」
「付きます、車は揺れるから」
「経験あるんですか?」
「あります。そしたら工場へ返す時、うちの会社が弁償しなくちゃならないんです」
「そうなんですか。知らなかったわ」
「困ったな、どうしようかな」
「50インチのなら、乗りますよね」
「乗ります」
「最初は50インチのほうを買うつもりだったんですけど、55インチのを見たら買いたくなって、販売の店員さんがシアタースタンドの幅をパソコンで調べて、ギリギリ乗るかもしれないけど、もし乗らなかったら、50インチのテレビと交換すればいいですねって言ったんです」
 その私の言葉に、業者はええっと驚き、顔色を変えた。
「何だ、それじゃメッセージに一言書いてくれたら良かったんだ! 何も書いてない! Yなんか細か~くメッセージに書いてくれますよ、だからBは駄目なんだ!」
 もう激怒と言っていいくらいの怒りようである。怒っているのは店に対してで、私にではないが、まるで私に怒っているように感じられるほど、その業者が急に怖くなった。
「Bでは買わないほうがいいですよ、BよりYのほうがいいですよ。レシート、ありますか?」
 私はレシートを持って来て、業者に渡した。
 業者はポケットからスマホを取り出し、レシートを見ながら新宿の家電量販店Bへ電話した。
 それから延々と、業者は憤慨と攻撃的な口調で、レシートに記載のレジ担当者や、販売の店員や、自分の会社の上司と、何度も電話のやり取りを続けた。箱から開けちゃったという言葉を繰り返しながらだった。
 私の精神状態は、もう息苦しさを覚えそうなほど疲弊して、何でもいいから早く、新しいテレビを持って業者に部屋から出て行って欲しかった。
 時計を見ると、1時間以上、経っている。
 友人でもなく肉親でもなく知人でもなく、赤の他人の業者が、私の部屋に長時間いることに耐えられないのだった。
 リビングの床に置かれた新しいテレビと古いテレビと大きな段ボールを眼にすると、つくづく嫌気がさし、その業者への不信と嫌悪に近い感情に襲われた。一体、いつまでそれらを、置いたままにしておくつもりなのかと。
(窓を開けておいて良かった)
 ふと、そう思ったのは、呼吸困難という言葉が浮かぶほど、自分の精神状態が不安になったからだった。
 延々と、呆れるほど長時間、電話のやり取りを繰り返していた業者が電話を切って、またBに電話をかけて話し始めた。
 それは比較的短かったが、電話を切ると、「店長……」と吐き捨てるように軽蔑したように言い、すぐに、「責任者」と、同じ吐き捨てるような口調で呟いた。
 その時、固定電話がかかって来た。隣の部屋へ行き、電話に出ると、販売を担当した店員からで明るく爽やかな声と口調だった。私の名前を確認する言葉を耳にした瞬間、私の心は温かなさざ波に包まれた。
「テレビ、ちゃんと交換しますから。精算する必要があるので、都合の良い日にまた店に来て下さい。大丈夫ですから、ちゃんと交換しますからね」
 その言葉を聞いたとたん、安堵の波が押し寄せてきた。今、業者といて困っていることを見透かしているようにも感じられた。それは本当に深くもあり温かくもある安堵の波で包み込まれたような感覚だった。
 電話を終えてリビングに戻ると、
「Bからですか?」
 業者が聞いた。
「はい。交換するって」
「ちょっと車の所に行って来ますから」
 と業者が言い、「すみません、またエントランスお願いします」
「はい」
 業者が出て行くと、窓辺へ行き、深呼吸した。その時、販売を担当した店員は、業者が吐き捨てるように言った店長だったと気がついた。
 10分くらい経って、またインターフォン。
 戻って来た業者は、新しいテレビを段ボールに入れて持ち運んで帰るかと思ったら、立ったまま、まだB店への非難を口にし始めたので、サイコパスという言葉が浮かんだほどだった。
「それで話はつきました?」
 私は聞いた。
「今、上司とBで話し合ってる」
 業者が答えた。
「半年前、洗濯機を買った時、今まで8キロだったのを10キロに買い換えたのだけど、その時店員さんから洗濯パンのサイズ、奥行きが今より5センチのスペースの余裕がないと置けないと言われて、見積もりを提案されたけど、多分置けると思って購入したら、帰宅して見てみると少しは空いてるけど5センチあるかどうか、後ろだから測れなくて、置けなかったらどうしようって配送の前日は寝付けなかった、置けて良かったわって業者さんに言ったら、設置前に必ずチェックしますから、段ボールの箱開けちゃうと工場に返品できないんですよ、だから段ボール開ける前に、必ずチェックしますって言ってたわ」
 そう言うと、業者は、「ああ」と急に元気のない声で呟き、ようやく自分の過失に気がついたように、新しいテレビを段ボールに詰め始めた。
 それから古いテレビを元どおりにシアタースタンドの上に置き、電源コードを接続した後、ようやく新しいテレビの段ボールをかかえてリビングを出ると、廊下を歩きながら、
「また、ぼくが来ますよ」
 と言ったが、私は無言だった。
 玄関では、「ご苦労様」と言ったけれど。
(ああ、疲れた~)
 リビングに戻って、時計を見ると精神衛生に悪いから、時刻を知るのはやめた。多分、1時間半か2時間近く経っていた。
 その夜、思い返してみて、私は自分の神経が細く、精神が虚弱なのだと、あらためて思い、息苦しさのあまり呼吸困難にならなくて良かったと、つくづく思った。   〔続く〕