
原田泰治は3月2日享年81歳で亡くなりました。長野県出身の画家です。私は四季折々、全国津々浦々のふる里を描き続けた絵画が好きでした。彼の絵は見て心楽しくなる画風です。長野県諏訪市には原田泰治美術館があります。日本の素朴な風景画が展示されています。
「舟屋」
口語短歌
「山迫り 海にはさまれ 舟屋こそ 水に浮かぶは 生活の知恵」

1989年8月
京都府の伊根の港は、波の荒い日本海には珍しく舟屋があります。舟に乗って海から見る舟屋は、海に浮かんでいるように見えます。舟屋は舟を格納する建物で、漁具や漁網が干してあります。山が迫り、海にはさまれた人々が生活の中からでた知恵で舟屋ができたのでしょう。(原田泰治)
「夕涼み」
口語短歌
「暑い日中 うそのような 夕暮時 涼をもとめて 語らいの輪が」

1987年8月
暑い日中がうそのような夕暮れ、人々は川べりに集まってきます。釣り糸をたらす人、ゆかた姿の子供達、川の流れがいっそう涼しさを増します。人々の楽しそうな語らいの輪が広がります。(原田泰治)
「夏の昼下がり」
口語短歌
「声ひそめ 遊ぶ子供の 思いやり 気遣いこそが 昼寝する人へ」

1984年8月
夏の田舎の昼下がりはとても静かです。お昼ごはんを食べたあと昼寝をしているからです。朝早くから農作業に精を出す人々にとって、大切なひと時で、子供達もそれをちゃんと知っています。だからかぼちゃの花が咲く池の周りで声をひそめ遊ぶのです。(原田泰治)
「ニッコウキスゲ」
口語短歌
「霧ヶ峰 高原に咲く ニッコウキスゲ 短い夏の 終わりを告げる」

1985年8月
霧が峰高原(長野県諏訪)の夏は、ニッコウキスゲが咲き誇ります。その様子は黄褐色の絨毯を敷き詰めたようです。短い夏を惜しむかのように、色とりどりのハイカーが高原の細い道を歩いています。やがてニッコウキスゲが散り始めると、霧が峰高原は秋に包まれます。(原田泰治)

「ふるさと」をテーマに、自然の中で慎ましやかに暮らす人びとや農村風景を愛情込めて描き続けた画家、原田泰治(はらだ たいじ)。
1940(昭和15)年4月29日、長野県諏訪市で生まれた泰治は1歳のとき小児マヒを患い、両足が不自由となる。4歳のとき、まったく農業の経験のない父が泰治を自然の中で育てたいと思い、一家で伊賀良村(現長野県飯田市)に開拓農民として入植し伊賀良村で中学校までの10年間を過ごしたのである。
1963年に武蔵野美術短大を卒業後、伯父の経営するアートスタジオでデザインを学び、1965年頃から少年時代を過ごした伊賀良村の思い出を描き始める。
1982(昭和57)年4月から127週(2年半)にわたり、朝日新聞日曜版に“日本のふるさと”をテーマとした絵と文による「原田泰治の世界」を連載して好評を博した。
参照
https://taiziharada.jp/