恋、ときどき晴れ

主に『吉祥寺恋色デイズ』の茶倉譲二の妄想小説

話数が多くなった小説は順次、インデックスにまとめてます。

小説を検索しやすくするためインデックスを作りました

インデックス 茶倉譲二ルート…茶倉譲二の小説の検索用インデックス。

インデックス ハルルートの譲二…ハルくんルートの茶倉譲二の小説の検索のためのインデックス。

手書きイラスト インデックス…自分で描いた乙女ゲームキャラのイラスト記事


他にも順次インデックスを作ってます。インデックスで探してみてね。



サイトマップ






人気ブログランキングへ

秘密

2014-11-05 09:03:59 | ハル君ルートで茶倉譲二

ハルルートの譲二さんの話の続編
『それぞれの道』~その6~その10でヒロインと別れた後、七年経ってクロフネに帰って来た譲二さんの話。
☆☆☆☆☆

秘密~その1
〈譲二〉
 突然美緒が、一人でクロフネにやって来た。

美緒「こんばんは…」

 ハル以外のメンバーが集まっているときだったから、みんな口々に心配する。

竜蔵「おっ、美緒じゃねーか!珍しいな!」

理人「あれ?ハル君は?」

美緒「それが…」

剛史「ケンカか?」

一護「ケンカだな」

美緒「なんでわかるの?」

理人「だっていっつも2人一組って感じでしょ」

一護「ハルの奴が、この時間にお前を1人で歩かせるわけねーし」

美緒「うん…家にいるのが気まずくて、出てきちゃって」

譲二「じゃあ、今日どうするの?」

美緒「まだ何も考えてないです。ついここに来ちゃったから」

理人「それなら、僕のうちに泊っちゃえば」

 りっちゃんが明るく言う。

竜蔵「なにいってんだよ。だめに決まってんだろ!」

剛史「ばあちゃんが喜ぶ」

 ポツリと呟いたタケの言葉に一護が噛み付く。

一護「なんでお前ンチに泊まる流れになってんだよ。
うちは俺以外に誰もいねーし、気遣う必要ねーから、うちに来いよ」

理人「いっちゃん、やらしー。絶対何かしようとしてるでしょ」

一護「してねーよ!」

美緒「みんなありがとう。でもそんな迷惑かけるわけには」

 みんなが口々に自分の家に泊まれといっているので、俺も思い切って言ってみた。

譲二「美緒ちゃんの部屋、まだそのままにしてあるよ。
今日はここに泊まったら?」

美緒「えっ、いいんですか?」

譲二「美緒ちゃんなら、いつでも大歓迎だよ。」

美緒「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

(やったー!)

 素直に嬉しい。

 顔がニヤケそうになるのを必死で誤魔化す。

理人「マスターって、いつも大人の余裕で、そうやって美緒ちゃんをさらっていくよね」

譲二「コラ、変なこと言わないの。」

一護「で、なんでケンカしたんだよ」

美緒「それが…」

 美緒はみんなに聞かれて、ハルと喧嘩してしまった経緯を話した。

 最近相談を受けるようになったクライアントの女性がハルを気に入って、つきまとっているということだった。

 依頼内容は離婚の調停なのだが、その女性は精神的にも不安定な状態で、何かというとハルに電話をかけてくるという。

 ひどい時には夜中の1時や2時にかけて来て、40分から1時間も話し続ける。

 嫉妬からだけでなく、美緒はハルの体を心配して色々言ったのが、口論になってしまったそうだ。
 その上、美緒の留守にその女性がとうとう家にまで押し掛けて来て、応対していたハルに抱きついてしまったらしい。

 その場面を偶然見た美緒はとうとうヒステリー状態になった。

 しかし、ハルはクライアントを優先して、その女性を家族に引き渡しに行ってしまったそうだ。

 それで、美緒は発作的に家を飛び出して来たらしい。

竜蔵「ハルらしいな」

一護「あいつ、くそ真面目だからな」

剛史「でも、それで救われた奴がいるのも事実」

理人「今のハル君は仕事を完璧にこなそうと一生懸命になりすぎているんじゃない?」

一護「真面目すぎんだよ。そこまで、クライアントのことを引き受ける必要なんてねーのに」

美緒「私、どうすればいいのかな」

竜蔵「美緒が言ったことは間違いじゃないぞ」

理人「美緒ちゃんはハル君のことを信じて待っていればいいんじゃない?」

剛史「お前は間違ってない。春樹も間違ってない」

美緒「実は今回のことだけじゃないんだ…。
2週間前にイギリスから私の両親が一時帰国した時に、ハル君も挨拶がてら食事をすることになっていたんだけど…。
両親に会う直前にクライアントから電話がかかって来て、どうしてもその日に話を聞いて欲しいということで、ハル君はでかけたの。
直ぐ帰るということだったのに、戻って来ないし、電話も通じないし、お父さんたちは会えないまま出国してしまったんだけど…。
その時のクライアントというのも今回の女性で、ハル君は話を切り上げようとしても話すのをやめてくれなかったらしいんだ。
午後の3時くらいから夜の9時近くまで。」

譲二「それはかなり病的な人だな…」

竜蔵「そういうおかしいのが時々いるからな」

一護「ハルはそんなのにも真面目に応対しちまうから…」

剛史「夜中じゅう、その女に付き合わされたりして…」

美緒「…」

譲二「タケ、そんなこと言ったら美緒ちゃんがますます不安になるだろ?」

理人「ハル君は大丈夫だよ。美緒ちゃんに首ったけだからね」




 結局、美緒はクロフネに泊まることになった。

☆☆☆☆☆

秘密~その2
〈譲二〉
 結局、美緒はクロフネに泊まることになった。

 久しぶりに美緒がいる(例えドアを二つ挟んでいたとしても)というのは、純粋に嬉しかった。

 俺は美緒が快適に過ごせるよう、出来るだけのことをした。

譲二「美緒ちゃん、部屋に風を入れて、シーツと枕カバーも新しいのに替えておいたよ」

美緒「マスター、ありがとうございます。
急にお世話になることになって、ごめんなさい」

譲二「クロフネは美緒ちゃんの実家みたいなものだからね。
美緒ちゃんの部屋は好きに使ってくれていいんだよ。
俺も美緒ちゃんの部屋だけは掃除と風通し以外では入らないようにしてるから」

美緒「マスター…」

 辛そうな美緒の肩を抱き寄せて、頭をよしよしする。

 そう、あくまでも保護者として…。

譲二「ハルが美緒ちゃんを裏切るわけはないだろ?
そんなこと美緒ちゃんが一番よくわかっているはずじゃないか」

美緒「うん…。でも、あのクライアントの女の人がハル君に抱きついていた姿がどうしても目の前から消えないの」

 肩を抱く腕に力が入りそうなのを、必死でとどめた。

譲二「ハルに電話はしたの?」

美緒「何回もしたけど、つながらなくて…」

譲二「さあ、もう寝なさい。
明日になれば、きっとハルとも連絡がつくだろうし、ゆっくり休めばもっとポジティブに考えられるようになるよ」

 美緒はうんうんと黙って頷いた。

譲二「パジャマはあるの?」

美緒「最低限の着替えは鞄につめて持って来たから…」

譲二「そう。じゃあ、もう部屋に行って休んだら。
今日は疲れたでしょ?
そうだ、ホットミルクを作って部屋に持って行ってあげるよ。」

美緒「ありがとうございます。
でも、できたらラム酒入りのエッグノッグが飲みたいです。
それで…、あのペアのマグカップに入れてもらってもいいですか?
それとも、もう捨ててしまった?」

譲二「いや、ちゃんと置いてあるよ。でも、どうして?」

美緒「あのマグカップは大好きだから。
なんだかあれで飲みたくなって…。
ラム酒も少し多めでね。」

譲二「わかった。…俺も一緒に飲んでいい?」

美緒「ええ、…いいですよ。1人で飲むのは辛いから…」



 食器戸棚の奥から、ペアのマグカップを出して洗った。

 もう一度、このマグカップを使う日が来るとは…。

 エッグノッグを作り、ラム酒を大目に入れる。


 ノックして美緒の部屋に入った。

 驚いたことにもうパジャマに着替えてベッドに入っていた。

譲二「あ、ごめん。もう寝てたの?」

美緒「いいえ。ちょっと横になっていただけ。
ありがとうございます。」

 美緒がベッドから起き上がる。

 俺は美緒のマグカップを机の上に置いた。

譲二「美緒ちゃんのエッグノッグ、ここに置いとくね。」

美緒「譲二さんは?」

譲二「俺は…自分の部屋でエッグノッグを飲むよ。
パジャマ姿の女性と2人で過ごすわけにはいかないからね。」

 そのとたん、美緒の顔がくしゃくしゃに崩れた。

美緒「…いかないで…。1人にしないで…」

 もうダメだ。

 泣きじゃくる美緒を抱きしめて俺は覚悟を決めた。

 たとえ、どうなったとしても今夜の彼女を一人にはしない。

 できることなら彼女の気持ちを慰めたい。

 俺は深呼吸をして言った。

譲二「それじゃあ。一緒に飲もう。」

 美緒はベッドにちょこんと座っている。

 俺は机から椅子を引き出して座った。

美緒「ラム酒がかなり入ってるね」

譲二「少し入れすぎた? 俺にはちょうどいいくらいだから」

美緒「ううん。大丈夫」

譲二「お酒強くなったね」

美緒「そうかな?」

譲二「前はこんなに入れたら苦いって飲めなかったよ」

 言葉が途切れる。


 この7年間、ずっと求め続けて来た愛する人が直ぐ手の届くところにいる。

譲二「美緒…」

 俺は美緒の隣に座ると彼女を抱き寄せた。

 美緒は俺に抱き寄せられるままになっている。

 俺は意を決して美緒の唇にキスを落とした。

 軽いキスは繰り返すうちにだんだん激しいものになっていく…。


 ひとたび身体に火がつくと、以前身体の関係があったもの同士が一線を超えるのは、なんとハードルが低いのだろう。


 キスしながら、俺は自分が抑えられず、美緒の素肌に手を入れ愛撫した。

 美緒もなすがままになっている。

譲二「美緒…、俺の部屋に行こう?」

美緒「…うん」

 俺は美緒を抱き上げると自分の部屋に入り、ベッドの上に下ろした。

 頭の中では、「かなりまずいぞ」と思いながら、美緒の素肌を晒して行く。

 彼女は美しかった。

 俺の思い出の中よりもずっと…。

 俺は美緒の身体の隅々まで知っている。

 どこが一番感じるのか、どんな風に愛撫されるのが好きなのか…。

 そして、美緒もまた俺のことを良く知っていた。

 俺を悦ばせるように愛してくれた。

 俺は「美緒、愛してる」と繰り返し囁いた。

 そして、美緒は俺の名前を何度も呼んでくれた。

 もちろん、彼女を愛しながら、美緒が抱いて欲しいと思っているのは俺ではなくハルなのだと言うことは理解していた。

 2人で果てた後、美緒の顔を見るとやはり涙を流していた。

 彼女の涙にそっと口づける。

譲二「ごめん。どうしても抑えることができなくて…」

美緒「いいの…。譲二さんと再会してから、私の身体はあなたを求めていたみたいだから…。
こんなにハル君のことが好きなのに…。私って変」

 最後は小さく呟いた。

譲二「美緒が抱いて欲しいなら俺はいつでも抱いてあげるけど…って、シャレにならないな…」

譲二「俺たち…、身体の相性だけはいいみたいだね。」

美緒「身体の相性なんて、あるのかな…。
私にとっては譲二さんが初めての人だから」

譲二「そっか…そうだね。
俺は2度もハルから君を奪ってしまったんだね…。」

 本当はこのまま美緒を自分のものにしてしまいたかった。

 でも、美緒は?

 もしかして、この機会に俺を選んでくれるだろうか?


☆☆☆☆☆

秘密~その3
〈譲二〉
譲二「美緒はどうしたいの?
 ハルと別れるつもりなんかないんだろう?」

 俺とやり直してもいい…そんな言葉が彼女の口からこぼれたら…。

美緒「ハル君とは絶対別れたくない!
それなのに、私、なんてことをしてしまったんだろう」

 美緒の顔は青ざめている。

 俺は落胆を隠して、安心させるように美緒を抱きしめた。

譲二「大丈夫だよ。
いいかい、今夜のことは2人だけの秘密だ。
ハルに疑われても、絶対に告白してはいけない。
例えバレても、決して認めてはいけないよ。」

美緒「そんなこと、できるかな?」

譲二「できるかな、じゃなくて、やらなきゃダメだ。
男は強そうで脆いものだから、恋人が他の男に抱かれたなんて知ったら、心が折れてしまう…。
ハルをそんな目に合わせたくないだろ?」

美緒「…私は…譲二さんをそういう辛い目に遭わせてしまったんだね…」

譲二「俺のことはどうでもいい!
どうでもいいんだ…。
美緒が幸せになることが一番大事なんだから…」

 俺は起き上がると脱ぎ散らかした美緒のパジャマと下着を集めた。

譲二「ほら、これを持ってシャワーを浴びて来なさい。
いつもの所にタオルとバスタオルは置いてある。
本当は一緒に浴びたいところだけど、それはハルの特権だからね。」

美緒「…」

譲二「今の、笑うところだったんだけど…。」

美緒「ごめんなさい」

譲二「謝られると調子が狂うなぁ…。
それで、シャワーが終わったら声だけかけてね。
それで美緒ちゃんは自分の部屋に入って眠りなさい」

美緒「1人で?」

譲二「もちろんだろ。
きっとぐっすり眠れる。
朝になったら、今夜のことはすべて忘れるんだ…。
分かったね」

 美緒の唇に軽いキスをして、階下へ追いやった。



 とうとう手を出してしまった。

 れっきとした他人の婚約者に…。

 でも、これは隠し通さなくてはならない。

 今夜はもう少し酒が飲みたい。


〈美緒〉
 朝目覚めると、ハル君からのメールと着信が何件もあった。

 私はそれに気づかないままぐっすりと眠っていたのだ。

 メールを確認していると、ハル君から電話がかかった。

春樹「もしもし美緒?」

美緒「ハル君! ごめんなさい。
勝手に出て来てしまって…」

春樹「俺も悪かった。
美緒を不安にさせるようなことばかりしてしまって…」

美緒「私、昨夜はクロフネで泊めてもらったの。」

春樹「ああ、知っているよ。
一護たちから教えてもらった。
それで、今クロフネの前にいるんだ。
迎えに行ってもいい?」

 私は窓を開けて見下ろした。

 ハル君が携帯を耳に手を振ってくれている。

美緒「すぐ着替えて降りるから、ハル君も入って来て」

春樹「わかった」



 私が慌てて着替えて降りて行くと、譲二さんは朝食をテーブルに並べているところだった。

譲二「おはよう。美緒ちゃん。よく眠れた?」

 昨夜のことなどまるでなかったように、にこやかに挨拶してくれる。

譲二「ハルが迎えに来てくれているよ」

春樹「美緒! ごめんな。一緒に帰ろう」

 2人で見つめ合う。

 大好きなハル君…。

 すぐにでも抱きしめたい…。

 軽い咳払いがする。

譲二「お2人さん、熱いのはいいけど、俺が席を外してからにしてくれる?」

美緒「あ、ごめんなさい」

春樹「すみません」

譲二「えっと…、ハルはもう食べて来てるの?」

春樹「いいえ、起きて直ぐに来たもので、何も食べてません。」

譲二「じゃあ、ちょうど2人分の用意ができてるから、美緒ちゃんと2人で食べて行って」

春樹「そんな、譲二さんに悪いよ。」

美緒「マスターの分は?」

譲二「俺は急がないから、2人が終わってから食べるよ。
それより、俺は自分の部屋に行くから2人でゆっくりここで食べて。
色々話したいこともあるだろ?」


 そう言って、譲二さんは二階に上がって行った。

春樹「美緒…。譲二さんに何もされなかった?」

 心臓がドキリと音をたてた。

美緒「どうして?」

春樹「だって、その…。
譲二さんとは昔、付き合っていたじゃない。
一護たちから美緒がクロフネに泊まるって聞いて、俺はろくろく眠れなかった…」

美緒「昔は昔だよ…。
譲二さんは、ハル君が私を裏切るわけはないから、安心してぐっすり眠りなさいって慰めてくれたよ。」

 私はハル君の目をまっすぐ見つめて言った。

 譲二さんに言われた通り、昨夜のことは隠し通すしかない。

春樹「そっか。それなら安心したよ。」



〈譲二〉
 俺は自分の部屋のベッドの上に転がっていた。

 ひどく惨めな気がした。

 ハルと美緒は朝食を摂りながら仲直りしていることだろう。

 これでいいんだ…。

 このベッドの上で…昨夜…。

 ああだめだ。

 どうしても美緒の姿を思い出してしまう。

 あれは一夜限りのことなんだ。

 しかし…美緒にはああ言ったものの、一度あったことは二度目も期待してしまう。



『秘密』おわり


続きは『祝婚』になります。


 


それぞれの道~その6~その10

2014-10-10 09:16:36 | ハル君ルートで茶倉譲二

ハルルートの譲二さんの話の続編
『再会』でヒロインとハル君が結ばれてしまった話の続き

☆☆☆☆☆

それぞれの道~その1~その5の続き

それぞれの道~その6
〈美緒〉
 譲二さんと別れて7年経った。



 ハル君は弁護士事務所を立ち上げ独立し、私も市の福祉課に勤めている。



 幼なじみたちもそれぞれ頑張っている。



 一護君は3年前に有名なパティスリーから引き抜かれ若手パティシエとしてがんばっている。

 りっちゃんによると決まった彼女はいないけど、モテモテらしい。

 剛史君は陸上での実績をいかしてトレーナーになった。

 剛史君は大学時代のマネージャーと付き合っていて、りっちゃんによると結婚もそう先のことではないようだ。

 


 リュウ兄は母校の高校教師になって頑張ってる。生徒の面倒見もいいらしい。

 親分肌のリュウ兄には天職かも。



 そのりっちゃんは大学卒業後、もう少し音楽を勉強したいとフランスに留学した。

 今は演奏活動で、日本とフランスを行ったり来たりしている。お父さんとも時々共演しているらしい。

 りっちゃんとは女友達みたいに仲良くしてもらっている。



 未だに2日に1度はメールのやり取りをしている。

 

相変わらずりっちゃんは馴れ馴れしいので、時々ハル君がヤキモチをやくくらいだ。

 りっちゃんは吉祥寺で過ごす時間が一番少ないはずなのに、みんなの情報を一番握っていて、私にも色々教えてくれる。

 だから、幼なじみの近況もほとんどりっちゃんに教えてもらったものだ。


 譲二さんは…、あれから間もなくクロフネを閉めて実家に帰った。

 傾きかけた茶堂院グループの経営を助けるためだったそうだ。

 譲二さんがあの写真の人とお見合いしたかどうかは知らない。でも、未だに独身らしい。


 その譲二さんがまたクロフネを再開するらしい、という情報を教えてくれたのもりっちゃんだ。



理人「この間、僕のコンサートにマスターが来てくれたんだけどさ。

楽屋まで訪ねて来てくれて、懐かしかったから色々話し込んだんだ。」



美緒「ああ、この間のコンサート、私たち行けなくてごめんね。」

理人「ああ、それはいいよ。その前の時には2人して来てくれたじゃない。」

美緒「譲二さん、元気そうだった?」

理人「うん。元気そうだったよ。

髪もきちっと撫で付けてあって、いかにも青年実業家って言う感じ。


でも、そんなに老けた感じはしなかったな…。

だからね、10年経って僕らが年取った分、マスターに追いついたような感じがしたよ。」 


美緒「そうなんだ」


 譲二さんの姿を思い浮かべる。

 かすかな心の痛みとともに、とても懐かしい気持ちが込み上げて来た。



理人「その時にね、『そろそろクロフネを再開したいな』って言ってたよ」

美緒「え? クロフネを?」

理人「危機だったグループの経営も軌道に乗って、マスターがそんなにタッチしなくてもうまく行きそうだから、『そろそろ自分が本当にしたいことをしたいんだ』って言ってたよ。」


 譲二さんが吉祥寺に帰ってくる。クロフネに帰ってくる。



理人「それでね、マスターの歓迎会を僕らでしてあげたらどうかと思うんだけど。


リュウ兄なんかも乗り気でね。


美緒ちゃんはマスターと色々あったから…、

ちょっと複雑な気持ちかもしれないけど…、

よかったら歓迎会の準備を手伝ってくれないかな?」


美緒「うん。いいよ。譲二さんともまた会いたいし」

☆☆☆☆☆

それぞれの道~その7

〈譲二〉

 実家のダイニングでコーヒーを前にぼんやりしていると、兄貴に声をかけられた。

 


紅一「譲二、本気でクロフネのマスターに戻るつもりなのか?」


譲二「ああ。グループの方は俺がいなくても、もう大丈夫だろ?」


紅一「クロフネは美緒さんとの思い出がいっぱいあって、辛かったんじゃないのか?」


 俺はため息をついた。



譲二「それは確かにある。その思い出に耐えられなくなったのも、クロフネを閉めた理由の一つだったからな。」

紅一「それならどうして?」

譲二「今までがむしゃらに働いて来たけど、この頃やっぱりクロフネのマスターをやっていた頃が一番充実していたなと思うんだ。」

紅一「お前はもう結婚はしないのか?」

譲二「さあね。今までしなかったのも、単に相手がいなかっただけだし…」

紅一「見合いで気の合う相手もあったじゃないか。なぜ、断った?」


譲二「俺は3年間、自分の愛情を全て美緒に注ぎ込んで来た…。


美緒が去った時、そういうものはすべて枯れ果てた。


だから、今の俺は単なる残りかすでしかない。


気の合いそうな女性であればあるほど、そんな残りかすの相手をさせるには忍びなかった。」


紅一「お前って奴は…。何でも小器用にやりこなすくせに、恋愛に関してだけはどうしてそんなに不器用なんだ。」

譲二「どうしてかな?


 だけど、俺は結婚するなら本当に大切な女性としたいとずっと思ってた。


だから、そういう女(ひと)が現れなければ、一生独身でもいいと思ってるよ。」


 俺にとって本当に大切な女性は美緒一人だった。

 でも、美緒にとっての大切な人は俺ではなくハルだった。

 あれから7年経ったのだから、もうそろそろ忘れてしまってもいいだろうとは思う。

 実際心の痛みはずいぶん薄らいだ。だから、クロフネにも戻る気になったのだ。

 ただ、彼女を愛する気持ち、彼女を求める気持ちは未だに心の奥でくすぶり続けている。

 今は単にそれを無視するのが上手になっただけだ。

 


☆☆☆☆☆

それぞれの道~その8

〈美緒〉
 譲二さんの歓迎会をする。

 といっても、場所はしばらく使っていなかったクロフネなので、準備は譲二さんも一緒にすることになった。

 朝から来れたのは私とリュウ兄、剛史君、今は充電中と称しているりっちゃん、そして譲二さんだけだった。

 一護君とハル君はそれぞれの仕事を済ませて遅れてくることになっている。

 まず、店中の窓を開け、埃を追い出し、掃除をする。

 7年も閉めていたにしては店の傷みはあまりなかった。

 それを剛史君が指摘すると、

譲二「実家に帰ってからも月一くらいで、風通しに帰って来ていたからね。ここは俺にとって大切な場所だから」

 譲二さんは愛おしむように言った。

 譲二さんと食材を洗ったり切ったり仕込みをする。

 りっちゃんとリュウ兄に足らないものの買い出しに行ってもらう。

 掃除の終わったソファーに座り込んだ剛史君は漫画を読み始めた。

譲二「美緒ちゃん。二階に一緒に行ってみる? 二階も窓を開けて風通しをしておこうと思うんだ。」

美緒「そうですね。行ってみたいです」

 2人で二階に上がり、まず私の部屋に入る。

 私が昔住んでいた時のままだった。机をそっと撫でる。7年も放っておかれたようには見えない。

 譲二さんが窓を開け放つと春の暖かい風が吹き込んだ。

譲二「これでよしと…。懐かしい?」

美緒「はい。もしかして、この部屋はずっと掃除をしてくれていたんですか?」

譲二「ああ。毎月、クロフネに戻るたびにね。
ここを美緒ちゃんが出て行った時のままにしておけば、明日にでも美緒ちゃんが戻ってくるつもりになれてね…。
さてと…。
俺の部屋も窓を開けてくるか。
美緒ちゃんはこっちの部屋でゆっくりしてるといいよ。」

美緒「…譲二さんの部屋も見てもいいですか?」

譲二「俺の部屋? 美緒ちゃんが平気なら別にいいけど…」

美緒「譲二さんの部屋も懐かしいから…」

 譲二さんは優しく微笑むと何も言わずに隣の部屋に行った。

 窓を開け、ドアも開けたままにすると、風が通って気持ちがいい。

 譲二さんの部屋は机とベッドだけでがらんとしている。

 本棚や入りきらなくて床の上にあった本はなく、以前机の上を占めていたパソコンもなかった。

譲二「本もパソコンも実家に持って行っちゃったからね。何にもないでしょ?」

美緒「そうですね。なんだか寂しい…」

 この部屋で、譲二さんと私はいつも愛し合っていた。

譲二「ちょっとだけ、2人で話をしてもいい?」

美緒「はい?」

譲二「以前、というより随分前だけど、ここを訪ねてくれたことがあったろ? その時2人だけであまり話ができなかったからさ。」

美緒「そうでしたね。お客さんもいたし、すぐにりっちゃんたちが来てみんなでワイワイ話しましたっけ?」

譲二「あの時は俺も冷静じゃなかったから、百花ちゃんに色々話したいことはあったけど、うまく気持ちを伝える自信はなかった。
手紙を書こうかとも思ったけど、今更別れた男から手紙をもらっても、美緒ちゃんが怖がったり嫌がったりするんじゃないかと思うと書けなかった。言い訳だけどね」

美緒「あの時、譲二さんはメールでも『怖がらないで』って書いてあったけど、私が譲二さんを怖がることなんてありません」

譲二「そう? ならくよくよせずに、書けば良かったかな?」

 譲二さんは寂しそうに笑った。

譲二「ハルとはうまくいってるの?」

 少し迷ったが、思い切って言うことにした。

美緒「はい。ハル君も独立したし、そろそろ結婚しようかとプロボーズもされました。
まだみんなには話してないですけど…」

譲二「そうなんだ。とうとう美緒ちゃんも結婚するのか…。
お幸せにね」

美緒「結婚式には譲二さんも来てくださいね。」

譲二「それは…。遠慮しとくよ。
好きな女性の花嫁姿は自分の結婚式以外では見たくないし。
…花嫁を式場からさらって行ってしまうかもしれないからね。」

 譲二さんは冗談めかして言った。

 そうか、譲二さんはやっぱりまだ私のことを好きなままなんだ。

 しばらく沈黙が続いた。

譲二「…ごめん。変なことを言ってしまって…。
俺は美緒ちゃんには幸せになって欲しいと思っている。
だから、美緒ちゃんがハルと結婚すること自体は、よかったなと思っているんだ。
さすがに嬉しいかと言えば微妙だけど。」

美緒「私も譲二さんには幸せになって欲しいです。」

譲二「本当は俺も可愛い嫁さんと可愛い子供の2、3人つれて来て、美緒ちゃんの前で見せびらかしたいところだったんだけど…。
なかなかそう都合良くはいかなくてね。」

 譲二さんの笑顔はなんだか痛々しかった。

譲二「ハルにプロポーズされたんだったら、指輪ももらった?」

美緒「指輪はまだ…。今度一緒に選びに行くことになってます」

 私は顔を赤らめた。

譲二「そっか。…そうだ、これ」

 譲二さんは何かを思い出したように机の引き出しを開け、小さな箱を取り出した。

美緒「指輪?」

 蓋を開けるとダイヤの指輪があらわれた。

 窓から差し込む光を反射して輝いている。

美緒「きれい…」

譲二「もし…、俺と付き合っていた頃にこれをあげたら喜んでくれた?」

美緒「え? もしかして私のために?」

譲二「君と別れる前にこっそり注文していたものなんだ。
君を喜ばそうと思って…。
美緒ちゃんが二十歳になったから、ご両親に挨拶して結婚を認めてもらうつもりだった。
もちろん、式は大学を卒業してからのつもりだったけど…。」

美緒「譲二さんがそんな風に思ってくれていたなんて…」

譲二「いまさらだよね。ごめん。」

 この部屋で2人で話していると7年という月日が過ぎたことが嘘のように思えてくる。

 会話が途切れて、2人で見つめ合う。

 なんでこんなにドキドキするのだろう?

 譲二さんの手が私の頬に触れ、そっと撫でる。

 大きくて優しくて…そして懐かしい手。

譲二「美緒は7年経って、大人の女性になったね。
そして、ますますきれいになった…」

 譲二さんの顔が近づいて、私は反射的に目をつぶった。


☆☆☆☆☆

それぞれの道~その9

〈美緒〉


 あと少しで唇と唇が重なるという時、外からドヤドヤと話し声が近づいて来た。

 そして、ドアのチャイムが鳴って階下に大勢が入ってくる気配がした。

譲二「リュウたちが帰って来たみたいだな。さあ、先に下に降りておいで。

俺は二階の窓を全部閉めてから降りるから」

 譲二さんは何事もなかったように、指輪の小箱を片付けると窓を閉め始めた。

 私ははじかれたように階段を駆け下りる。胸がドキドキして苦しい。

(私、もう少しで譲二さんとキスするところだった…。もう譲二さんのことは何とも思っていないはずなのに。)

 店に出ると、りっちゃんが剛史君に話しかけている。

 リュウ兄は一護君と…あっ、ハル君も来てくれたんだ。

春樹「美緒! 遅くなってごめんね。
仕事がやっと片付いて、ちょうど一護と一緒になって話しながらクロフネに向かっていたら、店の前でりっちゃんとリュウ兄にバッタリ会ったんだ」

美緒「それであんなに賑やかだったんだね」

一護「今日のために特別製のケーキを持って来たぞ」

剛史「一護のケーキを食べるのは久しぶりだな」

竜蔵「ハルに会うのも久しぶりだな。同じ町に住んでいるのに…」

理人「ハル君は忙しいから仕方がないよ。ね、美緒ちゃん」

美緒「そう。私でも毎日は会えないんだから」

春樹「でも、会える時にはなるべく会ってるだろ」

 ハル君が少し拗ねたように言う。

一護「結局、のろけか…」

理人「あれ? マスターは?」

美緒「二階の風通しをしてくれているよ。

 

みんなが来たからそろそろ降りてくると思うよ」

 その時譲二さんが姿を現した。

 私は顔が赤くなりそうな気がして、目をそらした。

譲二「やあ、今日は俺のためにみんなで集まってくれてありがとう。
料理の仕込みはしてあるけど、今から作るから…一護、すまないけど手伝ってくれ」

一護「ああ、いいよ」

美緒「私も何か手伝いましょうか?」

譲二「ありがとう、それならそこに出してある食器を洗って拭いてくれると助かる」

 料理は私も手伝った方が早くできるだろうけど、譲二さんはハル君に気兼ねして私を遠ざけているらしい。

 私が食器を洗い始めると、ワイシャツの腕をまくったハル君が隣に来て手伝ってくれる。

美緒「仕事帰りで疲れているのに…。あっちで休んでくれていいよ。」

春樹「せっかく美緒の隣でいられる理由があるのに、それを使わない手はないだろ?」

美緒「ありがと…」

 見上げるとハル君はにっこり笑ってくれた。

 ハル君の頬は少し赤い。

 ハル君、やっぱり大好き。

 私は譲二さんのことを心の片隅に追いやった。


☆☆☆☆☆

それぞれの道~その10
〈譲二〉
 7年ぶりに会った美緒はすっかり大人の女性になっていた。

 今まで俺の中では可愛いだけのイメージだったけど、清楚で美しい女性になった美緒に俺の心はまた虜になった。

 そう…10年ぶりにこのクロフネで高校生の美緒に再会した時と同じように。

 胸の動悸を隠して、みんなと一生懸命働いた。

 厨房で一緒に食材の仕込みをしている時は俺の心臓の鼓動が美緒に聞こえているのじゃないかと不安になったほどだ。

 一護とハルは遅れてくるということで、身勝手な俺はそれを喜んでいた。
 

☆☆☆☆☆

 美緒と2人きりになるチャンスが訪れた。

 リュウと理人が買い出しに行き、タケが漫画を読み始めたので、美緒に2階へ行こうと誘った。

 俺の部屋に入るのは嫌がるかなと思ったが、意外にも「見て見たい」と言ってくれた。

 何もしないつもりだったけど、保険のつもりで、窓だけでなく、扉も全開にして風を通す。
 

☆☆☆☆☆

 久しぶりに美緒と話をした。

 最初は硬かった美緒の表情も次第に打ち解けて来た。

 でも、覚悟はしていたものの、ハルにプロポーズされた話は俺を動揺させた。

 そして、あの日の目を見ることのなかった指輪を美緒に見せてしまった。

 あの指輪は実家に持って行く気がしなくて、机の引き出しに入れたままだったのだ。

 ハルとのことがなければ、俺は美緒と婚約するつもりだった。

…それを知った美緒はかなり驚いたようだ。



 言葉が途切れ、2人で見つめ合った。



 7年という時はまるでなかったように思え、俺は手で美緒の頬に触れた。


 柔らかくスベスベした頬。7年ぶりの感触。


譲二「美緒は7年経って、大人の女性になったね。そして、ますますきれいになった…」

 言うつもりのなかった言葉が口をついて出た。

 そして…俺は自分を抑えられなくなった。

 美緒の柔らかそうな唇に顔を近づける。美緒が目をつぶった。



 彼女の唇にもう少しで触れるというとき、ドヤドヤと大勢の話し声が近づいて来るのが聞こえた。

(ああ、リュウたちが帰って来たのか…)

 魔法は解け、俺は我に返った。

譲二「リュウたちが帰って来たみたいだな。
さあ、先に下に降りておいで。
俺は二階の窓を全部閉めてから降りるから」

 俺は心の動揺を美緒に悟られないように願いながら、指輪の小箱を片付けると窓を閉め始めた。

 美緒が階段を駆け下りる音が聞こえた。



 美緒の部屋の窓も閉めた後、ベッドの上に座り込んだ。

(俺はなんてことをしたんだろう。手を出さない自信はあったのに…。いや、まだ未遂だったからよかったものの。)

 もし、あの時、リュウたちが帰って来なかったら…。

 俺は美緒にキスをして、思い切り抱きしめてしまっていただろう。

 そして、そんなことをしたら、また美緒を苦しめることになっていた…。

(これからは美緒と2人きりにはならないように気をつけよう。)


☆☆☆☆☆


 パーティが始まった。リュウが乾杯の音頭をとってくれる。

一護「マスター、それで店を再開するのは何時になるんだ?」

譲二「そうだなぁ。実家での仕事の引き継ぎに、まだひと月くらいはかかるだろ。
その間にクロフネの改装をしておこうと思ってる」

剛史「改装って、模様替えをしてしまうのか?」

譲二「いや、さすがに7年も放っておいたので、傷んだところを修理しておこうと思って。
壁紙も違和感ないようなものに貼り替えたりね。」

理人「そうなんだ」

譲二「それで、実家の後始末が終わったら、ここに引越してきて早ければ二ヶ月後には再開できるかな」

竜蔵「二ヶ月後には昔のようにクロフネで集まれるってことだな」


 一護が思い出したようにハルに聞いた。


一護「ところで、お前らはどうなってるんだ?」

春樹「順調だよ。ちょうどいい機会だから、みんなにも報告するよ。美緒いい?」

 美緒が少し顔を赤らめて頷いた。

春樹「俺たちは結婚することに決めた。美緒もOKしてくれたし。
両親への挨拶はまだなんだけど」

 みんなの歓声があがる。

 みんな口々に「ハルはずるい」とか、「美緒ちゃんを独占するなんて」とか言っているが、幼なじみの幸せを喜んでいるのはよくわかる。

 俺も微笑んで、「おめでとう」と言った。

 ちゃんと言えたと思う。不自然なところはなかったはずだ。



『それぞれの道』おわり

続きは『秘密』になります。

 


 

 




それぞれの道~その1~その5

2014-10-09 09:06:04 | ハル君ルートで茶倉譲二

ハルルートの譲二さんの話の続編
『再会』でヒロインとハル君が結ばれてしまった話の続き

☆☆☆☆☆

それぞれの道~その1

美緒〉
 ハル君の部屋で同棲するようになって2週間が経った。

 毎日が怖いくらい幸せで、信じられないくらい。

 ハル君は忙しくて、部屋に帰って来るのも遅いけど、ハル君のために毎日晩ご飯を作って待つのがこんなに楽しいことだとは。

 もちろん、心の中には譲二さんが小さなとげのように刺さっている。

 最後に見た譲二さんの悲しそうな瞳。

「やっぱり出て行くのか?」と呟いた言葉。

 慌てて心の底に蓋をする。



〈譲二〉
 美緒が出て行って2週間が経った。

 この3年間があまりにも幸せすぎたので、今の寂しさの方が嘘のようだ。

 俺は落ち込むというより、半分放心状態で過ごしている。

 店はきちんと開けて、同じような毎日を機械的に過ごしている。

 違うのは…夜1人になるとついつい深酒をしてしまうことくらいか…。

 顔を洗うついでに鏡の中の自分の顔を見つめる。心なしか顔色は青く、目の下にクマができている。

 きっとこんな生活を後2週間も続けたら、他人にも気付かれるレベルの顔つきになるのだろう。

 濃いコーヒーを入れて飲む。

 朝食は…、食べる気がしない。

 とにかく、仕込みだけはしておかないと…。


☆☆☆☆☆

 珍しく兄の紅一が訪ねて来た。

紅一「元気にしてたか?」

譲二「ああ、相変わらずだね。兄貴こそ急にどうしたの?」

紅一「近くまで来たから、どうしてるかなと思ってね。ところで、最近美緒さんとはどうなっている?」

譲二「…彼女とは、…別れたよ」

紅一「え? いつ?」

譲二「…2週間くらい前かな。」

紅一「そうか…。最近、電話でもメールでも、美緒さんの話題が出て来ないなと思ってたんだ。」

譲二「俺、今までそんなに美緒のことを話題にしていたっけ?」

紅一「ああ、美緒さんのことばかりだったぞ」

譲二「そっか…」

紅一「なぜ別れたんだ?」

譲二「彼女に好きな男ができて出て行った。俺はふられたのさ」

 少しおどけてみせたが、兄貴には通じなかった。

紅一「お前らあんなに仲良かったじゃないか」

譲二「元々、俺が無理やり振り向かせて付き合い出したようなものだからな…。相手の男は、俺と付き合う前から彼女が好きだった奴だから。」

紅一「そうか…。なら…、お前、見合いをしてみる気はないか?」

譲二「俺が? こんな流行らない店のマスターなんだぜ」

紅一「仕事はうちの会社を手伝えばいいじゃないか? そろそろお前にうちのグループ企業のどれかを手伝ってもらいたいと思っていたし。それに結婚はいいもんだぞ」

 兄貴は昨年見合いをして結婚したばかりだった。

 その結婚式には美緒も一緒に2人で出席したのに…。

譲二「子供はいつ生まれるんだっけ?」

紅一「もう随分お腹も目立って来たからな。あと3ヶ月ちょっとというところだ」

譲二「俺もとうとう叔父さんか…」

紅一「話が横道にそれたが…。見合いの話、真面目に考えてみろ。
お前ももう30過ぎてしまったし、いつまでも1人でフラフラしている場合じゃないだろ?
 今までは美緒さんがいたから黙っていたが…。もうそろそろ身を固めた方がいい。」

譲二「彼女と別れたばかりなのに、そんなことは考えられない」

紅一「別れたばかりとか関係ない。むしろ、今の方が謙虚に自分を見つめられるんじゃないか?
それに恋愛と結婚は違うものだしな。」

譲二「だけど美緒への気持ちを引きずったままじゃ、相手に申し訳ない…」

紅一「婚約者ができれば、美緒さんのこともすぐに忘れられるさ。
愛情はこれから少しずつ育んでいけばいいんだ。」

譲二「…」

紅一「じゃあ、お前に似合いそうな相手を探すように頼んどくからな」

譲二「待てよ、兄貴! 俺はまだ…」

紅一「一回で決めるわけじゃないんだ。気楽に行こう」

 結局、兄貴に押し切られてしまった。

 今までなら、きっぱりことわれていただろうが、今は正直「どうでもいい」という気持ちに支配されていた。


☆☆☆☆☆

 酒の肴はパソコン上の美緒の写真だ。

この3年間に2人で撮った写真も増えた。

どの写真でも美緒は幸せそうに微笑んでいる。

 このアルバムを開いたのは、別れてから初めてのことだった。

 机の上にはケースに入ったダイヤの指輪がある。昨日、これを取りに行って来た。

 美緒と別れる前に注文していたもので、「できましたよ」という連絡はもっと前に入っていたのだが、気持ちの整理が付かず、取りに行けてなかった。

(渡す相手がいないのに指輪だけあってもな…)

 美緒が二十歳を過ぎたことだし、佐々木夫妻に正式に挨拶して、婚約を許してもらおうと思っていたのだった。

 そして、美緒の卒業を待って結婚する。それが俺のシナリオだった。

 指輪は美緒を驚かすために、内緒で注文していたのだ。
 


 酒が切れたので、もう一度ロックを作り二階に上がる。

(この指輪が間に合っていたら、美緒は出て行かなかったろうか?)

 わからない…。

 でも、このままではダメなことは自分でも分かっている。

 取り戻せない恋にこだわってもダメなことは明里で経験済みじゃなかったか?

 前に進まないと…。




☆☆☆☆☆


それぞれの道~その2

〈春樹〉
 腕時計を見る。8時半。9時までには部屋にたどり着けるだろう。

メールを打つ。

『大好きだよ

あと15分くらいで家につく。
 遅くなってごめんね。
           春樹』

 直ぐに返信が返ってくる。

『私も大好き

おつかれさま。
 夕ご飯温めておくね。
           美緒』


 美緒の待つ部屋に帰れるなんて、なんて幸せなんだろう。

 ほんの二ヶ月前には、よもやこんな日が来るなんて思ってもいなかった。

 それもこれも友人に誘われた合コンで美緒と再会したおかげだ。

 そして、ほんの少し勇気を出して、美緒を引き止めたからだ。

春樹「ただいま」

 鍵を開けようとすると、美緒が先に開けてくれた。

美緒「お帰りなさい」

 ドアを閉めるとすぐに美緒を抱きしめる。柔らかくて、とても甘い匂いがする。

 どちらからともなく求め合ってキスをした。

美緒「早く…食べないと…。また冷めてしまうよ?」

春樹「もう少し…、こうしてから…」

 キスは長引いたが、なんとかそれだけで抑えて、彼女の手料理をいただく。

 お互いに今日一日あったことを話し合う。

 一日のほとんどを離れて過ごしていても、こんな風に話し合い、夜は愛を確かめ合えば、気持ちは一つになれる。


☆☆☆☆☆

 朝、目覚めれば美緒の顔が隣にある。

 トーストを焼いたり、コーヒーを入れたり、2人で準備して2人で朝食を取る。

 部屋を出るのは、大学が遠い美緒が先だ。

 行ってらっしゃいのキスをして見送る。




〈美緒〉
 譲二さんと別れて1ヶ月が経った。

 譲二さんからメールが来た。

 授業の合間に送信者の名前をみて、誰にも見られていないか辺りを伺ってしまった。

『お久しぶり

 美緒ちゃん宛の郵便物が溜まっているので、取りにきてください。
 転送しようにも住所を知らないので…。
 受け取りがてら、クロフネにも顔を出してね。
 コーヒーくらいおごってあげる。
 決して手を出したりしないから…怖がらないで。

                         譲二』

 私は近くの空き教室に駆け込むと、扉を閉めて泣き崩れた。

 嗚咽を堪える。涙が後から後から溢れてきた。

 『怖がらないで』と書いた譲二さんの気持ちを考えると胸がつぶれそうだ…。

 私が譲二さんを怖がったりするわけないじゃない…。

 とても優しい譲二さん。

 私をあんなに大切に扱って、愛してくれた譲二さん。

 譲二さんと過ごした3年間はとても楽しかった。

『取りに行きます

 今日、授業が終わったらクロフネに取りに行きます。

                        美緒』


☆☆☆☆☆

それぞれの道~その3

〈譲二〉
 美緒のメールを読んでから、ソワソワと時を過ごした。

  美緒に会うのはひと月ぶりだ。

 食器を片付けようとして、食器戸棚の奥にしまいこんだペアのマグカップに目を留めた。

 何度捨ててしまおうかと思ったことか…。

 しかし、どうしても捨てられなかった。未練の塊だな…。


☆☆☆☆☆

 美緒がチャイムを鳴らして入って来た。

 2組ほどの客が入っていたが、もうオーダーは済んでいたので、落ち着いて話せるだろう。

美緒「こんにちは…」

譲二「やあ。久しぶり」

 2人でしばらく見つめ合う。

 美緒ってこんなに可愛かったっけ?

 俺の中のイメージよりもっともっと可愛らしい。

 できることなら思いっきり抱きしめたい。

 でも…、今はハルのものだ…。

譲二「コーヒーでいい?」

美緒「…おかまいなく…。手紙をいただいたら、直ぐ帰りますから」

譲二「そんなこと言わずに、コーヒーくらい飲んで行ってよ。
ハルは…、帰るの遅いんでしょ?」

美緒「うん。ハル君は毎日忙しいから…」

譲二「じゃあ、コーヒーを飲む間だけ…」

 俺は自分でも無様だと思うくらい必死で引き止める。

 美緒宛の手紙の束を彼女に渡すとゆっくりとコーヒーをいれた。

美緒「じょ…マスター、ごめんなさい。
私が転送の手続きをしてなかったから、ご迷惑をかけて…。
今日ここへ来る前に手続きをしてきたので、もう大丈夫です。」

譲二「そっか…。手続きして来たんだ。」

美緒「しばらく、1週間くらいは手紙が入るかもしれないけど…」

譲二「それなら、もう一回は訪ねて来てもらえるのかな?」

 俺は微笑んだ。強ばっていた美緒の顔が少し微笑んだ。

譲二「そうそう。そんな風に笑った顔の方が美緒ちゃんは可愛いよ」

 彼女の前のカウンターにコーヒーとサンドイッチを出した。

譲二「そろそろお腹が空く頃だろ?サンドイッチも俺のおごりだから」

美緒「そんな…悪いし…。」

譲二「それくらい奢らせてよ…元恋人として…。次の時はお金もらうからさ」

 ちょっとおどけてみせる。

 もちろん…、次はないだろうけど。

美緒「ありがとう」

 俺はコーヒーを飲む美緒をじっと見つめる。

 愛しい美緒の姿を目に焼き付けておきたい。


☆☆☆☆☆


 チャイムが鳴って、ドヤドヤと賑やかな声が入ってくる。

 タケにリュウ、一護にりっちゃんだ。

一護「あ、美緒。珍しいな。」

剛史「久しぶりだな」

理人「あっ、美緒ちゃんだ。いつも大学では会ってるけど、クロフネでは久しぶりだね」

竜蔵「美緒、お前この頃どこ行ってたんだ。クロフネに来ても会えねぇしよ」

理人「リュウ兄。美緒ちゃんはハル君と一緒にいるんだよ」

竜蔵「えっ、美緒、お前まさかハルと破廉恥なことをしてるのか?」

美緒「そんなことリュウ兄に言えないよ…」

一護「お前、元気にしてたのかよ?」

美緒「うん。一護君もお店頑張ってる?」

一護「ああ。よかったら一度来てくれよな…ハルと」

 一護が俺を伺いながら付け加えた。

 美緒が俺を捨ててハルのところへ行ったことは、すでにコイツらにはバレている。

 客が帰り支度を始めたので、レジの方に行った。

 俺がいない方が幼なじみたちと楽しく過ごせるだろう。

 客が帰った後も俺は彼らのオーダーを作るため、厨房の中でほとんど過ごした。

 楽しそうな笑い声が聞こえてくる。これでハルがいれば…昔と同じだな。


☆☆☆☆☆

 結局、美緒もみんなと一緒に一時間くらいはクロフネにいた。

 みんなの食器の片付けを手伝ってくれる。

 一緒に働いていると以前と変わらないように思えてくる。

譲二「ありがとう。もうそれくらいでいいよ。」

美緒「でも、じょ、マスター1人で全部片付けないといけないし…」

譲二「いつものことだから…。
みんな帰ってからゆっくり片付けるからいいよ。
今日はもうお客さんは来ないだろうし…。」

美緒「…ごめんなさい」

譲二「なにが?」

美緒「マスターを傷つけたこと…」

譲二「…俺は、美緒ちゃんが幸せなのが一番だから…。
最初に美緒ちゃんに手を出したのが間違いだったんだよな…。
ボタンの掛け違い、それだけだよ。
美緒ちゃんは最初からハル一筋だったんだから…。」

 美緒がふと厨房の角に置いてある封筒に目を留めた。

美緒「マスター、これは?」

譲二「ああ、それは兄貴が置いて行ったお見合いの写真とだよ。」

美緒「お見合い、するんですか?」

譲二「…俺ももう30過ぎたしね。
そろそろ身を固めろって兄貴がうるさいんだよ。」

美緒「そうですか…」

譲二「もしかして、気になる?
 ちょっとは俺にヤキモチを妬いてくれる?」

美緒「…いえ。そうですよね…。
譲二さんも私なんか早く忘れて幸せになってください。」

 美緒の顔は少し赤い。そして、今確かに俺を名前で呼んでくれた。

譲二「ありがと。さあ、ここはもういいから」

譲二「おい、タケ! 美緒ちゃんを駅まで送ってあげてくれ」

 まだ、残っていた剛史に美緒を送ってもらうように頼んだ。


☆☆☆☆☆

美緒「マスター。今日はありがとうございました。」

譲二「こちらこそ、手伝ってもらって…。今度は…、ハルと一緒に来てね」

 声が少し上ずる。2人には気付かれなかったろうか?

譲二「タケ! 頼んだぞ」

剛史「おう」


 戸口で美緒の後ろ姿を見送った。

 剛史と並んだ姿が少しずつ小さくなった。

 その姿が角を曲がると、俺はため息をついて店に入った。


☆☆☆☆☆

それぞれの道~その4

〈美緒〉
 剛史君と2人、駅まで歩く。

剛史「お前がいなくなってから、マスターかなり落ち込んでたぞ。
まあ、当たり前だけど」

美緒「だいぶ…やつれていたね。」

剛史「以前よりはましになったんじゃないかな。
最初の頃は見ててかなり痛々しかった…」

美緒「…そうなんだ。ご飯、食べてるのかな?」

剛史「さあ…」

美緒「そうだ、剛史君。マスターにお見合い話があるの知ってる?」

剛史「ああ、なんかマスターの兄貴が写真を持って来てたな。
ちょうど俺たちがいたときだったから、理人が『見たい見たい』って言って、マスターより先に見た」

美緒「どんな人? きれいな人?」

剛史「佐々木よりは可愛くなかった…。
ていうより、お前には関係ないだろ?」

美緒「そうだけど…」

 譲二さんのことを関係ないと言われると少し胸が痛んだ。

 譲二さんをふっておきながら、身勝手だよね…。


☆☆☆☆☆

 駅の改札を抜けたとき、後ろから呼び止められた。

春樹「美緒!」

美緒「ハル君! 今日は早かったね」

 沈んでいた気持ちが急に明るくなる。

春樹「美緒は遅かったね。どこかに行ってたの?」

 ハル君に言おうかどうしようかと迷ったが、正直に言うことにした。

美緒「今日、お昼に譲二さんからメールが来て、私宛の郵便物がたくさん届いているから取りに来てって。
それでクロフネに行ってたの」

春樹「…そっか。譲二さんは元気そうだった?」

美緒「少しやつれてた。
それでコーヒーをごちそうになってたら、一護君たちみんなが来て、それで色々話して盛り上がったよ」

春樹「それは懐かしかっただろうな。俺も会いたかったな」

美緒「懐かしかったよ。これでハル君がいたらなって、思った。
みんなもそうだったと思うよ」

美緒「そうだ。譲二さんに見合い話があるみたい」

 私は努めて明るく言った。

春樹「そうなんだ。譲二さんももう30歳すぎてるものね。
その話、うまく行くといいね」

美緒「うん。」

 もちろん、うまく進むといい。

 譲二さんには幸せになってもらいたいから…。

 私は譲二さんを幸せにしてあげることができなかったけど。


〈譲二〉
譲二「美緒……」

 ふと気がつくと机に突っ伏したまま眠っていた。

 時計を見ると1時を過ぎている。いつものようにウイスキーをロックで飲んでいて…そのまま眠ってしまったらしい。

 コップの中の氷は溶けてしまっている。

 薄いウイスキーを飲み干すと立ち上がった。シャワーくらい浴びて来よう。

 少し立ち直ったと思っていたが、本人に会うとやはりダメージが大きい。

 そして…、彼女には触れることすらできなかった。

 もちろん、彼女と会えばどうにかなると思うほど甘い考えでいたわけではない。

 彼女が出て行く前に、散々話し合い、喧嘩もし、泣いて訴え、その上で彼女は出て行くことを選んだのだ。

 それでも悩んで悩んでメールを出したのは、もう一度会えば、彼女の気が変わるかもと期待したからだ。

 最悪、ハルが手紙を取りにくるというパターンもあり得たのだから…。

 そう自分を慰める。

 未練たらしいな、俺。

 冷たいシャワーを浴びて、頭と体の火照りを冷やした。



 そうだ。ここを出よう。


 クロフネを閉めて、実家に帰ろう。


 兄貴には前々から企業の経営を手伝ってくれと言われている。

 多分、仕事は嫌になるくらいたくさんあるだろう。

 仕事に忙殺されていれば、気も紛れるだろうし、こんな風に酒に溺れずにすむだろう…。



☆☆☆☆☆

それぞれの道~その5

〈譲二〉
 一ヶ月ぶりのクロフネの鍵を開ける。


 物音一つしない店内に入ると、窓を開け放っていく。

 一階が終わると二階に上がった。

 美緒の部屋に入る時は未だに緊張する。ドアを開けるとそこに美緒がいるような気がして…。

 ドアを開けても、もちろん誰もいない。

 美緒が出て行った時のままの部屋を通り、窓をあけていく。



 窓から外を眺めると、表の通りが見える。

 美緒はここから外を眺めて、何を考えていたのだろう?


 美緒がクロフネを出て行って、3年の年月が経っている。


 あれから間も無く俺は実家に帰り、傾きかけた茶堂院グループの経営を立て直すため、がむしゃらに働いた。

 それこそ寝る間も惜しんで…。

 休みも月に一度、こんな風にクロフネに風通しと掃除に来る時以外は取っていない。

 兄貴はもっと休めと言ってくれるが、休んでも歴史博物館巡りくらいしかすることがない。

 それに大概の博物館には美緒と出かけた思い出があって辛い…。

 そう、下手に暇な時間を作ると美緒との思い出が次々に浮かんで来て、押し潰されそうになる。

 ちょうど今のように…。

 それでも月に一度は感傷に浸るためにクロフネにやってくる。


 美緒…美緒。

 美緒の部屋を出て俺の部屋に入る。
  
 この部屋には美緒との思い出が詰まっていて、一番辛い…。

 ベッドに横たわる美緒の白い肢体のイメージが浮かんでくるのを無視して、窓を開け放った。


 二階から一階まで機械的に掃除していく。


 あれから兄貴に無理矢理勧められて、何人かの女性とお見合いをした。

 2、3回デートをするまでになった女性もいた。

 美緒のことを忘れるためにも、そのうちの誰かと結婚すべきだったのかもしれない。

 相手方はみんな、茶堂院グループの息子という肩書きが絶大なのか、俺との交際を続けたがった。

 しかし、いざ結婚を前提に付き合うかという決断を迫られると色々理由をつけて断わってしまった。

 相手の女性は俺自身が気に入ったのではなく、茶堂院グループに目が眩んでいるだけでは無いのかという疑心暗鬼に囚われたのも理由の一つだ。

 しかし、一番の理由はまだ美緒のことを愛しているからだった。

 そんな気持ちのまま、他の女性と結婚しても、彼女を幸せにする自信が無かった。



 二階から窓を閉めていく。

 俺の美緒への気持ちに一つ一つ封印をしていくように…。


 最後に店の扉に鍵をかけた。



 これで…また一ヶ月間、心も封印することができる…。



 車のエンジンをかけ、美緒の思い出とクロフネから遠ざかった。


☆☆☆☆

それぞれの道~その6~その10につづく



人気ブログランキングへ




再会

2014-09-17 09:05:26 | ハル君ルートで茶倉譲二

ハルルートの譲二さんの話の続編
今回はハル君のターンです。


前回ハル君とさよならしてから3年。ヒロインは大学2年生に。

☆☆☆☆☆

『じーじ』の続き



再会

〈美緒〉
 今日は友人達と女子会で飲みに行く。毎日大学で会っていても、飲み会は久しぶりなので楽しみだ。
 遅くなったら、女友達の下宿に泊まるからと譲二さんには前々から告げてある。

 ハル君とさよならしてから3年。

 譲二さんとはますます打ち解けて、幸せな日々を過ごしている。

 ハル君とは高校を卒業してから、大学が違うこともあり、ほとんど会っていない。

 もちろん会うのはクロフネで、みんなや譲二さんのいる前でなので、何か特別な話をすることはない。

 さみしいけれど、ハル君への思いも少しずつ薄れて来ている。


☆☆☆☆☆

美緒「行ってきます。」

譲二「行ってらっしゃい。芽衣ちゃんちに泊まることになったら、メールか電話を入れてね」

美緒「はい。譲二さん、寂しくさせてごめんね」

譲二「うん。その代わり」

 譲二さんは唇に、いつものいってらっしゃいのキスよりも熱いキスをした。


☆☆☆☆☆

 授業が終わり、芽衣と涼と待ち合わせる。

涼「ごめん。美緒。本当は女子会の予定だったのに、学科の先輩に押し切られて、合コンになっちゃった。」

美緒「えーっ。今日楽しみにしてたのに…」

涼「ほんと、ごめん。また今度改めて、3人で出かけようよ。だから、許して」

美緒「もー。で、合コンの相手は?」

涼「なんか、H大学の学生らしいよ。向こうが5人でくるから、どうしても私たち3人を入れて数会わせしたいらしいよ。」

芽衣「先輩、今回の合コンにかなり気合いを入れてるらしいから」

美緒「仕方ないねー」

(合コンになるなら、1次会でさっさと帰ろうかな。譲二さんも喜ぶだろうし…)

芽衣「美緒は譲二さんがいるから、合コンしてもしかたないのにね」


☆☆☆☆☆

 私たちは先輩に指定された店に行く。

 まだ、相手の学生は来ていなかった。

 H大学と聞いていたけど、何か引っかかる。なんだろう。

先輩「背の高い、イケメンぞろいらしいから、期待してて」

 そのうちに男子学生が次々とやって来た。その中の1人の姿を見て、私の心臓は止まるかと思った。

美緒「ハル君!」

 ハル君も驚いてこちらを見ている。

芽衣「えっ、美緒の知り合い?」

美緒「うん。幼なじみで、高校時代の同級生なの」

 久しぶりに会うハル君は大人びて、相変わらずかっこ良かった。

 そして、私はハル君のことが昔と変わらず大好きなことに改めて気づいた。

涼「美緒、知り合いなんだったら、そのハル君の隣に座りなよ。その方が譲二さんも安心できるでしょ?」

美緒「うん…」

 涼にハル君の方に押しやられる。ハル君も私の横に来てくれた。

春樹「…久しぶり、佐々木。元気だった?」

美緒「うん。ハル君も元気そうだね?」


☆☆☆☆☆
再会~その2

〈春樹〉
 無理やり連れて行かれた合コンで、偶然、佐々木と一緒になった。

 一目見て、やっぱり佐々木のことが好きだという思いが込み上げる。

 他の男に横を取られないよう、佐々木を隅に押しやり、その隣に座った。




〈美緒〉
春樹「合コン相手が佐々木の大学だとは知らなかったよ」

美緒「私もH大学とだけ聞いていたけど、ハル君がいるとは思わなかった」

春樹「友達に無理矢理連れて来られたんだ。数合わせに」

美緒「私も本当は女子会の予定だったのに、先輩に数合わせで連れて来られちゃった」

春樹「それで、佐々木がいたのか…。佐々木は合コンになんか行く必要はないものな?」

 心なしかハル君の頬が赤くなる。

美緒「ハル君は、もう彼女ができたの?」

春樹「そんなのできてたら、合コンになんか誘われても来ないよ。学部の勉強が結構忙しくて、彼女を作る暇もないし…」

 なぜか安堵する私がいる。

 本当はハル君の幸せを願わないといけないのに。

春樹「安心した?」

美緒「えっ」

春樹「佐々木、相変わらず分かりやすすぎ…」

 ハル君の側に座り、ハル君の声を耳元で聞くのは…うれしくて、そしてドキドキする。

 高校時代を思いだしてしまう。

美緒「なんだか、高校時代を思い出すね?」

春樹「うん。でも、佐々木は高校時代よりもっときれいになった」

☆☆☆☆☆
再会~その3


〈春樹〉
美緒「なんだか、高校時代を思い出すね?」

春樹「うん。でも、佐々木は高校時代よりもっときれいになった」

 俺の言葉に佐々木の頬が染まる。

 明るい佐々木の様子に、譲二さんに大切にされているのだろうということがよくわかる。

 俺の心に嫉妬の炎が小さく灯った。

 佐々木と他愛ない話をしながら、この後佐々木はどうするのだろうと考える。

 なんとか2人きりになる方法はないだろうか?

 できれば、このまま直ぐには帰したくない。


☆☆☆☆☆

 お開きになった。

 みんな盛り上がったみたいで、二次会に行こうと騒いでいる。

 俺は佐々木の横顔を見つめた。

涼「美緒はどうする?」

芽衣「私たちは二次会に行くけど」

美緒「芽衣、私はこれで帰るよ」

芽衣「そうだね。譲二さんが待ってるものね。でも1人で大丈夫?」

美緒「うん」

春樹「あっ、俺が駅まで送るよ」

芽衣「それじゃあ、美緒のことお願いしますね。私たちはみんな二次会にいくので」

美緒「じゃあね。また来週」

芽衣「バイバイ」

涼「またね」

〈美緒〉
 ハル君と2人で残される。でも、なんで駅までなんだろう?

 ハル君はこれからまたどこかへ行くのかな?

美緒「ハル君は吉祥寺まで帰らないの?」

春樹「ああ、俺は最近下宿してるんだ。家までの行き帰りの時間がもったいなくって。」

美緒「そうなんだ」

(電車に乗ったら、後は一人なんだ…)

 

☆☆☆☆☆
再会~その4


〈春樹〉
 佐々木があからさまにがっかりしている様子をみて、俺は決心した。

春樹「酔い覚ましに、コーヒーでも飲みにいく? せっかく久しぶりに会ったんだし…」

 佐々木は嬉しそうに目を輝かせた。

美緒「うん。」

春樹「佐々木…、分かりやすすぎ」

美緒「え?」

春樹「いや、何でもない」

 俺はちょっと考え込んだ。

 近くのコーヒーショップに入ってもいいけど…。

 できれば、2人だけになりたい。

春樹「佐々木…。その…、もしよかったら、少し歩くけど俺の下宿に来ない? コーヒーはインスタントしかないけど…」

美緒「え? いいの?」

春樹「うん。いつも寝に帰るだけだから、掃除があまりできてないけど…」


 俺たちは幼なじみたちのことを話題にしながら、歩いた。

春樹「りっちゃんが佐々木の大学に入ったのは驚いたな。高校時代時代はアイツだけが違う学校だったのに。今ではりっちゃんだけが佐々木と同じ大学か」

美緒「うん。科は違うけど、同じ授業を取ったり、ランチルームでもよく一緒にお昼を食べるよ。私の女友達と一緒でも全然平気みたい」

春樹「りっちゃんらしいな…」

 理人すら、俺には嫉妬の対象になっている。自分の心の狭さにイヤになる。


☆☆☆☆☆

 下宿の鍵を開け、佐々木を招き入れる。

 彼女は物珍しそうに部屋に入った。

 俺はそっと部屋の鍵をかけた。

春樹「コーヒーを入れるから、座って待ってて」

美緒「あ、手伝うよ…これでいい?」

 佐々木はお湯を沸かす俺の横に並んで立つと、手際良くマグカップを食器戸棚から出しコーヒーを入れた。

 俺はそんな佐々木に見ほれた。

春樹「手際がいいね」

美緒「インスタントだもん、たいしたことないよ?」

 俺は佐々木の両肩を持って振り向かせた。

 黙って見つめ合う。こんな風に見つめ合うのは3年前の別れ以来だ。

 あの時、佐々木は俺と譲二さんを同じくらい好きだと言ってくれた。

 それなのに譲二さんを取ると言った。

 はっきりとは言わなかったが、譲二さんと肉体関係があるようなことをにおわせた。

 まだ、高校生で、童貞だった俺にはどうすることもできなかった。

 俺は大学入学後、同学科の女の子と成り行きで寝てしまった。

 今の俺なら、彼女を抱くことが出来る。

 どちらからともなく、唇を求め合う。

 キスは、あの別れの時に佐々木としたのが俺のファーストキスだった。

 3年ぶりのキス。それはとても甘くて、彼女を抱きしめながら、何度も繰り返した。

 唇を離してキツく抱きしめる。

 俺は佐々木の下の名前を呼んだ。

春樹「美緒、このまま帰したくない…」

美緒「ハル君…」

 美緒が俺の胸に顔を埋める。

 

☆☆☆☆☆
再会~その5


〈春樹〉
 合コンで出会った美緒を俺の部屋に連れて来た。
 美緒は俺の腕の中にいる。

美緒「私、女子会のつもりだったから…譲二さんに友達の部屋に泊まるかもって言って出てるの…。泊まるときはメールするねって」

春樹「俺の部屋に泊まってくれる?」

美緒「…うん」

春樹「お湯が沸いたみたいだから、コーヒーを入れるよ。美緒は…譲二さんにメールして?」

 俺たちは無理に引きはがすように抱擁をといた。

 マグカップにお湯を注ぎながら、心臓は激しく鼓動を打っている。

 10年以上前からずっと思い続けた女(ひと)と一夜を過ごすのだ。

 テーブルの上にコーヒーを置く。

美緒「メール送ったよ」

 そういって俺を見つめる美緒の顔は、少し青ざめている。

 ソファに並んで座り、美緒を抱きしめた。

春樹「ごめんね。俺のために嘘をつかせて」

美緒「ううん。私がハル君ともっと一緒にいたいだけだから…」

春樹「せっかく入れたから…、さめないうちに飲もう」

 譲二さんのコーヒーのように美味しくはないけど、と言いかけて言葉を飲み込む。

美緒「うん」

 コーヒーを飲みながら、美緒の腰に回した手を離すことができない。


 美緒をベットに横たえて、覆い被さった。耳元で囁く。

春樹「今夜、美緒を俺のものにしてもいい?」

美緒「うん…。いいよ。」

 耳から首筋へゆっくりとキスをしていく。唇を重ねると、堪えきれなくなって、熱いキスで求め合った。


 美緒の服を脱がせていく。

 キスしながら、一枚、一枚脱がすごとに彼女があらわになる。

 10年以上前から大好きな彼女の俺の知らなかった部分。

 白い素肌にキスすると、美緒は感じるのかかすかな喘ぎ声をあげる。

 初めて彼女を知る喜びとともに、「ああ、この姿を譲二さんはこの3年間見続けて来たのだ」と思うと胸が苦しい。

春樹「美緒、とっても可愛い」

美緒「ハル君…」

 俺が愛撫するたびに、美緒は可愛い声をあげる。

 その甘い声に俺は理性がどんどん飛んでいく。

 この声も譲二さんは毎日聞いているのか…。

 その嫉妬心を押さえるために、美緒の唇にキスをして黙らせた。

 耳元に息を吐いて、もだえる美緒にそっと囁く。

春樹「美緒の中に入ってもいい?」

百花「…ああ、…うん…」

 

☆☆☆☆☆
再会~その6


〈春樹〉
 美緒の中は温かくて柔らかかった。

 美緒は「あ…」と言う微かな声をあげ俺を包み込んでくれた。

 美緒の唇にキスをしようとして顔をみると、美緒は静かに涙を流している。

 俺はうろたえて囁いた。

春樹「ごめん。なにか痛くしてしまった? それとも…?」

 さすがに譲二さんのことを考えているの?とは聞けなかった。

美緒「ううん。私、嬉しくって…。この3年間、ハル君とこうしたかったんだって…今やっとわかった。」

 嬉しい? その答えに俺の胸はいっぱいになって、自分の行為に夢中になった。

 俺の動きに合わせて、美緒は小さく、大きく声をあげた。



☆☆☆☆☆


 快感の余韻に浸りながら、美緒の顔を見るとまだ涙を流している。

 指でそっと拭うと、そこにキスをした。

春樹「大丈夫だった?」

美緒「うん」

 美緒が俺にしがみついてくる。

美緒「ハル君と一つになれて…、本当に嬉しかった。」

春樹「俺もだよ…。ずっと美緒を抱きたかった…。とても嬉しい」

春樹「美緒…。譲二さんではなく、俺を選んではくれないか?」

美緒「…」

春樹「今すぐ、決めなくてもいい。選択肢として、俺のことも入れて考えて欲しい」

美緒「ハル君…」

春樹「ほら、そんなに泣かないで…」

 俺は涙を流す美緒が愛おしくて愛おしくて、キスをした。

 熱いキスを繰り返すと気分は高まって、もう一度彼女を抱いた。




☆☆☆☆☆
再会~その7


〈春樹〉
 明るい日差しの中、味噌汁のいい匂いで目が覚めた。

 目を擦りながら起き上がると美緒が朝食の用意をしてくれている。

美緒「おはよう」

春樹「おはよう。早かったね?」

美緒「なんだか、目がさめちゃって、冷蔵庫の中のものを使って簡単だけど朝ごはん作ったよ?」

春樹「何にもなかっただろ?」

美緒「んー、でもタマネギとかお味噌とかあったから、味噌汁にして、卵もあったから目玉焼きを作ったよ」

春樹「ご飯も炊いてくれたんだ?」

美緒「お米がなかなか見つからなかったけどね」

春樹「ありがとう」

 美緒を後ろから抱きすくめる。信じられないくらい幸せだ。

 美緒を振り向かせて、キスをする。

 何度も繰り返すと気分が高まって…。

 ヤバいヤバい…。なんとか理性で押さえた。

美緒「ハル君…。ご飯を食べたらもう帰らないと…」

 お皿を運びながら、美緒の言葉で俺は現実に引き戻された。

春樹「もう少し…、ゆっくりしていけよ」

美緒「そういうわけにもいかないの…。譲二さんが…待ってるし…。あんまり遅いと疑われると思う…」

春樹「…そうしたら、また時々こんな風に食事を作りに来てくれない?」

 美緒は少し迷っているようだった。

春樹「…泊まれなくても…、時間が合う時に美緒に会いたい。俺も忙しくて、滅多に会えないと思うけど…。このまま一夜限りで終わるのはイヤだ」

 もう一度美緒を抱きしめてキスをする。

 尻込みする美緒に約束させた。

☆☆☆☆☆
再会~その8


〈譲二〉
美緒「ただいま…」

譲二「おかえり、美緒。楽しかった?」

美緒「うん」

 美緒を抱き寄せて、キスした。

 丸一日ぶりというだけなのに、どれだけ美緒を欲していたかを認識した。

 つい、キスが長くなってしまう。

譲二「ごめん。部屋で着替えておいで」

 美緒の後ろ姿を見送って、さっき抱き寄せたときのことを思った。

 抱きしめた時、ほんの一瞬だけど、美緒は体を強ばらせた。

 もちろん、付き合い始めた頃は、俺に押し切られてのことだったから、俺の腕の中で体を強ばらせることはよくあった。

 しかし、ここ最近はそんなこともなくなっていた。

(何かあったのだろうか? 泊まるのは芽衣ちゃんの部屋だとは言っていたけど…)

 美緒の姿が消えた2階への入り口をじっと見つめた。


〈美緒〉

 自分の部屋に入って、ベッドに腰を下ろした。

 まだ、ハル君との一夜の余韻が残っている。だから、譲二さんに抱きしめられたくはなかった。

 昨夜は本当に夢みたいだった。

 まだ、こんなにもハル君のことが好きで、ハル君を求めていたなんて…。

(どうしよう?ハル君に押し切られ、新しいメアドを交換し、必ず連絡すると約束させられたけど…。)

 譲二さんは私のことに関しては鋭いところがあるから、直ぐに見破られるのではないかな…。

メールが来た。

『美緒へ

昨夜は俺と過ごしてくれてありがとう。
とても嬉しかったし、とても気持ちよかった。
って、ちょっと恥ずかしいよね。

俺はやっぱり美緒が大好きだ。
今は譲二さんの恋人だけど…。
いつか必ず美緒を取り返してみせる。

添付で授業とかバイトのスケジュールを送ります。
よかったら美緒も教えて?

        美緒が大好きだよ                  
                             春樹』


 ハル君からの久しぶりのメール。とてもうれしい。

〈譲二〉
 その夜、一日ぶりの美緒を抱いた。丹念に時間をかけて愛した。

 美緒は愛らしい声をあげて、俺の腕の中で乱れた。


☆☆☆☆☆

 美緒の喘ぎ声がする。


 ふと見ると、美緒は男に抱かれて悦んでいる。

 その男の顔はわからない。

 俺は止めようと叫ぶが声がでない…。

 あともう少しで2人に手が届きそうで届かない。

 駈けていこうとしても、足が動かない。

 美緒が男に抱きついて
、その背中に爪を立てた…。



☆☆☆☆☆

 ぐっしょりと寝汗をかいて目が覚めた。

 心臓の鼓動が激しく打っている。

 時計の針は午前2時。

 隣を見ると美緒があどけない顔で寝息を立てている。

 どうして、あんな夢を見たのだろう。

 昨日の夜、美緒が外泊したのが気になったからか?

 今までも、芽衣ちゃんちには時々泊まって帰ることがあったのに…。

 あの夢は美緒を自分のものにして間もない頃に時々見ていた夢だ。いつの間にか見なくなっていたのだが…。

 俺は起き上がって、美緒の唇にそっと口づけた。

 美緒はくすぐったかったのか、むにゃむにゃ言って寝返りを打った。

 少しずり落ちた布団をかけ直してやり、シャワーを浴びにいった。
 



 シャワーを浴びると目が冴えて寝付けなくなってしまった。

 もう一度一階に行き、ウィスキーを取り出し、水割りにして飲む。

 美緒の浮気を疑うなんて…。

 酒の力を借りても、眠れそうにない。

☆☆☆☆☆
再会~その9

〈春樹〉 
 美緒と再会してから2週間が経った。

 今日は美緒が昼食を作りに来てくれることになっている。

 スケジュール交換はしたものの、俺の授業やバイトの兼ね合いで、今日まで会えなかったのだ。

 メールが来た。

『買い物をしていくから、あと30分くらいで着くよ。

                    美緒』


 美緒を部屋で待ちわびる。

 チャイムが鳴り、ドアを開けると美緒が立っていた。

 直ぐに招き入れると、俺は彼女を抱きしめた。

美緒「ハル君。お腹空いたでしょ?すぐ作るね」

春樹「俺は昼食よりも、美緒が食べたい」

美緒「だって…」

 唇を重ねてその言葉を消した。


 2週間ぶりの美緒はあまりにも可愛らしくて、一度抱くとどうしても手放すことが出来なかった。

 美緒はしきりに「食事の支度をしなければ」と言い続けていたが、俺は適当に聞き流していた。


 時間がどんどん過ぎて行く。



 美緒は時計ばかり見ている。

美緒「ハル君。そろそろ料理しないと、5時ぐらいには帰るって言って来てるから…」

春樹「…どうしても、帰らないといけないの?」

美緒「え?」

春樹「今日は泊まって行けよ。」

美緒「そんなことできないよ…。」

春樹「譲二さんとこれまで通り続けるのならね」

美緒「え?」

春樹「美緒はもう大人なんだから…譲二さんのところにずっといなきゃいけないということはないはずだよ。俺と一緒にここに住んだっていいはずだ。」

美緒「…ハル君と一緒に住む?」

春樹「そうさ。一度よく考えてみて欲しい」


〈譲二〉
 美緒は言っていた時間より少し遅れて帰って来た。

 そして、直ぐにシャワーを浴びた。

 夕食を食べた後は、すぐ2階に上がった。

 俺が部屋を覗きに行くと、自分のベッドでぐっすり寝ている。

 俺はベッドサイドに座り、美緒の髪をそっと撫でた。

 美緒は寝ぼけて俺の手を掴むと呟いた。

美緒「ハル君…」

 俺の心臓は凍り付いた。

 …なぜ? 今、ハルの名前がでるのだろう?


☆☆☆☆☆

 その時から俺の苦悩の日々が始まった。

 愛する女性に裏切られているかもしれない。

 いや、そもそも美緒は俺を好きになってくれたことなどないのかもしれない。

 少なくとも、一番目でないことは確かだ。

 この三年間あまりにも幸福だったから忘れていたが、美緒の心の中には絶えずハルが住んでいたのだから。

 そして、ハルも美緒のことをずっと好きだった。

 好き合った2人が俺の知らない場所で出会い、何かあったとしたら、俺には全く勝ち目はない。

 しかし、美緒を手放すことだけは、絶対にできない。

 まだ、間に合うはずだ。

 何とか対策を考えないと…。


☆☆☆☆☆
再会~その10


〈美緒〉

 譲二さんにハル君とのことがバレてしまった。


 最初は譲二さんに謝ったりしたけど、譲二さんにののしられると、私も譲二さんにきつく言ってしまった。

美緒「最初に私を無理やり自分のものにしたのは譲二さんじゃない。私はあの時、ハル君のことが大好きだったのに…。私の気持ちを無視したのは譲二さんよ!」

 そんなことをいうつもりはなかったのに…。

 それとも、3年間ずっと心の底でそんな風に私は思っていたのだろうか?

 私のきつい言葉に、一瞬譲二さんは黙って、悲しそうな顔をした。

 ああ、譲二さんを悲しませたくはなかったのに…。

 言い争っても、喧嘩しても、私が生意気なことを言っても、譲二さんが私に手をあげることはなかった。

 こんなに大切にしてもらっているのに。

 それでも、一度ハル君に傾いた気持ちを戻すことはできなかった。

 ハル君への思いは堰を切ったように私の中で溢れていた。


〈譲二〉
美緒「最初に私を無理やり自分のものにしたのは譲二さんじゃない。私はあの時、ハル君のことが大好きだったのに…。私の気持ちを無視したのは譲二さんよ!」

 美緒の言葉が胸に突き刺さり、言い返すことができなかった。

 そもそもの始まりが間違っていたのだろうか?

 しかし、あれ以外に美緒を俺のものにする方法があっただろうか?

 何もしなかったら、ハルと美緒は付き合って…。結局俺の出る幕はなかった。

 俺たちは、もう終わりなのか…。



☆☆☆☆☆


 嫌がる美緒の中に無理矢理分け入った。

 激しく腰を動かしながらも、惨めな気持ちになる。

 こんなにも愛してるのに…。
美緒を愛する気持ちはハルなんかに負けてないのに…。

でも…美緒を抱けるのは…これが最後になる予感がした。




横たわって涙を流している美緒に話しかける。

譲二「俺ではダメなの?」

美緒「…」

譲二「俺ではハルの代わりにはなれないのか?」

美緒「…」

譲二「…ずっと…、俺の側に居てくれるって約束したじゃない…」

美緒「ごめんなさい…」

譲二「…」

俺は無様に食い下がった。

譲二「…俺を…捨てないでくれ…」

なけなしのプライドすら崩れていく。

譲二「…捨てないで…」

美緒をきつく抱きしめた。

美緒も俺の背中に手を回して優しく抱きしめてくれた。

でもそれは…、俺を愛してるからではなく、惨めな男への同情からの行為にしか過ぎないのだと…、俺にはよくわかっていた…。


それでも「このまま時が止まってしまえばいいのに」と願わずにはいられなかった。

『再会』おわり


☆☆☆☆☆

この続きは『それぞれの道』~その1~その5になります。


『じーじ』

2014-08-26 09:15:53 | ハル君ルートで茶倉譲二

譲二さんルートとの混乱を避けるため、ヒロインの名前は佐々木美緒とします。


☆☆☆☆☆
 好きになったヒロインに迷わず告白し、実力行使にでてしまう男らしい譲二さん。
 ただやっかいなのは、ヒロインが好きなのは譲二さんではなく、別の男の人だった。そう…、たとえばハル君。


☆☆☆☆☆
茶倉譲二: 喫茶クロフネのマスター
身長:183cm 体重:70kg

☆☆☆☆☆

『さよなら』の続き

『じーじ』その1



〈美緒〉
  今日はちょっとしたデート。

 譲二さんがクロフネで使う小さな花瓶を買いたいからと誘ってくれたのだ。たとえお店のものを選ぶ買い物でも、2人で出かけられるのは嬉しい。

 付き合っているとみんなに公表してよかった。こそこそする必要はもうないんだもん。

 雑貨屋さんを2件ハシゴする。
 2件目にいく前に迷子を保護した。

 譲二さんは男の子を軽々と肩に乗せ、「ママが見えるかい」という。

美緒「譲二さんて、いいパパになれそう。」

譲二「しっかりものの美緒がママになってくれたら、いいパパになれるかもね。」

 私は照れて赤くなってしまった。
 譲二さんと私がパパとママ。まだまだ先のことだろうけど、そうなれたらいいなと自然に思える。

 男の子のママが見つかった後、譲二さんの髪は男の子に触られて乱れていた。

美緒「髪がぐちゃぐちゃになっちゃいましたね。譲二さん、ちょっとかがんで。」

 私は背伸びして譲二さんの髪を手ぐしでとかした。
 男の人にしては少し細くて柔らかい毛。癖っ毛なのか毛先はあちこちに向いている。

譲二「こんなことされると、美緒がまるで嫁さんみたいだね」

 私はまた真っ赤になってしまった。

譲二「美緒は可愛いなぁ」
と言いながら、譲二さんはぽんぽんと私の頭を軽く叩く。
 これって、なんだか懐かしいかも。

 花瓶もその下にしくコースターも私の選んだものを譲二さんは採用してくれる。
 色々と意見を聞かれるのは頼りにされているようでなんだか嬉しい。

譲二「今日はありがとう。お礼に美緒の欲しいものを買ってあげるよ」

美緒「それじゃあ…。あのね。譲二さんとペアのマグカップが欲しい」

譲二「え? そんなのでいいの?」

美緒「うん。それだと毎日使えるし…。譲二さんとペアだととても嬉しいから…」

譲二「じゃあ、最初に行ったお店に戻ろう。あそこにはマグカップもたくさん置いてあったから」

 私が気に入ったのは、ショーケースに入っていて、結構いい値がした。

美緒「返って高くついたよね。ごめんなさい。」

譲二「これぐらいいいよ。俺も使うんだし」

 自然と譲二さんと手をつないで歩く。
 なんだか本当の恋人みたい…って、恋人なんだけど。

 こんなふうに恋人らしいことを積み重ねていったら…。

 いつか譲二さんのことだけを好きになれるだろうか?



☆☆☆☆☆

『じーじ』その2



〈美緒〉
  譲二さんと買い物デートに出かけた帰り。自然と手をつないで歩いている。

譲二「帰ったら早速、これで何か飲もう。何が飲みたい?」

美緒「ラム酒入りのココア」

譲二「美緒はラム酒ちょっぴりで、俺は」

美緒「ラム酒がたっぷり」

2人で顔を見合わせて笑った。

美緒「それと…少しお腹が空いたから、譲二さんのサンドイッチも食べたい」

譲二「ハイハイ。お姫さまの仰せのままに」

 その言葉を聞いて、昔誰かに同じように言われたことを思い出した。

 …誰だったろう? あの頭ぽんぽんと同じ人?



☆☆☆☆☆


 クロフネに帰りながら、必死で昔の記憶をたぐり寄せる。

 「お姫さまの仰せのままに」。

 とても大きくて優しい人。

 美味しいサンドイッチ。

 公園。



……じーじ?


 そうだ、じーじ。

 あれは、私が幼稚園くらいの時だった。

 じーじは大きなお兄さんだったけど、何歳位の人だったろう。

 いつも制服を来ていて。あの制服は私の高校のとは違う。

 りっちゃんの学校のとも違って、少し変わってた。

 高校生というよりはもう少し幼くて…中学生くらい?

 そうすると私は4つくらいとして、中学生なら13、4歳くらい?

 だいたい10歳位上の人だよね。

 譲二さんも私より10歳年上だから…。

譲二「美緒…さっきから、ずっと黙って何考えてるの?」

美緒「ううん。何でもない」

 私は譲二さんの顔を見上げた。

 じーじは中学生だったからヒゲもなかったし、髪ももっと短かったと思うけど…。

 目の辺りがじーじに似ている気がする。

譲二「…そんなに見つめられると照れるんだけど…」

美緒「ごめんなさい」

 (思い切って呼びかけてみようか?)

美緒「じーじ?」

譲二「!」

 やっぱり!! 譲二さんが動揺してる。

☆☆☆☆☆

『じーじ』その3



〈譲二〉


美緒「譲二さんはじーじだよね?」

譲二「ばれちゃった…?」

 じーじというのは、その昔、俺が中学生の頃、幼稚園児の美緒ちゃんに呼ばれていた呼び名だ。

 タコ公園で偶然出会った俺に、美緒ちゃんは懐いて色々話しかけてくれた。

 お腹が空けば、俺が持っていたサンドイッチを食べさせたり、雷を怖がれば抱きしめてやり…。

美緒「譲二さんは…最初から私だって気付いていたの?」

譲二「うん…。

ていうより、美緒のお母さんの良子さんは昔から俺のメル友で…。

あの頃からずっとやり取りしてたから…。

ずっと美緒のことは知っていたよ。」

美緒「! なぜ? 最初からそう言ってくれなかったの?」


譲二「美緒は俺のことを全く忘れているみたいだったから…。


あの頃の俺って、今のキャラとはちがうでしょ?


もっと尖ってて、美緒にもひどいことをいっぱい言ってたし…。


バレるとかえって嫌われるかもって思ったり…。」



美緒「じーじは優しかったよ。それに大きくて、温かくて。私はじーじが大好きだった。」

 俺は照れくさくなって、ちょっとからかうように言った。

譲二「そっか。でもじーじがこんなオジサンになってがっかりしたでしょ。」

美緒「がっかりなんかしてないよ。むしろ譲二さんがじーじだって分かって嬉しい」

 美緒が手をぎゅっと握ってくれる。

 俺もその手を握り返した。


☆☆☆☆☆

『じーじ』その4



〈美緒〉
 クロフネに帰って、私たちはラム酒入りのココアとサンドイッチを挟んで続きを話した。

 もちろん、ココアは買ったばっかりのペアのマグカップに入ってる。

美緒「前に譲二さんが、私のことをずっと前から好きだったって言ってくれたのって…。もしかして、じーじも私のことを好きだったの?」

譲二「…あの頃はねぇ…。まだ美緒ちゃんは小さな女の子だったろ。」

美緒「うん。」

譲二「俺も別な女の子に失恋したりして、美緒ちゃんが恋愛対象だったわけじゃない。」


美緒「そういえば…じーじ、一度ひどく泣いていたことがあったよね?


 大きくて頼りがいのあるじーじがあんなに悲しそうに泣いてて…。


私なんとかしてあげたくて、頭をよしよししてあげたり…。」


譲二「良子さんに『俺の心が痛いんだよ』って教えられて、『いたいのいたいのとんでけー』ってしてくれたよな」

美緒「それって今考えるとちょっと恥ずかしい…」


譲二「あれは…照れくさかったけど…、でも嬉しかったよ。


 なんだか心の中がほっこりして。美緒ちゃんて、可愛いなぁって改めて思った。」



譲二「美緒が引越していった後、良子さんから美緒の話を色々聞いたり、

添付の写真をもらったり、年賀状の写真を見たりしてるうちに、美緒のことをだんだん意識するようになった。


小さかった美緒がだんだん女の子らしくなっていくものな…。」



譲二「大きくなった美緒には会ったことはないのに…。

気がついたら、ずっと恋していた…。俺って変?」

美緒「ううん。ずっと好きでいてくれて、ありがとう」


譲二「良子さんから美緒を預かるよう頼まれて。


こんな気持ちじゃダメだな、手を出してしまうかもって、不安だったから…

そういう気持ちは押し殺してたんだけど。


美緒が初めてクロフネに来て、実物をみたら、俺はもう美緒の虜になった。


そして、今はダメかもしれないけど、美緒がもう少し大人になったら、

そしたら気持ちを打ち明けようと思った。」


譲二「美緒のことは本当に大切に大切に思っていたんだ。


でも、美緒は俺よりも幼なじみ達の中でいるのが楽しそうで、少し嫉妬した。」



美緒「…」


譲二「それにあいつらみーんな、美緒との思い出がたくさんあって…。


しかも、俺のことは忘れているのに、

あいつらとの思い出は美緒はちゃんと覚えてて、ますます妬ましかった。」



美緒「ごめんなさい…」


譲二「謝ることなんかないよ。俺もずいぶん変わってたし…。


あいつらはみんな美緒のことが好きだって分かってたけど、

ハルと一護は特に美緒のことを好きみたいだったし、

美緒もハルのことが好きなのが分かると…

俺はもう理性を保つことが出来なかった。」



美緒「そうだったんだ…」


☆☆☆☆☆

『じーじ』その5

〈美緒〉

 デートで買ったばかりのペアのマグカップに入ったココアを飲みながら、2人で話してる。

譲二「美緒をあんなふうに無理やり抱いてしまったのは、本当に申し訳なかったと思ってる。ごめんね。」

美緒「でも、あの時、譲二さんと結ばれなかったら、今こうしてはいないよね。」

 そして、譲二さんがじーじだということも思い出すことなくそのままだっただろう。

譲二「きっと、美緒がデートする相手はハルだったんだろうな。」

 譲二さんはポツリと言った。

美緒「…」

 今でも、ハル君のことは大好き。

 そして、ハル君のことを考えると胸が痛くなる。

 いつか、この胸の痛み無しにハル君のことを考えたり、一緒に笑い合ったりできる日がくるのだろうか?

 でも、確実に譲二さんは私の中で大きな存在になりつつある。

 今日の「譲二さん=じーじ」という発見もそう。

 いつか私の中で譲二さんだけが一番大切という日が来たら…。

 私は譲二さんの隣に座ると両手を首にかけて抱きしめた。

譲二「美緒、可愛い」

 譲二さんも私を抱きしめるとキスをしてくれた。


 私の体は、心より一足先に譲二さんを求めている。



〈譲二〉

美緒「でも、あの時、譲二さんと結ばれなかったら、今こうしてはいないよね。」

 その言葉は俺の胸に突き刺さった。

譲二「きっと、美緒がデートする相手はハルだったんだろうな。」

 ハルには済まないことをした…。

 それでも、もう一度やり直しても俺は同じことをしただろう。

美緒「…」

 美緒はまたハルのことを考えているようだ…。

 俺の隣に座ると美緒は両手を俺の首にかけて抱きしめてくる。

譲二「美緒、可愛い」

 美緒を抱きしめ返すとキスをした。

 俺も美緒も一生ハルに負い目を感じて生きていくのかもしれない…。

 それでも、俺は美緒と歩む道を選ぶ。

『じーじ』おわり


☆☆☆☆☆


続きは『再会』になります。