ハルルートの譲二さんの話の続編
ヒロインはハルくんと結婚し、幸せに暮らしているはずなのに、なぜか時々譲二さんを訪ねてくる。ヒロインのことを一生思っているから、こういう関係はもう止めようと告げる譲二さん。
しかし、クロフネでヒロインと抱き合っている姿をハルくんたち三人に目撃されてしまった。
☆☆☆☆☆
焦燥~その5
〈美緒〉
電話を切った後、譲二さんに言われた通り、通話履歴を削除した。
(譲二さん…)
携帯電話を抱きしめる。
これはハル君と電話とメールで繋がっている。
でも、それだけじゃなく今譲二さんとも繋がることができた。
この電話の向こう側に譲二さんがいる。
譲二さんに電話をかけてから切るまでの会話を何度も反芻する。
私の心の中に安堵と温かい気持ちが込み上げて来た。
譲二さんは小さな子供の頃から私の守護者だった。
お腹が空いたらサンドイッチを食べさせてくれ、雷が鳴れば抱きしめて守ってくれた。
お母さんと喧嘩した時には「仲直りできる魔法のお薬だよ」って金平糖を食べさせてくれたっけ。
大きくなってからも、満員電車の中で庇ってくれたり、クロフネでは私の好きなメニューを考えたり、いつも私のことを気遣ってくれた。
私が辛い時には抱きしめて「大丈夫だよ」と言ってくれた。
ハル君との間で気持ちが不安定になってからも、私は譲二さんに抱きしめてもらうことで、いつも安心感をもらってた。
譲二さんとセックスをしたかったわけじゃない。抱きしめてもらいたかったんだ…。
そして今も…。ハル君が帰って来ないと分かって不安に苛まれた気持ちがこんなにも安定している。
譲二さんの声を聞いただけで…。
(私にとっての譲二さんて…)
辛かったり、苦しかったりするときにはいつも譲二さんを求めて来たんだ…。
それに今やっと気づいた。
ハル君は一番好きな人で、それは昔も今も変わらないけど…。
船が港に必ず戻るように、私の心はいつも譲二さんに戻っている…。
それがどういうことなのか、今はまだ心の整理が着かないけど…。
私は携帯を抱きしめたまま、いつの間にか眠っていた。
〈春樹〉
仕事をやっと切り上げることが出来た。
時計を見ると午前2時をまわっている。
(美緒は、まさかまだ起きて待っているということはないだろうが…)
急いで事務所に鍵をかけると家に戻った。
玄関を開けてリビングに入ると煌煌と電気がついている。
2人分の食事の皿にラップがかけてあり、そのテーブルに突っ伏すようにして美緒が眠っていた。
春樹「美緒…そんなところで寝てたら風邪引くよ」
前後不覚で眠っている美緒を抱き起こした。
携帯を抱きしめたまま眠っている。
(俺からのメールを待っていてくれたのか…)
あまりの可愛い行為に愛しさが込み上げて来た。
美緒を抱き上げるとベッドに連れて行く。
美緒を横たえそっと布団をかける。柔らかい唇にそっとキスをすると、美緒はパッチリと目を開けた。
美緒「ハル君…」
春樹「ずっと俺を待っていてくれたんだね。
テーブルのところで眠っていたからベッドに運んだよ」
美緒は俺にしがみついた。
美緒「ハル君。会いたかったよ…」
春樹「昼に会ったばかりじゃないか」
美緒「それでもさみしかった…」
春樹「ごめんね。これからはこんなことがないようにするから…」
美緒「ううん。お仕事が忙しい時はお仕事を優先してくれたらいいから。私のわがままでハル君に無理させたくない…」
春樹「無理じゃないよ。俺にとっての一番は美緒なんだから…」
美緒「ありがとう」
美緒は顔を俺の胸に埋めてしがみついたままだ。
まるで小さな子供のような美緒を抱きしめ、髪を優しく撫で続けた。
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焦燥~その6
〈美緒〉
譲二さんと電話で話した日以来、譲二さんのことが頭から離れない。
譲二さんの思い出がずっと浮かんで来る。
小さな私を抱っこしたり、サンドイッチをくれたじーじ。
雷の鳴る中、タコの滑り台の中で私を抱きしめてくれたじーじ。
失恋して涙を流すじーじ。…私はじーじを元気づけてあげたかった。
転んで膝を擦りむいた私に絆創膏を貼ってくれたじーじ。
高校時代、クロフネでココアやエッグノックを作ってくれたり、色々な相談にのってくれた譲二さん。
そして…、私を好きだと告白して、無理やり私を抱いた譲二さん…。
それから、譲二さんと私は3年間恋人として過ごした。
私を恋人にしたやり方はひどく乱暴だったけど…、その後はいつも優しく、いつも私のことを考えてくれていた。
そして、私をとても愛してくれた…。
それは、別れてからも…今も同じ。
そんな譲二さんを私は裏切ってしまった…。
(譲二さん…ごめんなさい。)
ハル君と結婚した後、私の気持ちが不安定になったとき、譲二さんに何度も頼ってしまった。
自分勝手な私の我がままにいつも応えてくれた…。私をなじることもなく、いつでも受け入れてくれた…。
(ああ…譲二さんに会いたい。会って抱きしめてもらいたい…)
譲二さんへの思いは日に日に募っていった。
〈譲二〉
今日は夕方になっても客が全く入らない。
(少し早いけど…もう閉めてしまおう)
気楽な商売だな…と自嘲気味に思う。
実家の企業経営からは手を引いたが、相談役ということで役員には名を連ねている。
その報酬と7年間茶堂院グループで働いた収入はほとんど使うこと無く貯まっている。
だから、こんな殿様商売がしていられるんだな…。
この先死ぬまで俺は1人でクロフネのマスターをしているんだろう。先代マスターのように…。
チャイムが鳴った。
譲二「すみません。今日はもう閉めるので…」
そこにはスーツケースを提げた美緒が立っていた。
譲二「!」
美緒「来ちゃった…」
俺は慌てて美緒の元に駆け寄った。
☆☆☆☆☆
焦燥~その7
〈譲二〉
美緒「来ちゃった…」
俺は慌てて美緒の元に駆け寄った。
譲二「一体どうしたの? ハルと喧嘩でもしたの?」
美緒「ううん…。でも、手紙を置いて出てきちゃった…」
俺は混乱しながら尋ねた。
譲二「それは…どうして?」
美緒「どうしても譲二さんの側に居たかったから…」
嬉しい気持ちと戸惑いをいっぺんに感じながら、美緒を抱きしめる。
譲二「だからって…、ダメじゃないか…こんな時間から人妻が他所の男のところに来るなんて…」
美緒「お願い! 譲二さん。私をここに置いて。クロフネの手伝いも何でもするから…お願い」
美緒は必死に俺に縋り付く。
譲二「俺は構わないけど…。美緒ちゃんの部屋もそのままにしてあるし…。今夜は泊まって行けばいい…。でも、ハルが迎えに来たら…」
美緒は激しく首を横に振る。
美緒「そうじゃないの! 私はもうハル君のところには帰らない。だから、譲二さんの側にずっと置いて欲しい」
譲二「…」
そんなことを言っても、それは今だけのことなのだろうと俺は思った。
というより、美緒を自分のものにできると思って、そうならなかった時のことを恐れた。
譲二「とにかく、荷物を部屋に持って行ってあげるよ…。それだけ?」
美緒「はい。あ、この小さなカバンは私が持ちます」
2人で二階に上がる。
譲二「夕ご飯は食べた?」
美緒「いいえ」
譲二「じゃあ、一緒に食べよう。何が食べたい?」
美緒「譲二さんのナポリタンが食べたい」
譲二「わかった」
俺は荷物を美緒の部屋に運び込んだ。
美緒「でも、寝るのは譲二さんと一緒に寝たい…」
譲二「俺と? だって、一緒に寝たら美緒に手を出してしまうかもしれないよ?」
冗談めかして言ったが、美緒は真剣な顔をしている。
美緒「それでも構わない…。ハル君のところにはもう帰らないし…。譲二さんの側で寝たいから…」
俺は思わず美緒を抱きしめた。
譲二「なんで…、なんでそんな可愛いこというの? 本気にしちゃうよ…」
美緒「本気だよ…」
俺は美緒の唇にキスを落とした。
柔らかくて可愛い唇。
止まらなくなって、何度も何度も繰り返し、繰り返すたびに熱いものになっていった。
☆☆☆☆☆
夕食をとりながら、もう一度美緒の真意を確かめた。
譲二「ねえ、美緒。本当にずっと俺のところにいるつもりなの?」
美緒「うん。もうハル君のところには戻らない」
譲二「でも…、ハルのことが好きなんだろ?」
否定をして欲しくて、聞いてみる。
しかし…
美緒「ハル君のことは大好き」
やっぱり…。
美緒「でも、今の私には譲二さんが必要なの。
ハル君と結婚してから私はずっと不安な気持ちと戦ってた…。
どうして不安なのかよくわからなかった…。
でも、気づいたの。
譲二さんといる時にはその不安から解放されるって…。
好きな人のところではなく、自分に必要な人と一緒にいるべきだって思った。
…ごめんなさい。譲二さんには失礼な言い方だよね」
譲二「俺といたら安心できるの?」
美緒「うん。譲二さんの側でないとだめなの。それにやっと気づいた」
譲二「そっか…」
とても複雑な気持ちだ…。
俺の側にいたら安心できるというのはとても嬉しいことだけど…。
でも、俺を好きだから一緒にいたいと言って欲しかった。
それは俺のわがままなんだろうか…。
譲二「美緒はこの間も電話をかけてくれたよね。あの時もそうだったの?」
美緒「あの時に気づいたの。私には譲二さんが必要なんだって」
譲二「そうなんだ」
美緒「譲二さんの側にずっと置いてもらってもいい?」
譲二「俺は…。美緒がそうしたいなら構わない。むしろ嬉しいくらいだ」
☆☆☆☆☆
その夜、ベッドの中で抱きしめ合う。
柔らかな美緒の唇にキスをする。
一度キスするとまた止まらなくなってしまった。
この十数年、美緒を思い続けて来た気持ちは抑えられない。
美緒はきっと俺が抱きしめて眠るだけで満足してくれたのだろうと思う。
しかし、俺はどうしても自分を抑えることが出来なかった。
こんなことをしちゃダメだ…明日になったら彼女はまた去っていくかもしれないのに…。
そう理性は囁くのに感情の抑制は効かなかった。
もう、何があっても美緒を放すまい。ハルにはもう返さない。
思いが募っていて、抱き方はどうしても、くどくなってしまう。
ハルと結婚してからも、美緒とは何度か交わったが、今日はいつにも増して丹念に愛してしまう。
美緒は何度もいかされて放心状態になっている。
それでも俺は彼女を抱くのを止めることができなかった。
柔らかくて桜色の美緒の肌、美しい曲線を描いた首筋、ぷるんとして甘い唇、汗ばんだ手のひら、シーツに広がる髪…。
そのすべてを目で耳で肌で感じていたい。
〈美緒〉
今までも時々譲二さんには抱かれてきたけど、今夜の譲二さんはいつもより強引だ。
私が「感じすぎて苦しいからもう許して」と言ったのに譲二さんは止めてくれなかった。
快感の波は終わりかと思ってもまた打ち寄せて、私を翻弄しながら攫っていく…。
海の上の小舟のように譲二さんにただ身を委ねていた。
『焦燥』おわり。
続きは『帰港』です。