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<コモちゃんのシルクロード記>
学生時代の1966年、単独バックパッカーとしてローマ(イタリア)を出発しギリシャ、トルコ、イラン、アフガニスタン、パキスタン、インドのカルタゴ(カルカッタ)を旅した。
その後時代は変わり中国に入れるようになり、1991年パキスタンのイスラマバードから国境を越え中国のカシュガルに入った。1992年モンゴル、1994年天山南路、1995年西域南道(カシュガルから敦煌)と次々に行ったが、一番東の敦煌から西安のルートが残ってしまった。今回の旅はこれが目的。私のシルクロード最終章だ。
11月7日~14日西遊旅行の「蘭州・敦煌・西安 河西回廊を行く」ツアーに参加。河西回廊は黄土高原の西端にある蘭州から1000km離れた敦煌までの帯状の地域。標高1500m。黄河の西にあって南側はゴビ砂漠。
11月7日13時、中国東方航空で成田から上海へ。2時間50分の旅。18時30分発の国内便で蘭州へ。3時間半。蘭州泊。
11月8日、ホテル出発。
専用バスで黄土高原をひた走る。
峠でトイレ休憩。黒い姿の人は警察。
武威に着き昼食。
午後は武威の観光。
「雷台」ここは1969年に防空壕を作ろうとして掘ったところ、後漢時代の墳墓が発見され、副葬品の最高傑作といわれる青銅製の「奔馬」(ほんば)が出てきた。馬のモデルは「汗血馬」、一日に千里を走る「天馬」と言われている。
出土した物のレプリカ。
「大雲寺」入り口。
「大雲寺」地震でほとんど崩壊したが、鐘楼は日本の浄土宗僧志満が浄財を集めて修復。
鐘楼には天女、龍、天王などのレリーフ。
「文廟」1439年創建の孔子廟。中国三大廟の一つ。文革後に再建。
西夏国は11世紀から200年続いたが、ジンギスカンに滅ぼされ文字だけが残っている。
中国のロゼッタストーン「西夏碑」(表が西夏文字、裏がその漢訳)
本殿へ
孔子立像は台湾からの寄贈。
赤い布は希望を書いているおみくじみたいなもの。
武漢から張腋までバス移動。延々ゴビ砂漠。時に万里の長城の一部が見える。(象に見えるが土塁)
張腋のレストランで夕食。
少し残さないと満足してないかと思われるので・・・
とりあえずビールはやめておいた。腹八分も心掛けて。
バスタブは無いホテル。
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