お客が少なくて一杯カウンターにおかずが残っとったけん
「サバみりん定食」ば頼んだら「これも食べり」って
サンマが一匹ついてきた。
完食したげんたい腹いっぱい・・・・・
腹ごなしに千代町のお客さんの処へ行くもまだまだ運動不足・・
今夜も歩かなこて!
今夜は「博多一周博多の縁(へり)ばグリッと歩んでみろう」コース。
追い山はこの内側ば行ったり来たりするコースです。
↓
これでも1時間強のコース、博多はせばいです。
歩んで見たらなんやいっつも仕事で歩く見慣れた処・・・
あんまり新鮮味はなかったばってんご紹介・・・・・
最初は御笠川(石堂川)縁の寺町ば南へ南へ・・
大黒流はこの正定寺過ぎて管内町左折して石堂橋に至りここから
お汐井道になりますばってんずんずんまっすぐ登ります。
西門橋、恵比須流から福神流に入りました。
聖福寺裏のお寺の小路抜けたら御供所小学校跡地です。
博多の南限に近づいて来ました。
この向こうはまだ御笠川です。
ここは承天寺裏、ひときわ大きなお墓が「謝国明」のお墓です。
ここは福岡市ば一気に賄う「福岡市水道局」
水当番の時にはここさい「勢水」買いげえ行きます。
水道局の目の前が「厄八幡」大晦日の厄落としで賑わう処
普段はひっそりしてます。この近くには「大楠様」も・・
博多から大宰府政庁へのスタート「千年門」この道はもとは承天寺の境内です。
ここが追山コースの最南端「承天寺」清道です。
この辺りから南は昔の住吉村ですけんずんずん今度は西へ・・・・
こちら悪いことしたら捕まる「博多署」
おいしゃんな、まだお世話になっとりませんもんね。
山笠でいちゃもんつける「交通課」もこの中です。
この辺りで本日一万歩超えましたです。
ここから先はキャナルシティば超えて中洲へ・・・・
もともと大昔は中洲は博多て言うより博多川と那珂川に挟まれた砂州
ほんなごと湿地帯で後から栄えたけん「新地」の名前の有ります。
※こちら「博多橋」したば通る水上連絡船です。
こっから向こうが「中洲」
明治時代は北の「中洲中島町」が栄えとったとばってんが
後になって現在の中洲1~5丁目が歓楽街となって栄えたけん
「南新地」の名がありますったい・・
ばってんここまでが「博多区」、西中洲は「中央区」になります。
中洲は「博多中学校」校区ですけんね。
この左側がいわゆる「国体道路の向こう側」って言うところで
とっても楽しい処だそうです(-_-メ)
いわゆる有名な「中洲」の図です。撮影場所は「西中洲」になります。
西中洲のせばい路地(実は午前中もこのあたりで仕事やった)ば抜けて
北進し昭和通りに出てきました。
今夜は気温が高く汗びっしょり
那珂川越えて「けん坊」のママの笑顔に負けてちょっと立ち寄りビール1本だけ・・
健太の「もうお帰りですか?」の声振り切って地元大黒流管内へ・・
御存じ廻り止。
博多中学校手前から右折して東さい戻ります。
こちら古門戸町縦筋。
横街筋通って一回り
博多はせばいね
なんかブログ書くために歩きよる感じがないでもないですばってん・・
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