見果てぬ夢

様々な土地をゆっくりと歩き、そこに暮らす人たちに出会い、風景の中に立てば、何か見えてくるものがあるかもしれない。

居心地の良いホステル

2007-10-31 20:00:40 | スペイン
グラナダの街を歩くと、宿を示す表示に「hotel」「 hostel」「pencion」 の3種類の文字が見える。
その違いを、スペイン人に聞くと諸説諸々で統一見解には至らないが、あえてまとめると、hostelとpencionは同義、その二者のhotelとの違いは、①部屋数が少ない②ロビーやレストランなどの付帯施設がない③数階建て建物の一部を利用している場合が多い④様々な宿泊者サービスがない
などということになる。が、hostelの設備やサービスについてはピンキリというよりあまりに多様だ。シーツやタオルの一切ないhostelもあれば、バーのwelcome drinkチケットを付けているところ、屋上に小さなジャグジーが置いてあるhostelもあった。

この旅に出るまで、ホステルというのは「Youth Hostel」のことだと誤解していた。確かに、ドイツではユースホステル発祥の地に相応しいホステルネットワークとそれなりの質を保ったホステルが全国に揃っていたが、他の国ではinternational youth hostel のネットワークとは無関係の自称「hostel」が当たり前にある。

私のホステルのイメージは、二段ベッドやセルフ式食堂の無味乾燥なYouth Hostelのイメージしかなかったのだが、欧州に来てそのイメージは一変した。

シンプルで清潔なダブルルーム

フロントロビーやプライバシーが完全確保された密封型ルームは期待できないが、多くのホステルには共同使用の調味料やオリーブオイルが置かれたゲストキッチンがあり、インターネットの接続ができ、コーヒー紅茶が自由に飲めて、若いスタッフの生の情報が満載で、他の宿泊者との対話もある。それに、ドミトリー(共同部屋)ばかりではなく、シングル、ダブル、トリプルなどの多様な部屋取り揃えたホステルも少なくなかったのだ。とにかく、外食に飽きる長期の旅では、器具の揃ったキッチンが使えるのは何よりも嬉しい。

宿泊料金が必ずしも安いとは言えないということも発見。が、それなりの居心地の良さで、同じ料金であればホテルよりホステルを選ぶことも少なくない。
各国のホステルについては別の機会に書こうと思うが、このグラナダで滞在している「El Clandestino」が、妙に居心地がいいので、どうしてなのか改めて考えてみた。

清潔なキッチン

グラナダに到着した夜、宿に向かうギューギュー詰めの満員バスの中で財布を失くした。宿に着き次第、クレジットカードの利用停止手続きを早急に進める必要があり、迷いながら地図を頼りにたどり着いた宿「El Clandestino」の入り口には、看板も名札も何もなかった。番地を示す小さなプレートだけがドアの上にぽつんと見える。ストリート名と番地がしっかりしている欧米諸国では、表に名前を出さない個人住宅は多いが、しかし、宿名表記すらないホステルは珍しい。ここは本当に目指す宿だろうか、訝しがりながら、上を見上げると窓に日本ののれんが見えた。呼び鈴を押すと「カッコー、カッコー」の音(声)。ホステルだと確信した。

手前右のドアが入口(玄関)

「Hola!(こんにちは)」上の窓から下を覗き込んだ小柄な若い男性、それがオーナーのマニュエル(Manuel)だった。
最上階の3階が共同キッチンとレセプションそして小さなテラスになっており、そこに荷物を置くや否や、マニュエルにトラブルにあったことを伝えた。彼は、PC画面を検索しながら、必要ないくつかの情報をてきぱきとたたき出し、さらに持っていた携帯電話を差し出した。「自由に使っていいからね」と言って。
この彼の好意がなかったら、各カード会社への敏速な連絡は不可能だった。今までも各国で電話使用を迫られる場面があったが、多くの場合はスタッフがホステルの電話で相手に確認するつなぎ役をしてくれるか、「そこの公衆電話を使ってください」であった。今回のような複雑な状況下では、その両者の電話利用では、即日解決に至らなかったかもしれない。



それにしても静かな夜だった。他の宿泊者の気配がない。3階の共同スペースを独占し、2時間ほどかけけてトラブル処理を済ませ、ほっとした気持ちで案内された部屋のベッドにはふわふわの羽根布団がかかっていた。

PCシステムエンジニアを辞め、「自由になるために」グラナダに物件を見つけてホステルを始めたという若いオーナー、マニュエルは、アーティスティックなこだわりをもつ青年。3階建ての小さな家を改築し、ドミトリー(相部屋)からシングルルームまでの12室を整えた。オープンしてまだ1年。シンプルだが洒落たインテリアで各部屋をコーディネートし、その改装はまだ継続中だ。私の滞在中も、彼はテラスの改修依頼を業者と進めたり、1階のドミトリーの壁を自分の手でペインティングしたり、イラストを描いたりと忙しい。
ホステルを始めるための資金ぐりは大変だったでしょう、と聞いてみた。
「いや、この物件の購入費を出したのは銀行。ボクは、それをゆっくり返すだけ」と屈託なく笑う。どちらかというと言葉の少ない彼は、自分を語るアルバイトのマルセル(Marcel)とは対照的だ。それでも、キッチン周りの食器の片付けに細かく気を遣ったり、買ってきたルームヒーターを自分で取り付けたりと自分のホステルの手入れに黙々と精を出す。日中はマルセルと掃除にやってくる女性たちに全て任せ、夜の数時間、宿泊予約の確認やリフォーム作業のためにやってきて、またどこかへ消えていく。「自由な時間を得るために」この宿を始めたという彼の夢は成就されているのかもしれない。



宿泊者の気配がしないという理由がわかった。宿に戻ってくるのが真夜中か朝方になる宿泊者が多い。食事やシャワーの行動時間が違うので、キッチンやテラスを独占して利用できる。まるで自分の家にいるような心地良さだ。朝もやのグラナダ市内を見下ろしながらの朝食、古い城壁が照らし出される夜景も最高だ。昼はハンモックで揺られて昼寝をする宿泊者もいる。
こうしてみると、この宿のテラスの価値はとても大きい。





「どこのホテルに泊まっているんですか」とグラナダ市内の情報センターの日本人男性に聞かれ、「El Clandestino」の名前を伝えると「知らないなあ。その地域は危ないところですよ。名前は『秘密結社』というような変な意味だし、それは正式な宿ですか。やめたほうがいいかもしれませんよ」と忠告されてしまった。
モロッコツアーを申し込む際、旅行会社の担当者に滞在先を聞かれたので、同じように伝えると笑われた。やはり変な名前の宿ですか?
「いえ、まあ、『秘密』とか『イリーガル』というような意味なので」と担当者。

マヌエルに名前の由来を聞いてみた。
「オープン直前まで、名前を考えていなかったんだ。で、人に聞かれて『秘密だよ』と言っているうちに名前になっていた」と苦笑しながら言う。入り口に看板はつけないの?本当に秘密の宿みたいよ。「つけるつもり。徐々に。まだまだやることがたくさんある」と彼。



滞在3日目、宿に戻ると2階の階段の踊り場に新しい絵がかかっていた。5日目には、3階の階段口に、サリー布で新たな装飾が施されていた。私の滞在している部屋には、センスの良い裸婦画のスケッチ原画が3枚飾られている。
テラスもさらに居心地の良いセンスあふれる仕様になるらしい。いかに滞在者に喜んでもらえるかを考えるのは楽しい。自分の思いを存分に活かせる空間を手に入れた彼が羨ましくなった。


↑すのこ板を置いたシャワールームは珍しい。足元が排水溝を踏まずに清潔。豊富な水量の熱いシャワーをたっぷり浴びることができる。


↑ここのベッドはすべて厚いマットレスと羽根布団が使用されて快適な眠りが保障されている。2段目がダブルサイズになっているドミトリーのベッドも、利用者の利便性に適っている。欧州ではミックスドミトリーに泊まる若いカップルも少なくない。

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1 コメント

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やっぱり人 (YURI)
2007-11-16 09:22:23
サービスの基本って、やっぱり人なんですね。

日本国内の旅行雑誌のアンケートでも、宿泊施設の求めるものは
・清潔なハード
・料金に見合うサービス
という回答が多いそうです。

どんなにハードが良くても・・・ね。
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